【コミカライズ化決定】引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件 作:アスピラント
翌日、二つのパーティを乗せた馬車はニーベル山を目指して街道を進んでいた。
雪山に向かうと聞いて身構えていたが、道中はむしろ拍子抜けするほど穏やかだった。窓の外には緑が生い茂り、気温も温暖そのもの。とても凍てついた山が待っているとは思えない、のどかな景色が続いている。
「不思議だな……この辺は全然普通なのに」
アレックスが呟くと、馬車の中は和やかな会話で満ちていた。
初めて顔を合わせた者同士、最初こそぎこちなかったが、長い道のりは人を打ち解けさせる。中でも特に盛り上がっていたのが、ローズとフェルだった。
「えっ、フェルさんって、結晶の魔力伝導理論も学んでるんすか!?」
「ええ。魔法使いとしての実戦も大事ですが、根本の理論を理解していないと応用が利きませんから」
「わかる〜! アタシもそこは大事だと思ってたんすよ!」
フェルが魔法使いとしての腕前だけでなく、相当な学術的知識を持っていると知るや、ローズは目を輝かせて専門的な話題に花を咲かせていた。傍から聞いていると半分も理解できない単語が飛び交っている。意外なところで気の合う相手を見つけたらしい。
一方、馬車の反対側では――
「チャーリー君、えらいねえ。こんな小さいのに、ちゃんと冒険者やってて立派だよ」
レイナがにこやかにチャーリーの頭を撫でようとした。
「あ、あの……僕、17ですけど……」
「……え」
レイナの手が空中でぴたりと止まった。
「マジ……? 背、低っ」
「んなっ……!? 牛乳毎日5リットルぐらい飲んでるのに……」
「腹下しそうね」
チャーリーがあからさまに肩を落とす。図星だったらしい。レイナが「ご、ごめんね、つい子供かと……」と珍しく慌てて謝り、それを見たチャーリーがさらにしょんぼりするという、なんとも騒がしいやり取りが繰り広げられていた。
そんな賑やかな車内で、アレックスはひとり窓の外の景色を眺めていた。
流れていく緑の風景、遠くに連なる山並み、穏やかな陽光。こうして馬車に揺られていると、本当にこの先に危険が待っているのか、少し疑わしくなってくる。
ふと手元に温かい感触があった。
「うお!?」
いつの間にか、リリアがアレックスの手の上に、自分の手をそっと重ねていた。突然のことに、アレックスは思わず変な声を上げる。顔がじわりと赤くなるのを感じた。
「り、リリア……?」
「ん」
リリアは相変わらずの無表情で、アレックスの手をじっと見つめている。
「もうだいぶ、男の子らしい手つきになったね」
淡々とした声だった。
「最初に会った頃は、剣の握り方もぎこちなくて、手も柔らかかったのに。今はちゃんと、剣士の手になってる」
その指先がアレックスの手のひらにできた小さな豆の跡を、確かめるようになぞる。何気ない仕草なのに、妙にくすぐったくて心臓が跳ねた。
「あはは……まぁ、ちょっとは鍛えてるからかな」
アレックスは照れ臭そうに笑って、頭を掻いた。リリアに褒められるのは、なんだか悪い気がしない。むしろ、自分が少しずつ前に進めているのだと実感できて、嬉しかった。
ガチガチガチガチガチ。
いきなり腰の聖剣が鞘の中で奇怪な音を立て始めた。まるで歯を食いしばっているような、不穏極まりない振動だ。
「あれ、マルティアナ様喋ってる?」
「大丈夫だよリリア、なんかの雑音だから」
「そう? ふふふ、マルティアナ様ってお茶目なんだね」
ギチギチギチギチ……
なんか聞いたことない異音がしたが、アレックスは無視する。ちなみに今表で言うには憚られる呪詛が垂れ流されている。
「……そろそろ、ニーベル山が近くなってきたみたいですね」
そんな賑やかな空気はフェルが窓の外を見ながら、神妙な様子で呟いた瞬間に終わった。それまで学術談義に花を咲かせていた声から一転、その口調には張り詰めたものになる。
アレックスもつられて、窓の外へ視線を向ける。
まず目に入ったのは緑豊かな村だった。なだらかな丘の上に、小さな家々が肩を寄せ合うように並んでいる。畑が広がり、家畜が放牧され、煙突からは細い煙がのぼっている。穏やかで、どこにでもありそうな平和な集落だ。
「あれが、麓の村か……」
ほっとしかけたアレックスの目が、ふとその奥へと吸い寄せられた。
村から少し離れた場所に、一つの山がそびえている。
その山だけが――明らかに、おかしかった。
周囲は晴れ渡り陽光が降り注いでいるというのに、その山の上空にだけ、ドス黒い雲が渦を巻いていた。山頂を完全に覆い隠すほどの分厚い暗雲が、まるで生き物のように蠢いている。雲の隙間から覗く山肌は、ここからでもわかるほど白く凍てついていた。
緑の村と、漆黒の雲に覆われた凍れる山。
その対比はあまりにも異様だった。同じ景色の中に存在していいものとは思えない、明確な「異物」だった。
「……なんだ、あれ」
アレックスは思わず唖然として、その山を見つめることしかできなかった。
『あれが今のニーベル山……』
あのマルティアナでさえ、深刻そうに呟くとアレックスはごくりと息を飲むのだった。
◇◆◇
馬車を降りた一行は、麓の村へと足を踏み入れた。
近くで見ると村は思っていた以上にこぢんまりとしていた。石と木で組まれた素朴な家々が並び、道の脇では鶏が餌をついばんでいる。畑では村人が農作業をしていて、子供たちが走り回っている。漆黒の雲に覆われた山さえ見上げなければ、本当にどこにでもある平和な村だった。
事前に聞いていた通り、ここはニーベル山の管理を担うアエテル教徒たちの村だという。山を聖地として守り、代々その麓で暮らしてきた人々だ。
ところが――村の中を歩いていくと、アレックスは妙な視線に気づいた。
すれ違う村人たちが、皆こちらをじっと見ている。正確にはアレックスの腰に提げた聖剣を、食い入るように見つめているのだ。農作業の手を止めて井戸端の会話を中断して、窓からそっと顔を覗かせて。誰もがその剣に釘付けになっていた。
「……なんだろう、これ。落ち着かないなぁ」
アレックスは居心地の悪さに、つい呟いた。敵意を感じるわけではない。むしろ畏怖や好奇心に近い視線だが、ここまで露骨に見られると、どうにも背中がむずむずする。
『何か、舐め回すように見てくるわね』
マルティアナが不満げに揺れた。
『立派なハラスメントだわ。私は見世物じゃないのよ』
(君が言うと説得力が無いんだけど……)
いつもアレックスをどう見ているのか、と内心で突っ込みつつ、アレックスは視線をやり過ごしながら歩いた。アエテル教徒の村ということは、勇者や聖剣にまつわる信仰があるのかもしれない。そう考えるとこの反応にも納得がいく気がした。
やがて一行は、村の奥にある一際大きな家へとたどり着いた。村長の住まいだという。
「ごめんくださーい」
「少しお待ちを」
アレックスが扉を叩くと、ほどなくして中から人が出てきた。
現れたのは一人の老人だった。腰は少し曲がっているが、その佇まいには穏やかな品がある。深い皺の刻まれた顔には、人の好さそうな笑みが浮かんでいて、長く生きてきた者特有の落ち着いた温かさを纏っていた。
「おお……よく来てくださった」
老人は一行を見渡し、それからアレックスの腰の聖剣に目を留めると、ほんの一瞬、その目を細めた。だがすぐに穏やかな表情に戻り、丁寧に頭を下げる。
「お待ちしておりました。クロスフォードのガラド殿から、話は伺っております」
「あ、はい! 調査に来ました、アレックスです」
アレックスが慌てて名乗ると、老人はにこやかに頷いた。
「私はこの村で村長を務めております、ベンディと申します。さあ、立ち話もなんですから……どうぞ、中へ」
そう言って、ベンディは一行を家の中へと招き入れると、すぐに準備してから皆を丸テーブルの周りに誘導させて、腰を下ろさせた。
「こちらをどうぞ」
「わ、ありがとうございますっす」
「……いい香り」
ベンディはてきぱきと人数分のお茶を淹れてくれた。湯気とともに立ち上る香りは、明らかに上等なものだ。アレックスは普段こんな高そうなお茶を飲む機会などないので、少し緊張しながらも、ありがたく口をつけた。ほのかな甘みと深い香りが、旅で疲れた体に染み渡る。
「美味しい……」
「ふふ、それは良かった。山の恵みでね、昔から大切に淹れているものです」
ベンディは穏やかに微笑むと、ゆっくりとお茶を一口含んでから、本題へと入った。
「さて……あなた方が調べに来たのは、あのニーベル山の異変ですな」
その声がわずかに沈んだ。
「あの山がああなってしまったのは……実は、つい最近のことなのです」
「最近、ですか」
アレックスが聞き返すとベンディは頷いた。
「ええ。時期で言えば……ハイベルズの精霊様に、よからぬことが起きたという話を耳にした頃と、ちょうど重なります」
その言葉に、アレックスたちは思わず顔を見合わせた。ユピテルスの事件と同じタイミング。偶然とは思えなかった。
「最初は、ほんの些細なことでした。山に出る魔獣が、少しずつ増えてきた……その程度だったのです。ですが」
ベンディの皺深い手が湯呑みを包む。
「次第に天候が荒れ始め、雪が降り出した。それも季節も気候も無視したあり得ない降り方です。やがて山全体が凍てつき……もう、誰一人として近づけなくなってしまったのです」
室内に重い沈黙が落ちた。窓の外、遠くに見える漆黒の雲がその話を裏付けるように蠢いている。
「あの……それは、天候を操る魔法とは、また違うのでしょうか」
フェルが眼鏡を押し上げながら、慎重に問うた。魔法に造詣の深い彼女らしい質問だ。
「私も最初はそう思いました。ですが……違うのです」
ベンディはゆっくりと首を横に振った。
「天候だけではない。気温も、空気そのものまで……あの山に関わるすべてが根本から変わってしまった。まるで――」
彼は言葉を探すように宙を見つめた。
「まるでどこか遠い別の大陸の環境を、そっくりそのままくり抜いて、あの山に置いてきたような……そんな具合なのですよ」
その表現にフェルが息を呑んだ。単なる魔法の域を超えた現象だと彼女の表情が物語っていた。
その時だった。
『……アレックス』
腰の聖剣が静かに揺れた。
『村長さんに聞いて。光天の神殿はどうなってるのか、って』
(光天の神殿……?)
聞き慣れない名前だったが、アレックスはマルティアナに言われるがまま聞く事にした。
「あの……村長さん。一つ聞きたいんですけど光天の神殿は、今どうなってるんですか?」
その瞬間――ベンディの動きがぴたりと止まった。
「……」
穏やかだった老人の目が大きく見開かれる。湯呑みを持つ手が、わずかに震えた。
「……今、なんと?」
「え、あ……光天の神殿、って」
「……どこで、その名を」
ベンディの声がにわかに張り詰めた。
「光天の神殿という呼び名は……我々アエテル教徒の中でも、ごく一部の者しか知らぬ、神殿の正式名称。なぜ、あなたがそれを……!」
予想外の反応にアレックスは少したじろいだ。まさかそんな秘匿された名前だとは思っていなかったのだ。
「えっと……その、聖剣が教えてくれまして……」
アレックスは頬を掻きながら正直に答えた。
「あはは、僕も詳しくは知らないんですけど、この剣がそう言うので……」
するといきなりベンディの様子が、明らかにおかしくなった。目は血走り、めっちゃキマってる感じになってしまった。
「……聖剣、が」
わなわなとその全身が震え出す。
「聖剣が、教えた……? それはつまり……かの伝説の、聖剣様が……ご自身のお言葉で……!」
ガタッと勢いよく立ち上がる。先ほどまでの落ち着いた老人はどこへやら、目をカッと見開いて両手を天に掲げた。
「ああ……ああ! 何ということだ!!」
突然の豹変に、アレックス一行はぽかんと固まる。
「御剣のお言葉だ……! 千年の時を超え、聖剣様が再びこの地に……! しかも、ご自身の意志でお言葉を授けてくださるとは……! ああ、なんという僥倖! なんという栄誉!!」
ベンディは涙すら浮かべながら、その場で狂喜乱舞し始めた。腰の曲がった老人とは思えない俊敏さで、両手を組んで天を仰ぎ、感極まった声を上げている。
「長生きはしてみるものだ……! まさかこの目が黒いうちに、御剣の御声を賜る日が来ようとは……!」
「え、えっと……村長さん?」
「うわぁ……」
ミミは狂喜乱舞する村長を前に、思いっきり顔を引きつらせていた。
ついさっきまで穏やかだった老人が、聖剣が喋ったというだけでここまで豹変するとは。ドン引きを通り越して、若干の恐怖すら覚えていた。
「ま、まさか……この村の人たち、全員こんな感じなわけ……?」
恐る恐るミミは窓の方へと視線を向けて——凍りついた。
「聖剣様ァ……!」
「ありがたや……ありがたや……!」
「ひと目……ひと目だけでも……!」
目を血走らせ、頬を上気させた村人たちが、まるで何かに取り憑かれたかのように窓へ群がり、両手をガラスに押し付け、口々に聖剣の名を唱えていた。
「ぎゃあああああ!!!」
ミミが女の子らしからぬ盛大な悲鳴を上げた。
「な、何これ怖い!! 窓! 窓に大量に張り付いてる!!」
「ミミさん、落ち着いてください。皆さん悪気はないようですし……」
「悪気がないのが一番怖いのよ!!」
フェルが冷静に宥めようとするが、ミミのパニックは収まらない。チャーリーも「ひぃ……」と縮こまり、アレックスは村長と窓の村人を交互に見ながら、どう収拾をつけたものかと完全に固まっていた。
その時――
「あの」
すっ、と一つの声が、その混沌を貫いた。
声の主はレイナだった。穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がる。だがその笑顔には、いつもの優しさとは決定的に違う、ぞっとするような圧があった。
「そろそろ……いい加減にしてくださる?」
声音はあくまで柔らかいが、なぜか鳥肌がとまらない。
「皆さんの気持ちはよくわかります。本当に。でも……このままだと調査の話が、いつまで経っても進まないんです」
にこり、と微笑む。背後に、見覚えのある神様じみたオーラが立ち上り始めた。
「だからね……? もしこのまま騒ぎ続けるなら、私……」
レイナは、すっと拳を握ってみせた。
「拳で、黙らせるしかなくなります……」
室内の温度がさらに数度下がったのは、絶対気のせいじゃない。
「かしこまりました」
狂喜乱舞していた村長が、ぴたりと動きを止める。窓に張り付いていた村人たちも、なぜか本能的に危機を察知したのか、潮が引くようにそそくさと窓から離れていった。
「……し、失礼いたしました」
ベンディが汗を拭いながら静かに着席し、すっかり狂気が掻き消える。ただ代わりにレイナに対する恐怖が場を支配していた。
「こわすぎねぇ??」
思わずミミがぼそりと呟くと、アレックスは「うん……うちのヒーラーが一番ヒエラルキーが上だから」と、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。