【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件 作:アスピラント
運命の日の朝――アレックスはいつも通り、癒しの館☆メルティ・ハートの裏口を潜った。
「おはようございます!」
「あ、アレックス君おはよー!」
「今日も来てくれた!」
元気な声が出迎える。
すっかり顔馴染みになったメイドたちが、思い思いの挨拶を飛ばしてくる。アレックスはエプロンを手に取りながら、この場所に来るたびに感じる不思議な安心感を覚えていた。
「……変わらないな」
昼前の店内はすでに賑わっていた。
常連客の老紳士がいつもの席で紅茶を頼み、冒険者風の男たちが奥のテーブルで談笑している。メイドたちが蝶のように動き回り、甘い菓子の香りが店内に満ちていた。
「アレックス君、仕込みお願いできる?」
「了解です!」
料理長代理の指示を受けて、アレックスはキッチンへと向かう。野菜を刻み、スープの出汁を取り、デザートのクリームを泡立てる。手が動く内に、頭の中が不思議と落ち着いていった。
この場所は穏やかだ、昨日までの張り詰めていた現場とは違う。それから少し経ってから客足が少し落ち着いた。
キッチンの入り口に、見慣れた人影が現れた。
「少し休憩?」
ユミだった。
紫色のボブカットが柔らかく揺れ、トレイを胸の前で抱えながら微笑んでいる。
「そうですね、ちょっと一息入れてます」
「お疲れ様」
ユミはキッチンの壁に軽くもたれかかり、アレックスを見た。
「アレックス君はここの環境、慣れそう?」
「え?」
「ほら……男の子のスタッフって貴方だけだし」
ユミはくすりと笑う。
いちいち可愛らしい仕草だなとアレックスは思った。
「中々……難しいですよ」
アレックスは困ったように頭を掻いた。
「皆さん綺麗ですから」
正直に言うと、ユミは目を丸くしてから、ふふふと声を上げて笑った。
「正直だね」
「嘘つくのも変ですし」
アレックスは少し赤くなりながら言った。
「でも慣れないですよ、本当に。ふとした瞬間にドキッとするんで」
「それは困ったね」
ユミは顎に指を当てて、少し考えるような素振りをした後――不意に、蠱惑的な笑みを浮かべた。
「じゃあ……お姉さんがたぶらかしてあげようか?」
「……え」
一瞬、思考が止まった。
いくらなんでも刺激が強すぎる――と顔を赤くする。
「もっとドキドキさせてあげれば、逆に慣れるかもよ?」
ユミは悪戯っぽく首を傾ける。
声は甘く、距離が少しだけ縮まった気がした。
「ま、またそんな揶揄って……!」
アレックスは思わず後退りしながら言った。
「毎回毎回……ユミさんは本当に……」
「ふふ、可愛い反応するから、ついね」
ユミはころころと笑い、いつもの穏やかな表情に戻る。
アレックスはしばらく赤い顔のまま壁を見ていたが、やがて気を取り直して口を開いた。
「……ユミさんって」
「ん?」
「このメイド喫茶で働き始めたのはいつですか?」
ユミは少し意外そうな顔をした。
「急にどうしたの?」
「いや……なんか気になって」
「……大体5年前かなー、そんなに気になっちゃったたんだ……お姉さんの事」
「まぁ……そうですね」
アレックスは正直に言った。
「ユミさん、まとめ役だし、皆から頼りにされてるし……ここにいるのが当たり前みたいになってるから。でも最初にここに来た理由ってあるじゃないですか」
ユミはしばらく黙っていた。
表情は変わらない。ただ少しだけ、考えるような間があった。
「……そうだね」
やがて彼女は静かに言った。
「居場所が欲しかったのかな」
「居場所……?」
「うん。昔ね、色んなことがあって……自分がどこにいればいいか、わからなくなった時期があったの」
ユミはトレイを両手で抱え直しながら続けた。
「そんな時にこのお店と出会って。ここでは笑っていい、誰かの役に立っていい、って思えたから」
その言葉はとても静かで、飾り気がなかった。
アレックスは何も言えずに聞いていた。
「だから……ここは私にとって大事な場所なんだ」
ユミはそう言って、柔らかく微笑んだ。
「アレックス君は? ここで働いてみて、どうだった?」
問い返されたアレックスは少し考えてから、素直に答えた。
「……楽しかったです。本当に」
「そっか」
ユミは満足そうに頷いた。
「それなら良かった」
そう言って踵を返したユミに対して、アレックスは言った。
「ユミさん」
「ん……?」
「ウソですよね? 5年前からいるなんて」
何故ウソだと判断したのか――それは昨日の夜のことだ。
◆
最後の魔法陣を壊し終えたのは、日が傾き始めた夕方のことだった。
パリン、と例の音がして、路地裏の古い建物が霧散する。陣の紋様が焼き切られ、光が弾ける。それを見届けたアレックスは、ゆっくりと息を吐いた。
「これで……全部だな」
「お疲れっす、アレックス」
ローズが肩を叩く。
「あとは明日を待つだけっすね」
「うん……」
アレックスはマルティアナを鞘に収めながら、少し考えた。
「ねえ、ちょっとルカさんに会いに行っていいかな」
「今から?」
リリアが首を傾ける。
「聞きたい事があって。皆は先に宿に戻っていてほしいんだけど」
「……わかった」
リリアは特に深追いしなかった。
ローズとレイナも顔を見合わせてから頷く。
「何かあったらすぐ連絡するっすよ」
「うん、ありがとう」
3人を見送ったアレックスは、城へと足を向けた。
執務室のルカは、書類仕事の最中だった。
アレックスが扉を叩くと、どうぞという声が返ってくる。入室すると、ルカはいつもの柔和な笑みを向けた。
「やあ、アレックス君。全部壊せたって聞いたよ」
「はい、おかげさまで」
アレックスは椅子に座りながら、少し間を置いた。
「ルカさん、聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「メイド喫茶のこと、知ってますか。癒しの館☆メルティ・ハートって店なんですが」
ルカは少し意外そうな顔をしてから、頷いた。
「知っているよ、王都でも人気の店だ。私の部下にも通っている者がいるくらいだからね」
「そうですか……」
アレックスは言葉を選ぶように続けた。
「その店に、ユミという店員がいるんですが」
「ユミ……」
「まとめ役をやってる女性です、紫色の髪の」
ルカは少し考える素振りをしたが、首を横に振った。
「私は直接は知らないが……それが何か?」
「その人の個人情報を、行政経由で調べてもらうことは出来ますか」
ルカの表情がわずかに変わった。
柔和な笑みは消えていないが、目が鋭くなる。
「……個人情報を調べる、ですか」
アレックスははっきりと言った。
「ちゃんとした理由があります」
「聞かせてもらえますか」
ルカは静かに問う。
「マルティアナの直感が正しいかどうか、確認したいんです」
アレックスはそれだけ言った。
詳細は話さなかった。まだ確信が持てていないし、もし間違いだったら無関係な人を傷つける事になる。
ルカはしばらくアレックスを見ていた。
担い手の目が、本気であることは一目でわかった。
「……わかりました」
ルカは静かに言った。
「ただし時間はそれなりにかかります、行政に掛け合うとなれば夜通しの作業になるかもしれない」
「構いません」
「それと……もし何も出てこなかった場合は、疑いを晴らした形にしてください。その人に対して」
「もちろんです」
アレックスは頷いた。
ルカは椅子から立ち上がり、部屋の隅にある連絡用の魔導具に手を伸ばした。
「王都行政局に繋ぎます、少し待っていてください」
それから数時間が経った。
城の一室を借りたアレックスは、結果を待ちながら壁にもたれかかっていた。マルティアナは静かで、時折ゆっくりと鞘を揺らすだけだった。
「眠い……」
『我慢なさい』
「わかってるよ」
深夜を回った頃、ルカが戻ってきた。
その表情を見た瞬間、アレックスは察した。
「……どうでしたか」
ルカは静かに答えた。
「ユミという人物が、メルティ・ハートで働いているという記録が……どこにも存在しません」
「……やっぱり」
アレックスは小さく呟いた。
「雇用記録、住民登録、ギルドへの登録……全て照会しましたが、該当する人物が見つからなかった」
ルカは続けた。
「念のため、店長のミレイユさんにも確認を取りました」
「……なんて言ってましたか」
「彼女は……ひどく混乱していました」
ルカの声が静かになる。
「ユミという名の店員を雇った記憶がない、と」
「っ……」
「しかし当然彼女もその人物を知っている、顔も声も覚えている。ただどこで出会ったのか、いつから店にいるのか……記憶が曖昧になっているようでした」
アレックスは息を飲んだ。
「認識阻害……ですか」
「恐らく」
ルカは頷いた。
「相当高度な術が、店ごとかけられていたと考えるのが自然でしょう」
店の全員が、ユミという存在を当たり前のように受け入れていた。疑問すら抱かずに。それは術によって作り上げられた光景だったのだ。
「……どのくらい前から、いたんでしょうね」
アレックスはぽつりと言った。
「少なくとも……認識阻害の陣が街に仕掛けられたのと同じ頃からではないかと私は思います」
つまりはじめから、計画の一部だったということだ。
『……アレックス』
マルティアナが静かに呼んだ。
『私の直感は……当たっていたわね』
その声に、喜びはなかった。
ただ静かな、重い確信があった。
「うん」
アレックスは短く答えた。
「ルカさん、ありがとうございます」
「担い手がそう言うのなら、動かない理由はないですよ」
ルカは穏やかに言った。
「明日……気をつけてください」
「はい」
アレックスは立ち上がり、城を後にした。
夜風が頬を撫でる。
「マルティアナ」
『わかってる……でも、やっぱり心配だから』
この作戦はかなりリスクのある内容だ。
でもいきなり敵の懐に飛び込めるチャンスにもなる。
しかし相手が自分の殺害を第一目標にしていないだろうという、前提があって考えた作戦だけに、マルティアナの不安はピークを迎えていた。
『もう……失いたくないの、大切な人がいなくなるなんて……嫌だ』
「……大丈夫」
自分はただ大丈夫という事しか出来ない。
その事実が歯痒かった。
◆
「ユミさん」
「ん……?」
「ウソですよね? 前からいるなんて」
ユミの表情が、一瞬だけ止まった。
それはほんの刹那のことで、次の瞬間にはもう穏やかな笑みに戻っていた。
「……急にどうしたの?」
「貴女はつい最近ここにやってきた」
アレックスははっきりと言った。
「少なくとも数年前からじゃない。もしかして……ユピテルス様に異常が起きた、そのあたりからじゃないですか」
キッチンの中が、静かになった。
他のスタッフは今はホールにいる。2人きりだった。
ユミはしばらくアレックスを見ていた。
それから、ふうっと小さくため息を吐いた。
「……図星という認識でいいですか?」
アレックスが言うと、ユミは肩をすくめた。
「ちょっと2人で話そうか」
その声はいつもと変わらなかった。
穏やかで、柔らかくて、安心感がある。
明らかに怪しい状況だった。
普通に考えれば距離を取るべきだ。だがアレックスは、敢えて頷いた。
「……いいですよ」
むしろここが勝負どころだと思っていた。
「さて……何から話そうかな」
ユミはアレックスを店の奥へと誘った。
普段は使っていない小部屋だ。物置として使われているらしく、棚に雑多な荷物が積まれている。
扉が閉まった瞬間、ユミは振り返った。
「マルティアナはやっぱり鋭いねー、さすが
その声は、先程までと同じ穏やかさを保っていたが、何かが違った。色がない、とでも言えばいいのか。まるで仮面の裏から話しかけているような、奇妙な感触があった。
「ちょっと近づいただけでバレるんだもの」
ユミはアレックスの腰に差した聖剣を見た。
その目は、柔らかくもなく、温かくもなく、ただ静かに観察するだけの目だった。
「でも後手に回ってるのはもうわかってるよね?」
薄く笑いながら言う。
「認識阻害の陣も全部壊された、古塔には結界を張られた。私の計画は想定より早く露見した」
ユミは肩をすくめる。
「焦ってると思う?」
「……どうなんですか」
アレックスは静かに聞いた。
「さあ、どうだろうね」
ユミはくすりと笑った。
「ねえ、アレックス君。君は一体何者なんだろうって、ずっと思ってたよ」
「それはこっちのセリフです」
アレックスははっきりと言った。
「貴女は何者なんですか」
ユミはアレックスを見た。
その目が、ゆっくりと細くなる。
「そうだね……そろそろ教えてあげてもいいか」
そう言って、ユミは右手の指先をパチンと鳴らした。
次の瞬間、視界が白く弾けた。
足元の感覚が消え、重力が一瞬なくなる。
転移だと気づいた時には、すでに別の場所に立っていた。
(こんな簡単に……!)
アレックスは戦慄しながらも周りを観察する。
広い部屋だ、天井は高くて窓はない。石造りの壁に、魔導灯がいくつか灯っている。中央には大きな机と、水晶を使った観測装置のようなものが置かれていた。
「ここは街のはずれに作った建物でね」
ユミは何でもないように言った。
「ここから皆の動向を伺っていたんだ。君たちが魔法陣を壊して回るのも、古塔に結界を張るのも……全部ここから見ていたよ」
アレックスは素早く部屋を見渡した。
出口は一つ、背後の扉のみ。だが転移で来た以上、逃げ道としては機能しないだろう。
彼女は両腕を広げ、目を閉じる。
すると体の輪郭が滲み始めた。まるで水に溶けていくように、ユミという存在が崩れていく。
「じゃあ改めて自己紹介と行こう」
紫色の髪が消え、柔らかな笑みが消え、メイドの制服が溶けた。
代わりに現れたのは――黒の大きなローブだった。
頭から爪先まで覆う漆黒の外套、その裾は床を引きずり、僅かな動きでさえ禍々しい魔力を漂わせる。
フードの中に浮かぶ顔は、ユミのものとは全く異なっていた。光のない感情を映さない目だ。深い虚ろさを内包した目に睨まれただけで空気が重くなる。
女は静かに口を開いた。
「私は大魔法使いのエリドゥ」
その声は、ユミの声と同じだった。
だがまるで別の存在が話しているようだった。
「魔獣を従える者たちの一人さ」
エリドゥはアレックスを見た。
光のない目が、初めて興味深そうに細くなる。
「まさか……1000年の時を経て……担い手が現れるとは思わなかったよ、アレックス」
「……やっぱり目的は僕か」
そう言った瞬間――アレックスは壁に張り付けにされた。
「が――!」
「そうだよ、君が……というより……聖剣の力を扱う秘密を知りたくてね」
エリドゥはチラリと聖剣を見て、口だけ笑みを浮かべる。
「使えるようになった聖剣……いただくよ」
そう言って彼女が聖剣を奪い取ろうとするが――聖剣は動かない。
「……?」
どういう事だとエリドゥは再度を手を伸ばした瞬間――アレックスは叫んだ。
「転移だ……皆!」
「……何」
そう言うと聖剣は輝き……変わりに炎と風を纏う斬撃がエリドゥに襲いかかった。
「まさか……」
エリドゥは長杖で炎と風をいなすと、今度は凄まじい速度で放たれた剣の突きが迫る。剣を使っていたのは騎士団の団長ルカだった。
「……お前は騎士団の」
「覚悟しろ」
空間が軋み、炸裂する魔力の奔流から逃れたエリドゥはアレックスを睨む。彼の傍らにはアレックスのパーティメンバーであるローズ、リリア、レイナがいた。
「よかったー! うまくいったっすね!」
「ん、こいつが黒幕なんだ」
「これでパーティメンバーは集結ね」
そう言ってレイナは
エリドゥは逆に騙される型でアレックスを招いたのだった。
「……私の魔法を逆に利用したと? どういうカラクリだ? 私が気付けなかったなんて」
『アレックス、教えてやりなさい。あの哀れで大っ嫌いな魔法使いに』
「ああ……」
イラついてるマルティアナに促されたアレックスは、エリドゥを睨みながら言った。
「そんなに難しくない話だよ……大魔法使い……」
◆
最初の魔法陣を壊し終えた直後のことだった。一旦皆が離れてからアレックスが達成感から一息ついていると、腰の聖剣がカタリと鳴った。
『ねえ、アレックス』
「ん、どうした?」
『この魔法陣……ローズに覚えさせて』
アレックスは思わず足を止めた。
「え?」
『焼き切る前に術式の構造をしっかり見せなさい、ローズなら記憶できるはずよ』
何を考えているのかわからないが、マルティアナの声は真剣だった。アレックスは振り返り、ローズを見る。
「ローズ、マルティアナがこの魔法陣を覚えてほしいって」
「……覚える?」
ローズは眉をひそめながらも、壊す前の陣をじっくりと観察し始めた。指先でなぞり、術式の流れを目で追う。
「まぁ……構造は読めるっすよ、マネして書くぐらいは出来ると思うっすけど」
ただし、とローズは続けた。
「使うにはアタシの魔力じゃ無理っすよ。この密度で認識阻害をかけるには、アタシの出力じゃ全然足りない」
アレックスはその言葉をそのままマルティアナに伝えた。
マルティアナは少し間を置いてから答えた。
『私の力を流し込めばいい』
「え?」
『こいつよりもっと強い魔法陣を作ればいい。私の力はただの魔力より高次元のものよ、ローズの術式の器に私の力を注げば……黒幕の陣を軽く上回る認識阻害が作れる』
アレックスは目を見開いた。
思わずローズを見る。
「……マルティアナが力を貸したら、もっと強い認識阻害が作れるって言ってるんだけど」
「は?」
ローズは固まった。
「聖剣様の力で……認識阻害を?」
「そうらしい」
「……それって、つまり」
ローズは術式の構造を頭の中で組み立てながら、ゆっくりと言った。
「黒幕よりも強い偽物を作れるって事っすか?」
「そういう事みたい」
ローズはしばらく黙って、陣を見続けた。
やがて「出来るかもしれない」と呟く。
「書く事は出来る、聖剣様の力を流し込む方法さえわかれば……理論上は」
『アレックスを経由しなさい、私の力はアレックスを通じてならローズにも届く』
アレックスがそれを伝えると、ローズは神妙な顔で頷いた。
そこでアレックスは、ふと思った。
頭の中で何かが繋がる感覚があった。
「……なあ、ローズ」
「っす?」
「もし偽物の認識阻害が作れるなら……転移の魔法陣も、一緒に仕込めたりしないか?」
ローズの目が大きくなった。
「転移……?」
「うん。偽物のマルティアナを僕が持ってると黒幕に思わせた上で……転移で皆が来られるようにする。そういう事が出来ないかなって」
沈黙が落ちた。
『……アレックス』
マルティアナの声が、低くなった。
『それは危険すぎる』
「そうかな」
『そうよ。万が一転移が失敗したら、貴方は本当に1人で黒幕と対峙する事になる。そんな真似は絶対に――』
「マルティアナ」
アレックスは静かに遮った。
「一個だけ聞いていい?」
『……何』
「もし黒幕が最初から僕を殺す気だったとしたら、今頃どうなってると思う?」
マルティアナは答えなかった。
それが答えに近いと知った上で彼女は沈黙した。
「黒幕にとって僕を殺す事は、今のところ最優先じゃない」
『……それは、そうかもしれないけど』
「だったら懐に飛び込む価値はある」
マルティアナはまだ黙っていた。
『もっといい手段があるはずよ、わざわざ貴方が囮になる必要は――』
「マルティアナ」
アレックスはもう一度、静かに名前を呼んだ。
「皆を安全な場所に置いたまま、黒幕を確実に引き出せる方法が他にある?」
返答はなかった。
「相手は認識阻害を使える、いつでも隠れられる。正面から探しに行っても掴まえられない。でも……僕が動けば相手は必ず動く。聖剣の担い手は黒幕にとって無視できない存在のはずだから」
『……』
「それに」
アレックスは少しだけ笑った。
「皆が一緒だろ。完全に1人じゃない」
長い沈黙があった。
ローズはずっと黙って2人のやり取りを聞いていた。アレックスの言葉しか聞こえていないが、雰囲気から大体の内容は察していた。
やがてマルティアナが、低く、しかし静かな声で言った。
『……わかった』
その一言には、納得と、それでも消えない不安が混じっていた。
『ただし条件がある』
「聞く」
『大魔法使いが相手なら、あのルカ団長も加えなさい。今のパーティメンバーだけじゃ勝てない』
「……わかった」
それほどの相手とサシで向かい合うという事だよと、マルティアナは暗に伝える。それでもアレックスの意思は変わらない。そこがまた昔を思い出させた。
『絶対に、だよ』
「わかってる」
アレックスはローズを見た。
「……出来そうか?」
ローズはしばらく術式の構造を頭の中で組み立てていたが、やがて静かに頷いた。
「やってみるっすよ」
その結果どうなったかは語るまでもない。
◆
「――仕返しはさせてもらったぞ、エリドゥ」
「小癪なマネをするねー、まぁ……マルティアナならそんな奇抜な作戦をしてもおかしくないか……」
ニヤリと笑うエリドゥから莫大な魔力が溢れ出る。
「仕方ない、担い手くんと聖剣以外は死んでもらおうかな」
「あまり我々を舐めない事だな、大魔法使い」
「アタシらだってただじゃやられないっすよー」
「倒れても癒し尽くしますから」
「ん……斬る」
ルカ団長を含めた変則的なパーティメンバーが一斉に啖呵を切る中、アレックスはマルティアナを引き抜き、構えて言った。
「行くよ……マルティアナ」
『ええ、私の愛しい担い手様』
マルティアナの輝きが強くなり、街を守るための戦いが始まった。