「という訳で千夜ちゃんの家で勉強合宿をするよ!」
「いやどういう訳?」
帰ってきたココアが突然そう宣言する。
あまりにも急だったため、ルクはそうなった経緯の説明を要求する。
ココア曰く、千夜が連休中に自宅で勉強合宿を開くという。参加者は千夜とシャロだけだったのだが、今日の帰り道にココアも誘われたらしい。
月曜日にテストとなると、確かに休みの日は勉強にあてた方が良い。ココアにしてはいい判断だ。
「チノちゃん成分がなくてもいいように今のうちにモフっておくんだぁ〜」
そう言ってココアはチノに抱きつく。若干嫌がっているように見えるが、解こうとしないのは彼女なりの優しさなのかもしれない。
その翌日、ココアな本当に勉強道具を持って千夜の家に向かっていった。まぁおそらく・・・いや、確実にどこかのタイミングで集中力が切れる可能性もあるが、ここは彼女の意思を尊重したい。
ココアがいない間はリゼがシフトに入る。パンの生産量が落ちるが、ルクもいるので問題はないだろう。
「今日からココアがいないのか〜」
「静かになる・・・か?」
「いえ。マヤさんとメグさんが来るので騒がしくなります」
なんと。確かにあの2人がこの店に来るのなら多少騒がしくはなるだろう。
「「お邪魔しまーす」」
タイミングがいい。
チノが話した瞬間ラビットハウスの扉から2人が姿を現した。
マヤとメグはリュックサックを背負っている。まさかとは思うが泊まりなのだろうか。
そう思ったルクを余所に2人はリュックサックをカウンターに1番近いテーブル席の椅子に置いた。
「チノ!今晩はよろしくね」
「ルクお兄さんも一緒に遊ぼうねぇ〜」
うむ。やはり泊まる気だ。まぁチノの家なのでルクには拒否する権利はない。むしろ友人を泊まりに誘うチノの成長が嬉しいくらいだ。
しかしココアが見たら喜びそうなこの状況。後で知ったら残念がるに違いない。
まさかチノは知っていて呼んだのだろうか。
「ルク兄貴、仕事教えて!」
「よーし。なら荷物置いて着替えて来い!」
「「はーい」」
ルクの号令にマヤとメグは嬉しそうにリュックサックを掴んで更衣室へ向かう。その後に続くようにリゼも店から奥へ入って行く。制服を渡しに行くのだろう。今のラビットハウスにはココアの制服しかない。マヤの制服はリゼの物を着させる必要があった。
3人が着替え終わると、少しだけ騒がしく店内に戻ってくる。
「おー、似合って・・・ん?」
「ルク兄貴〜似合う?今日はツインテデーだよ」
戻ってきたマヤの髪型はショートではなくツインテだった。リゼの真似らしいがその短い髪型でよく結えたものだ。
「似合う似合う。でもよくできたなぁ」
「ルクさん私はどうですか?」
「・・・え?あ、早っ!」
ルクの後ろに立つチノは彼の服を軽く引っ張る。ルクが振り向くと、いつの間にかツインテにしたチノが同じ髪型にしたティッピーを抱えて立っていた。
最近のチノはノリが良く、こういった事は積極的にやるようになってきた。
「もちろん似合ってるよ」
「ありがとうございます」
ルクはチノの頭を撫でる。表情は相変わらず無表情に近いが、慣れてきたルクにはわかる。これは結構嬉しい顔だ。
「しかし小さいのがいると覚えづらいな」
「リゼひどーい。私は条河麻耶だよ?ちゃんと覚えて」
「わ、私は奈津恵です・・・」
「ちょっと待ってください。私もですか?」
さすがに冗談だろうが、中学生3人にとっては少しショックだったらしく、改めて自己紹介を始めた。
「よし。じゃあ頭文字をとってチマメと呼ぼう」
「「「なぜ!?」」」
チマメ。確かにまとめて呼ぶならこれでも・・・とルクも考えるが、すぐにそれを払拭して普通に名前で呼ぶ事に。なお、流石のリゼも名前で覚えて呼ぶようになった。
そしてラビットハウスは臨時メンバーを加えて開店する。さすがに開店した直後に客が来る事はなかったが、一般的には休みのためか30分後に1人の女性が来店した。
マヤとメグは2人で対応する。いつもはいない顔に驚きつつも、微笑ましいといった表情で席に座る。
その後女性が注文したのはカプチーノ。
チノは慣れた手つきでカプチーノを作り、マヤに渡した。危なげな足取りだったが、なんとなカプチーノを運ぶ事に成功したメグだったが、ここでアクシデントが発生した。
「あら?私が頼んだのはカプチーノよ?」
「あっ、すみません!」
そう言ってメグはカプチーノ・・・ではなくホットココアを持って帰ってきた。
「うーん、やっちゃった」
「まったくメグったらー・・・あ、でも作ってるのって・・・・・・」
マヤのメグは顔を合わせた後、カウンターの方を見る。
そこではチノがコーヒーではなく、ホットココアを量産しているではないか。
「お、おいチノ!」
「リゼさん・・・?」
「ホットココアばかりじゃないか!」
「あっ、いつの間に」
カウンターの上にはホットココアが量産されているのだが、チノはそれには気がついていなかったらしい。むしろ無意識に作っていたのではないか。
あのチノの驚きよう。演技ではなく本心であるとルクは感じる。
まさかココアシックになるとは・・・・・・。
次に来た客はパスタを注文した。これはルクが対応する事に。
マヤを伴い厨房で調理を始めるルク。計量や皿だしはマヤに指示して任せてみたが、なかなかどうしてキッチリやってくれている。根は真面目で容量も良いのだろうが、少しは宿題等にもその熱を向けて欲しいものだ。
「もしかして料理の才能あったりするのかもね」
「本当に!?へへ、今度やってみようかな」
褒められた事が嬉しかったのか、マヤはスキップしながら店内に戻る。パスタの乗った皿を持って。そしてそれを見たルクは慌てて追いかける。何事もなくてよかった。
この日は先程の2人以外に10人ほどしか来店しないった。
閉店30分前には誰もいなくなり、店を閉める準備を始める。カフェタイムが終了すると同時に片付けも終わり、ルク達は自由になった。
「ルク君。ここは俺に任せて皆で温泉プールにでも行ってきなさい」
すると奥の扉がひらき、タカヒロが姿を現した。既にバーテンダー服を着用しているので準備万端といったところだろう。
「いいんですか?」
「2人は頑張って疲れたと思うからね。こっちは問題ないよ」
「わかりました。では行ってきます」
「「「いってきまーす」」」
そうしてルク達は着替えた後、温泉プールへと向かう。向こうで水着の貸出もしているため、前回のように準備していかなくても身一つで来店可能なのだ。
プールで疲れを癒す。水着を着用しているとはいえ、温泉成分が身に染みる。チノはティッピーとチェスをしているのが確認できたが、他3名の姿が見えない。
不審者と間違われない程度に辺りを見回していると、後ろから少し勢いのついた水がかかってきた。
「わっ・・・マヤ・・・じゃなくて青山さん?」
後ろにはニッコリと笑った競泳水着姿の青山んがいた。
「こんばんわ〜」
「なんでここに。というか良く来られるんです?」
「私はどこにでもいるしどこにでもいない。そういう存在になりたいと思ってます」
(何言ってるんだこの人・・・・・・?)
まぁ要約すると、小説のアイディア探しをするため様々な場所を訪れているんですよ、と言った感じだろう。
青山さんが両手を組んでこちらを向いていたので、先程の水は素手の水鉄砲から発射されたものだったのだろう。
ただこんな事を思うのはアレだが、ルクとしては大人の女性の水着姿は見慣れていなかったため、視線をどこに合わせて良いのかわからなくなり、少し照れてしまう。
「あら、ルクさんどうしたのですか?」
「いやぁ・・・お恥ずかしい話、近頃は歳の近い方の水着姿を見る事はなかったものでして」
「私の年齢はルクさんに言いましたっけ?」
「雰囲気的にそうかと。自分は今年で23になります」
「23。確かに歳は近いですね」
青山さんは顎に指を当てて「うーん」と考えると、納得したように頷く。
「それにしても慣れていないんですねぇ。ビキニの方がよかったですか?」
「やめてください」
青山さんが着ているのは競泳用の水着だ。貸し出し用としては、子供はスクール水着、大人は競泳用となっている。
ルクに見せつけるように、水着の肩を少し引っ張ってウィンクするが、慌てたルクの様子に気分を良くしたのか、小さく笑った。
もしかすると小説のネタにされるのではないか。
少しだけルクをからかった青山さんはすぃ〜とどこかへ泳いでいく。結局自身の年齢は言わなかったが、相変わらず不思議な人だ。
「おーい、ルク兄貴!チノ〜!」
遠ざかる青山さんを見送っていると、後ろからマヤの声と2人分の足音がした。
「ん〜?お、それどうしたんだ?」
近づいきたマヤとメグは、どこで入手したのか水鉄砲を持っていた。
「リゼに買ってもらったんだよ」
「2手に分かれて戦ってみようよ〜」
「いいけど周りに迷惑はかけちゃダメだからな」
「「はーい」」
とは言うが、周りに客の姿は見えない。今日は土曜日なので平日よりはいるはずだが、幸いこのエリアには知った顔しかいないらしい。
ルクとチノの水鉄砲も買っていたのか、リゼは三丁の獲物を抱えて戻ってきた。ルクは小銃型、リゼとチノは拳銃だ。
チーム分けはマヤが仕切ってくれた。なんとチノ、マヤ、メグの3人でルクとリゼに挑もうというのだ。
「本当に大丈夫なのか?」
さすがのリゼも心配する。
「これは試練だよ。乗り越えることができれば私達は立派な中学生になれる!」
「なるほど!」
「そんな訳ないじゃないですか」
拳を握りしめて宣言するマヤに、メグは感心した様子だったが、チノは呆れたようにリゼから拳銃を受け取った。ただ嫌そうな顔はしていなかったので、彼女なりに楽しみなのかもしれない。
「マヤ・・・・・・よく言った!それでこそ兵士だ!よぉし、今日からお前らをチマメ隊と命名する!」
「違うよ?ただの中学生だからね?」
「それ以前になんですかチマメ隊って」
「名前の頭文字じゃないか?ほら、チノ、マヤ、メグだし」
「それは命名センスとしてはどうなんでしょう」
感動するリゼ。成長の方向性が違うと思うのだが今はいい。むしろ可愛い部隊の結成に立ち会えた。
周囲に人はいないのでやるしかないだろう。無論、怪我のないよう、かつ施設の迷惑にならないようにするのが絶対だ。
互いに水を装填し準備万端。ティッピーは青山さんに預けられ、試合が開始された。
各所に散開するルク達。最初はお互いの位置がわかっているため戦線が膠着する。
「当たって〜!」
「小銃型の水鉄砲を甘く見てるな?弾幕こそが正義なのだよ!」
さっそく始まった戦い。
リゼとマヤは撃っては柱の影に隠れを繰り返していたが、チノとメグは勇敢に射撃を繰り返すが、ルクの持つ水鉄砲と牽制するような射撃に段々と怯み始めてきた。
ルクも大人気なく射撃する。装備の差もあるだろうが、彼の士気は高かった。中学生2人に弾幕を張り寄せ付けない。
「ルクのやつ楽しんでるな」
「おやおや?こっちを無視していいのかなぁ〜?」
「ふん。水鉄砲の性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを教えてやる!」
リゼとマヤは、まるで映画のワンシーンのように向かい合い戦闘を再開した。飛び交う銃弾・・・ではなく水は柱や床に弾かれ拡散する。
水鉄砲による戦闘が終了したのは、それから15分が経過した時だった。
ルク達はずぶ濡れとなってしまった上、関係の無い青山さんとティッピーを巻き込んでしまった。いやはや、コラテラルコラテラル。
そろそろ帰ろうという雰囲気になり、一同は更衣室へ向かって歩き出す
ルクの周りを危なっかしくチョロチョロ動き回るマヤ。嫌な予感がするが、幸か不幸かその予感は当たってしまう。
「危ないぞー」
「大丈夫・・・あ!」
「うぐおぉ・・・・・・」
マヤはルクに激突すると、そのまま床に倒れ込む。床は滑りやすいとはいえ、小柄な中学生を支えきれないとは・・・・・・。
ルクは頭を打ちそうになったが、なんとか受身を取りこれを回避。とはいえ倒れた事には変わりないのでかなり痛い。
「ルクさん!」
「2人とも大丈夫か?」
「地味に痛い」
ルクは肩をさする。ズレてはいないようだ。
「マヤちゃんは?」
「私は大丈夫。ルク兄貴、ありがとうね」
メグの手を取り立ち上がったマヤはルクの方を向きぺこりと頭を下げる。いたずらっこではあるが、根は良い子なのだ。
「おうとも」
「でも個人的にはしっかり受け止めて欲しかったなぁ〜」
「うっ・・・・・・」
チラ、とルクを上目遣いで見るマヤ。
遠回しに「鍛え方が足らない」と言われてしまったため、ルクは地味にダメージを受けてしまう。
ふとチノ達の方を見ると、視線を合わせないよう明後日の方を向いている。救いは無いのか。
心優しいメグでさえマヤを注意する仕草を見せながらもルクと目を合わそうとしない。
「そのなんだ・・・ルク、頑張れ」
なんとも言えない空気の中、リゼはルクを励まそうとするが、傷口に塩を塗るような形となってしまい余計にへこんでしまった。
その後、必死にルクを励ましたチノの奮闘により、なんとか重い空気は払拭された。
そしてリゼとラビットハウスの前で別れたルク達は、タカヒロに挨拶してからチノの部屋へと入る。
何かして遊ぼうとなるが、チノの部屋にはチェスしかない。そこへタカヒロかボードゲームを扉の隙間から部屋へ押し込んだ。
内容はギャングが蔓延る街に迷い込んだ4匹の子うさぎが波乱万丈な出来事を体験し成長していく物である。子供には少々重い内容だが、比較的楽しめたので問題無い。
ただ、プレイ時間が長いためチマメ隊は全滅してしまう。ルクは毛布を3人にかけ、そっと部屋を去ったのだった。