【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件 作:アスピラント
――翌日。
朝方にエルドレインは冒険者全体に向けて、魔獣討伐をメインにした戦闘班と、原因の解明を主な目的とする調査班の説明を行った。
冒険者たちは皆昨日のアレックスとミミの一戦を見てから気合い入ってるのか、いつにもましてやる気に満ち溢れていた。各自は早速それぞれの任務に向けた準備を進めていく中、アレックスたちはいち早く調査任務の説明を街の一角にある研究所を訪れていた。
案内されたのは、書物と標本で埋め尽くされた一室だった。壁という壁に棚が並び、魔獣の骨や鱗、得体の知れない結晶が整然と陳列されている。その奥の机に、一人のエルフの男が座っていた。
年の頃は外見からは判断しにくいが、エルフ特有の若々しさの中に、どこか歴戦の気配が滲んでいる。長い髪を後ろで束ね、片足には添え木のようなものが当てられていた。
「よく来てくれた。歓迎するよ」
男は穏やかに微笑んで、アレックスたちを迎えた。
「私はガラド。ハイベルズ王国直下で、魔獣やモンスターの生態調査をしている者だ。今回の調査班のリーダーを任されている」
「アレックスです。よろしくお願いします」
アレックスが頭を下げると、ローズたちも続いて挨拶をした。ミミは少しぶっきらぼうに名乗り、フェルが丁寧に頭を下げ、チャーリーはおどおどしながら会釈をした。
「元は冒険者だったんだ。だが、ある任務で足をやられてね」
ガラドは自分の足を軽く叩いてみせた。
「前線には立てなくなった。それで、今は調べる側に回っているというわけだ」
その口調に悲壮感はなかった。むしろ今の仕事に充実しているような、落ち着いた声だった。
「さて……クエストの概要はエルドレインから聞いているだろうから、そこは割愛しよう」
ガラドは机の上で指を組んだ。
「ただ一つだけ話しておきたいことがある。今回聖剣の担い手であるアレックス君を、この調査に任命した理由だ」
アレックスは思わず背筋を伸ばした。
「ただ強い戦力が欲しかったから、ではない。実はこの任務には……君の聖剣と、深い関わりがあると見ているんだ」
『ほう?』
腰の聖剣が興味深そうに揺れた。マルティアナの声には、わずかな警戒と好奇心が入り混じっている。
「君たちに調査してもらうのはニーベル山だ」
『……随分と懐かしい名前ね』
マルティアナがアレックスにだけ聞こえる声でぽつりと呟いた。
いつもの甘ったるさもからかいもない。どこか懐かしむような、寂しさを感じるようなトーンだった。アレックスはその変化を敏感に感じ取った。マルティアナが「懐かしい」と口にしているのだ。ならば確実に彼女の過去に関わっている。
(マルティアナ、その山……知ってるのか?)
問いかけても、マルティアナはすぐには答えなかった。ただ静かに、思案するような沈黙が続いた。
その間に、ガラドが説明を続ける。
「ニーベル山は、ここから数日かけて向かう先にある。元はごく普通の山で、麓には小さな集落もあった。だが先日、突如として雪と氷に覆われた。原因は不明だ」
「あの、それで……ニーベル山が僕の聖剣とどう関係するんですか?」
アレックスが核心に触れる質問をすると、ガラドは一度、深く息を吸った。それから、静かに、しかしはっきりと告げた。
「ニーベル山はな……古い言い伝えによれば、かつて勇者が、その力を授かった場所とされているんだ」
アレックスの息が一瞬止まった。
「勇者が……力を、授かった?」
「ああ。文献に残っているのはごくわずかだが、複数の古い記録に、共通してそう記されている。魔王を討った勇者はニーベル山で何らかの力を得た――とね」
ガラドの言葉が室内に重く響くとローズとリリアが顔を見合わせ、レイナは静かに目を細めた。ミミたちも、さすがに口を挟まずにガラドの話に聞き入っている。
「正直なところ、伝説の域を出ない話だが……ここにその生き証人……いや剣? がいる……」
ガラドは続けた。
「魔獣が世界中で異常発生し、各地で異変が起きている今、その勇者ゆかりの山が突然雪山に変わった。これを単なる偶然と片付けるのは調査者として怠慢だと私は思う」
彼の視線がアレックスの腰の聖剣に注がれた。
「だからこそ……聖剣の担い手である君が、現地へ赴く意味があると考えた。何か、君の聖剣だからこそ感じ取れるものがあるかもしれない」
アレックスはゆっくりと腰の聖剣に手を添えた。
(マルティアナ……何か、知ってるんだよな)
マルティアナはしばらく沈黙していたがぽつりと一言だけ零した。
『特に……面白みのない話だけど――』
それからマルティアナは昔のことを語り出した。
◇◆◇
昔々のこと。
その時代、世界は魔獣を従える魔王の脅威に晒されていた。各地が焼かれ、人々は怯えて暮らし、誰もが明日をも知れぬ日々を過ごしていた。並の兵では魔王に届かない。並の魔法使いでは魔獣の群れすら退けられない。
そこで人々が縋ったのが、神の力を授かるとされる「勇者」の伝説だった。
神に選ばれし者は人智を超えた力を得て、魔王を討つことができる。しかしその力は誰にでも宿るものではない。器となるに相応しい資質と、それを支えるだけの心の強さが求められた。
各地から選ばれる可能性を持つ少年少女が集められた。
血筋に恵まれた者、剣の才を見出された者、稀有な魔力を秘めた者。出自も性格もばらばらな彼らは、勇者候補としてニーベル山の麓に集められ、過酷な訓練の日々に身を投じることになった。
訓練は想像を絶するほど厳しいものだったという。
夜明け前から日が落ちるまで、剣を振り、魔法を学び、心身を限界まで追い込まれる。脱落する者が、一人また一人と現れた。耐えきれず去る者もいれば、心を折られて諦める者もいた。それでも残った者たちは、互いを励まし、時にぶつかり合いながら少しずつ強くなっていった。
そして長い時を経て――最後まで残り、すべての試練を乗り越えた一人が、ついに勇者として選ばれた。
選ばれた者は、ニーベル山の頂に築かれた古き神殿へと足を運んだ。そこで神の力を授かるためだ。
神殿で何が起きたのか、詳しく知る者は少ない。ただ、その者は確かに人ならざる力を宿して山を下りてきた。並の人間では決して扱えない、世界を救うに足る力を。
こうして勇者は誕生した。
だが――忘れてはならないのは、勇者に選ばれなかった者たちのことだ。
共に訓練を耐え抜きながら、神の力に選ばれなかった者たち。彼らは落胆しなかったわけではない。長く苦しい日々を共にしてきたのだ。悔しさも、羨望も、確かにあっただろう。
それでも彼らは勇者の前に膝を折ることはしなかった。
むしろこう誓ったのだ。
――選ばれたお前が一人で戦う必要はない。
――俺たちがお前を支える。
勇者の力がいかに強大であろうと、たった一人で魔王に挑むのは無謀に過ぎる。だからこそ、選ばれなかった者たちは、勇者を支える仲間として共に旅立つことを選んだ。剣を握り、盾を構え、後ろを守り、傷を癒し、それぞれの役割を担って。
神に選ばれた一人と、選ばれなかった者たち。
立場は違えど、向かう先は同じだった。世界を覆う絶望を打ち払い、魔王を討つという、ただ一つの目的のために。
彼らはニーベル山を後にして、長い旅路へと歩み出した。
◇◆◇
「――マルティアナは……こう話しました」
アレックスの口を借りて語られた伝説を、ガラドは静かに聞き入っていた。やがて彼は深く頷くと、組んでいた指をほどいた。
「やはり君の聖剣はその時代を直接知っているのだな……これほど貴重な証言は文献をいくら漁っても得られない」
感慨深そうに呟いてからガラドはアレックスをまっすぐ見据えた。
「だからこそ、改めて頼みたい。そのニーベル山で今起きている異変を……ぜひ君たちに突き止めてほしいんだ」
その声には研究者としての探究心と、元冒険者としての真剣さの両方が滲んでいた。
「勇者ゆかりの地が、何の前触れもなく雪と氷に覆われた。これがただの自然現象でないのはほぼ間違いない。何かが、あの山で起きている」
「……わかりました」
アレックスは静かに頷いた。マルティアナの過去に関わる場所だと聞いて、断る理由などあるはずもない。むしろ、自分の聖剣のためにも、その正体を見届けたいと思った。
「ありがとう。心強いよ」
ガラドは安堵したように微笑むと、机の引き出しから一枚の地図を取り出した。ニーベル山周辺が詳細に記されたものだ。
「すでに、ニーベル山の近くにある村には話を通してある。君たちが調査に来ることは、村長にも伝えてあるから、宿や案内については現地で融通が利くはずだ」
彼は地図をアレックスに手渡しながら続けた。
「準備が整い次第、向かってくれて構わない。急ぐに越したことはないが、装備や物資はしっかり整えてからの方がいい。何しろ向かう先は、突然現れた雪山だ。普通の山に行く感覚で踏み込めば、寒さだけでも命取りになりかねない」
「防寒具とかも揃えた方がいいっすね」
ローズが地図を覗き込みながら言うと、ガラドは頷いた。
「ああ。クロスフォードの施設は自由に使えるはずだ。武具屋でも医療院でも、必要なものは遠慮なく揃えていくといい」
それから彼は、少しだけ表情を引き締めた。
「ただし何が待っているか、誰にもわからない。無理だと思ったら、迷わず引き返せ。命あっての調査だ」
元冒険者として、足を失った身だからこそ重みのある言葉だった。アレックスはその忠告を、しっかりと胸に刻む。
「はい。気をつけて行ってきます」
こうしてニーベル山への調査の準備が始まることとなった。
◆
ガラドの研究所を後にした七人は、出発に向けてさっそく装備を揃え始めた。
クロスフォードの武具屋は、全施設フリーという破格の待遇のおかげで、普段なら手が出ないような品も自由に選び放題だった。皆、思い思いに防寒具や登山用の装備を物色していく。
「これ、暖かそうっすね」
「フードつきの方がいいんじゃない? 雪山なら顔も守らないと」
ローズとリリアが厚手の外套を見比べ、レイナは薬や包帯を補充している。フェルは真面目な顔で携帯食料を吟味し、チャーリーはなぜか手袋を両手にはめたまま固まっていた。
そんな中――アレックスは、さっきからずっと感じている視線に耐えかねていた。
「むむむ」
ちくちく。ちくちく。
店に入ってからずっと、ミミがこちらを睨んでくるのだ。防寒具を選ぶ素振りをしながらも、その目だけは絶えずアレックスを追っている。
「……あの」
とうとう耐えきれなくなって、アレックスは恐る恐る切り出した。
「昨日の結果に、ご不満でも……?」
決闘で負けたことを、まだ根に持っているのかもしれない。そう思っての問いかけだった。
「はぁ!?」
ところがミミは、心外だとばかりに声を荒げた。
「私はもう納得してるわよ! 負けは負け、ちゃんと認めてるわ!」
「じゃあなんでさっきから睨んでくるのさ!?」
アレックスが思わず突っ込むと、ミミはぐっと言葉に詰まった。それから、髪を逆立てるような勢いで叫んだ。
「そんなの私もわからないわよ!!」
「わからないってなんだよ!? 意味わからない!」
「こっちのセリフよ! なんかムカつくんだから仕方ないでしょ!」
「理不尽すぎる!!」
ぎゃーぎゃーと、二人の言い争いが店内に響く。傍から見れば犬猿の仲にしか見えないが、当の本人たちもなぜ揉めているのか理解していないあたり、収拾がつかなかった。
その様子を、少し離れた場所から眺めていたローズが、頬を引きつらせた。
「……あの二人、大丈夫っすかね……リリア」
「何が?」
「いざって時に、揉めたりしないっすよね? 調査中に喧嘩されたら命に関わるっすよ」
魔獣がうろつくかもしれない雪山で肝心な場面でいがみ合われては困る。ローズの心配はもっともだった。
ところが隣に立つリリアは、まったく違う反応を見せた。
「……むしろ大丈夫だと思う」
なぜかやけに真剣な声だった。
ローズが振り向くとリリアは腕を組み、眉根を寄せて、まるで戦場を見据えるかのような険しい表情で二人を見つめていた。普段の飄々とした彼女からは想像もつかない真剣さだ。
「……どうしてそんな険しい顔してるんすか?」
ローズが恐る恐る聞くとリリアはゆっくりと口を開いた。
「ボクの……女としての勘が言ってる」
ごくり、とローズが息を呑む。
「これはきっと……魔獣とはまた別軸の、戦いの幕開け……」
リリアの声には、確信めいた重みがあった。長く生きるエルフだからこそ感じ取れる何か——ではなく、単に恋愛沙汰の予感だったが、本人はいたって本気だった。
「えっ、別軸の戦いって……」
「ローズ、心して見ておくといい。これから始まるのは、剣と魔法だけじゃ決着のつかない種類の――」
「リリア」
そこへすっとレイナが割り込んできた。相変わらず穏やかな表情のまま、しかし的確に。
「店の真ん中で棒立ちしてたら、邪魔になるよ」
「あ、ごめん」
リリアが我に返ると、後ろで店員が荷物を抱えたまま通れずに困っていた。せっかくの決め顔も台無しである。
「……並列思考は難しい」
「難しい表現で言い訳しないの……」
リリアがそそくさと端に避けると、レイナは小さく息を吐いた。
「リリアの勘、当たることもあるけど……今は装備が先かな」
「いや、でもレイナも見たでしょ、あの二人」
「うん、見たよ。見たけど……今はそれより、ミミちゃんの防寒具、サイズ合ってるか確認した方がいいと思う。小さいから子供用しか合わないかも」
「あ、それは確かに重要っすね」
そのまま2つのパーティは装備を新しく買い揃えた。
使命こそ重い内容だが、皆リラックスした状態でクエストを迎えることとなった。
◆
一方その頃――雪と氷に閉ざされたニーベル山。
その地中深く洞穴を抜けた先に、太古の神殿が眠る空間が広がっていた。
長い年月、人の目に触れることのなかったその場所は、外の凍てついた世界とは異質な空気に満ちていた。岩肌に刻まれた古代の文様が、淡く明滅している。その中央――何もないはずの空中に、それは浮かんでいた。
幾重にも重ねられた魔法陣。
その中心にクリスタルのような物体が静止している。透き通った結晶の内側で、無数の光の筋が脈打つように渦巻いていた。神殿全体を覆う膨大な魔力の流れが、すべてその一点へと収束しているように見える。
そしてその荘厳な光景の前に、一人の人物が佇んでいた。
魔術士のような長衣を纏っている。だがその身体は明らかに常人のものではなかった。首筋から、肩から、手の甲からは皮膚の下を突き破るようにして、魔獣特有の黒い結晶が、いくつも生え出している。まるで身体そのものが、少しずつ別の何かに作り変えられているかのようだった。
彼は浮遊するクリスタルへと片手をかざし、空中の魔法陣を指先で操っていた。陣がわずかに回転し、結晶の輝きが応じるように強まる。
「……やはり、この反応……素晴らしい」
彼は自らの腕に生えた結晶をもう片方の手でそっと撫でた。それは痛みを堪える仕草ではなく、むしろ愛おしむような手つきだった。
「皮膚を破って結晶が育つこの現象も……元を辿れば、この力に行き着く。魔獣を魔獣たらしめているものの、根源――」
彼は浮遊するクリスタルを見上げ、感慨深そうに目を細めた。
「まさに、神の御業というべきか」
古き神殿に宿る人智を超えた力。かつて勇者が授かったとされる神の力。それを彼は今自らの手で解き明かそうとしていた。クリスタルから漏れ出す魔力を身体に取り込んだ結晶を通じて、少しずつ読み解いている。
「この神殿は、本来であれば侵入者を排除するために造られたのだろうな」
彼は周囲を見渡した。空間のあちこちに起動しかけた防衛機構の痕跡がある。神殿は外敵を寄せ付けないために自律的に動いていた。
「だがそれも好都合だ。これだけの力が、まだ生きて稼働している。千年を経てなお衰えていない」
彼は再び魔法陣に向き直り、慎重に術式を調整していく。結晶の作用を一つ一つ確かめて記録するようは手つきには、研究者めいた執着があった。
「もしこの力の構造を、完全に解析できれば……」
声がわずかに熱を帯びた。
「魔獣を生み出す力の根源を、意のままに操れる。いや――それだけではない」
彼の目がクリスタルの奥で渦巻く光を映し出す。その瞳には、ただの好奇心では片付けられない、何か執念めいた光が宿っていた。
「神が与えしこの力さえ我がものとできれば、いずれは……」
そこで言葉を切り彼は静かに笑った。何かに想いを馳せるように、遠くを見つめる。その先にあるのが希望なのか、野望なのか、あるいはもっと別の何かなのか――その横顔からは読み取れなかった。
「……ふふ。まだ、急いてはならんな」
彼は浮遊するクリスタルへと、再び手をかざした。神殿の奥で、古の力が静かに脈打ち続けている。
外の世界では、その異変を突き止めようとする者たちが、今まさにこの山へと向かおうとしていることなど――まだ、知る由もなかった。