「お、お父さん!聞こえていたんですか!?」
「え!この人がチノちゃんのお父さん?」
この男性はチノの父親だそうだ。従業員の服を着ているため、親子で店を回しているのは間違いない。
「そう言えばココアさんはまだ会っていませんでしたね」
「チノの父のタカヒロだ。よろしく」
「はい!お世話になります!」
「父は夜からバーのマスターとしてカウンターに立つんです」
「「へぇ〜」」
カウンターの後ろの棚をよく見ると、豆やカップの他に酒やグラスが置いてある事に気がつく。
基本的に午後は喫茶店、夜はバー。それぞれ親子でうまくやっているらしい。
「じゃあここのマスターはタカヒロさん?」
「本当は祖父がやっていたのですが、去年・・・・・・」
「そうだったのか・・・・・・」
どうやらあまり聞いてはいけない事を聞いてしまったようだ。
「それはいいとして、ルク君。どうだい?ここに住む気はあるかい?」
そうだった。チノの父、タカヒロはその事でここに現れたのだ。しかしいきなり言われると少し混乱してしまう。
現に娘のチノでさえ、頭の上にはてなマークをポコポコ浮かべている。普通この店に来たばかりの青年を自宅に住まわせるようなことはしないだろうに。
言葉が出せないでいる一同に、タカヒロは苦笑して言った。
「実はね――」
それはルク達が自己紹介をしていた頃、タカヒロは下の階から聞こえた声に耳を傾けていた。いつもはこんな事はないが、聞きなれない少女と若い男の声に、半眠状態から完全に起きたのだ。
(朝武・・・?)
その中でもルクの名前を聞いた時、タカヒロの戦友が似たような名前の者のを話していたのを思い出した。
タカヒロはベッドからタンスに移動して着替え、携帯を取り出してその戦友の家に電話をかける。幸い2コールで出てくれた。
『どうした。お前からは珍しいな』
「確認したい事があってな。お前が良く話している朝武って部下の事を聞かせてほしい・・・・・・」
それから約5分の間、タカヒロは戦友から目的の人物の話を聞いた。半分ほど関係のない内容だったが、それでも欲しい情報は手に入った。彼にはルクという弟がいること、ルクが過去にこの街に来たことがあるということ。
結果、タカヒロが思い浮かべた朝武という男と、下にいるルクは兄弟であることが判明した。
この際話しておくが、ルクの兄は軍人だ。数年前に陸軍士官学校を卒業した事はルクも知っているが、どこの部隊に配属になったなどは知らされていない。
『あ、リゼに早く帰ってこいって言ってくれないか?最近帰りが遅いんだ』
「それは自分で言うんだな。情報の提供感謝するよ、じゃあな」
『お、おいま――』
余計な事に巻き込まれないため、タカヒロは直ぐに通話を止めた。付き合いは長いため、この程度の事はよくやっている。向こうもかけ直す事はないだろう。
(ということはやはりあの人の息子だな。連絡くらい寄越せばいいものを)
そんな訳で、タカヒロはルクに部屋を貸すことに決めた。
もちろん全て説明したわけじゃない。タカヒロの言うあの人、つまりルクの父親が連絡してこなかったという事は、本当に全てを自分で判断させるためだと察した。だからタカヒロはあえて手伝わないことにした。
とあいえ、誘った時点で干渉しているが、部屋がないのは可哀想なので選択肢を与えただけに過ぎない。全てはルク次第だ。
ちなみに電話の相手はリゼの父親だが、これも言ってない。前述の通り、巻き込みたくなかったからだ。
そして話を聞いたルクは、ポカンとした顔をしている。
「え、兄さんがお知り合いの部下なんですか?」
「君とお兄さんの事は友人を通して聞いている。お兄さんに可愛がられているようだね」
「いやぁ・・・・・・」
(電話の相手って、親父だよなぁ。となるとルクの兄貴は軍人か)
照れるルクに電話相手の事を訝しむリゼ。隠した意味はあまりないようだ。
「でもいいんですか?」
「ああ。君なら問題ない」
「じゃあお言葉に甘えてお世話になります。よろしくお願いします!」
椅子から降りてタカヒロに礼を言うルク。まさかココアみたいになるとは思わなかったが、正直助かったと言うべきか・・・・・・。
「来なさい。部屋に案内するよ。チノもいいかい?」
「はい」
ルクは香風親子と一緒に2階へ移動する。ココアも付いて来ようとしたが、リゼにがっしり腕を掴まれて店内に戻される。
2階に上がると、タカヒロは部屋の説明を始めた。
「ここがダイニング、奥に俺の部屋がある。そこがトイレ、隣が風呂、一番奥がチノの部屋だ。で、ルク君の部屋がその隣」
タカヒロはチノの部屋の隣と言われた部屋の扉を開ける。反対側と比べて2つの部屋の扉の間隔が広いのが気になったが、あまり気にしないでおこう。
さて、部屋の中は広いとは言えないが、別に住めないわけではない。ルクの実家の自室がこれより少し大きいくらいだからだ。
「ここだよ。あんまり広くないけどね」
「いえいえ十分です!ずっと住むわけではありませんから」
「あぁ、そういえば店を出すんだったね」
タカヒロはルクがこの街に修行に来ていたことを思い出す。
「多分ですけどね。でもいい街じゃないですか、ここ」
「そうだろう?さてチノ、ここを片付けるのを手伝ってくれ」
「わかりました」
3人は部屋に入っている荷物を1階の倉庫に運び出す。ここにあるのは整理しきれなかった物らしく、いずれは移動させる予定だったらしい。
作業をしながら、ルクはタカヒロと家具について話し合う。元々部屋を借りる予定だったので家具代は持っている。
現時刻は13時過ぎ。この分なら家具を買う時間はあるだろう。店の場所もわかっているので迷うこともない。
「じゃあ片付けが終ったら家具を買いに行くといい。掃除は俺がやっておこう」
「わかりました。ありがとうございます」
「そうそう。後から言うのもなんだが、住む条件として喫茶店とバーで働いてくれないか?時間は相談するし給料も出す」
「もちろんです。是非やらせてください」
「本当ですか!ルクさんありがとうございます!」
バイト先も決まった。なんだか上手く行き過ぎている気がする。
働く事を決めたルクに礼を言うチノは目を輝かせていた。ルクには妹がいないため、こういった視線は少し恥ずかしい。
部屋の片付けを終わらせると、ルクは荷物を置いて店内に戻る。チノも後ろから着いてきた。
「あ、ルク。片付けは終わったのか?」
「ああ。これから家具を買いに行くんだ」
「なるほど」
リゼと話しながら、ルクはちらりとカウンターの方を見る。そこにはココアがメニュー表を見ながらうんうん唸っていた。
ルクの視線に気がついたリゼは、やれやれといった感じでルクに説明する。
「ココアにメニューを覚えさせているんだ」
「種類が多いよぉ〜!」
「私は1回で覚えたぞ」
「「すごっ!」」
「しかもチノは香りだけで当てられる」
「「うそ!?」」
「見事にハモリましたね」
確かにココアと見事にハモった。まぁそれはいいとして、むしろ香りでコーヒーを当てられる方かすごい。
「チノすごいな!」
「そ、それほどでもないですよ」
べた褒めするルクから目をそらして照れるチノ。
さらに一同の視線から逃れるようにカウンターの中に入り、シャーペンとノート、教科書を手に取った。
メニューを覚えるのに苦戦していたココアは、現実から目を背けたいのか、チノの手元をのぞき込む。
「あれ?チノちゃんそれ何?」
「宿題です。量が多いときは働いている時にやってます」
「そっかー・・・あ、そこは128で隣は75だよ」
「「「・・・・・・」」」
ノートに書かれた問題を、見ただけで答えを言い当ててしまったココア。ルクも解いてみたが答えはあっている。チノやリゼも問題を解いた途端、ココアの方に勢いよく振り向く。
次にココア以外の3人は顔を合わせると、何かを察したように頷いた。
「ココア、430円のコーヒーを23杯頼んだらいくらだ?」
3人を代表してリゼがココアに問題を出す。
「9890円!」
ココアは笑顔でサラッと答える。やはり偶然ではなかったか。
「あ~あ。私にも特技があったらなぁ~」
(((い、意外な特技を。バカそうなのに!)))
カウンターに肘をついて溜息をつくココア。
なぜだろう、少し悔しい。そんな気持ちがルク達の心の中にあった。
「ま、まぁ俺も喫茶店とバーで働くから、皆の負担は軽くなると思うよ」
「え!?そうなの!?」
「そうだったのか。よろしくな、ルク」
「がんばろうね!えーと、ルクお兄ちゃん!」
ルクがここで働く事を初めて聞いた2人。反応はそれぞれだったが、受け入れてくれたようだ。
(お、お兄ちゃんか。なんかいいな)
弟も妹もいないルクにとって、今のココアのセリフはなかなか新鮮な感じがしてよかった。下の子がいるというのはこんな感じなのか。
「ルクさん。家具を買いに行かなくていいんですか?」
「そうだった!じゃあ行ってきます」
ルクはチノに言われたことでようやく家具を買いに出かけた。少しだべりすぎた気がするが、ここに住むことが決まったため安心していたのだ。見逃してほしい。
それから数時間、ルクはひとまずベッドとタンス、机、椅子などを買い、暗くなる前に最低限の物を手に入れることが出来た。予算はまだあるが、足りない物はまた別の日に買いに行けばよい。
家具はトラックの荷台に乗せて運んでもらい、家具屋の爺さんやタカヒロと一緒に部屋に運び込んですぐに組み立てた。
住む所はできた。バイト先もみつけた。後はこの街に2号店が出せるのか、その店にふさわしい人材になれるのかを確かめる必要がある。来年には答えを出したいとルクは思った。
ここからルクの新しい生活が始まる。