【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件   作:アスピラント

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コミカライズに向けて色々と調整して更新できてなかったです!
申し訳ない……!


戦いの後

 エリドゥとの一戦から数日後――ユピテルスの守りは再び安定化し、街には束の間の平和が戻ってきた。

 と言っても住民に何かやばい被害が出た訳じゃない上に、認識改変を食らっていた一部住民は、何か騒ぎっぽいのあったみたいだけど結局何があったのっていう状態になっていた。

 

 若干の混乱はあったものの……騎士団の尽力もあってか、混乱は最小限に済んだ。なおメイド喫茶に関して言えば「ユミちゃんどこ行ったの!?」「俺の推しが!!」と、重篤な推し欠乏症に至って心身の不調が出たらしく、代わりになりそうな面のいい女の子を探しているらしい。

 

 何はともあれ、ひとまず事件解決。

 アレックス達も休んでいたわけだが……ルカ団長から呼び出しを受けるのだった。

 

 ◆

 

 アレックス、ローズ、リリア、レイナの四人が並んで扉を潜ると、ルカはいつもの柔和な笑みで出迎えた。しかし今日はその笑みの奥に、いつもより少し深いものが混じっていた。

 

「改めて、今回の件に尽力してくれた皆に礼を言いたくてね」

 

 ルカは四人を前にして、丁寧に頭を下げた。騎士団長がそうするのを見て、ローズとリリアが少し慌てた様子を見せる。

 

「エリドゥの件、ユピテルスの浄化、どちらも君たちなしでは成し得なかった。騎士団を代表して、心から感謝する」

「顔を上げてください、ルカ団長」

 

 アレックスは言いながら、自分も深々と頭を下げた。

 

「こちらこそ、ありがとうございました。ルカさんがいなければ僕たちも勝てませんでした」

 

 誠意のある礼だった。取り繕った様子も照れを誤魔化す様子もない、真っ直ぐな礼だった。ルカは顔を上げてアレックスを見て、満足そうに頷いた。

 

『……実際本当に彼がいなかったら押し切れなかったもんね』

 

 マルティアナがアレックスにだけ聞こえる声で呟いた。

 これにはアレックスも同意せざるを得ない。

 

「それとね」

 

 ルカは続けた。

 

「今回の件、ちょっとした謝礼も用意してある。受け取ってほしい」

 

 机の上に置かれた袋を見て、ローズの目がわずかに輝いた。リリアはさりげなく視線を逸らし、レイナは「ありがとうございます」と穏やかに微笑んだ。

 

 

「ありがとうございます」

 

 アレックスは再び頭を下げた。

 さっきよりも深々と。

 

『やっぱりお金は大事よねぇ……』

(わかったから黙ってて)

 

 内心でやり取りしながら顔を上げると、ローズが一歩前に出た。

 

「あの、ルカ団長」

「なんだい?」

「ユピテルス様は……ご無事ですか」

 

 率直な問いだった。戦いの中で間近に見た大精霊の苦しむ様が、まだ頭に残っているのだろう。ローズらしくない、少し神妙な声だった。

 

「彼女に関しては、今は問題ない。浄化が完全に行き届いて、今は深く眠っている状態だ。目覚めるまでには時間がかかるだろうが、汚染の痕跡は綺麗に消えている」

「そうですか……良かったっす」

 

 ローズが小さく息を吐いた。

 

「ただ」

 

 ルカの表情が、少しだけ真剣になった。

 

「例の魔族達の言っていた内容がな、やはり気になる」

「ああ……ダリス達の」

 

 そう言ってアレックスは思い出していた。

 

 

「――世話になったな」

 

 それはユピテルスの浄化後の翌日。

 ダリスとキールは国に帰るべく、アレックス達やゼピュロスに挨拶に来ていた。

 

「あれ……色々残処理終わったらパーティするらしいけど、それまで滞在しないんですか?」

 

 アレックスが聞くとダリスは一瞬だけ遠くを見た。

 正確には目が死んだ。

 

「あいにく……魔族の労働環境はブラックだ」

「ぇ」

「漆黒、と言った方が正確かもしれない」

「……そ、そうなんですね」

 

 アレックスも思わず遠い目をした。

 何というか非常に居た堪れない。

 

「しかもすぐ仕事が待ち受けてやがるしな」

 

 キールが疲れた顔で続けた。普段の不機嫌とは少し違う、純粋な疲労が滲んでいる。

 

「調査結果を持ち帰って報告して、次の任務の打ち合わせして……休む間もねぇんだよ本当に」

「お疲れ様です……」

 

 アレックスが心から言うと、キールは「わかってくれるか」という顔をして頷いた。ダリスはそんなキールを一瞥してから、アレックスへ向き直った。

 

「それはそうと……」

 

 声のトーンが変わった。

 労働の話をしていた時とは別の、真剣な声だった。

 

「こちらも助かったのは事実だ。礼を言おう」

 

 ダリスは短く言ってから頭を下げた。

 キールも、渋々といった様子ながら倣った。

 

「ありがとうございました、とは言えないけど……まぁ悪くなかったっすよ。一緒にやれて」

「同じく」

 

 アレックスはそれを受けて、少し照れながら頷いた。

 彼らとはぜひぜひ仲良くしたいのは本心だ。

 

「こっちもです。助かりました、本当に」

 

 ダリスは頷いてから、続けた。

 

「ついでといっては何だが……お前たちに、我々が持つ情報を共有しておこうと思う」

「情報?」

「エリドゥについてだ」

 

 その名前が出た瞬間、その場の空気がわずかに引き締まった。ローズが少し姿勢を正し、リリアの目が鋭くなった。

 

「エリドゥは言っていただろう。私たち、と」

 

 アレックスは記憶を辿った。確かに言っていた。魔獣を従える者たちの一人、と。複数形だった。

 

「ああ……まだ仲間がいるって話ですよね」

「そうだ。そして大魔法使いというのは……我々魔族にとっても、縁が深い存在でな」

 

 ダリスは少し間を置いた。

 何かを選ぶような間だった。

 

「実は昔からな……大魔法使いに与する魔族の勢力が存在するんだ」

 

 アレックスは思わず聞き返した。

 

「……魔族の中にも、エリドゥたちの味方がいると?」

「いる可能性が高くなった――が正しいな」

 

 ダリスは続けた。

 

「大魔法使いたちが掲げる思想に賛同した者たちだ。世界を変えるためなら手段を選ばない、という考え方に同調した勢力がいる。規模は把握しきれていないが、無視できる数ではない」

「カルトみたいな奴らだよ、俺たちも胡散草すぎて近寄りたくないって思ってんだよ」

 

 キールが腕を組みながら低く言った。

 

「俺たちグラナダ帝国は、そいつらとは対立してる。だから今回みたいに、人間側と動くこともある訳だ。帝国の総意としては……お前たちの敵じゃない」

「しかし」

 

 ダリスが引き継いだ。

 

「帝国の立場がそうであっても、全ての魔族が同じとは思うな」

 

 アレックスは黙って聞いた。

 

「魔族は一枚岩ではない。帝国に従う者もいれば、大魔法使いの思想に共鳴した者もいる。独自の目的で動く者もいる。これからお前たちがこの件を追い続ける中で、魔族と遭遇する場面は増えるだろう」

 

 ダリスの赤い瞳が、まっすぐアレックスを見た。

 そこには心配の色があった。

 

「その時に……我々グラナダの人間だからといって、無条件に信用するな。見極めろ。同じ帝国の出身でも、裏でエリドゥたちと繋がっている者がいないとは言い切れない」

「つまり魔族全体の中に、敵も味方も混在していると」

「その通りだ」

 

 ダリスは頷いた。

 

「今回たまたま利害が一致したから我々は共に動いた。しかしそれは今回限りの話ではないが、全ての魔族が同じ立場ではない。もしこれから魔族と関わることがあれば……あまり信用しすぎるな」

「わかりました」

 

 アレックスはしっかり頷いた。

 ローズもリリアも、レイナも「忠告ありがとう」と礼を言う。

 

「気をつけます」

「ならいい」

 

 ダリスは短く言って、視線を外した。それで話は終わりだという区切りのような、しかし突き放した感じではない間だった。

 

「まぁ……なんだ。お前、思ったより悪くなかったぞ」

「キール」

「褒めてんだよ」

 

 ダリスは小さくため息をついたが、否定はしなかった。

 ただそんな彼らを見て、マルティアナはポショポショと言った。

 

『魔族と仲良くなんて……さすが私の夫、ダーリン』

(……呼び方統一してくれよ、せめて)

 

 

「――出来れば魔族とは協力体制を構築したい」

 

 アレックスが思い出してる間、ルカは切り出した。

 

「魔族の戦士たちの練度や能力は……おそらく、上級の冒険者に引けを取らないだろう」

 

 それに関してはアレックスだけじゃなく、ローズたちも同意した。彼らは幹部ではない、だがその能力の高さは並の冒険者を超えていた。

 

「ダリス殿やキール殿と実際に共に動いて、私もそれを実感した。彼らの判断力、術式の精度、戦場での連携。あれは本物だ。もし今後の戦いで協力体制を築けるなら、こちらとしても心強い」

 

 アレックスは頷きながら聞いた。ルカが彼らを素直に評価しているのが、言葉の端々から伝わってくる。

 

「ハイベルズ王国側にも掛け合いながら、できる限り枠組みを作っていくつもりだ。ただ」

 

 ルカは少し間を置いた。

 

「それよりも先に、やらなければならないことがある」

「大魔法使いの目的を……突き止めること、ですか」

「そうだ」

 

 ルカは頷いた。

 

「エリドゥは逃げた。しかし目的は変わらないと言っていた。彼女たちが何を目指しているのか、どんな手段でそれを成し遂げようとしているのか。それを突き止めて、その野望を打ち砕く必要がある。放置すれば、次は別の街が、別の精霊が狙われるかもしれない」

 

 部屋の空気がまた少しだけ重くなった。ローズもリリアも、レイナも、口を閉じてルカの言葉を聞いていた。

 

「その上で」

 

 ルカはアレックスを見た。

 

「聖剣の力は、何よりも重要な切り札になるだろう。エリドゥが聖剣を欲しがっていたのがその証拠だ。向こうがそれだけ執着するということは、それだけ脅威になるということ。私はそう確信している」

 

 アレックスは胸の内で、何かがぎゅっと引き締まる感覚を覚えた。重い……とは少し違う。むしろ、ここに立っている意味を改めて実感するような感覚だった。

 

「……精一杯、頑張ります」

 

 声に出すと、思っていたより力強い声が出た。

 自分でも少し驚いた。しかしそれは本心だった。取り繕いでも気負いでもない、ただ真っ直ぐな言葉だった。

 

「ふ……」

 

 ルカはアレックスを見て笑った。

 柔和な笑みだった。

 

「頼もしいね、担い手殿」

 

 そう言ってから、ルカは一転して何でもないように聞いた。

 

「ちなみに、今夜は空けているな?」

 

 アレックスは少し面食らいながら頷いた。

 

「勿論です、こないだ言っていた例の――」

「ああそうだ、騎士団と君たちパーティメンバーで、酒場を一軒貸し切ってあるぞ」

 

 ルカはさらりと言った。

 その瞬間――後ろの3人から闘気みたいなオーラが出ていた。

 

「打ち上げは冒険者の嗜みだ。今回の件で気を張り続けた分、今夜くらいは何もかも忘れて楽しめ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ローズが「やったぁ!!」と声を上げた。リリアも珍しく顔をほころばせて「いいね」と呟いた。レイナは穏やかに微笑みながら「何を飲もうかな」と静かに言って、それを聞いたローズが「レイナ、頼むから飲み過ぎてくれっす」と()()()していた。

 

「はい」

 

 アレックスは答えた。

 さっきよりも、少し軽い声が出た。

 

『……何だか懐かしいな』

 

 マルティアナが、静かに呟いた。

 アレックスにだけ聞こえる声だった。いつものからかいも、照れ隠しもない。ただ遠くを見るような、穏やかな声だった。

 

「懐かしい?」

 

 アレックスは小声で聞いた。

 

『昔もこういう事があったのよ。戦いが終わって、仲間と集まって……馬鹿みたいに騒いで、馬鹿みたいに飲んで。そういう夜が、好きだった』

 

 少しの間があった。

 

『また、こういう夜が来るんだね』

 

 その声には、悲しみでも懐かしさでもなくもっと穏やかな何かが混じっていた。ようやく取り戻せたものへの、静かな安堵のようなトーンだ。

 

「またって言うより……これからも続くよ」

 

 マルティアナは何も言わなかった。

 ただ剣が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。

 ルカが立ち上がりながら言った。

 

「では、今夜は酒場で。騎士団の連中も楽しみにしているよ。マリーたちゼピュロスも呼んである」

「マリーさんも来るんっすか!?」

 

 ローズが目を丸くした。

 

「ゼピュロスには今回特に世話になったからね。彼らへの礼も兼ねて、だ」

「カイアスも来るって事っすか……」

 

 ローズが微妙な顔をした。

 アレックスはその顔を見て、何となく察して苦笑した。

 

「まぁ……今夜くらいは大目に見てやってくれ」

「……善処するっす」

 

 ローズは渋々頷いた。

 執務室を出ると、廊下に夕方の光が差し込んでいた。窓の外には、エリドゥとの戦いで少し慌ただしかった王都の街並みが、いつも通りの顔で広がっていた。

 

 アレックスはそれを見ながら歩いた。

 マルティアナは何も言わなかった。ただ腰に下げられたまま、静かに揺れていた。それだけで十分だと、アレックスは思った。

 

 

 霧の中に、人影が現れた。

 平原の中央、草が風に揺れる音だけが聞こえる静寂の中に、エリドゥはゆっくりと歩いていた。遥か遠方には古城の輪郭が霞んでいる。低く垂れ込めた霧が地面を這い、足元を白く染めていた。

 

「いてて……」

 

 エリドゥは腕を押さえながら、独り言のように呟いた。

 

「聖剣の力は食らったら痛いなぁ。1000年ぶりに実感したよ、まったく」

 

 ローブの袖をめくると、光で灼かれた痕が幾筋も走っていた。大魔法使いといえど、聖剣の一撃は堪えた。

 しかしエリドゥの口元には歪な笑みが浮かんでいた。

 

「でもいいね」

 

 彼女は自分の中で膨れ上がる愉悦を込めて言った。

 

「殺さないように加減はしていたけど……次はもっと痛めつけて問題ないかも」

 

 そう呟いた瞬間だった。

 

「反撃を食らったな、エリドゥ」

 

 背後から声がした。

 くぐもったような声だった。金属の中から響いてくるような、奇妙な反響音――エリドゥはパッと顔を明るくして振り返った。

 

「調子に乗るのは悪癖だ」

 

 そこにいたのは紺色のローブを纏った細身の男だ。

 しかし人と呼ぶには、その姿はあまりにも異質だった。

 顔には鋼鉄の仮面が嵌められ、目に当たる部分には僅かな光だけが宿っている。袖から覗く手も、ローブの裾から見える足も、金属質の肉体だった。歩み寄るたびに、硬いものを打ちつけたような音が平原に響く。

 

 エリドゥはその男を見て、顔をほころばせながら駆け寄った。

 

「アブガル〜! 見てたなら助けてよー」

 

 さっきまでのあの感情の乗らない笑みとは違って、本当に気の置けない相手に向ける類の笑みを向けるエリドゥ。

 対するアブガルと呼ばれた男は、足を止めて冷たい声を放った。

 

「吾輩は表舞台には出れん、然るべき時でなければならない」

「わかってるけどさー」

 

 エリドゥは唇を尖らせた。

 

「少しくらいいいじゃない。いざとなれば誰も生き残らせなければいい話でしょ」

「それは許可できん」

 

 アブガルは短く言って、それ以上は追わなかった。エリドゥも、それ以上は言わなかった。長い付き合いから来る間だった。

 

「それでどうだった、マルティアナは」

 

 エリドゥは腕を下ろして、少し考えるような間を置いてから答えた。

 

「力はまだまだ覚醒してない。でも……うまく兆しは見えた」

「兆し、か」

「ユピテルスの浄化で、より昔に近づいたよ。眠っていた部分が少し、目を覚ました感じ。あの子自身は気づいてないだろうけどね」

 

 アブガルはしばらく黙っていた。

 霧の中で、金属の体が微かに動く。

 

「ならば良い、結果としてマルティアナの力は増幅した。それで十分だ」

「十分って……あれで負けたんだけど、一応」

「負けたことと、目的が達成されたことは別の話だ」

 

 アブガルに動揺はない。

 

「奴には力をつけてもらう必要がある。我々の目的のために。今回の件はその布石に過ぎん」

 

 エリドゥは肩をすくめた。

 

「まぁ……そうだけどね」

 

 認めたくはないが、否定もできない。実際に今回の動きで、マルティアナの内側で何かが変わったのをエリドゥは感じ取っていた。担い手との繋がりが深まるほど、聖剣の力は本来の姿に近づいていく。それはエリドゥたちにとって、好ましい方向への変化だった。

 

「しかし、この件をきっかけにそろそろ忙しくなりそうだぞ……エリドゥ」

「お、ついに動き出した?」

「魔獣対策にまだ本腰を入れていなかった冒険者ギルドが、ようやく重い腰を上げ始めた。各地の支部が情報を共有し始めているという報告が来ている」

 

 エリドゥは眉をわずかに上げた。

 

「動き出したら早いなぁ、そこまでが遅いんだけど」

「加えて」

 

 アブガルは続けた。

 

「勇者を自称する偽物も動き出した」

 

 その言葉に、 エリドゥの表情がわずかに変わった。笑みの色が、少しだけ冷たくなる。

 

「偽物……ね」

「自分が選ばれた存在だと信じている者たちだ。実力は皆無ではないが、本質を理解していない。しかし動かれると厄介な場面も出てくる」

「利用できる?」

「できる部分は利用する。しかし邪魔になる者は排除せねばならん」

 

 アブガルは淡々と言った。感情がないわけではないのだろうが、声のトーンが常に一定で、何を考えているのか長い付き合いのエリドゥですら読みにくい。

 

「上手く利用しつつ、か」

 

 エリドゥは呟いた。

 

「まぁ、それくらいなら朝飯前だけどね。私には得意分野だし」

 

 そこで一拍置いて、エリドゥはアブガルを見た。

 

「裏切り者も動いてるよね?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アブガルの気配がわずかに変わった。変わった、という表現が正確かどうかわからないが、空気が少しだけ重くなったのは確かだった。

 

「ああ。そうだ」

 

 静かな声だったが、その底には激情が滲んでいた。

 

「全く……同じ大魔法使いなのに情けない」

「怒ってる?」

「怒ってはおらん」

 

 アブガルは即座に言った。

 

「ただ……理解できんのだ。同じものを見て、同じ結論に至れなかった理由が」

 

 エリドゥは何も言わなかった。

 

「奴が一番厄介な変数になる」

 

 アブガルは続けた。

 

「冒険者ギルドも、偽の勇者も、計算の内に収められる。しかし同じ大魔法使いとなると……話が違う。力の質を理解している分、対策も容易ではない」

「そうだね」

 

 エリドゥは素直に同意した。

 

「あの子は厄介だよ。私も手こずる自信がある」

「だからこそ、慎重に動く必要がある」

 

 アブガルはそこで一度言葉を切った。霧が流れて、遠くの古城の輪郭が少しだけ鮮明になった。すぐにまた霞んでいく。

 

「しかし簡単に果たせる目標ほど、つまらないものはない」

 

 エリドゥはその言葉を聞いて、くすりと笑った。

 

「それは同意する」

「これから先……楽しみになるな」

 

 アブガルの声は、相変わらず一定だった。感情が乗っているのかどうかわからない声だった。しかしその言葉だけは、確かな意志を帯びていた。

 

「本当にね」

 

 エリドゥも同じように呟いた。

 霧がまた少し濃くなった。古城の輪郭が消えていく。二人の人影だけが、平原の中に静かに溶け込むように消えていった。

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