【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件   作:アスピラント

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遅れました。




違和感の正体

 悲報――仲間が拷問していた件について。

 そんな間抜けなタイトルが頭に浮かんだアレックスは、色々と現実逃避したい気持ちを抑え、恐る恐るレイナの隣に座る。

 

「えーと……何があったの?」

「それは話すと深い訳が……ある訳じゃないけど――」

 

 ないのかよと思いつつ、アレックスはローズは事の顛末を聞いた。祠に行ったら魔獣が彷徨いていて、中を探索したら魔族がいた。だから頑張って倒してお前らが元凶かこらぁ――という内容だった。

 

「……結局、祠はどうだったの?」

「やはり干渉されていた。ユピテルス様を守るための術式が壊されていた。暗黒の魔法でね」

 

 とマリーは厳しい目を顔面ボコボコにされた魔族2人に向けた。もうどっちが悪役かわからない状況である。

 

「ふざけるな……! まるで俺たちを犯人みたいに言いやがって!」

「違うんすか?」

「ああ!!」

 

 すると見た目が少年にしか見えない魔族の男が、目をカッと見開いて言った。

 

「俺たちはやってない!! それだけはマジだ」

「…………嘘ついたら……ね?」

「「!!」」

 

 バキリと拳を鳴らすレイナ、2人の魔族は思いっきり顔を引き攣らせる。

 

「レ、レイナさん……とりあえず一旦は話だけでも聞きましょう……」

「そうだね、私ったら……つい」

『中々いい筋行ってる殺意ね……見直したわ』

 

 見直すなよ――と思ったアレックスは捕まった魔族に目線を合わせるため、少ししゃがむ。

 

「名前……教えてくれると嬉しい」

「「…………」」

 

 2人はお互いに見合わせてから、観念したように話す。

 

「キールだ……」

「ダリス」

「キール、ダリス……わかった、ありがとう」

 

 アレックスは一度だけ深呼吸をした。

 肺の底まで空気を満たし、ゆっくりと吐き出す。

 目の前には、縛られたままの魔族が二人。

 どう見てもこちらが悪役側にしか見えない構図だが、今はそれどころではない。

 

「……キール、ダリス」

 

 できるだけ穏やかな声で続けた。

 

「どうして祠にいたのか、教えてくれる?」

 

 キールは露骨に顔をしかめた。腫れた頬がぴくりと引きつる。

 

「……チッ」

 

 明らかに言いたくなさそうだ。

 一方でダリスはしばらく黙っていたが、やがて観念したように静かに息を吐いた。

 

「……言うしかないか」

「ダリス姐ぇ!?」

 

 キールがぎょっとして顔を向ける。

 

「何考えて――」

「捕まってる以上、隠しても無駄だ」

 

 ダリスは低い声で遮った。

 それからちらりとローズたちを見やった。

 

「それに……どうやら、利害は一致してる可能性が高い」

 

 アレックスは眉をひそめた。

 

「利害?」

 

 ダリスは姿勢を正そうとして、縄がきしんだ。

 一瞬だけ迷いの色が顔をよぎったがはっきりと告げる。

 

「我々は……グラナダ王国より派遣された調査員だ」

「……まじっすか」

「おっと……いきなりとんでもない名前が……いやもしかしてとおもったが」

 

 ローズとレヴァンが驚くのも無理はない。

 グラナダ王国――魔族国家の中で最も有名かつ巨大な帝国だ。基本的に閉鎖的であり、内情がどうなっているか知る人は少ないが、現代の魔王が支配する国として有名だ。

 

「……アレックスは知ってる?」

「な、名前だけなら……」

 

 リリアがずいっと覗き込みながら問う。

 近くてドキッとしたのを隠しながらアレックスは答えた。あくまでも名前だけなため、反応は薄いがローズたちの表情を見て、この2人は只者じゃないのだと理解した。

 

「だから言いたくなかったんだよ……!」

「キール」

 

 ダリスはぴしゃりと言い放つ。

 

「今は体面より任務だ」

「……しゃあねぇか……」

 

 そしてアレックスへ視線を戻した。

 

「最近、各地で魔獣の異常発生が報告されているのは知っているな?」

「あ、うん……」

 

 まさにそれを追っている最中だ、とアレックスは思った。偶然にしては、できすぎている。

 

「我々の領域でも同じだ。発生原因が不明――しかも暗黒系の術式が仕込まれた痕跡が確認されている。増え出した魔獣によって、魔族側にも被害が出ているのだ」

 

 マリーの目が鋭くなる。

 

「……祠の術式と同じ……ということは、もう全ての祠を調査したのですか?」

「ああ……」

 

 ダリスは頷いた。

 

「ユピテルスを守る結界は破壊され、精霊は囚われた。その後で精霊の力は逆に利用され、自らの手で結界を再構築して中に閉じこもり、再び目を覚まそうとしてる」

「……それって……」

「ユピテルス様がどうなってるか……存じてますか?」

 

 ローズは何かに気づいたようだが、堪えきれなかったマリーは不安のあまり問う。するとダリスは深刻そうな顔をしながらいった。

 

「今精霊ユピテルスは暗黒の魔法によって、魔獣になりかけている」

「「「!」」」

「結界を自ら解除した瞬間――魔獣となったユピテルスが野に放たれ、君らの街を滅ぼすだろう」

 

 その一言に部屋の空気は最悪になった。

 ローズ、リリア、レイナのベテラン冒険者組みも険しい表情をしている。

 

「しかもタチが悪いのはな……暗黒魔術って時点で、真っ先に疑われるのが”俺たち”だってことだ」

 

 魔族と暗黒の魔法を結びつけるのは容易だ。

 もしそんな状態でユピテルスが解放されれば――待ち受けるのは戦争である。

 

「ふざけた話だろ」

 

 キールは悔しそうに歯を食いしばった。

 

「俺たちがやってもいないことで、勝手に黒幕扱いだ」

「だから」

 

 ダリスが引き継いだ。

 

「我々は極秘で派遣された。表向きではなく、水面下で調査するための人員だ」

 

 アレックスは黙って聞き続ける。

 

「任務は二つ。魔獣発生の原因究明」

「そして?」

 

 短く問い返すと、ダリスはわずかに間を置いた。

 

「……我々が犯人ではないという証拠を掴むことだ」

 

 その言葉には、明確な悔しさが滲んでいた。抑えようとして、それでも滲み出てしまう種類の。

 

「犯人の目的に関しては未だ不透明だが、可能性としてはユピテルスを操り、この国に甚大な被害を出させる事で、我々に罪をなすりつけるつもりだろう」

『まるで……昔みたいね』

 

 するとマルティアナが神妙なトーンで答えた。

 

『かつての……勇者と魔王の戦を再現するつもりかしら。その黒幕とやらは』

(マルティアナ……)

 

 静かにいった彼女からは非常に強い感情がこもっていた。

 

「じゃあ……あんたら2人は敵じゃないと認識していいんすか?」

「ああ、もちろんだ」

 

 ダリスはゆっくりと頷いた。

 縄で縛られ、顔を腫らしながらも、その目だけは真剣だった。どこまでも、真剣だった。

 

「任務成功のためには、人手がいる。正直に言う――お前たちの戦力は、魅力的だ」

 

 ちらりとレイナを見る。

 

「特にあのヒーラーはな……」

「…………」

 

 レイナがにこりと微笑むとキールがびくっと震えた。

 

「前向きに検討してくれたら助かる」

 

 そう言って見つめてくるダリスの目は、この中の誰よりも力強く輝いていた。

 

◇◆◇

 

 結局、ダリスとキールの処遇については、マリーたち騎士団側が上に報告し、ルカへ相談することになった。

 

「勝手に解放も出来ませんし……かといって、拘束し続けるのも問題ですから」

 マリーはそう言って、魔族二人を一時的に別室へ移す手配をする。

 

 ダリスは最後まで真っ直ぐこちらを見ていたし、キールはレイナから距離を取ることに全力を注いでいた。

 

 ひとまず解散――部屋に残ったのは、アレックスたちだけだった。さきほどまでの騒がしさが嘘のように、重たい沈黙が落ちる。

 

 ランプの灯りが揺れ、壁に影が揺らめいた。

 

「……黒幕、ね」

 

 リリアがぽつりと呟く。

 

「誰なんだろうね」

 

 その声は、いつもの淡々とした調子だが、奥にわずかな緊張があった。ローズは腕を組み天井を睨みながら言った。

 

「魔族じゃないって前提なら、話はややこしいっすね」

 

 それを聞いたアレックスはふと疑問に思ったことを口にする。

 

「暗黒の魔法って……やっぱり魔族しか使えないの?」

()()()()()という言葉がつくっすけどね」

「基本的……?」

「魔法を極めた者なら不可能はないって意味かな」

 

 するとリリアが捕捉した。

 

「ローズも凄腕だけど、世界には賢者とか呼ばれるような……魔法を極めた人がいる。そんな人って……もう何でも出来ちゃう」

「暗黒の魔法を使ってる犯人が魔族じゃないなら、もうそれぐらいしかないっす」

「そんなに……」

 

 アレックスは喉を鳴らす。

 まさかそんなやばいとは思わなかった。

 

「暗黒魔法は、属性が違うっていうより……構造が違う」

 

 レイナが補足する。

 

「私たちの使う魔法は、基本的に“循環”と“調和”が前提なんです。でも暗黒の魔法は侵食と強制……術式の根本思想が違う」

 

 だからそもそも基盤が違うため、使うことは出来ない。

 

「……そっか」

 

 アレックスは小さく呟いた。

 もし魔族以外に使える者がいるとしたら、それは歴史に名を残すほどの怪物という事になる。

 

『……』

 

 不意に腰の聖剣が微かに震えた。

 

「マルティアナ?」

『……』

 

 少しの沈黙の後、マルティアナはいつもより低い声を出した。

 

『こんな時に言う話じゃないかもしれないけど……アレックス、提案があるの』

「マルティアナ……?」

 

 アレックスの声にパーティメンバー全員の注目が集まる。

 

『一旦街を散策して調べて欲しいの……』

「え?」

『さっきの話を聞いて不安になったのよ』

 

 マルティアナの声は、抑えているのにわずかに震えていた。

 

『この宿に戻る時に話したでしょ、違和感を感じたと』

「ああ……確かに」

 

 マルティアナは歪みと表現していたが、アレックスは何も感じなかった。聖剣である彼女しかわからないものかと思って、その時はあまり言わなかったが、ここまで真剣なトーンで言われたら見過ごすことは出来ない。

 

『街を散策して、同じ違和感があるかどうか。もしあるなら、何か痕跡が残っているかもしれない』

「……わかった」

 

 ならば信じよう――担い手としてアレックスは改めて決意した。

 

「ごめん、皆」

「聖剣様と話してたの?」

「うん……何でも街に違和感を感じるって言っててさ、結構深刻なトーンだから……その正体を突き止めようと思う」

 

 リリアだけじゃなく、ローズとレイナにもしっかりと言う。

 

「できれば……夜遅いけど付き合ってくれたら助かる」

「断る訳ないっすよ!」

「ん、ボクらはパーティメンバー、運命共同体」

「私たちはどこまでもついていきますよ、担い手様」

 

 3人が来てくれるなら心強い。

 アレックスは小さく息を吐いた後、宿を出た。

 

◇◆◇

 

 夜の街は、完全に眠っているわけではなかった。

 酒場からはまだ笑い声が漏れ、屋台の片付けをする商人たちの姿もある。月明かりと街灯が石畳を淡く照らし、人影が長く伸びていた。

 

 その中を――アレックスは、聖剣マルティアナを堂々と引き抜いたまま歩いていた。

 

「……なあ、これ本当にこのスタイルで行くの?」

『仕方ないでしょう。鞘に入れたままじゃ感知の精度が落ちるの』

 

 剣身がかすかに光を帯びている。

 それを両手で持ち、真剣な顔で左右を見回しながら歩く少年……どう見ても不審者だった。

 

「え……」

 

 すると早速通りすがりの男性が、ぎょっと目を見開く。

 

「ひっ……!」

 

 女性が子どもの手を引いて小走りに離れる。

 逮捕まで秒読み状態もいいとこだった。

 

「ち、違います! 違うんです!」

 

 アレックスが慌てて言うが、余計に怪しい。

 するとローズが前に出て、両手をひらひらさせた。

 

「ちょ、ちょっと調べ物してるだけっす! 決して辻斬りとかじゃないっすよー!」

「辻斬りって単語を出すなよ!」

「いやでも否定はしとかないと!」

 

 さらに別の通行人が距離を取る。

 

「おい、あれ担い手じゃないか……?」

「なんで夜中に剣を出して……ついにおかしくなったか?」

(ついにってなんだよ!)

 

 ひそひそ声が痛いし、なんかおかしい奴予備軍にされていたのも腹立たしい。するとリリアがぼそっと言う。

 

「客観的に見ると完全にアウト」

「自覚はあるよ!」

 

 レイナは申し訳なさそうに、通りすがりの人へ丁寧に頭を下げていた。

 

「ご安心ください。街の安全確認ですので」

「ヒーラーがフォローに回ってるのがまた本気感あるっすね」

 

 ローズが苦笑するという、まぁ平和なやり取りをしている最中――マルティアナが反応した。

 

『……止まって』

 

 マルティアナの声が鋭くなる。

 アレックスはぴたりと足を止めた。

 

「何かある?」

『……微かだけど、さっきと同じ歪みがある』

 

 周囲は何の変哲もない石畳の路地、人通りは少ない。

 何かを隠すなら絶好の場所だろう。

 

「行こう……」

 

 アレックスを先頭に、四人は細い路地へと足を踏み入れた。

 石畳は昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、両脇の建物が月明かりを遮っている。背後の通りの灯りが遠ざかるにつれ、空気がひやりと冷えた。

 

「……特に何もないように見えるっすけど」

 

 ローズが小声で言う。

 

「ん。魔力の流れも普通」

 

 リリアも周囲を観察するが、異常は感じ取れないらしい。

 レイナも目を閉じて気配を探るが、首を横に振った。

 

 だが――マルティアナは違った。

 

『まっすぐ進んで』

 

 マルティアナの声は、はっきりと緊張を帯びていた。

 アレックスは無言で従う。

 

『もっと奥。突き当たり』

 

 やがて路地は行き止まりに辿り着いた。

 そこには古びた石壁があった。

 苔が生え、ひび割れた、ごく普通の壁である。

 

「……完全に行き止まりだよな?」

 

 アレックスが小声で言うと、三人も頷く。

 

「袋小路っすね」

「ん、ハズレ?」

 

 すると腰の剣が微かに震えた。

 

『間違いないわ……そこ。正面の壁』

「え、この壁?」

『ええ。アレックス、私を突き立てて』

「え?」

 

 思わず間抜けな声が出る。

 脳裏に建造物破損……という不穏なワードが浮かんだ。

 

『信じなさい』

「わ、わかった」

 

 アレックスは深く息を吸う。

 

「……ちょっと下がって」

「え?」

「壁に、ちょっと試すだけだから」

 

 三人が怪訝な顔で数歩下がる。

 アレックスは剣を構え、壁へ向けると聖剣を突き立てた。

 

「――っ!」

「いきなりっすねー」

 

 ガンッ、と硬質な音が鳴る。

 すると次の瞬間――ピシリ、と異様な音が走る。

 

「……え?」

 

 壁の表面に、細い亀裂が広がった。

 まるで透明なガラスにヒビが入るように、蜘蛛の巣状に割れ目が走っていき、そこから光が漏れた。

 

「うんしょ……!」

 

 そしてアレックスがもっと深く刺しこむとパリン、と何かが砕け散るような音と共に、壁が()()()。そこにあったはずの石壁は霧のように溶け、奥に現れたのは古びた石造りの建物だった。

 

「こんなとこに建物が……!」

「……結界?」

 

 蔦が絡まり、窓は黒く、扉は半ば朽ちている。

 明らかに、長年放置された建物であり、この路地裏の中でも誰も使ってこなかったことが窺える。

 

「……は?」

 

 しかしローズはこの仕掛けに気づいていたようで、半ば信じられないと言った表情をしていた。

 

「まさか……認識阻害?」

「それって……」

「文字通り……生命体の知覚機能を騙す魔法っす。アタシも出来なくはないけど、そんな高度な真似は出来ないっす。ましてや現実世界を塗り替えるだけじゃなく、魔力すら感じさせないなんて……!」

 

 魔法に精通してる彼女だからこそ、この何気ない仕掛けにしか見えないこの術の凄さに気づいていた。

 

「違和感とか全くなかったっすよ……こんな大胆に仕掛けてあったなんて……」

 

 話を聞いていたリリアも目を細める。

 どう考えてもこの仕掛けをしたのは只者ではない。

 

「空間に直接、上書き……そんなの聞いたことない」

 

 レイナもつられて息を呑む。

 

「私たち、完全に騙されていました……」

「……何かあるかもしれない」

 

 アレックスはゆっくりと剣を引き抜くとマルティアナが静かに言う。

 

『さっき、賢者の話を聞いたでしょう?』

「……うん」

『高度な術者なら、不可能はないって』

 

 文字通り……魔法で何でも出来る存在だ。

 魔族が犯人じゃないなら……この一連の事件の犯人はつまり――

 

『むしろ……魔族であって欲しいぐらいね』

 

 剣身が淡く光る。

 

『この規模の認識阻害。しかも街中で、違和感を一切抱かせない精度、妙に合致したのよ。随分と台座に差し込まれていたからすっかり忘れかけていたわ』

 

 担い手であるアレックスですらゾッとするような圧力を、マルティアナは醸し出す。

 

『嫌な予感が、当たっていたわ』

 

 軋む扉を押し開け、四人は古屋の中へ足を踏み入れた。

 中は埃っぽく、長年誰も出入りしていなかったことが一目でわかる。家具はなく、棚もなく、生活の痕跡すらない。

 

「……何もない?」

 

 リリアが呟いた後、ローズが床を見て目を見開いた。

 

「いや、あるっす」

 

 石床いっぱいに、巨大な魔法陣が刻まれていた。

 淡く、しかし確かに残る魔力の残滓。幾何学模様と古代文字が幾重にも重なり、円の内側にさらに円、その外周を複雑な線が走っている。

 

「これは……転移魔法っすね」

 

 ローズがしゃがみ込み、指先でなぞる。

 

「座標固定型。誰かがここから別の場所へ移動した、あるいは何かを送った痕跡がある」

「転移……」

 

 レイナが眉をひそめる。

 

「じゃあ、ここは拠点?」

「その可能性は高いっす」

 

 だが問題はそれだけじゃない。

 

「……でも」

 

 ローズの視線は、さらに奥――部屋の中央に向いていた。

 そこには、転移陣とは別に、床一面を覆うほどの“もう一つの魔法陣”が刻まれていた。

 

 円の直径は部屋いっぱいに広がっており、かなりの大きさだ。よほど魔法自体の出力をあげたいのだなとアレックス以外の全員が確信した。

 

「こっちの方が本命っすね……でも、こんなのは見たことないっす」

 

 思わず彼女の眉間に皺が寄る。

 

「術式が多重すぎる。認識阻害の基礎式は読めるけど……その下に空間座標の干渉式、そのさらに下に……意味不明の補助線がある」

 

 リリアも覗き込む。

 

「三重、四重……いや、もっと」

「アタシでも全部は読めないっす」

 

 珍しくローズがはっきりとわからないと言った、そのとき――マルティアナが答えた。

 

『認識阻害と、空間干渉の複合陣ね』

 

「……そうなのか?」

『ええ』

「……聖剣様はわかってるんすか?」

「うん……認識阻害と空間干渉の複合陣って……」

「え……何すかそれ、そんなこと出来るんすか……」

 

 剣身がわずかに光る。

 アレックスの応答を聞いたローズは信じられないという顔をしていた。

 

『単純に建物を隠しているだけではないわ。この陣は“点”ではなく“面”に作用している』

「面?」

『恐らく街全体』

 

 背筋が冷える。

 

『今いるここは、街のほぼ中心部』

 

 アレックスははっとする。

 確かに、地理的には中央に近い。

 

『この陣は核。中心点よ』

「核……」

『そして東西南北の端に、同じ規模の陣があるはず』

 

 剣の声が重くなる、それが事態の深刻さを表していた。

 

『それぞれが結ばれ、巨大な結界を形成している』

「結界……街規模の?」

『ええ。認識阻害を街全体にかけるための』

 

 ぞくりとする。

 つまりこの街の住人全員が、何かを見せられている。

 そして――

 

『ユピテルスを魔獣にしようとしている奴は、この街の中にいる』

「……!」

 

 敵はいつからかわからないが、前から懐にいたという事だ。

 

◇◆◇

 

「――意外に早くバレたなー……」

 

 同時刻――南に位置する認識阻害の陣を隠していた古い建物にて、黒いローブを着た人物は水晶越しにアレックスを見ていた。

 

「さすがはマルティアナ、かの聖剣なら認識阻害も見破るか……、微かな違和感から察するまでの速さは()()()()()……と言ったところか」

 

 そしてその人物は水晶の映像を切り替え、ユピテルスのいる古い塔の映像に切り替える。

 

 そこには濃い紫色の瘴気に包まれ、体を胎児みたいに丸めた女がいた。体は半透明、薄い緑色のドレスのようなものを身に纏っている彼女こそ、ユピテルス本人だった。

 

「ただ……ちょっと気づくまでが遅いかな、惜しいとこまで行って……危うくバレるかもと思った瞬間はあったのに」

 

 謎の人物はケラケラ笑いながら、机にあった砂時計を見る。

 

「あと2日……それで君たちは私を止められるかな?」

 

 黒いローブを翻し、その人物は姿を消す。

 砂時計の砂がサラサラと落ちていく音が寂しく響く中で、ユピテルスを巡る戦いが間もなく訪れようとしていた。

 

 

 





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