【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件 作:アスピラント
担い手、呼び出される
「――、約束よ」
アレックスの目の前に、見覚えのない女の子がいた。
年齢は10代の半ばを行くか行かないかと言った所か。
顔は何故かモヤがかかっていて、はっきりとはわからない。
「約束って、僕……大したことないよ。何の力も持たないのに」
どういう訳か、アレックスの口が勝手に動いた。
そこで漸く自分は今現実世界にいないと理解する。
(いや待てよ)
この声は聞いた事がある。
女の子ではなく、自分の口から発せらている声だ。
(激鬱な幻覚から目を覚ますよう、何か声をかけてくれた人!)
そう気づいた瞬間――少女がふわりと微笑んだ。
モヤは晴れないのに、笑顔だけははっきりと見えた。
『大したことなくていい。貴方が側にいてくれれば、それだけで十分だから』
アレックス越しに少年の手が伸び、少女の手をそっと包む。
『だから約束して。世界が平和になったら……2人でずっと、一緒にいよう』
少女は一瞬だけ目を伏せてから、顔を上げた。
『……うん、約束』
どこか遠いところから届くような、それでいて耳の奥にまっすぐ染み込んでくる声で答える。そんな場面を見ていたアレックスはただの傍観者のはずなのに、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。
(いい場面だな……)
などと呑気に思った次の瞬間だった。
――うわぁぁあ!!
叫び声と共に視界が白く弾けると景色が一変していた。
「は……?」
さっきまでの穏やかな光景はどこへ消えたのか、目の前に広がるのは焼け野原の平原だ。草は全て焦げ、空は煙で赤く染まり、遠くの方でまだ何かが燃えている。
「何が……!?」
アレックスが辺りを見渡すとさっきの少女がいた。
だがそこにいる彼女の姿はさっきとは打って変わって、戦衣装を纏っている。彼女はフラフラ歩きながら地面に膝をつくと、地面に転がる何の装飾もないごく普通の剣を拾って握りしめた。
「――――――!!!」
小さな肩が震え、声にならない嗚咽が漏れていた。
そして少女の目の前に、少年が倒れていた。
胸から血を流して、動かなかった。
「…………っ」
アレックスは息を飲んだ。
言葉が出るはずがなかった。
「…………さない」
少女はしばらくそのまま泣き続けていたが、やがてゆっくりと手を伸ばした。震える指先が、少年の顔に触れる。そのまま、優しく、静かに、その目を閉じた。
立ち上がった時、少女の顔はもう泣いていなかった。
「魔王は……必ず私の手で――」
怒りとも悲しみとも取れない、それでいてどちらでもあるような声だった。燃え盛る平原に、その言葉だけが残響のように漂う。
その瞬間――アレックスの意識が、急浮上した。
「っ……!」
飛び起きると、見慣れた宿の天井があった。心臓が速い。手のひらに汗が滲んでいる。夢だとわかっていても、あの少女の声がまだ耳の奥に残っていた。
「今のは何が」
『一体……何の夢を見ていたのかしらぁ?? 私の大切な
「ひぃ」
そこにはなぜかベッドの横に横たわる一本の鞘付きの剣がいた。ひとりでにカタカタ揺らしながら怨嗟の声を出す様は、もはやポルターガイストである。
『君は……? かわいい……とかなんかかわいい女の子に優しく話しかけるような感じがして、私……危うく刺すとこだったわ』
「マルティアナ……! 誤解だ! 不思議な夢を――」
『私は夢の中まで独占したいのに……!』
「うわめんどくせぇ」
ギギギギと顔を顰めながらアレックスはぼやいた。
結局刺されはしなかったが、夢の中まで独占させなさいよという、意味わからないやり取りを小一時間する羽目になった。
◇◆◇
ユピテルス事件の解決から1週間――アレックスたちは束の間の平和を満喫していた。魔獣の発生自体もあれから報告もなく、皆好きに時間を過ごしていた。
アレックスはこの平和が永遠に続いたらいいのにと思う反面、何もしてないとそれはそれで焦っていた。
このままじゃただのニート……そんな風に思っていた矢先、久々にナフタから呼び出しがかかった。
「すみません、いきなり呼び出して」
ナフタの執務室は、いつ来ても程よく整理されていて落ち着く。アレックスはパーティメンバーと共に椅子に腰を落ち着けると、向かいに座るナフタが静かに口を開いた。
「まず改めて……ユピテルス様をお救いくださって、ありがとうございます」
深々と頭を下げるナフタを見て、アレックスは思わず背筋を伸ばした。
「い、いえ……皆のおかげですし、僕だけの力じゃ全然」
頭を掻きながら照れくさそうに言うと、両隣からすかさず声が飛んでくる。
「何言ってるっすか! 担い手様なくしてあの勝利はなかったっすよ!」
「英雄の第一歩、って感じだね。うん、格好よかった」
『色眼鏡使うな腹を割く』
ローズが身を乗り出して言い、リリアも珍しく屈託のない笑顔で続けた。2人に挟まれたアレックスの顔が、みるみる赤くなっていく。マルティアナは呪詛を吐いた。
「や、やめてよ……! 本当に照れるから……!」
そんなやり取りを微笑ましそうに眺めていたナフタが、ひとつ咳払いをしてから本題に入った。
「実はですね。今回の件での貴方たちの活躍が、ハイベルズ王国のみならず……冒険者ギルド全体の注目を集めているんですよ」
「え、ギルドが……?」
アレックスが目を丸くすると、ナフタは頷いた。
「聖剣の担い手がようやく目覚めたことは、魔獣問題の解決、ひいては世界救済のきっかけになるんじゃないかと、各地で随分と盛り上がっているようで……はぁ」
盛り上がっている、という言葉とは裏腹に、ナフタの声はどこか呆れたような色を帯びていた。表情こそ崩していないが、目の端がわずかに細くなっている。
「……何でそんなやる気のなさそうな言い方するんすか?」
ローズが首を傾けながら問うと、リリアも「確かに」と小さく相槌を打つ。普段冷静なリリアまで戸惑っているとあって、ナフタの反応は確かに不思議だった。
「過剰に祭り上げるのは……ちょっとやりすぎかな、と思ったから、かな」
レイナが静かに呟いた。鋭い観察眼で空気を読んだのか、それとも単純に同意しているのか、本人の表情からは読み取りにくい。
(いや、違う)
アレックスは内心でそっと呟いた。
何ならアレックスもげんなりしていた。
何故ならば――
『……ふふふ。私の担い手が世界に認められる日が来たわ。当然よ、だって貴方は私が選んだ人なんだから。世界で一番特別で、世界で一番愛されていて、世界で一番私のものなの。どうか高く祭り上げてくれて構わないわ。その分だけ私への愛も証明されるから。ねぇアレックス、今夜は特別な時間にしましょ、私の身体は剣だから刺すしか出来ないけど』
アレックスとナフタにだけ聞こえる声で、愛の呪詛がとうとうと流れ込んでくる。もう聞いてるだけでノイローゼになってしまう。
(うるさい……! 静かにしてくれ……!)
顔に出さないように必死で堪えながら、アレックスはナフタをちらりと見た。ナフタは相変わらず微笑んでいるが、こめかみのあたりがわずかに引きつっている。
「……まぁ、聖剣様が元気なのは良いことです」
ナフタはそれだけ言って、さりげなく話を前に進めた。
「ともかく、そういった背景もあって、今回冒険者ギルドとハイベルズ王国が連携して、魔獣対策を専門とする組織を立ち上げることになりました」
「組織……!?」
アレックスは思わず声を上げた。
「規模はかなり大きくなります。世界各地から実力のある冒険者が集まる予定で、その中に聖剣部隊として貴方たちにも加わっていただきたいのです」
部屋の空気が、ぴりと引き締まった。ローズとリリアが顔を見合わせ、レイナは静かに目を細める。
「……やります」
アレックスは迷わず答えた。
もう前みたいにビビっていた一般人はミリしか残っていない。
『当然よ。私たちの出番がまた来たわね、愛しい担い手様』
マルティアナの声は、今度は穏やかだった。さっきの呪詛じみた甘ったるさとは打って変わって、どこか真剣な色が滲んでいる。アレックスはそれを感じながら、ナフタをまっすぐ見据えた。
「改めて詳しく説明しますね」
ナフタは手元の書類をさらりと一枚めくり、アレックスたちを見渡した。
「今回立ち上げる対策チームは、基本的にA級以上の冒険者を対象としています。各地で起きている魔獣関連の事件への対応、そして大魔法使いの目的を突き止めるための調査が主な任務になります」
「A級以上……っすね」
ローズが腕を組みながら呟く。A級である自分たちは当然対象だが、それ以上の規模感に少し面食らっているようだった。
「アレックス様については少し事情が異なります」
ナフタが続けた。
「恐らく黒幕と見られる大魔法使いと、すでに直接接触されているアレックス様には、大魔法使いへと直接繋がるような調査を主に依頼されることになると思われます」
「……つまり、僕は囮みたいな立場が続くってことですか」
「端的に言えばそうなります。向こうも貴方を無視できないはずですから」
なるほど、と納得しつつも釈然としない部分はある。とはいえ文句を言える立場でもなかった。アレックスは少し考えてから、ふと気になっていたことを口にした。
「ちょっと聞いていいか、マルティアナ」
『なにかしら』
「大魔法使いって……そもそも何人いるんだ?」
腰の剣がわずかに揺れ、少しの間があった。
『昔は7人いたわ。ただ1人は亡くなったとは聞いてる』
「6人いるってこと?」
『……それが、ちょっとわからないのよね』
マルティアナは珍しく言葉を濁した。
『大魔法使いというのは昔から秘密主義でね、お互いのことをあまり共有しない。私も現役の頃に何人かとは顔を合わせたことがあるけど、全員と会ったことはないし、全容を把握している存在がそもそもいないかもしれない』
「秘密主義……」
『それぞれが独自の目的で動いていて、同じ大魔法使いだからといって仲間とは限らない。エリドゥが言っていた裏切り者というのも、そういう関係性の中から生まれたんだと思うわ』
アレックスがその内容をパーティメンバーたちに伝えると、リリアが眉をひそめた。
「組織でも派閥でもなく、個人が勝手に動いてる集団ってこと?」
「みたいで……厄介だよな」
「方針がバラバラなら、対処の仕方も相手によって変わってくるっすね」
ローズが腕を組み直しながら言った。エリドゥ一人でもあれほど手こずったのに、残りが最大5人いる可能性があるとなれば、頭が痛い話だ。
「聖剣様、エリドゥ以外で心当たりのある大魔法使いはいますか?」
ナフタが静かに問うと、マルティアナはまた少し間を置いた。
『いるにはいる、けど仲良かったわけじゃないし、居場所は知らないわ』
「何でもいいです、名前だけでも」
『テト……という名前だった気がするわ』
マルティアナによるとテトは当時、眼鏡をかけた見た目は幼い女の子にしか見えない女の子だったという。だけど大魔法使いともなれば見た目はいくらでも変えられるため、あまり参考にはならないかもとのこと。
「いえ、ざっくりした情報でも感謝します」
『私のアレックスの命に関わるもの、当然よ』
ナフタは静かに受け止めていた。
会話の主導権はすぐにローズたちに移り、対策チームについての細かい質問が飛び始める。ナフタは一つ一つ丁寧に答えながら、その目線だけはアレックスと腰の剣の間を、ごく自然に行き来していた。
(……変わったわね)
ひと言で言えばそうなる。
変わった、というより深まった、という方が正確かもしれない。
以前のマルティアナも十分すぎるほどアレックスに入れ込んでいた。だが当時のそれはどこか、長い孤独の中で渇いた存在が、ようやく見つけた水に縋りつくような切迫感があった。
今は違う。
剣がアレックスの傍にある時の気配が、以前よりずっと落ち着いている。愛の呪詛を吐き続けているのは相変わらずだが、その底に流れているものが変質した気がする。不安ではなく、信頼に近い何かが。
(エリドゥの幻術の中で、何かがあったのでしょうね)
詳細は聞いていないが聞かなくてもわかる。
きっとアレックスはマルティアナの傷に触れても、それを乗り越えたのだろうと。
「アレックス殿」
ナフタは話の区切りを見計らって、さりげなく声をかけた。
「……はい?」
「胃の調子はいかがですか」
「え、急に……? まぁ、最近は割と」
「そうですか、大事にしてくださいね」
アレックスは首を傾けながらも「はあ」と答えた。脈絡のない問いかけだったが、ナフタは特に説明を加えなかった。説明できるわけがない。あの剣の傍にいる限り、この少年の胃は一生安泰ではないだろうというだけの話なのだから。
(それでも、お願いしますよ)
ナフタは心の中だけで続けた。
1000年という時間が、どれほどのものか。人間の寿命では辿り着けない長さの中で、あの剣はずっと待ち続けていた。世界が変わり、人が入れ替わり、自分を知る者が誰もいなくなっても、ただそこにあり続けた。その重さは、きっと本人にしかわからない。
失った時間は、もう返ってこない。
それでも、これから積み重ねることはできる。
(貴女の悲しみも無念も、全部ちゃんと受け止めてくれる人が、今はそこにいますから)
アレックスはローズとリリアの掛け合いに苦笑いを浮かべながら、それでも目だけはしっかりとナフタを見ていた。頼りなくて、経験も浅くて、でも絶対に諦めない目をしている。
マルティアナが選んだ理由が、ナフタにはよくわかった。
(どうか、失った1000年を……少しずつでいいので、取り戻させてあげてください)
ナフタは静かに微笑んだまま、次の説明へと話を移した。
◇◆◇
ハイベルズ王国から馬で半日ほどの距離にある、隣国の小さな街。その冒険者ギルドのカウンターに、威勢のいい声が響いた。
「ついに認められたわね! 私たちの功績が!!」
拳を握り、目を輝かせながら叫んだのは、オレンジ色の髪をツインテールにまとめた小柄な少女だ。背丈はお世辞にも高いとは言えない。しかしその態度だけは、どこの大陸でも一番を張れそうなほど堂々としていた。
「おめでとうございます、ミミさん! 今回の魔獣対策チームへの招集、本当に素晴らしい功績ですよ」
受付嬢が満面の笑みで答えると少し声を弾ませながら続けた。
「しかも何でも、噂の聖剣の担い手様も参加されるらしいじゃないですか! 同じチームになれるかもしれませんよ、名誉ですよ名誉!」
「……ああん??」
次の瞬間、ギルドの空気がわずかに変わった。
低い地を這うような声を出した少女を見て、受付嬢はびくりと肩をすくめる。
「ふん!」
「ひっ……!」
ミミは細い目をさらに細めて、カウンターの上にバンッと両手を叩きつけた。
「あのぽっと出の奴が選ばれた〜!? はあ? 何それ、意味わかんないんですけど!?」
「み、ミミさん……?」
「私みたいに小さな頃からずっとずっと頑張ってきた、ちゃんとした実力のある冒険者がいるってのに! どこの馬の骨ともわからないぽっと出が、いきなり担い手とかいう肩書だけで同等扱い!? なめんじゃないわよ!!」
ツインテールがぶんぶん揺れる。受付嬢はもはや椅子の端まで追い詰められ、愛想笑いすら引きつっていた。
「担い手なんか、このミミ様がモブに突き落としてやるんだから! そもそも聖剣って剣が担い手選ぶとか意味わかんない制度でしょ、私だったら絶対選ばれてたわよ!!」
「ミミ……」
カウンターから少し離れた場所に立っていた2人が、揃ってため息をついた。
1人は眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな女の子だ。きっちりと整えた髪と几帳面そうな立ち姿が、今のカオスな状況とひどく噛み合っていない。眼鏡の奥の目が、困ったような、しかしどこか温かみを帯びた色をしていた。
「また始まった……」
もう1人は、気弱そうな少年だ。眉を下げて、いかにも慣れ果てたような顔をしている。目の下には薄っすらと隈があり、これが日常茶飯事であることを雄弁に物語っていた。
「いつものことだけど……受付のお姉さんが気の毒で」
「本当にね」
眼鏡の女が静かに同意しながら、ミミの方へ歩み寄る。
「ミミ、そのくらいにしなさい。受付の方が困っているよ」
声はあくまで穏やかだった。
叱るというより、子供をあやすような感じだった。
「うるさいフェル! あんたは黙ってて! 私は今怒ってんの!」
「わかってるよ。ミミが怒るのは無理もないと思う、ちゃんと功績を積んできたんだもの。でも……担い手がどんな人かも知らないうちから決めつけるのは、少し早くない?」
ミミはぐっと口をつぐんだ。が、すぐに唇を尖らせる。
「……そんなの関係ない」
ぼそりと言って、ツインテールをぱさりと払った。
「ぽっと出はぽっと出なの。実際に見てから判断してやるわよ、ありがたく思いなさい」
気弱な少年が小声でぼやく。
「それって実質、会いに行く気満々では……」
「うっさい!」
ギルドに怒声が響いた。受付嬢は安堵の息をつきながら、小声で「お疲れ様です……」と2人に声をかけるのだった。