【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件 作:アスピラント
酒場の中央に作られた空間で、ミミとアレックスは距離を取って睨み合っていた。
2人の周囲には、淡く光る結界が張られている。冒険者の一員が気を利かせて展開したものらしく、戦いの余波で店や客に被害が及ばないよう配慮されていた。逆に言えば、この中で何が起きてもいい――まさに決闘の舞台としては申し分なかった。
「くっくっくっ、ペシャンコにしてクレープの生地みたいにしてやる」
「やめなさい」
ミミは肩に巨大なハンマーを担ぎながら挑発しては、フェルに注意されていた。そんなことよりあの小柄な体のどこにそんな力があるのか、アレックスは見た目とは全く異なるスタイルに戸惑いながらも、構えには一切の隙がないミミに戦慄していた。
「情け無い奴ならいったい目に遭わせるからナァ」
八重歯をのぞかせた笑みのまま、ぎらついた目でアレックスを見据えている。その様子を、観客席に回ったアレックスのパーティメンバーが見ていた。
「……何というか、ミミって魔力割とデカめだね」
リリアがぽつりと呟いた。エルフである彼女は魔力の流れに敏感だ。小柄な少女の体から立ち上る魔力の量に、少し感心したような声を出している。
「見た目からじゃ想像出来ないっすけど」
ローズが頷いた。
「筋力はなくても、魔力の量で無理矢理パワーを出すタイプっすね。あのハンマー、たぶん自重だけじゃなくて魔力で振り回してるっす。ある意味……アレックスと似てるかも」
「アレックスと?」
「うん。本来の身体能力以上の力を、別の手段で引き出してるって点でね」
言われてみれば、と納得しかけたリリアの隣で、レイナが静かに口を開いた。
「万が一、手足がぐしゃあってなっても、治せるようにはしとくよ」
「物騒な前提っすね……なるべくならないで欲しいっすけど……」
ちゃんとローズは遠い目をする。レイナの言う「治せる」が、本当にぐしゃあってなった後の話を含んでいるのは、もう全員が理解している。あのハンマーが直撃すればただでは済まないし、逆にアレックスが聖剣抜きでどこまでやれるのかも未知数だ。
(しかし……)
ローズはふと、別のことを考えた。
(こんだけの騒ぎになってるのに、エルドレインさんが飛んでこないっすね)
昼間の様子を見るに、エルドレインは決して鈍い男ではない。これだけの規模で冒険者が集まり、賭けまで始まっているのだ。総本部に報告が行っていないはずがない。にもかかわらず止めに来ないということは。
(……もしかして、わざと泳がせてるんすかね)
ローズの勘がそう告げていた。おそらくアレックスの力量を測られている。剣に頼るだけの男なのか、それとも自分の力で立てる戦士なのか。今この瞬間、見えないところから値踏みされている可能性は高い。
(だとしたら、ここは正念場っすよ)
昼間の一件でアレックスの評価は地に落ちている。剣と結婚しているだの、変態ソードマスターだの、散々な言われようだ。だがここで実力を示せば、その印象を多少なりとも塗り替えられるかもしれない。
「……アレックス」
ローズは小さく呟いてから、結界の外から声を張り上げた。
「ここで上手く立ち回れば、変態ソードマスターって呼ぶ人が2、3人は減るかもしれないっすよ!」
「人数少なっ!?」
結界の中で、アレックスが思わず叫び返した。
「もっとこう、全員撤回させるとかないの!?」
「いきなりは無理っす! 現実的なライン狙うっすよ!」
「現実的すぎるだろ!」
ツッコミを入れながらも、アレックスの肩から少しだけ力が抜けた。ローズなりの応援だというのは伝わっている。緊張で固まっていた体が、ほんの少しほぐれた。
「とにかく頑張れアレックス! 応援してるっすから!」
「ボクも見てるよ。骨は拾う」
「だから骨拾わないでよ!」
リリアの相変わらずの一言に律儀に突っ込みながら、アレックスは改めてミミに向き直った。
「おしゃべりは終わった?」
ミミがハンマーを構え直しながら、獰猛に笑った。
「いっくわよぉぉぉ!」
そのまま彼女は勢いよく詠唱した。
「
次の瞬間、ハンマーの頭がぐにゃりと膨れ上がった。元の数倍はあろうかという大きさに変形し、見上げるほどの質量となる。あんなものを担いでバランスを崩さないこと自体が、もはや異常だった。
「らぁぁぁぁ!!」
ミミが地を蹴り、その巨大な鉄槌を真上から叩きつけた。
「うわぁあああ!?」
アレックスは咄嗟に横へ跳んだ。
直後――轟音。
ハンマーが床に激突した瞬間、石畳が陥没し、クレーターと呼ぶに相応しい大穴が穿たれた。砕けた石片が四方に飛び散り、結界の壁に当たって弾ける。土煙が舞い上がる中、アレックスは着地しながら頬を引きつらせた。
「えぇ……」
もし直撃していたらと考えると、背筋が凍る。あれはもう人間に向けていい威力ではない。
「まだまだー!」
ミミは止まらなかった。巨大なハンマーを軽々と振り回し、横薙ぎ、振り下ろし、叩きつけと、息もつかせぬ連撃を繰り出してくる。その一撃一撃が、当たれば即死級だった。
「どっから出てるのさ、そんなパワー!!」
飛び退きながら、アレックスは思わず叫んだ。あの細腕からは想像もつかない暴力の塊が、容赦なく襲いかかってくる。
『魔力による身体強化が、とんでもないわ』
ふざける気配もなく、マルティアナが真面目な声で言った。
『単純な筋力じゃない。全身に魔力を巡らせて、無理矢理に膂力を底上げしてる。あの巨大化したハンマーを振れるのも、魔力で重量を操作してるからね。質も量も、若手にしては破格よ』
「真正面からは……やめた方がいいかな」
アレックスは攻撃を避けながら、小声で聞いた。
『いいえ』
マルティアナの返答は、意外にもあっさりしていた。
『私の力を使えば、打ち勝つのは余裕よ。あの程度の鉄槌、真っ二つにしてあげられる』
「じゃあ――」
『でも、やめときなさい』
マルティアナは続けた。
『私のパワーで真正面から受け止めたら、衝撃で彼女の腕がどうにかなるかもしれない。下手したら粉砕骨折じゃ済まないわ。それに……ここでただ力でねじ伏せても、結局「やっぱり剣の力じゃないか」って言われるだけよ』
アレックスは、はっとした。
その通りだった。聖剣の力で押し勝っても、見ている冒険者たちは納得しない。むしろ昼間の印象を強化するだけだ。それに、相手に大怪我をさせるのも本意ではない。
「……じゃあ、どうすればいい?」
巨大なハンマーを跳んでかわしながら、アレックスはマルティアナに問いかけた。
『落ち着いて、よく見なさい』
マルティアナの声は不思議なほど穏やかだった。
『あの子の攻撃は確かに強烈よ。でも、大振りすぎる。ハンマーを巨大化させればさせるほど、振った後の隙が大きくなる。硬直も長い。見極めれば、必ず入り込める瞬間がある』
「見極める……」
「ぼけっとしてんじゃないわよ!」
ミミが再び巨大な鉄槌を振りかぶった。アレックスは横に跳んでかわす。轟音とともにまた床が陥没した。
(……今、ハンマーを振った後。ミミは一瞬、動きが止まる)
ひたすら目で追う。攻撃の軌道、振り終わりの硬直、次の動作に移るまでの間。一つ一つを、頭に焼き付けていく。聖剣の力は最小限。身体強化は回避に必要な分だけ。アレックスは攻撃を受け止めるのではなく、いなし、見送り、観察に徹した。
「ちょこまかと逃げてんじゃないわよ!」
ミミが苛立ったように連撃を放つ。
横薙ぎ、振り下ろし、再び横薙ぎ――と。
「……っ!」
その全てを、アレックスは紙一重で避けていく。少しずつ、ミミの動きが読めてきた。大振りの一撃を放った後、彼女は必ず半歩分、体勢を立て直すための間を作る。そこが穴だった。
『見えてきたでしょう』
マルティアナが静かに言った。
『アレックス。担い手として貴方は、私と繋がることで力だけじゃなく、経験も身につき始めた。何度も死にかけて、それでも立ち上がってきた。そして……一番大事な勇気も、ちゃんと身についた』
その声には、いつもの甘ったるさも、からかいもなかった。ただ真っ直ぐに、担い手を信じる響きだけがあった。
『自信を持ちなさい、アレックス。今の貴方なら、できる』
アレックスは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……そうだな」
最初に聖剣を引き抜いた頃の自分なら、こんな相手の前で足がすくんでいただろう。だが今は違う。トロルと戦い、エリドゥと渡り合い、マルティアナの心にまで踏み込んだ。あの日々が、確かに自分の中に残っている。
「らぁぁぁ、これで終わりよ!!」
ミミが渾身の一撃を振りかぶった。今までで最大の巨大化。これを当てれば決まると確信した、全力の振り下ろし。
だが――それこそが最大の隙だった。
アレックスは振り下ろされるハンマーを、ぎりぎりまで引きつけてから横へ踏み込んだ。鉄槌が空を切り、床に叩きつけられる。凄まじい轟音と土煙。そしてミミの体勢が、わずかに泳いだ。
(今だ)
考えるより先に、体が動いていた。
土煙を切り裂くように、アレックスは一気に踏み込んだ。聖剣の力を脚に乗せ、しかしそれは加速のためだけ。ミミの巨大なハンマーが地面にめり込んで動かせない、その一瞬の懐へ滑り込む。
「なっ……!?」
ミミが目を見開いた時には、もう遅かった。
ひやり、と冷たい刃の感触が、ミミの首筋に触れた。
「……うそ」
アレックスの剣先が、ぴたりとミミの喉元に突きつけられていた。
「……僕の勝ち、でいいかな」
息を整えながら、アレックスは静かに言った。
酒場がしんと静まり返った。
「かった……?」
「剣に恋する変態が……?」
ハンマーを巨大化させたまま固まったミミと、その首に剣を突きつけるアレックス。誰もがその構図を見ていた。剣の力で薙ぎ払ったわけではない。相手の動きを読み、隙を突き、自分の足で踏み込んで取った勝利だった。
「…………」
ミミは唖然とした顔のまま、突きつけられた剣先を見つめていた。
静寂を破ったのはアレックスのパーティメンバーだった。
「やったっすね、アレックス!!」
ローズが結界が解けるのも待ちきれない様子で駆け寄ってきた。
「いやー、見直したっすよ! あの壊し屋ミミ相手に、剣の力に頼らずあそこまでやるなんて!」
「ボクも驚いた。ちゃんと相手を見て、自分で勝ち筋を掴んでた。前のアレックスじゃ無理だったね」
リリアが珍しく素直に褒めると、その後ろからレイナも穏やかに微笑んだ。
「うん、立派だったよ。怪我人も出なかったし……治療の出番がなくて、ちょっと残念なくらい」
「最後の物騒なのいる!?」
アレックスは思わず突っ込んだが、それでも仲間たちの言葉が嬉しくないわけがなかった。剣を鞘に収めながら、じわじわと実感が湧いてくる。自分の力で、勝った。
その時、酒場全体が一気に沸いた。
「すげぇ!! 一本取ったぞ!」
「剣に頼ってるだけかと思ったが……あの動き、ただ者じゃねぇ!」
「壊し屋に勝つとか、いったいどこの新人だよ!」
歓声が方々から上がる一方で――
「ああ……俺の銀貨が……」
「壊し屋に賭けたのに……」
「今月の酒代が……」
賭けに負けた冒険者たちが、テーブルに突っ伏して悲嘆に暮れていた。明暗の分かれた光景が、酒場のあちこちで繰り広げられている。
その喧騒の中を、パチ、パチ、と落ち着いた拍手の音を奏でながらゆっくりと歩み寄ってくる人物がいた。
「見事な手合わせだった」
正体はエルドレインだった。クールな表情のまま、しかし確かに賞賛の色を浮かべて、アレックスのもとへ近づいてくる。
「エルドレインさん……!」
「剣の力に逃げず、相手の動きを読み切って勝ちを取りに行った。あの判断は容易にできるものではない。よくやった」
淡々とした口調だったが、その言葉には嘘がなかった。アレックスは気恥ずかしさに頭を掻く。
それからエルドレインは、結界の跡地で膝をついたままのミミにも視線を向けた。
「ミミ、お前もよく戦った」
「……っ」
「あの圧で攻め続けられる若手は、そう多くない。今回は読まれただけだ。卑下する必要はない」
ミミは唇を噛んだまま、何も答えなかった。
エルドレインは一拍置いてから、両者を見渡して続けた。
「実はな……ちょうど頼みたい仕事があって、冒険者たちのチームをどう組もうか悩んでいたところだ」
その言葉にアレックスは顔を上げた。
「ある任務に向けて、若手を中心とした調査チームを編成したかった。だが、誰と誰を組ませるべきか決めかねていてな。連携が取れなければ、いくら個々の実力があっても意味がない」
エルドレインはわずかに目を細めた。
「今の戦いを見て、判断がついた」
そう言って彼はアレックスとミミを交互に見た。
「ひとまずアレックスのパーティと、ミミのパーティ。両方、司令室に来てくれるか。詳しい話をしたい」
「は、はい!」
アレックスが背筋を伸ばして答えると、後ろからローズたちが容赦なく背中を叩いてきた。
「やったっすねアレックス! いきなりS級から名指しっすよ!」
「出世だね」
「これも治療担当の支え……は関係ないか」
バシバシと叩かれて前のめりになりながら、アレックスは「痛い痛い」と笑った。さっきまでの緊張が嘘のように、場の空気が和らいでいく。
しかし――その光景を、苦々しい表情で見つめる者がいた。
「くそ……っ!」
ようやく立ち上がったミミは、仲間に囲まれて笑うアレックスの背中をじっと睨んでいた。膝についた土埃を払うこともせず、握りしめた拳がわずかに震えている。
(あんなぽっと出に……このあたしが……!)
悔しさが胸の奥でぐつぐつと煮えていた。それなのに、その感情の隅に、別の何かが混じっているのが自分でもわかってしまう。あの土壇場での冷静な判断。怯まずに踏み込んできた、あの目。認めたくないが、ただの剣頼りの男ではなかった。
「ミミ、大丈夫?」
「……大丈夫よフェル、怪我はないから」
「ミミはよく頑張ったよ」
「わかってる……」
油断したなんて言い訳はしない。
手札があったとて首を刎ね飛ばされたら終いだ。
「……必ず、わからせてやる……」
胸の内で暴れ狂う激情を、必死に抑えながら彼女はアレックスについていった。
◇◆◇
司令室は先ほどの会議室とは別の、より落ち着いた一室だった。壁には各地の地図が貼られ、机の上には資料が山積みになっている。エルドレインは中央の椅子に腰を下ろすと、向かいに並んだアレックスたちとミミたちを見渡した。
アレックス、ローズ、リリア、レイナの四人。
ミミ、フェル、チャーリーの三人。
合わせて七人が、エルドレインの前に立っていた。
「まずお前たちを呼んだ理由を話そう」
エルドレインは前置きなしに切り出した。
「実はな……お前たちのパーティには、元から同じ任務を任せる予定だった」
「え、そうだったんですか?」
アレックスが目を丸くすると、エルドレインは頷いた。
「ああ。年齢も近いし、キャリアの長さも似通っている。冒険者としての経験値が同程度の者同士を組ませた方が、連携も取りやすいと判断していた」
その言葉にミミがぴくりと反応した。
「あたしとこいつが……同じ……」
「不満か?」
「不満っていうか……!」
ミミは何か言い返そうとしたが、つい先ほど決闘で負けたばかりだ。さすがに分が悪いと悟ったのか、ぐっと言葉を飲み込んだ。代わりにフェルが横から「まあまあ、ミミさん」と宥めている。
「で、どんな任務を任せるつもりなんすか?」
ローズが本題を促すと、エルドレインは少し考えるような間を置いてから口を開いた。
「話は少し長くなるが……まず、今回の対策チームの運用について説明しておこう」
彼は机の上の地図を指さした。各地に印がつけられている。
「集まった冒険者は総勢百名。だが、これだけの大所帯を一箇所に集めて動かすようなことは、基本的にしない」
「なんでっすか? 数で押した方が強いんじゃ……」
ローズが首を傾げると、エルドレインは静かに首を振った。
「考えてみろ。百人が一斉に同じ場所へ向かえば、補給も指揮も追いつかない。それに、魔獣の発生も大魔法使いの動きも、各地に分散している。一点に戦力を集中させても、他の地域が手薄になるだけだ」
「……なるほど」
アレックスも納得して頷いた。
「だから戦力は二つに大別する」
エルドレインは指を二本立てた。
「一つは強力な魔獣や――場合によっては大魔法使いとの直接的な戦闘を想定したグループ。これは純粋な戦闘力を重視した編成になる」
もう一本の指を示す。
「もう一つは調査を目的としたグループだ。魔獣の発生原因や、各地で起きている異変の正体を突き止める。戦うより、観察と分析が主な役割になる」
そう言って、エルドレインは続けた。
「この二つのグループを、さらに小分けにして各地へ派遣する。詳しい編成は明日以降、全員に向けて発表する予定だ」
「それで……僕たちはどっちに?」
アレックスが恐る恐る聞くと、エルドレインは即答した。
「お前たち二つのパーティは、調査グループに振り分けている」
「調査……」
戦闘ではなく調査と聞いて、アレックスは少しほっとした。もちろん危険がないわけではないだろうが、いきなり大魔法使いとぶつかれと言われるよりは心の準備ができる。
「そしてだ」
エルドレインは一拍置いてから、決定的な一言を告げた。
「アレックスのパーティとミミのパーティは、基本的に合同で動いてもらう」
『なん……だと!?』
するといきなりアレックスの腰で、聖剣が激しく震えた。
(マルティアナ!?)
アレックスは内心で慌てた。マルティアナの声には、これまでにないほどの動揺が滲んでいた。
『合同……? つまり、これからずっと一緒に行動するということ……?』
マルティアナの思考が、猛烈な速度で回転し始めるのが伝わってくる。アレックスは嫌な予感を覚えながら、改めて目の前の面子を見渡した。
ミミ。
フェル。
チャーリー。
そして自分のパーティの、ローズ、リリア、レイナ。
男は、自分以外には妙にメス臭い気弱な少年が一人いるだけ。あとは全員女性だった。
(いやちょっと待って、これって……)
『アレックスハーレムじゃないのよ!!!』
マルティアナの絶叫が頭の中に響き渡った。
ちなみに周りはポカンとしている。
『何これ、何これ!? ただでさえローズたちがいるのに、さらに女が二人増えるってこと!? しかもずっと一緒に行動!? 四六時中!? 冗談じゃないわ、私のアレックスがメスに囲まれて鼻の下を伸ばすなんて――』
(伸ばさないよ!?)
ぞわりと腰のあたりから不穏な気配が立ち上り始めた。嫉妬のパワーが、今にも溢れ出そうとしている。下手をすればまた身体を乗っ取られかねない。アレックスは渾身の力でそれを抑え込んだ。
(落ち着け、落ち着けマルティアナ……! ここで暴走したら、せっかく取り戻した評価がまた地に落ちる……!)
『でも! でもでもでも!』
(嫌いになるよ、本当に)
『すいませんした』
その一言が効いたのか、マルティアナの震えがわずかに収まった。とはいえ完全に収まったわけではない。今もぐつぐつと、煮えたぎるような気配が漂っている。
(……はぁ、本当に勘弁してくれ)
冷や汗を拭いながら、アレックスは何とか平静を装ってエルドレインに向き直った。表情に出ていないか不安だったが、幸いエルドレインは特に気にした様子もなかった。
「あの……それで、具体的にはどんな任務を任せる予定ですか?」
アレックスが聞くと、エルドレインは机の上に一枚の地図を広げた。そこには、とある山岳地帯が記されている。
しかし奇妙だった。その山の周辺だけ、報告書に「異常」の朱印が押されている。
「お前たちに調査してもらいたいのは――ある山だ」
エルドレインは地図の一点を指で叩いた。
「つい先日まで、ごく普通の山だった。緑が生い茂り、麓には小さな集落もあった。だが……」
彼の目が、わずかに細くなる。
「ある日突然、その山が雪山に変わった」
「雪山……?」
アレックスは思わず聞き返した。
「季節は変わっていない。気候も周辺と何も変わらない。なのに、その山だけが――一夜にして、雪と氷に覆われた」
司令室にしんとした沈黙が落ちた。
「原因は不明だ。魔獣の発生との関連も、まだわかっていない。だがこの異常な変化が、何の意味も持たないとは思えない」
エルドレインは顔を上げ、七人を見渡した。
「お前たちには、その山へ向かってもらう。一体何が起きているのか……その正体を突き止めてきてほしい」