―木組みの街・お嬢様学校―
「「リゼ様頑張って〜!」」
などと応援されるリゼが何をしているのかと言うと、体育の授業でバスケットボールをプレイしているのだ。
お嬢様らしからぬ鋭い動きにクラスメイトや他クラスの生徒は黄色い声をあげて応援する。少女漫画などの書籍でしか異性に関する情報を得ていない彼女達は、リゼに対して男らしい、カッコイイと惚れてしまったのだ。
噂ではファンクラブが非公式で存在するとかなんとか。
声援を送られているリゼも悪い気はしない。むしろ少し調子にのっていた。
ならもっと良いところを見せてやろうと思ったリゼは、ボールを受け取るとキュッと音を立てジグザグに移動しようとした。
ところが神様はよく見ているらしい。
調子にのったリゼは諌められるようにバランスを崩してしまう。その際に接地している足が動きについて行けず、変な方向に足首が曲がってしまった。
「痛っ・・・・・・たあぁぁぁぁっ!!!!」
体育館に響き渡るリゼの声。
直ぐに慌てた同級生達によって保健室へ運ばれ、応急処置を行った。
下校時刻になると、学校から連絡を受けたリゼ父が病院へ連れていき、捻挫と診断されたのであった。
本人は平気そうにしていたが、このままではバイトもできない。ゆっくり歩く程度なら問題ないのだが、四六時中メイドが付けられてしまい、外出も禁じられてしまった。
ラビットハウスにその連絡がいったのは、リゼが自室で療養・・・もとい軟禁されてすぐの事だった。
連絡を受けたルクはチノとココアにその旨を伝え、話し合いの結果皆でお見舞いに行く事になった。
とはいえ店もあるので、天々座邸を訪れるのは土曜日だ。
ルク達は外出準備を終えると、お見舞いの品を手に歩き始める。
「私リゼちゃんの家に行ったことないんだ」
「私もです」
「俺はあるよ。最近リゼのお父さんに鍛えてもらってるんだ」
「そうなんですか」
チノはマヤを受け止めきれなかったルクの事を思い出し、なぜ彼が鍛え始めたのかを察した。
勘のいい子は嫌いだが、それを口に出さない子は好きだ。
だからその憐れむような視線を向けるのはやめて欲しい。
「どんな家なんだろうね」
「どんな家ってそりゃ・・・アレよ」
ルクが指した先には、遠くであるのにも関わらず巨大な家・・・城があった。本で見るような城ではないが、普通の家より圧倒的に大きい。
リゼの家を認識した2人はポカンと口を開け黙り込んでしまう。ティッピーの表情がそのままだったのが意外だが、ヒトの時に来たことがあるのかもしれない。何せ息子の戦友で家族ぐるみの付き合いがあったのだから。
「凄い・・・大きいです」
「リゼちゃんお嬢様だったんだ」
「メイドさんとかいるんでしょうね」
「お迎えされたらどうしよう〜!」
きゃあきゃあと話す2人。
確かにこういう家であればメイドのイメージがある。実際に雇われているし。
しかし彼女の父親が軍人である事を忘れてはいけない。
3人が玄関・・・というか門がある通りへ曲がった瞬間、チノとココアはピシリと凍りついたように固まる。
「・・・・・・あの怖い人達はだれでしょう」
「門番さんかな。でも怖いね」
確かに門の前に立つのは、坊主頭でサングラスをかけるガタイの良い男2人。他の通行人も反対車線の歩道にしか歩いていない。
「こ、こうなったら私が囮になるからチノちゃんとルクお兄ちゃんは中に!」
「何言ってるんだよ。止めなされ」
「あうっ」
カタギに見えない男達に突撃しようとするココアを止めようと、ルクは彼女の頭にチョップをかます。
さほど強く打ってはいないのだが、いささか大袈裟な反応ではないだろうか。
「普通に入ればいいんだよ。普通に」
ここでそう言ったルクはテクテクと門へ歩いていき、ジロリとサングラス越しにこちらを見た男達に挨拶をするように手を振る。
「こんにちは」
「ん?朝武の弟じゃないか。今日も来たのかい?」
「リゼのお見舞いです。友人達と一緒に」
「お嬢の?」
「じゃあ通ってくれ」
高圧的な雰囲気は一転、どこか話しかけやすい雰囲気になった。
チノとココアは驚きつつもペコリと頭を下げて挨拶をした。怖いのは見た目だけだったので拍子抜けだ。
実戦経験は無いものの、軍隊経験者なので普通の男性と比べれば戦闘能力は高い。
現在は天々座家の私兵となっている彼らであった。
「ところで先程の方々とは面識があるのですか?」
門から玄関までの道を歩きながらチノは思った。先程はルクの顔パスで通れたのだと。
「さっき言わなかったっけ。俺ここに来た事があるんだよ。それで何度か顔を合わせていたんだ」
「ああなるほど」
そう言ってルクは玄関の扉を開ける。
すると中には未成年にしか見えないメイドが立っており、リゼの部屋まで案内してくれた。
本物のメイドにテンションが上がるチノとココア。確かにメイドは本の中にしか存在しない職業と認識していればそうなるだろう。
シャロのアレは・・・違うとしか言えない。
「お嬢様。ご友人の方々がお見舞いにいらっしゃいました」
そうメイドが話しかけると、中から「入って」とリゼの声が聞こえた。
メイドはそっと扉を開け、そのまま一礼して去って行く。
リゼの部屋の中に入ると、女の子らしい香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「お前らだったのかぁ。なんか大事になっちゃったな」
「リゼさんが動けないほどの怪我を負うとは思っていませんでしたから」
「捻挫なんだけど。それに少しなら歩けるから」
「捻挫でも歩けないなら大事だよ。はいこれ出来たてのメロンパン」
「いやだから歩けないわけじゃないんだけど」
ココアはリゼにパンを押し付けるが、どこか勘違いしている所もあるようだ。
ただメロンパンは有難く頂くリゼだった。
ルクはソファに座るリゼの足を見る。
足首には包帯が巻かれており、湿布の端っこが顔を覗かせていた。
本人がこれだけ元気なら、しばらく安静にしていれば直ぐに治るだろうと思った。
「・・・・・・な、なぁ。そんなに見られると恥ずかしいんだが?」
「え?水着も見られてるのに?」
「部屋着っていうかパジャマだし・・・・・・」
「ルクさん最低です」
「レディには気を使うんだよ、お兄ちゃん」
「あれ?俺の味方は?」
パジャマのショートパンツは彼女の太ももを目立たせるには十分な代物だったが、年上の異性に見られるというのはちょっと恥ずかしい。
手を出してこない事はわかってはいるが、完全に気を抜いた姿はあまり見られたくなかった。
一方のルクもソファに座るリゼを見上げるようにラグに腰を下ろしているため、どうしても視界に彼女の脚や豊かな胸部が入ってしまう。
さてどこに視線を移動させようかと考えていると、リゼの部屋の扉が開いた。
「先輩!お茶をお持ち・・・あれ、ココア達じゃない」
部屋に入ってきたのはなぜかメイド服を着たシャロと千夜だった。
「シャロちゃんに千夜ちゃん!?どうしたの!?」
「実はシャロちゃん。リゼちゃんの怪我の悪化は自分のせいだって思ってるのよ」
「悪化だって?」
怒ったつもりはないのだが、シャロはルクの声色にピクリと肩を動かした。
今のはルクが悪い。チノは女性陣を代表してルクの脇腹に手刀を叩き込んだ。
地味に痛い一撃に顔を顰めるルクは放置され、千夜が説明を始める。
怪我をしたリゼは下校時は車だったものの、それまで校内の移動は徒歩だった。学校には松葉杖や車椅子も置いているのだが、本人が使用を拒否したため使われる事はなかった。
怪我を心配したシャロは、授業中を除いて付き添いの形でリゼと共に行動していた。しかし、鳩の糞に気が付かないまま足を進めようとしたシャロを止めようと、リゼは
結果、怪我をした足をさらに捻る形となってしまった。
大声こそあげなかったものの、涙目で蹲るリゼを見たシャロはパニックになってしまい、保健室の教員を転がるように走って呼びに行った。
翌日、リゼ本人から怪我が予想よりも悪化している事を聞き(リゼは安心させようとしていた)、お詫びも兼ねてリゼのお世話を申し出たのだった。ちなみに千夜は面白そうだから来たそうな。
「なるほどなぁ。まぁ今日は大人しくしてるんだな」
などといつの間にか復活したルクがシャロが持ってきたお茶をリゼに手渡した。千夜の説明で改めて罪悪感を感じたシャロが使い物にならなくなっていたからだ。
「う、うん・・・あのさ――」
素直に返事をしたリゼだったが、何か言いたげにもじもじと動く。
「じゃあ私達は帰るね。ケガに響くとアレだし」
「そうですね」
「あらこんな時間。お店の準備しなくちゃ」
「お、おい?」
いつもならダラダラと話しているココアは率先してリゼに気を使い帰宅しようとした。
チノと千夜も同調して立ち上がったため、リゼは拍子抜けして言葉が出なかった。
せっかくだから遊んでいって。
というセリフを素直に言えないリゼは、シャロ以外が部屋から出ていこうとするのをどうにか止めようとするが言葉が出ない。
ようやく絞り出した言葉は――
「動くな」
であった。
ご丁寧に銃も構えて。
「あわわわ!」
意外な展開に慌てたココアはホールドアップの状態で後退する。
だがそれがいけなかった。
ココアの身体は設置されていた天体望遠鏡に接触して倒してしまう。レンズの大きさからかなりの値段がするのではないだろうか。
一同(リゼ以外)は真っ青になった。
「うわあぁぁっ!!!ゴメン!ラビットハウスを担保に弁償します!」
「ウチを勝手に巻き込まないでください!」
「ん?いや気にするな。安物だから」
リゼの言う安物は世間的には高級品なのではないだろうか。具体的にはゼロが1個か2個ほど多いはずだ。
「いや!働いて返すよ!」
そう叫んだココアは荷物を置いて部屋を飛び出し、数十秒後に部屋に戻ってきた。
メイド服を抱えて。
「私とチノちゃんがメイドになります!あとルクお兄ちゃんはリゼちゃんの足に!」
「「勝手に決めないでくれる(ます)!?」」
なんとココアもメイドになるらしい。
まぁそれはいいのだがこちらを巻き込むのはやめて欲しい。
ルクとチノの訴えは受理される事は無かった。
そしてココアはいそいそと服を脱いでメイド服に着替えようとする。
「え、ちょ、待った待った!」
まさか自分がいるのに着替え始めるとは思ってもみなかったルクは、勢いよくココアに背を向けて蹲る。
「ルクさん見ないで!ココアも脱ぐんじゃない!」
シャロはルクの傍でしゃがみ、彼の頭にメイド服のエプロンを被せて視界を塞ぐ。千夜は「面白そう〜」と使い物にならないため間に合ったようで何より。
布が擦れる音がするのはわかるが、時折チノの悲鳴も聞こえるのは気のせいだろうか。
実際彼女も着替えさせられていたのだが、ルクがいるため大きな声は出せなかった。
数分後、ココアの「着替え完了!」という声と共にシャロがルクから離れる。どうやら全員着替え終わったみたいだ。
「それじゃあお屋敷を掃除するよ!」
メイドになったココア達はリゼの家を掃除する事に。
本物のメイドに臆することなく話しかけるココアは掃除道具を借りてきてしまった。家の使用人もキラキラと輝くココアが微笑ましかったのか、快く道具等を貸してくれた。
トイレや食堂、廊下を移動掃除するココア達。案外楽しそうなので止めはしなかった。
さて、その間ルクは何をしているのかというと、ココアの言う通りリゼの足となっている。
「な、なぁ。恥ずかしいんだが」
「怪我してるんだからしょうがないでしょうに」
リゼはルクにお姫様抱っこされているのだ。これは恥ずかしい。
だがルクにも事情がある。足になるならおんぶでも良いが、その場合背中に胸がダイレクトに触れるのであまりよろしくない。
とはいえリゼもここまで女の子扱いされる事は慣れていなかった。お嬢様故に礼儀作法は学んではいるものの、個人的には男勝りなスタイルが好きだと思っていたからだ。
廊下ですれ違う使用人はお姫様抱っこされるリゼに驚きながらも、一礼して去って行く。さすがはプロだ。
「あ、リゼさん。この部屋はなんですか?」
廊下を歩いていると、ある部屋の前で立ち止まるチノとココアを見つけた。
「ここか?うーん・・・よし、見せてやる」
リゼはルクに扉を開けるよう促し、4人は室内へ入る。
その部屋は何の変哲もない応接室だった。ここになにがあるのだろうと考えていると、リゼは部屋の中央にルクを向かわせ、テーブルにある置物を操作する。
すると部屋のあちこちが変形して多種多様な銃火器が姿を表した。この男心をくすぐる仕掛けはたまらない。
「ここは私のコレクションルームだ。偽物だけど」
「そうなんだ・・・・・・(いくつか本物混ざってるんじゃないだろうなぁ)」
偽物でもこの量は凄い。ご丁寧に実弾のレプリカも飾ってある。文字通り武器庫だ。
まぁ本当の事を言えばこの家に実銃はある。
「リゼちゃんすごーい!」
「触ってみてもいいぞ」
「本当に!?」
掃除の事を忘れたであろうココアは某国の主力小銃を手に取り遊び始めた。
リゼはルクに下ろすよう合図し、ココアの傍で銃の説明を始めた。多分説明の半分以上もわからないかもしれない。
ルクもこの国で正式採用されて
(多分本物だコレ)
ルクの予測通りこれは本物。
天々座家には本当の武器庫も存在し、ミサイルまではいかないが対物ライフルくらいだったら保管してあるのだ。もちろん内緒で。
しばらくそのままで過ごしていると、勢いよく扉が開かれる。敵襲かと思ってしまったココアは小銃の銃口を扉の方向へ向ける。
「敵襲!!」
「ひゃあぁぁぁぁっ!!」
下手人はシャロ。どうやら部屋にいないリゼを心配して来てくれたようだ。
ただし、バケツを持った彼女は、ココアの声と銃口に驚き中身をぶちまけてしまう。
リゼに。
すっかり濡れてしまったリゼ。
真っ青になるシャロ。
どうしたものかと慌てるチノ。
まぁ結果としてリゼは「せっかくだし」と笑いながら部屋を出てメイド服に着替えてきた。
濡れた事よりも友人達と騒がしく遊ぶのがよほど楽しいのかもしれない。
「わぁ〜リゼちゃん似合ってるわ」
「その格好でラビットハウスで働きなよ」
タッパのあるリゼは何を着ても似合う。それは間違いない。
ルク達はメイド服を来て照れるリゼを椅子に座らせ、さらにいじくり回した。
だがそれも長くは続かなかった。
予想外の客が現れたのだ。
「リゼ。ルクが来ているそうだが・・・・・・」
突然部屋に入ってきたのはリゼ父だった。仕事が終わったので帰宅したのだ。
「・・・・・・あ」
「・・・・・・・・・・・・邪魔したな」
パシャリ。
とリゼの写真を撮ったリゼ父は静かに部屋を出ていった。
この間20秒。さすが軍人・・・動きに無駄がない。
ただ撮られた本人は羞恥のあまり床で丸くなり悶えていた。そんなに嫌だったのか。
「お、親父に見られた・・・撮られた・・・・・・」
「き、気にするなよ。ほら、それほど可愛かったんだよ」
「・・・・・・本当に?」
「ホントホント」
「私も似合うと思います!」
嘘は言っていない。本当に似合っているし可愛いのだ。
ルクとシャロが必死に慰めた結果、なんとか調子を取り戻したリゼは夕方までココア達と楽しい時間を過ごしたのだった。
しかし夕飯の時にリゼ父がメイド服の話をしたため、リゼの機嫌が再び悪くなってしまうのはフォローのしようがなかった。