「ねぇルクお兄ちゃん。今度私の学校で球技大会があるの」
「球技大会?懐かしいなぁ。俺の学校もあったよ」
「その期間はバイトに出れなくなるの。だから・・・・・・」
「わかった。ココアの担当する日は家で待機してる。行っておいで」
6月のある日、ココアはルクに申し訳なさそうに、しばらくバイトに出れない事を言った。まぁ平日は客の人数は少ないので、最悪2人でもなんとかなってしまうので問題はない。
しかしもしもの事があるといけないため、ココアの担当日にルクは家にいる事とした。
「え・・・あ、うん!頑張るね!チノちゃんも大丈夫?」
「はい。問題ありません」
「・・・そっかー」
何故かがっかりした雰囲気のココア。まさか止めて欲しかったんじゃないだろうか。それとも一緒に練習したいのか。
「リゼさん。私も授業でバドミントンの試合があるのですが、放課後練習に付き合って貰えませんか?」
「チノもか。もちろんいいよ。親父直伝の訓練で叩き込んでやるから」
リゼの言葉にピシリと固まるチノ。
「え、あ、その・・・死なない程度にお願いします・・・・・・」
「がんばれよー」
頼む人を間違えたかもしれないという視線をルクに向けたチノだったが、ルクはそれを受け流して皿を磨き続けた。
頑張れチノ。これは君の選んだ道だ。
♢ ♢ ♢ ♢
翌日、ラビットハウスのカウンターに立ったルクは時計を見ながらティッピーと話していた。
「そろそろココア達は下校時刻ですね」
「球技大会の練習でバイトはできないがの」
「皆には頑張ってもらいたいですが無理はしないで欲しいっす」
「お主、運動はどうなのだ?」
「ダメというわけではありません。かと言って得意なスポーツもありません」
ルクは運動することは嫌いではない。むしろ好きな方だ。ただし特定の種目が得意だとか、昔こんな賞をとったとかは無い。広く浅くと言った感じなのだ。
しばらく2人で話していると、唐突にティッピーがくるりとルクの方を向いた。
「やはり心配なんじゃな。こっちは構わないから行ってくるといい」
「いいんですか?」
「店は息子を叩き起して・・・いや、喫茶店は閉店じゃ。戸締りするんじゃぞ」
「はい!」
勤務時間は1時間ちょっとだったが、相変わらず客が来ないため本日は閉店とする事に。だが客が来ないといっても平日はこんなモノだ。
なお、水曜から徐々に客が増えてくる傾向にある事がルクはわかってきた。
河川敷へ向かうルク。場所は昨日の夕飯の時
聞いているため迷うことはない。目的地に近い橋にさしかかると、河川敷に謎の光景があった。
倒れているココアと千夜。それを見つめるチノとリゼ。さながら死体を観察している警察官のようだ。
橋を渡りて土手を降りたルクは話し込んでいる2人に声をかけた。
「おーっす」
「あ、ルクさん」
「どうしたの?」
「聞いてくれよ。私とチノがここに来たら2人が倒れていたんだ。多分何かしらのトラブルで戦闘になり相打ちになったんじゃないだろうか」
そんなわけあるかい。
とルクは思った。
なお、それを口に出さなかったのはココアがガバッと起き上がったからだ。
「そんなわけないよ!」
「そりゃそうだ。で?何があったんだ?」
サラッと流したリゼ。
そしてココアは何があったのかを話し始めた。
30分ほど前、ココアと千夜はバレーの練習を始めた。
ボールのコントロールが上手くいかない千夜。そのためまずはトスの練習でボールを操る事に。微笑ましい光景だがここで問題が1つ。千夜はトスを知らないのだ。
ココアがボールをポーンと千夜の方へパスをした。どう返して良いかわからかい千夜はオロオロとしてしまう。ボールは自分に近づいてくる。このまま何もしなけれ千夜はボールとキスするはめになるだろう。
しかし、その時不思議な事が起こった。
「と、トスって何!?」
なんと頭上に落ちてきたボールを打ったのだ。それはトスではなくスパイクであったが、その奇跡の一撃はココアへ向かい彼女の顔面を直撃した。
何が起こったのか理解した頃にはココアは地面に倒れており、ボールがぶつかった箇所がじんじんと痛む。
そして千夜も最大の一撃を放ったため体力切れとなり、よろめきながらその場に倒れたのだった。
「――というわけなの」
「ある意味才能だね」
「いやルク、褒めるとこじゃないから」
「照れるわ〜」
「千夜さんも照れないでください」
ルクに褒められた(?)千夜はそれを素直に受け取るが、チノがそれを一蹴した。
なんだかんだ話している内に日も傾いてきたため、一同は急いで練習の続きをする事に。ルクとココアと千夜はバレー、チノとリゼはバドミントンだ。
先程のような一撃は無いが、ココアは千夜のアレが少しトラウマとなったらしく、千夜にボールが渡ると身構えていた。まぁこっちの方が集中できていいのかもしれない。
一方、チノとリゼはほのぼのとした練習を行っていた。まだスパルタ指導では無いところを見るに、体を慣らす所から始めるみたいだ。
(よし。こっちはぼちぼち始めてみるか)
ココアからのトスを受け取ったルクはそれを返さずパシッと掴む。
「あれ?ルクお兄ちゃん?」
「よーし。これからボールを打つ。2人はそれをレシーブで返すんだ」
「「レシーブ?」」
「これだよこれ」
ルクは2人にレシーブの動きを見せる。
「あ!それなら見たことあるわ!」
「ばっちこーい!」
2人はさながらバレー部の生徒のようにレシーブを打つ準備をする。少し違和感はあるものの、形だけは上手くできているのではないだろうか。
「じゃあ行くぞ〜!」
ルクは軽くボールを2人の方へ投げる。
「おっとっととととと・・・わっ!」
「ココアちゃん!?」
「痛ーい・・・・・・あ!千夜ちゃん危ない!」
案の定ココアはコケる。元々足元がおぼつかなかったので少々不安であったが、やはりといった所。
一方、ボールは千夜の元へ落ちていく。軽く投げたとはいえ落下中のボールにはそれなりの勢いがある。頭に直撃すれば危険だ。
「えっ!きゃあ!」
なんと千夜は一瞬で体勢を直してボールを打った。
そう、スパイクで。
初心者とは思えない鋭い一撃は勢いを増しながらルクの方へと向かっていった。
まさかスパイクを打たれるとは思ってもみなかったルクは、その一撃を腹に受けてしまう。ココアが受けたダメージを身をもって経験したのだ。
「ぐふっ・・・・・・」
「ルクさん!?」
「ご、ごめんなさい!」
「・・・大丈夫、大丈夫。次いくぞ!」
なんとか立ち直ったルクは、何かのスイッチが入ったかのようにボールを手に取り特訓
続きを再開した。結果的にココアと千夜は最低限の動きができるようになったのだった。
一方、チノとリゼはバドミントンの練習をしていた。何回か空振りするチノであったが、非常にほのぼのした風景だ。
「・・・・・・私そっちがいいなぁ」
「ダメだぞ」
その風景を羨ましいと思ったのか、ココアはリゼに意味ありげな視線を送る。しかし球技大会で行う競技が違うため、変更しても練習にはならない。変更は叶わなかった。
「そうそう。よーしココア、次はサーブを打ってみろ〜」
「ばっちこーい。チノちゃん!華麗なるサーブを見せてあげる!」
キリッとした表情でサーブを放とうとするココアは、無理しないでもいいのにも関わらず、ボールを高く上げて手を振り下ろす。
ここで決まればカッコいいのだが、なんというか、予想を裏切らないココアは見事に空振りをしてしまう。
全員が注目していたため、河原は少し変な空気となった。
「見ないで〜!」
「「いやどっちだよ(ですか)」」
ココアはそう言って恥ずかしそうに顔を隠す。ルクとチノの見事にハモったツッコミは彼女の心にグサリと刺さった。
その後リゼもバレーに加わり、彼女とルクの地獄の訓練が幕を開け、ココアと千夜はクタクタになるまで動かされた。
なお、この訓練は球技大会2日前まで続けられた。2人共珍しく逃げずに練習に参加したため、当日は期待できそうだ。
球技大会当日の夜、香風家の食卓では戦果報告が行われた。
「さて、ココアはどうだった?」
「バレーは見事準優勝。そしてそして、ウチのクラスは優勝しました!」
「おー!」
「すごいです!」
球技大会は競技1つだけではない。様々な球技の成績で優勝が決まる。
ココアのクラスは総合的には上の下だったが、突出した成績の競技があったために優勝できたのだ。
「2人共バレー頑張ってたもんな〜」
「あ、千夜ちゃんは違う競技なの。ドッヂボールに出たんだよ」
「ドッヂボールですか?」
「人が足りなくて千夜ちゃんが代わりに。でもすごいんだよ?千夜ちゃんにボールが全く当たらないの。むしろボールが避けてたね!」
これを聞いたルクは「そうか!」と納得した。
練習中、彼女を襲う不運・・・もといボール等は全て避けられていた。他人には当てる癖に自分の時は当たらない。それを活かそうとは夢にも思わなかった。
ドッヂボール中、次々にメンバーが倒れてゆく中で千夜は孤軍奮闘し、結局誰1人として彼女にボールを当てる事はできなかった。
「まぁなんというか、おめでとうココア。じゃあ今日の打ち上げは俺の奢りだから」
「わーい!」
「ありがとうございます」
球技大会を前に、ルクは2人に1つの約束をしていた。
もしどちらかのクラスでも優勝したら夕飯は外に食べに行こう。もちろん俺の奢り。
これを聞いたチノとココアは一瞬ポカンとしたが、その後歓喜の声が香風家に響いたのは言うまでもない。
この日タカヒロは3人に気を使ってリゼの父親と飲みに行っている。家族で祝えないのが残念だがありがたいことだ。
なお、チノはどうなったかというと、彼女のクラスは総合4位だった。
バドミントンでは、リゼ直伝のミニットマンサーブやタウルススマッシュをお見舞いしようとしたが、チノ自身がその反動(?)に耐えきれず不発となってしまった。
彼女の成長に期待するしかない。