【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件   作:アスピラント

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大人しそうな人ほど怒らせたら怖い

「――よっと!」

 

 爆炎が遺跡の中に広がっていく。

 火が収まると後続のパーティが一気に駆け抜ける。

 ローズたちはまさに祠の中で、アレックスが一番してみたかった冒険そのものをしていた。

 

「祠の中心はちょっと距離がある、そんなすぐに魔族たちが辿り着ける場所ではないです」

 

 カイアスは頭の中に叩き込んだ地図を参照しながら言う。

 率先して前に出て、なんとか魔族よりも早く奥へ辿り着くべく案内する。

 

(ローズ先輩に認めてもらうために!)

 

 下心満載な彼についていくと――皆は回廊に出た。

 だがこれまでの通路とは比べ物にならないほど広大だった。

 

 天井は高く、左右には何本もの石柱が並び、壁一面に古代の文様と文字が刻まれている。中央奥には、まるで城門のような巨大な扉が鎮座していた。

 

「……でっか」

 

 ローズが率直に呟く。

 

「祠の中心部への門でしょうね」

 

 マリーが周囲を警戒しながら言う。

 扉は黒曜石のような光沢を放つ石で作られており、継ぎ目すら見当たらない。

 

「さっさと開けて進もう」

 

 レヴァンが腕をまくり始める。

 かつてないやる気に満ち溢れた彼はそのまま扉に密着すると――

 

「力こそパワー!!!!」

「同じ言葉だろ」

 

 マリーのツッコミを無視して思い切り扉を押した。

 

 ……が。

 

「…………」

「………………」

 

 びくともしない。

 

「もう一回!」

 

 今度は全体重をかけて体当たり。

 鈍い音だけが回廊に虚しく響いた。

 

「……無理っすね」

 

 ローズがため息をつく。

 

「そりゃそうでしょう。精霊の封印に直結してる門ですよ」

 

 マリーがレヴァンを半眼で見る。

 

「壊せばいいってものじゃありません」

「迷ったらデストロイがいいと思ったのだよ……」

 

 レヴァンは不満げに後退した。

 その間、カイアスとマリーは壁の文字を食い入るように見つめていた。

 

「……古代語ですね」

 

 カイアスが指でなぞりながら、頭をフル回転させる。

 読みにくいが……内容はそれほど難しくはない。

 

「文法は崩れてますが……大意は――」

 

 マリーが続きを読む。

 

「四つの誓約、四つの理。炎は意思を、風は導きを、地は守護を、水は循環を示す……」

「属性ギミックっすかね……」

 

 ローズはかつての冒険でも同じようなギミックを経験した事があったのか、すぐさま口に出した。マリーは無言で頷くとカイアスが彼女の意見の裏付けとなる内容を口にした。

 

「さらに――」

 

 カイアスは視線を壁の別の部分へ移す。

 

「“正しき順に力を捧げよ。さすれば門は開かれん”」

「順番付き……めんどくさいやつですね」

 

 レイナが苦笑した。

 回廊を見渡すと、四隅に小さな台座があり、それぞれに異なる紋章が刻まれている。

 

 炎の紋章、風の紋章、大地の紋章、水の紋章。

 

「たぶん、あれです」

 

 マリーが指差す。

 

「対応する属性の魔力を流し込めば、装置が起動するのでしょう」

「順番を間違えると……」

「罠、封印、最悪の場合は迎撃用の魔法陣……などなど色々な仕掛けが発動するかもしれません」

「……それで済めばマシっすねー」

 

 さらっと恐ろしいことを言うマリーとローズ。

 しかし全員に驚きはない。

 むしろあって当然だと思っている。

 

「……じゃあ慎重にいこう」

 

 ローズが一歩前に出る。

 

「役割分担するっす」

 

 彼女は次々と名前を呼ぶ。

 

「炎は私が担当」

「風は私だね」

 

 リリアが剣を軽く掲げる。

 

「地属性は……マリー、いける?」

「補助魔法なら可能です」

「水はレイナ、お願い」

「はいよ!」

 

 最後にローズはカイアスを見る。

 

「順番の監督役、お願いするっす」

「はい!」

 

 背筋を伸ばすカイアス。

 

(チャンスだ……ここで成功したら評価爆上がり……!)

 

 下心を胸に秘めつつ、必死に壁の文章と床の紋様を照合する。

 

「順番は……意思、導き、守護、循環……」

 

 彼は小さく呟く。

 

「つまり――炎、風、地、水の順です!」

「了解」

 

 ローズが炎の台座の前へ立つ。

 深く息を吸い、杖を構える。

 

「――バルク・エシュ」

 

 杖の先から凝縮された炎が流れ、台座の紋章へと吸い込まれていくと――ごう、と低い音が鳴って炎の紋章が赤く輝いた。

 

「第一段階、成功!」

 

 カイアスが叫ぶ。

 

「次、風!」

 

 リリアが一歩前へ出ると剣を水平に構え、静かに呟く。

 

「……ルアハ・ダガン」

 

 緑色の光が灯る。

 

「問題なし!」

「次、地ですね」

 

 マリーが杖を地面に突き立てる。

 

「大地よ、静かに応えなさい……」

 

 重厚な魔力が床を伝い、台座へ。

 土色の紋章が淡く光った。

 残るは一つ。

 

「レイナ、お願いします!」

「任せて!」

 

 レイナは両手をかざし、水の魔力を集中させる。

 

「――マイム・ナハル」

 

 澄んだ水流が宙を走り、最後の台座へと吸い込まれ、青い光が回廊を照らす。

 その瞬間――巨大な扉が低く唸りを上げ、ゆっくりと沈み込むように開き始めた。

 

「よし、成功っ!」

 

 カイアスは思わずガッツポーズをしかけ、慌てて咳払いをした。

 

「……いえ、当然の結果……」

 

 平静を装うが、内心は歓喜の嵐だった。

 

(やった……! ローズ先輩、見てましたよね!?)

「…………なんかキモい笑顔っすね」

 

 ローズはニヤつきを隠してブスになったカイアスを気味悪がりながらも、扉の向こうを睨む。凄まじい魔力が循環しているのを肌に感じる。

 

 精霊の力だろう、緊張感を保ちつつパーティが中に入ろうとした時だった。

 

(急に気配が……!?)

 

 1番早く気づいたのはリリアだった。

 ちょうど頭上の辺り――嫌悪感すら抱く禍々しい力を感じて、彼女は叫ぼうとした。

 

「皆!! 急いで――」

 

 ここから退避してと言おうとした瞬間、魔力で練られた壁が上から降りてきた。パーティ最後尾にはレイナがいた、彼女は足を止めて扉の中に入らずに済んだが――

 

「「遅い」」

 

 その一言の後、レイナ以外のパーティメンバーが扉の奥で閉じ込められた。完全に孤立したレイナの前には2人の魔族。

 

「全員閉じ込めるつもりだったんだけど……まぁ1人だけなら問題ないわね」

「運がないなーアンタ」

「…………魔族」

 

 レイナが静かにつぶやいた後、背の高い女の魔族がフードを払った。

 

「仕掛けを代わりに解除してくれてありがとう、お礼と言っちゃなんだけど……殺しはしないであげる」

 

 赤紫色の髪、赤い瞳、宝石のついた大剣を構えた魔族の女――ダリスは好戦的な笑みを隠さずに言った。

 

「ダリス姐ぇは優しいなぁ、まぁ……痛い目にはあってもらうがな」

「普通だろ、キール」

 

 まるで少年のような見た目をした男――キールは双剣を器用に回して言った。白髪に紫色の瞳と魔族らしく、かなり人の目を惹く見た目をしている。

 

 たった2人の魔族だが、その力は並の冒険者を優に超えていた。

 

(この2人が黒幕……?)

 

 そんな中でレイナは冷静に状況を把握する。まず扉の奥に仲間達を閉じ込めた結界は中に入った生物の力を封じ、最後に意識を奪う細工が施されていると分析した。

 殺そうと思えば出来そうな結界だが、それを選んでないという事は、魔族達の目的はあくまでも祠にあると理解した。

 

 そうとわかれば話は早い――ヒーラーである彼女はあくまでも対話を優先してたち振る舞う。

 

「……何の目的で祠に?」

「それは教えられないな、悪いけど……こっちも色々と必死でね」

 

 ダリスは大剣をしっかり握り込む。

 刃には魔力の薄膜を張り、切り裂かないようにしていたが普通にぶっ叩かれただけでも、重傷は避けられない。

 

「私たちが任務完了するまで……眠ってもらうよ」

 

 空気が張り詰めた。

 ダリスの足元に魔法陣が浮かび上がり、大地の魔力が奔流のように大剣へと吸い上げられていく。刃の表面に岩の装甲のような紋様が走り、重量感が一気に増した。

 

「――来る!」

 

 カイアスが叫ぶより早く、ダリスは踏み込んだ。

 床石が砕け、爆音と共にその巨体が突進してくる。人間離れした膂力と加速。純粋な破壊の塊が、一直線にレイナへ向かって迫った。

 

「レイナさん、逃げてください!!」

 

 マリーの悲鳴に近い声が回廊に響く。

 ヒーラーが正面から受け止められる相手ではない。誰の目にも明らかだった。

 

 だが――古くからの知り合いたる2人は全く異なる反応を示した。

 

「レイナ、やりすぎないようにしてくれっす!」

「本気出したら、情報聞けないからね!」

 

 リリアも珍しく声を荒げた。

 その言葉に、突進の直前でレイナは小さく肩をすくめた。

 

「……失礼だなぁ」

 

 彼女は静かに一歩前へ出る。

 手にしていた杖を、すっと床へ立てかけるように置いた。

 

「ちょ、レイナさん!?」

 

 カイアスの声は裏返る。

 魔族相手に、丸腰。

 常識的に考えれば自殺行為だ。

 だがレイナは、どこまでも落ち着いていた。

 ゆっくりと両手を前に出し、指を折り畳む。

 

 ぎゅ、と白い指が硬く握り締められると彼女の雰囲気が変わる。聖職者の柔らかさは無くなり、鋭いナイフのような気迫が出てきた。

 

 ローズとリリアは同時に悟る。

 

(あ、これ……止められないやつだ)

 

 その刹那――レイナはほんの少しだけ目を細めた。

 思い出すのは痛々しくも充実した日々だった。

 

 ◇◆◇

 

 砂埃の混じった乾いた風が、頬を撫でた。

 レイナは仰向けに倒れたまま、しばらく空を睨んでいた。視界の端で、白い雲がゆっくりと流れていく。

 

 ――ぼたっ。

 

 口の中に溜まっていた鉄の味を、彼女はそのまま地面に吐き捨てた。

 

「……っ」

 

 歯の裏側が切れている。舌で触れると、じんわりとした痛みが返ってくる。

 

 体中が軋み、腕も脚も鉛のように重い。

 それでも、レイナはゆっくりと上体を起こした。

 

「……師匠」

 

 少し掠れた声で、前に立つ女を見上げる。

 ボロ布みたいなコートを羽織り、長い黒髪を無造作に後ろで束ねた女。腰には酒瓶、口には火のついた煙草。どう見ても聖職者には見えない風体だが、彼女は伝説のヒーラーと呼ばれる傑物だった。

 

 他には腹黒女、逆ヒーラー、女ヤクザ、タバコで腐った肺を自分で治療して無限シケモクしてるヤベー女とか呼ばれてる。

 

 ただ彼女が数々の戦場で仲間を救い、同時に敵を叩き潰してきた、異端にして英雄なのは間違いなかった。

 

「……ヒーラーに、こんなの必要ですか」

 

 レイナは膝を抱えながら、ぽつりと呟いた。

 

「殴り合いとか……関節技とか……」

 

 唇の端に残る血を、乱暴に袖で拭う。

 

「それ、戦士の役割じゃ……」

 

 次の瞬間――ぱしん、と乾いた音がした。

 

「――あ?」

 

 レイナの額に、軽く拳骨が落ちる。

 

「何ぬるい事言ってんだ、ガキ」

 

 師匠は口から煙草を取り、掌で火を揉み消すと、ギロリと睨みつけた。

 

「お前さぁ、パーティで一番最初に狙われる役職、誰だかわかってんの?」

「……え、あ、それは――」

 

 レイナが口を開きかけた、その瞬間。

 

「言われる前に答えろっつってんだろうが、てめぇ!」

「理不尽っ!!?」

 

 ごつん、と再び頭を叩かれる。

 こいつ私が弟子じゃなかったらちゃんと訴えてるぞ――と睨み利かせるが師匠は知らんぷり。

 

「戦士? 魔法使い? 盾役?」

 

 師匠は指を折りながら吐き捨てる。

 

「そいつらは後回しだ。まず潰すのは回復役。常識だろうが」

 

 レイナは何も言い返せなかった。

 確かに、実戦でもそうだった。

 敵はいつも、真っ先に後衛を狙ってくる。

 回復が止まれば、前線は崩れる。

 パーティは瓦解して一巻の終わりだ。

 

「だからな」

 

 師匠はニヤリと、獣みたいに笑った。

 

「ヒーラーが無力だったら、その時点で詰みなんだよ」

 

 そして拳を握って言う。

 

「だからアタシが弟子に教えるのは回復魔法だけじゃねぇ、アタシ直伝の殺人拳だ」

「……殺人言うたぞこいつ」

 

 ヒーラーが絶対に口にしちゃいけない言葉を吐き捨てた彼女は、続けて問題発言する。

 

「治す手で、敵を壊せ」

 

 師匠は豪快に笑いながら言った。

 

「殴れ。折れ。潰せ。生き残れ、戦えないヒーラーなんてのはなぁ、ただの動く回復薬だ」

 

 煙草を咥え直し、肩をすくめる。

 

「実際よ、戦えないヒーラーほど早死にする職業もねぇんだ」

 

 そして、ぐっと顔を近づけてくる。

 

「いいか、レイナ」

 

 その瞳は冗談の欠片もなく鋭かった。

 

「大人しくしてる奴が1番やべーんだ、誰も殴らないと思ってる奴が、いきなり顔面ぶち抜いてきたら……敵は意表を突かれる。よーく覚えておけ」

 

 ◇◆◇

 

 レイナが目を開けた、その瞬間だった。

 視界いっぱいに迫る、赤紫の魔力を纏った大剣。

 ダリスの振り下ろしは迷いがなく、必殺の軌道だった。

 

 だが次の瞬間にはぱしん、と乾いた音が祠の回廊に響いた。

 

「……なっ」

 

 ダリスの瞳が見開かれる。

 レイナが素手で剣身を掴み取っていたのだ

 刃が皮膚を裂く寸前で、指と掌が鉄のように固定されていた。魔法障壁もない、純然たる白刃取りを彼女は披露したのだ。

 

「なんて力……っ!?」

 

 力任せに引き抜こうとするダリスだったが、剣は微動だにしない。

 

「フン……」

 

 するとレイナは一度、剣を水平に押し下げてから容赦のない、垂直のチョップをダリスの喉笛に叩き込む。

 

「がっ……!?」

 

 空気が潰れるような音。

 ダリスの身体がくの字に折れ、膝が崩れるがレイナは逃さない。

 

 彼女はそのまま腕を取り、肩を差し込むと――

 

「……よいしょ」

 

 軽い呟きと同時に魔族の女の巨体が宙を舞う。

 彼女が披露したのは背負い投げだ。

 ダリスがあっけなく石床に叩きつけられると、レイナは右拳に淡い白光が集束させて――

 

「オラァァアアア!!!」

「――――!!!?」

 

 拳を振り抜くと同時に地面が砕け、衝撃波が回廊を揺らす。

 ダリスの腹部に突き刺さった一撃は、床ごと粉砕し、彼女の意識を一瞬で刈り取った。

 

「ダリス姐ぇ!?」

 

 たまらずキールが飛び出す。

 内心は焦りで一杯だった。

 

「お前……ヒーラーじゃなかったのかよぉぉ!!」

 

 双剣に雷が走る。

 ジジジ、と空気が焼け、二条の雷刃が交差しながらレイナへと迫る。

 

「ヒーラーだよ、ちょっとステゴロ強いだけで」

 

 そう言うとレイナは、ただ静かに両手を前に出す。

 掌には透明な、水の魔力の塊が作り出されていた。

 

「通電、しやすいんだよ。水って」

 

 バチィィ――という激しい音を伴う雷撃が直撃するが水球に吸収され、空中で霧散する。

 

「なっ……!?」

 

 キールが怯んだ刹那。

 レイナは踏み込んだ。

 水球を霧散させ、そのまま懐へ。

 関節を極める動きは、あまりに正確だった。

 

「――っぐ!?」

 

 肘関節が逆方向に折り込まれ、双剣が床に転がるとそのままレイナの拳が、ボクサーのように連続で叩き込まれる。

 顎、頬、鼻梁と重い打撃が絶え間なく続いていく。はっきり言って仲間達はドン引きである。

 

「がっ……ぐ、ぉ……っ」

「最後に……!」

 

 タコ殴りしたレイナは最後に膝蹴りをかます。

 それも腹部へ、容赦なくだった。

 

「――っぶ!!」

 

 キールの身体が宙を飛び、壁に叩きつけられて沈黙した。

 

「「「…………」」」

 

 あまりの光景にゼピュロスは何も言えなくなっていた。

 マリーは口をぱくぱくさせたまま固まり、カイアスは剣を持ったまま石像のように硬直し、レヴァンに至っては意味のわからない呪文のような独り言を繰り返していた。

 

 その横でローズは、がしがしと頭を掻いた。

 

「あちゃー……」

「せっかくカモフラージュしてたのに」

 

 リリアも呆れたようにため息を吐く。

 彼女たちは当然レイナの力を知っていた。

 

「どういう事です……?」

 

 マリーが恐る恐る聞くとリリアは渋々語る。

 

「レイナはね……普段はおとなしいけど」

「実は一番、戦闘力高いっす」

 

 ローズは小さく肩をすくめる。

 

「……戦ってる姿、恥ずかしいから見せたくないって言うんだけど……あれは建前なの」

 

 リリアは床に転がる魔族と、砕けた石床を見回しながら言った。

 

「血で汚れるし、後の掃除が面倒だからってやりたがらなくてね……」

「後はモテなくなるからって言ってたす」

「…………聞こえてるんだけど?」

「「すみませんした」」

 

 ピシッと謝罪するローズとリリアを見て、鼻を鳴らしたレイナは伸びてる魔族2人を見て、ため息を吐く。

 

「……とりあえず加減はしてあげたからね」

 

◇◆◇

 

 外はすっかり夜になっていた。

 癒しの館☆メルティ・ハートの看板に灯る柔らかな魔導灯が、石畳を淡く照らしている。昼間の喧騒が嘘のように、通りには人影もまばらで、風に揺れる旗と遠くの酒場の笑い声だけが、街がまだ眠っていないことを教えてくれていた。

 

「……つ、疲れた……」

 

 アレックスは店の裏口を出た瞬間、思わずそう呟いた。

 

 メイド喫茶で働く、という字面だけなら楽そうに聞こえるかもしれないが、実際はなかなかの重労働だった。仕込み、洗い物、調理補助、突発的に増える注文への対応。しかも今日はマルティアナの暴走――いや、“女子力アピール作戦”のおかげで、メニューにない料理まで量産する羽目になったのだ。

 

 結果として評価爆上がり――戦力になっちゃったのである。

 

「……なんで普通に評価上がってるんだろう……」

 

 店長には肩を叩かれ、「明日も頼むわね」と満面の笑みで言われ、キッチンのスタッフからは「頼れる新人」として認識され、ユミをはじめとしたメイド達ともすっかり顔見知りになってしまった。

 

 本来の目的は聖剣の嫉妬パワー増幅だったはずなのに。

 このままじゃメイド喫茶で天下取りそうだ。

 

「普通にバイト成功してるだけだよね……」

『ふん』

 

 腰に差した聖剣――マルティアナが、ぷいと拗ねたように声を出す。

 

『私の女子力を、思い知らせることが出来たのは良かったわ』

 

 どこか誇らしげで、しかし次の瞬間には苛立ちを滲ませた声になる。

 

『ただ……ちょっとメスが寄り付きすぎるわね』

「言い方!」

 

 アレックスは思わず小声でツッコミを入れた。

 人通りが少ないとはいえ、独り言を言っている変な青年と思われたくはない。

 

「でも、これも作戦だから仕方ないよ。嫉妬パワーを溜めるためなんだから」

『理屈では分かっているわ』

 

 マルティアナは不満そうに鼻を鳴らすような気配を漂わせる。

 

『分かっているけど……気に食わないものは気に食わないの』

「……ま、そら……そうか」

 

 労わなきゃダメだなとアレックスが考えてると、マルティアナの声色が変わった。

 

『……ただね』

「ん?」

『なんでしょうね。街全体に、変な力を感じるの』

 

 アレックスは足を止めかけて、首を傾げる。

 

「変な力?」

『ええ。嫌な感じとか、禍々しいとか、そういう単純なものじゃないのだけど……』

 

 マルティアナは言葉を探すように、少し間を置いた。

 

『歪み、というか……違和感? 魔法が行使された痕跡のような、それがまだ完全に消えていないような……』

「それって、危ないやつ?」

『断定は出来ないわ』

 

 珍しく歯切れが悪い。

 アレックスは漠然とした不安を感じた。

 

『私自身もはっきり掴めていないもの。ただ……』

 

 声がわずかに低くなる。

 

『気持ち悪いの。理由は分からないけど、放っておいていい類のものじゃない気がする』

 

 マルティアナはヤンデレ気質で暴走癖のある聖剣だが、その感覚自体は本物だ。魔力の流れや異常に関しては、アレックスよりも何倍も鋭い。

 

「どういうことなんだろう……」

『私が、あそこにいなきゃ分からないかも』

「あそこ?」

『メイド喫茶、あとは街中かな』

 

 街中に何があるのだろう――あるならユピテルス関連だと思うが……アレックスはマルティアナの感覚を信じる事にした。

 

「……明日以降はちょっと僕らも調べようか」

『ええ……』

 

 なんだかいきなりシリアスな感じになってしまった。

 2人は無言で仲間達がいる宿に着く。とりあえずさっきマルティアナが言ったことを早く共有しよう。そう思ってアレックスが宿に入り、部屋の扉の取手に手をかけて開けた――

 

「ただいまー……皆――って」

 

 扉を開けてアレックスは固まる。

 

「おかえりなさい、アレックス」

 

 最初に聞こえたのは、やけに穏やかな声だった。

 にこり、と柔らかく微笑むレイナが、いつも通りの清楚な立ち姿でこちらを見ている。

 

「え……?」

 

 一瞬、アレックスは“いつもの光景”だと認識しかけた。

 だが、そのすぐ後ろ。

 部屋の中央に置かれた二脚の椅子を見て真顔になる。

 

 そこには縄でぐるぐる巻きに縛られ、口には布を噛まされ、全身あちこちが腫れ上がり、青紫に変色し、片方は目の周りが完全に塞がり、もう片方は鼻血が乾いてこびりついた状態の男女が座らされていた。

 

「…………」

 

 アレックスの思考が、完全に停止する。

 ゆっくり視線を巡らせる。

 ローズは腕を組んで壁にもたれかかり、

 

「いやー……おかえりっす」

 

 と妙に気まずそうな笑顔。

 リリアは窓際で紅茶を飲みながら、目を逸らしている。

 マリーは青ざめた顔で祈るように手を組み、カイアスは正座して小さく震え、レヴァンはなぜか腕を組んで深く頷いていた。

 

 そして改めて、椅子の二人――魔族である。

 

「……悪魔だ、悪魔がいる……」

「い、息するだけで……痛ぇ……」

 

 とりあえず色々考えてアレックスは言った。

 

「とりあえず……マジで1から10まで事細やかに教えてくれない?」

 

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