『僻地でも元気にやっているか?明坂少佐……いや、今は明坂大尉だったな。』
老人のようなどこかガサガサした声に、なんだか郷愁──とは違うが、それに準じたものを感じた。3日前、私に刑を言い渡した声とは、些か音域が違う。
私だけに見せる素。そう考えたらかなり特別視されていたのかもしれない。
「着任2日目で大湊に裏切られたことを除けば、快適な場所だよ。」
カッカッカッ!という老人特有の笑い声に対して、こちらも
「こうやって話すのは1年ぶりか?爺さん。いや、この場では日本軍元帥殿と呼んだ方がいいのか?」
目の前にいる
『別に今更だろうからなぁ。島風もわかっておるし、儂は気にしない。』
「それは助かる、堅苦しくされるのは得意でも、堅苦しくするのは苦手なんだ。」
「で、今回は何の用事なんだ?」
『そうさな……、まずひとつは謝罪からか?それから今後の方針立てもしておこう。』
こちらが無言を貫き通していると、呆れたように通信機の向こう側の元帥が口を開く。
『ほれ、儂に何か言っておくことがあるじゃろ。』
恐らく目を細めながら言ってきたのであろう形のいい顔が目に浮かぶ。
「謝罪?私が爺さんに謝ることか……。」
『全く、そうやって直ぐに必要なことが出てこんからお前さんは、云々。……まさか研究内容で軍法会議が開かれるとは。塵の子は塵になってしまう性なのかもしれんな。』
「あぁ……なんだ。それについて謝罪が欲しかったんだな。別に、そっちに赴いて土下座でもなんでも出来るが?」
構わん構わん。と否定を強調した後、通信機の向こう側から今度は申し訳なさそうな声質を主張させてくる。爺の癖に、情動豊かなことだ。
『お前さんの影響で海軍にブレイクスルーを引き起こしてくれたのは感謝しておる。しかし、失った代償を報告しないのは良くないぞ。』
後半部分は若干力を込めた後、それがまた崩れて、
『が、それを上手く認知出来なかった儂の監督不行届でもある。』
「報告書は基本
『……なるほど、こりゃあお前さんも1本取らされた訳だ。』
カッカッカッ!とまたしても零された笑いを聞き、考える。確かに、あの揚陸艦の掌の上で踊らされていたのだと。今となっては、関わることもない存在なので気にはしないが。マッドサイエンティストは切り替えが早いのだ。
『のう、……お前さんは何も思わなかったのか?』
「何も……というと?」
『お前さんの研究内容は、人を傷つける。そういう非道なものだろう。』
苦虫を噛み潰して舌に満遍なく塗りこんだように、まるで触れるのも苦しそうな声。マッドサイエンティストにとってその感情は分からないが、目の前の露出度の高い
「これが1番合理的だ。」
答えになっていない答え。しかし、長髪の男は眼鏡を調整し直し、こうとしか表現出来ない、ありのままの本心だと言う。
『……何時だって、同族を分かってやれるのは同族だけだ。だからこそ、お前さんのその感覚は何となくわかる。が、それでも、その性格はいつか身を滅ぼす。』
「…………」
『願わくば、お前さんが自分の中で大切だと思える嫁でも娶ってくれ。なんなら、儂の娘でもいいぞ?』
「……血が通っていないとはいえ、倫理的に問題のありそうな話だな。それにアレは私のことを嫌っている。」
何はともあれ、この歳になって孫が居ないのは悲しいからな。とつけ加えて、元帥はこの話を終える。
『さて、これからの方針だが、お前さんの役割はその鎮守府の防衛、強化に当たってもらう。横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊に次ぐ六つ目の主要鎮守府になるまでな。』
「防衛、は分かるが、強化は分からないな。上は大湊、下は舞鶴に守られたこの場所が、地理的に重要とは思えないが。」
その返答に元帥は一息おいて、重い腰をあげたように呟いた言葉で私に衝撃を与える。
『それで対応出来る程度の敵なら良かったんだがな。』
「どういうことだ?」
『一昨日衛星通信から連絡が入った。ロシア領カラ海の前線基地を深海棲艦が侵攻、加えてロシア領ノリリクスが同深海棲艦により壊滅的な被害を受けたと。』
元帥の説明と共に島風から地図が渡される。ノリリクスからこの基地まではおよそ5000kmだ。*1
「だが、日本とは全く関係なさそうな位置だが。それにノリリクスは比較的内陸だろう。壊滅的被害など地理的に考えても不可能じゃないのか?」
『それが、深海棲艦がロシアの広大な領土を横断しているらしい。』
「は?」
意味がわからない。荒唐無稽過ぎる話だ。本来海上を移動する化け物共が陸上を横断?それができるなら今頃日本は更地になっていておかしくない。確かに横断していると仮定すればノリリクスにも到達するが、やはり理解できない。
『ロシアを切り開いて進むのはどうかしているが、実は似たような深海棲艦を既に佐世保が発見、轟沈させている。朝鮮を縦断していたとの事だ。情報統制を敷いていたから日本国民は知らない。島風、映像を見せてくれ。』
元帥に言われた島風はどこからともなく端末を取り出し、ファイル内の動画を再生する。
言われた通り、そこには深海棲艦らしき巨体が木々を押し倒しながら山を突き進む姿がある。その後字幕が現れ、
『これが地上を練り歩く深海棲艦。会議では陸上型深海棲艦という仮名称が扱われている。』
「……陸上型深海棲艦。」
その後、佐世保の映像が映し出され、そこの艦娘で陸上型を沈める様子が端末の液晶を彩っていた。戦艦大和、戦艦武蔵、装甲空母大鳳も居るな。それだけ苦戦したというのか。
『話を戻すが、その陸上型が今現在ロシアを移動中だ。このまま行けば中国、ウラジオストクを経由してお前さんの鎮守府、そこで止められなければ横須賀にまで侵攻されるだろう。』
元帥の言葉に目を瞑る。全く、イカれていやがる。私がもう一歩で深海棲艦の構造を掴めるやも知れないことに、奴さんらが警鐘を鳴らし出したか?いや、偶然だな。偶然。そうでないとやってられん。国の安寧のための研究が国を刺すなど、私の精神が耐えられない。
「移動時速は?」
『大体10km/hだ。』
「移動手段が歩行にしては早いな。体の大きさ故か。」
ノリリスクから日本まで移動にかかる時間は約20日か。早いことに変わりは無い……か。
『下は舞鶴、上は大湊に守られていると言うが、そそこで止められなければ軍として戦略的に敗北している。』
「理解はした、したくないが。しかし、確かにロシアの艦娘勢力は海外諸国に比べて劣るかもしれんが、それでも対応できないのか?」
『現地のスパイ曰く、不可能だそうだ。そもそも、艦娘の陸上戦闘能力は海上のそれと比べて数段劣る。ウラジオストクに集めて作戦は仕掛けるようだが、期待はするなと電報が届いている。』
「……今頃モスクワ行きのシベリア鉄道は人で箱詰めか。」
行った事も無い地点のパニックを想像し、辟易する。
「話はわかったが、時間が無いのは事実だ。この鎮守府の艦娘は戦闘のセンスはあるかも知れんが、改装すらしていない奴らばかり。資源も少ない中、奴さんが攻めてくるまでに大湊や舞鶴レベルまで成長するとは考えにくい。」
それを指摘すると、予想していたかのように元帥が反駁を開始した。どうやら私を動かす交渉材料は豊富に用意してあるらしい。
『それの解決策を講じて指示するのが儂の役目だから安心せい。太平洋側は横須賀の英雄の采配でガッポガッポじゃからな。儂から直々にお願いして大量に資源を融通してもらった。』
横須賀の英雄。正義感で行動するあれが私に手を貸すとは思えんが…、私の義理の親である元帥の事だ。子が子なら親も親。上手く言いくるめて丸め込んだのだろうか。
『練度のことも問題ない。大湊との演習スケジュールを練っておいた。そこで経験値を積めばいい。』
「大湊が?なるほど、それは
アレにはつい先日裏切られたばかりだ。下手に立ち回ると簡単に寝首を搔かれるだろう。
長髪の男は島風に地図を返して一考に耽った後、山の麓にある鎮守府を見上げる。陸上艦、恐らく鬼・姫級が相手では到底抗うことも出来ず即沈まされてしまうであろう艦娘達。何とかして被害を出さずにしなければな。
「連絡は以上か?」
『うむ、……あぁそうだ、最後に1つアドバイスをしておこう。』
元帥は滅多に助言なんて与えない人だ。戦術指揮、人間関係、
『儂に早く孫を見せるとよいぞ。』
「…余計なお世話だ。」
この爺さんのことだ。血が繋がっていなくても良いのだろうな。そしてこれもまた私に人の心を理解させるためのエッセンスなんだろうか。あの人自身がそうだったように。
『此方からは以上だ。陸上艦がウラジオストクを突破したらまた連絡する。期待しているぞ。』
そう言って切れる通信機。電源を落として目の前の
「今日は僻地まで来てくれて助かった、いつもすまんな。」
そう少女に告げると、少しだけ驚いたのかピクッと表情筋が震える。通信機をどこかに閉まったかと思ったら、目線をこちらに向けて敬礼をしてくる。
「明坂てーとく。珍しいですね、あなたが人にそーゆーことを言うなんて」
言われてみると、そういえば久しぶりに他人に対して配慮を伝えた気がする。
「どうしてだろうな。アイツらの毒が私を蝕んでいるのかもしれん。元々私は影響を受けやすい性格だからな。」
「いいじゃないですか。私もあそこに居たら変われるのかなー?……てーとく、またかけっこしてねー。」
連絡橋の下、そう吐き捨てた少女は体を海側に傾けて抜錨していく。大湊を経由して所属の大本営に戻っていくのだろう。陸上を通過しない故に情報が盗まれることは無い。日本海軍最速の40ノット超の快速で、一日足らずで戻る。元帥の愛用艦だ。その分重労働で辛いらしい。
「明坂てーとく、髪型似合ってるね。」
そういえば、今日は不知火の影響でポニーテールにしていたことを思い出す。反応に困りながら島風を見つめていると、手を振りながら沖に出ていってしまった。
数分間、何を考える訳でも無くマッドサイエンティストは立ち尽くしていた。
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「大淀!アイツはまだ到着しないの!?」
僻地鎮守府面会室。まるで姉妹かと見間違えるような2人の少女が居た。140センチ程度しかないご立腹の少女と、160センチ程の眼鏡を掛けたセーラー服の少女。
「
しかし、身長と立場は上下関係が逆転しているようだ。その様相は、聞き耳を立てた駆逐艦曰く、わがまま悪役令嬢と手を焼くお目付け役。
「ゔぅ゙ぅ゙ぅ゙……!!これもそれもあの
ついに立ち上がって腕を曲げ、まるでオーラによって髪が逆立つような形相の少女。似合わないオーダーメイドの白軍服を大淀が暴動を抑えるために掴むことでシワができる。
「五月蝿いな、成人してもまだ頭はお子ちゃま気分なのか?」
いつの間にか扉が開かれ、部屋に入って来ているマッドサイエンティスト。
それを見た少女は可愛い雄叫びを上げながら反射的に殴り掛かる。
ぽす。という効果音が相応しいかのような弱々しい拳。しかし少女にとってはこれがKOパンチと同義であると認識しているため、それに合わせて大湊では艦娘が倒れてくれる。
が、ここは
「はぁ……はぁ……はぁ。」
いつの間にか息切れしている小柄な少女が、軍帽を被り直して目線を上げ、
「久しぶりね、クソ兄貴。身長高すぎて首が痛いからしゃがんでくれる?あたし上官だから。命令聞けないなんてありえないわよね?」
意気揚々と声を上げる
長髪の男は耐えきれず舌打ちした。
元帥の苗字は行燈<あんどん>です。
まるで風前の灯火のような投稿速度っぽい。カッコガチ。
私住所有定無職のくせしてかなり予定がつめつめなので、これから投稿間隔激遅になってしまうのです。謝意。今までの投稿ペースが私とは思えなかっただけですが。
とりあえず、向こう1年ちょっとリアルが大変になるので、ご愛嬌?って感じっぽい。でも完結はさせるんでご安心を。
そんな状態でも見てくれるよって方はガチ感謝っぽい。感想も募集してます。
4月10日○七○○追記 ユニークアクセスが1000回を突破しました。ここまで見て下さり感謝の極みっぽい!初投稿作品が見てくれていると実感して嬉しいっぽい〜