「千夜さんこんにちは」
「あらチノちゃん、いらっしゃいませ〜」
甘兎庵を訪れたのはチノだった。ティッピーは珍しく一緒ではない。彼女1人で来店したようだ。
「千夜さんとお話するついでにワイルドギースの様子を見に来ました」
なるほど、ワイルドギースが目的だったのか。確かにチノはシャロと同居を始めたワイルドギースには会っていない。
だが悲しいかな。タイミングが悪かった。
「嬉しい!サービスしちゃう!でもワイルドギースはお出かけ中よ?」
「そうなんですか。まぁいいですけどね」
チノは千夜が運んできたお冷を1口飲む。
「そういえば私達ってそれぞれの喫茶店の跡継ぎですよね」
「ええ」
「昔は因縁があったらしいのですが私達には関係ないですよね。一緒に頑張っていきましょう!」
「・・・・・・因縁?」
チノの言葉にはてなマークを浮かべる千夜。彼女の目からはからかっている訳ではない事がわかる。
そんな千夜の様子に戸惑いつつも事情を聞くと、やはり【因縁】に関しては知らないらしく、両店共に上手くやっていたとの事。
という事はつまり、この件に関してはチノ祖父の勘違いという事になる。
甘兎庵からラビットハウスに戻り、店の準備をしていたルク達にその事を報告すると、「ああやっぱり」という顔をした。
「という事は何か?チノのお爺さんの勘違いだったと」
「相手にされていなかったパターンもあるぞ」
ルクとリゼはなんとも言えない表情で結論付ける。
「どっちにしろ可哀想だよ」
目に涙を浮かべるココア。チノ祖父もまさか高校生に憐れと思われるとは考えてもいなかっただろう。チノの頭の上でプルプルと震えるその姿は、ココア達に対して何か言いたげな雰囲気だった。
チノ祖父がチノに語った甘兎庵との因縁。孫はそこまで本気にしていなかったようだが、間違った認識のまま過ごす事が無くてよかったと思うべきだろう。
「それにしても本当に因縁は無かったのでしょうか。あ、いえ、千夜さんを疑っている訳ではないんですよ?」
「確かに・・・裏付けが必要だな。よし、情報収集だ!」
「まずはシャロちゃんだね。千夜ちゃんの幼なじみだし」
情報収集には案外乗り気なココア。楽しかったら何でもいいんじゃないのだろうか。
なお、情報収集へ向かうのはチノを除いた3名。ルクはリゼとココアが暴走しないように見張るお目付け役だ。
この時間だとシャロはバイトをしているはずだ。ルク達はフルール・ド・ラパンへ向かい、営業スマイルで出迎えてくれたシャロに対して早速要件を告げる。
「なるほどねぇ。昔の因縁・・・・・・」
「正直に吐いた方が良いよぉ?今日のリゼちゃんは尋問官だから」
「尋問官・・・・・・へへ」
「そこ、嬉しそうにしない。ココアも変に絡まないの」
いつその様な設定を考えたのやら。
シャロにからむココアは普段よりも一段と悪い表情を浮かべていた。そして勝手に尋問官にされたリゼは戸惑いつつも、その様子を想像したのか、少しだけ嬉しそうな顔をした。
シャロがバイト中なのを忘れているのではないか。ルクはココアの頭に手刀を落とし、場の空気を元に戻した。
「コホン。何か思い出さないか?」
「あう・・・・・・(リゼ先輩が期待している・・・!でもなぁ)」
「さすがに覚えてないよね。お仕事中ごめんね」
ココアは両手を合わせ申し訳なさそうにシャロに謝る。だがそれよりもシャロはリゼの役に立てなかった事に対して罪悪感を覚えた。
「かんばれ私!」
トレーで自身の頭を叩くシャロ。それ店のトレーのはずでは?
しかもかなり大きな音が出た。あれは痛い。
しかし幸をそうしたのか、その際封印・・・・・・いや、忘れていた記憶が浮かび上がってきた。
あれはシャロが幼稚園に行っていた時、幼馴染の千夜は既に甘兎庵の後継者としての自覚があり、祖母の手伝いをしていた。
2人での外出にも慣れてきた頃、偵察活動と称してラビットハウスに訪れていた。
そっと扉を開けて座席に座ったため、当時のチノの祖父は入店していた事に気が付かなかったという。まぁカウンターから死角になっている席に小さい子供が座っても気が付かないだろう。
「こ、これは・・・・・・!」
「き、きりまんじゃろ?意味わかんないけど・・・ちょっとかっこいいかな」
「メニュー名で負けてる⁉︎おばあちゃんに報告しなくちゃ!」
「あ〜〜」
千夜はシャロの腕をつかみ、物凄い勢いで店を出た。なお、チノの祖父はこの時初めて2人の存在に気がついたらしい。
それからだった。千夜がメニュ名を複雑なものにし、別の意味で甘兎庵が有名になったのは。
ハッと我に帰るシャロ。彼女の周りには心配そうにリゼが顔を覗いていた。
「シャロ、大丈夫か?」
「思い・・・出した!」
シャロは思い出した内容をルク達に教えた。
まぁ期待した内容ではなかったため、やはりチノ祖父の勘違いという結果となった。
ラビットハウスに戻り、情報収集の結果をチノに報告すると、彼女はあまり驚かず「そうですか」とため息をついた。
「まぁ現実はこんなものだよな」
ルクがチノからコーヒーを受け取り一口飲む。
「そう言うなよ。おじいさんには重要なことだったんだから」
「いえ、これではっきりしたので問題ありません」
「ねぇ、ティッピーがいないよ?」
ココアの言葉にルク達は店内を見回す。ぱっと見ここにはいないようだ。
「まさかおじいさんの無念を晴らそうと一匹で甘兎庵にカチコミに行ったんじゃ?」
「ありえます・・・いえ!ありえません、兎ですし」
普段なら笑って流していたリゼの予想は、店内に戻ってきたティッピーの姿で当たっていた事がわかってしまった。
ティッピーはどうやって身につけたのか、【乱火兎這巣】と書かれた鉢巻を身につけ、旗を差して戻ってきたのだ。いつの間に作成していたのだろう。
なぜか闘志が視覚化されているような気がする。その証拠に体毛がゆらゆらと揺れていた。
「なんですかその格好は・・・・・・」
「戦が始まる・・・いざ甘兎へ!」
ティッピーはその勢いでラビットハウスを飛び出し甘兎庵へ突撃していった。
「どこからか渋い声が聞こえたよ?」
「そんな事より追うぞ!」
相変わらずどこか抜けている事を言うココアだが、今はそれどころではない。早く追わなくては・・・・・・。
とは言うものの、ウサギの全力疾走には通常では追いつかない。普段ティッピーはチノの頭の上にいるためわからなかったが、結構速く走れたらしい。
ルク達を置いてけぼりにしながらも、甘兎庵へ到着したティッピーは、器用に扉を開けて店内へ突入した。
「ババアを出せ!ババア!」
「あら、誰か知らないけど受けて立つわ!」
渋い声が店内に響く。
すると千夜が木刀で武装して飛び出してきた。声の出処に対して疑問を持ちながらも、千夜は鉢巻を巻くティッピーと向き合う。
まさに一触即発。
人間相手ではティッピーに分が悪そうだったが、ここで引く訳には行かなかったのだろう。ティッピーは覚悟を決めて千夜に飛び掛ろうとした。
「そこまでです!」
だが追い付いたチノによってティッピーは抱えられてしまう。
離せ離せと暴れるティッピーだったが、どうにもならないと悟ると途端に大人しくなる。
「千夜さんすみませんでした」
「いいのよ。というか皆一緒なのね」
「実はね〜」
ココアが今日の事を千夜に説明する。なぜ得意げな顔をしているのだろう。
事情を聞いた千夜だが、やはり彼女も両店舗の因縁に関しては覚えが無いらしく、少し申し訳なさそうな顔をした。
しかし何かあるかもしれないと、店の奥から昔のメニューを引っ張り出してルク達に見せてくれた。
「あ!コーヒーあんみつだって!」
「こっちはコーヒー羊羹と書いてあります」
なんと、昔のメニューにはラビットハウスと甘兎庵がコラボしていた証拠が書かれていた。両店舗の代名詞とも言えるコーヒーと和菓子を合体させた商品を販売していたようだ。
ちなみにこの頃のメニューは普通の名前だ。少なくともまだ千夜が生まれていなかった頃のだろう。
「ああこれラビットハウスとコラボしてた時のやつね」
「知っているのか千夜!」
「コーヒーあんみつの時は餡子が美味しいって評判だったの。その時コラボ店舗の店長が不機嫌だったっておばあちゃんが言ってた」
「おじいちゃんはコーヒーにこだわりを持っていましたから・・・・・・」
ルクはチノの頭に移動したティッピーの顔を見るも、落ち込んでいる様子が見られた。本当の事なのだろう。
ラビットハウスでルクが働いて半年以上。チノやティッピーと話す内に、この2人のコーヒーに対するこだわりがわかってきた。
「でもコーヒー羊羹の時はコーヒーが美味しいってなっておばあちゃんが拗ねてたんだって。これはお母さんから聞いたわ」
「「「・・・・・・」」」
なんというか・・・こう、子供の喧嘩のような顛末だ。そりゃ自分の自慢できる物よりあっちの方がと言われれば良い気分にはならないが、それを表に出すのもどうかと思う。
もっと重い事があったんじゃないかと身構えていたルクは拍子抜けしてしまう。
「ま、まぁ事件があった訳ではなかったですし、よかったですね」
「そう・・・だな!うん!」
場の空気が微妙なものになってしまった事に慌てたチノとリゼは咄嗟に今回の件を結論付ける。終わりよければすべてよしだ。
ふと時計を見ると甘兎庵へ来て意外と時間が経っている事に気がついたルクは、チノ達に声をかけて「帰ろうか」と促した。
「じゃあね千夜ちゃん。また学校で!」
「ええ。あ、そうだチノちゃん。昔はあんな事があったけど、店を継げるように立派な看板娘になりましょうね」
「は、はい!約束します!」
大変微笑ましい光景で結構。2人の少女は未来の自分を想像しながら、互いの健闘を約束しまのだ。
ルク達が帰ると、千夜は店の厨房で和菓子を作る祖母に話しかけた。
「おばあちゃん。もう1回コーヒーあんみつやつてみない?」
「やだね。あのジジイが化けて出るよ」
フン、と千夜の祖母は即答する。
若い頃2人にどんな事があったのかはわからないが、深くは聞くまい。
「あら、ごめんなさい」
「でもあの喫茶店の孫娘と約束したんだろう?なら店を引き継いだ時にやればいい」
「おばあちゃん・・・・・・」
「その時のためにもっと菓子作りを頑張りな!」
「うん!」
千夜祖母は孫に喝を入れる。
将来この店は彼女のものになる。その時までに自分が教えられる事は全て叩き込む。言い方は厳しいが、千夜を想っている事は明らかだ。
今後、千夜はより一層跡継ぎに相応しくなるために練習や挑戦をしていくことになるだろう。