―12月某日―
すっかり気温も低くなり、木々の葉が枯れて寒々しい風景となってきた頃・・・・・・。
香風家のダイニングで夕飯を食べていたココアが突然こう言った。
「はい!今年はクリスマス会をやろうと思います!」
突然何言ってるんだ、という目でココアを見るチノ。
ココア曰く、彼女の実家ではクリスマス会を盛大にやるらしく、こっちに来てからも同様にクリスマス会を行いたかったらしい。
場所はラビットハウスのカフェタイム終了時。
呼ばれるのは香風家以外にリゼ、シャロ、千夜、マヤ、メグ、青山さんだ。
各員への連絡は分担するとして、場所の提供許可だけが残っているとの事。ココアにしては早めに事を考えている。
丁度この場にタカヒロがいたため、ココアは元気よくラビットハウスを借りたいと頼み込む。
タカヒロもチノの友人達を呼んでパーティーをする事は、娘にとっても良い事になると考えて「いいとも」と返事をした。
翌日、チノとココアはそれぞれの学校で友人達をクリスマス会に誘った。お嬢様学校組には千夜からシャロに情報共有という形で伝わった。
帰宅したチノとココアはルクに全員参加という事を報告。
これによりクリスマス会を実施する事が決定したのだ。
クリスマスまでに準備しなければならない事はいっぱいある。
何を作るか、何を飲むか、何をプレゼントするか。香風家の買い出しはルクが一任した。
各々の準備も順調に進み迎えたクリスマス会当日。
客がいないのなら少し早めに終わってもいいね〜と話していたルク達だったが、この日は違った。
「な、なんで今日に限ってお客さんがいっぱい来るんですか・・・嬉しいですけど」
「クリスマスだからだよ」
「油断したな」
なんとラビットハウスには客が大量に訪れていた。しかも表にも並んでいる。この非常事態にシフトに入っていなかったルクも参加し客を捌く事に。今は奥のキッチンでフライパンを振っている。
最初は「ちょっと多いな」と思っていたチノも、来店のベルが鳴り止まない事で焦りが生まれていた。彼女の頭の上にいたティッピーは感激して嬉し涙を流していた。
ココアとリゼも忙しそうに動きながらチノとこの後について話し合っていた。
「これ17時に間に合うか?」
「なんとかなるよ!」
「真面目に考えてください」
千夜達に連絡しようにも忙しすぎて携帯に触れることもできない。タカヒロもそろそろ起きる時間だがその気配が無い。増援の気配も無くオーダーをこなしていると、知った顔が次々とラビットハウスに入ってきた。
「こんばん・・・あら大繁盛ね」
「ラビットハウスにこんなに人が来るなんて」
最初に入ってきたのはバイトあがりの千夜とシャロ。
「すごっ!なんでこんなに人が!?」
「びっくり〜」
次に来たのはマヤとメグ。これで未成年チームは全員揃った事になる・・・のだが如何せん忙しい。
「なんかパンケーキが注目されちゃってさ、大変になっちゃった」
数日前、ココアはクリスマスなのに限定メニューも出さないのもどうかと言い新作パンケーキ作成を進言した。
相談を受けたチノも店のためならばと許可を出し、ルクを混じえた3人でパンケーキの試作に突入した。
試作段階で意外と良い品ができたため、そのまま限定メニューとして提供した途端ご覧の通り。口コミの広がりは侮れないもので、事前告知していないのにも関わらず開店1時間後には客の人数が増え始めていた。
「ちなみに新作ってどんなの?」
「これだ」
リゼはマヤとメグにカウンターの上に置かれたパンケーキを指す。
今回は通常のパンケーキとココア味パンケーキを数枚重ね、間にホイップクリームとイチゴジャム、1番上にはミントを飾りに、フルーツとホイップクリームでティッピーを作った豪華な物となっている。
作る手間や時間もかかるために料金もそれなりにするが、客は迷うことなくそのパンケーキを注文していく。これがイベント効果か。
「じゃあ手伝わなきゃダメね」
「ようやく解放されたと思ったのに・・・・・・」
「私達も手伝うよ!」
「おぉー」
千夜の言葉にガックリ膝を着くシャロに手伝う気満々のマヤとメグ。
もちろん手伝わずに別の場所で待機という選択肢もあるが、客がいなくならなければクリスマス会は始められないし、良心的に手伝わないという選択肢はなかった。退路は無い。
予備のエプロンを身に着けた4人の少女はさっそくホールやキッチンの増援へ向かい、それぞれの役割を果たした。
千夜とメグがキッチン、シャロとマヤがホールに配置された。
「ココア!10番テーブルにクリスマスセット2つ!飲み物は2つともカプチーノ!」
「リゼ〜!13番テーブルもクリスマスセット!ココアとコロンビア?だって!」
シャロはフルールで働いているので当然だが、マヤが普通に働ける事に驚く。普段ラビットハウスの手伝いをしてもらっているが、ここまで混雑した時には来ていなかった気がする。おバカそうに見えて、案外しっかりした子なのかもしれない。
ラビットハウスは普段以上に賑わっていた。
喫茶店故にあまり来ない子供達も親に連れられて来店し、ケーキを頬張っている。そういった子達にはココアとマヤが対応し、退屈しないように話しかけていたりした。
一方、奥のキッチンでは疲労が溜まりつつあるルクがフラフラてしながらパスタにソースを絡めていた。
「メグ・・・このナポリタンよろしく」
「はーい」
メグがルクからナポリタンを受け取り、それを店内に運んでリゼに渡す。本来ならカウンター内にあるコンロで調理すれば良いのだが、現在そこはチノとココアが独占しており新たな調理ができないのだ。
メグの役割は料理の運搬の他に、外も含めた客の量をルクに伝え、ホール班にどのくらいでどのメニューが無くなるという伝令も行っていた。
外と店内の様子を確認したメグはキッチンへ戻って行ったが、そこでは少し落ち着いたルクと千夜が洗い物をしている最中であった。
「ルクさん大丈夫?」
「だ、大丈夫。でも疲れた」
「それはいけないわ。フラフラしてるじゃない。私が支えになってあげる」
千夜はルクにぴったり寄り添い、宣言通りルクを支えていた。これが純粋に善意なのか、それとも特別な気持ち故なのかはわからない。特に中学生のメグには。
(なんか大人の世界だぁ)
しかしメグの目には純粋に青春している千夜が輝いて見えた。
彼女達は基本的に女子校に通っている上、街自体に男性の数が少ないので、浮ついた話は本の中の世界なのだ。
千夜を支えにしているルクは普段なら直ぐに離れるのだが、ノンストップかつ1人で動いていたので離れる事はなかった。
なお、千夜本人もなぜこんな事をしたのだろうと思い始め、メグが見ている事を理解すると顔が少しずつ赤くなっていった。
「ルクお兄さん。何かする事ある?」
「んー・・・店内はどう?」
「落ち着いたみたい。行列もなかった」
「てことはそろそろ終わりかな。じゃあ洗った皿拭いといて」
「はーい」
(助かったわ・・・・・・)
身体をメグの方へ向けて話したため、体力の無い千夜は倒れる前になんとか解放された。
3人は皿を拭いて片付けをしていると、キッチンに知った人が顔を覗かせた。
「こんばんは」
「青山さんだ。こんばんはー」
「お仕事は終わったの?」
「千夜さんもメグさんも大変でしたね。なんとか今日の分は終わらせましたよ〜」
それは良かった。
これで青山さんもクリスマス会に参加できるというもの。
「ルク君。店内の客はあと2組くらいだ。クリスマス会の準備が始まるまで休んでいなさい」
「こんばんはタカヒロさん」
「青山君も着替えてきたらどうかな」
「はい。では失礼しまして」
さらにタカヒロがキッチンへ入ってきた。
今回タカヒロはクリスマス会の料理を作る担当なのだ。もちろんルクと青山さん大人組も手伝うのがタカヒロの判断だ
「千夜、メグ。店内の事は任せた。落ち着いたら俺はタカヒロさんを手伝うから」
「わかったわ」
「はーい」
そしてルクは2階のダイニングへ向かい、椅子に座って身体を休ませた。接客をしているココア達の方が疲れるのかもしれないが、千夜を見る限りそんな風には見えない。若いというのは素晴らしい。
誰もいないダイニング。耳をすませば1階で誰かが話す声が聞こえる。
10分ほど経過しただろうか。
ココアの「クリスマス会を始めるよ!」という声が聞こえた。
時計を確認すると19時になろうとしていた。どうやら予想以上に客が来ていたようだ。
キッチンに戻ったルクは、手を洗った後にタカヒロに話しかけた。
「タカヒロさん」
「来たか。できた料理から持って行ってくれ。鶏とサンドイッチはもうすぐできるから」
「はい」
ルクは完成した料理を持って店内に向かう。
店内ではクリスマス会の準備が進められており、中央に置かれたテーブルにはテーブルクロスが敷かれていた。
「おーい。これから飯運ぶから食っていいぞ〜」
「こっちも準備OKです」
「じゃあ始めよう!クリスマス会!」
少女達の「メリークリスマス!」という声と共にジュースが入ったグラスが良い音を立てて鳴り響く。
今日の主役は彼女達。大人は裏方に専念する事になった。
青山さんはカウンターで飲み物を作り、ルクとタカヒロは追加の料理やケーキを作って運んでいた。
クリスマス会が終了したのは21時をまわった時だった。人数が多く、リゼ父の部下が送ってくれるとはいえ、中学生がいるのでこの時間に解散となった。
片付けは香風家メンバーが担当し、申し訳なさそうにするリゼを車に押し込みキッチンで賑やかに食器を洗う。
片付けが終わると、さすがに疲れたのか、チノとココアは眠たい表情を浮かべていた。油断すると寝てしまいそうだ。というかココアは半分寝ている。
「ほらココア。寝る前に風呂入りなよ」
「眠いよお兄ちゃん・・・・・・」
「ヤバいなコレ。チノ、悪いけどココアと風呂入ってくれる?」
「・・・わかりました」
チノもココアが浴室で溺死する事を恐れたのか、ルクの要請にOKを出した。
ルクは2人を自室に連れていき、着替えを持たせてそのまま洗面所に放り込んだ後、再度店内へ戻った。
「悪いなルク君」
「いえいえ。2人はもう大丈夫でしょう」
「じゃあ、大人のクリスマス会を始めましょうか」
「あれ?なんで青山さんまだいるんですか?」
「つれないですねぇ。せっかくのクリスマスなんですから遅くまでいても良いではないですか」
「そういう事だ。ほら」
ルクはタカヒロから差し出されたワインの入ったグラスを受け取りカウンター席に座った。
チラリと中を覗くと中にも椅子が置いてあったので、タカヒロも完全にオフになったようだ。定位置ではあるが、1人だけ立たせるのは罪悪感があったのだ。
「では、メリークリスマス!」
「「メリークリスマス!」」
既にアルコールが入っている青山さんの音頭で参加資格20歳以上のクリスマスパーティーが始まった。
つまみは全てタカヒロが用意してくれたようだ。何から何まで申し訳ないと思っていた智宏だったが、タカヒロ曰く昼夜ラビットハウスで働いてくれたご褒美だそうだ。ならば有難く受け取っておこう。
「ところでルクさん。クリスマスなのに私達と一緒にいてよかったんですか?」
「へ?」
「彼女さんらしき人と街を歩いているのを何度か見かけたんですが」
「ほう」
彼女。
そんな人は存在しないのだが、青山さんはどういった勘違いをしているのだろう。
「・・・・・・あ、それはアレです。不動産屋の人です」
「例の物件探しかい?」
「物件?」
ルクの説明にタカヒロは納得したようだったが、青山さんはわかっていないようだ。まぁ言っていないので首を傾げるのも無理はない。
ルクは青山さんにもこの街で紅茶の茶葉販売店兼カフェをやりたいという事、そも実家がそういう店をやっている事を説明した。
「そうでしたか。いい所はありましたか?」
「まぁ何件か。でも『これだ!』っていうやつは無くて・・・・・・」
「私も街を歩き回る事が多いので何かあったら教えますね」
「ありがとうございます。でも彼女がどうという話になるなら青山さんも彼氏、いないんですか?」
「私はこの万年筆が彼氏さんですよ」
青山さんはチノ祖父に貰った万年筆を取り出す。どちらかというと彼氏より戦友の方が合ってそうだが、本人が嬉しそうにしているのだから何も言うまい。
ワインを赤白1本ずつ空けた所で大人のクリスマスパーティーはお開きとなった。
青山さんはフラ〜とした足取りで予約したタクシーに乗ると、ルクとタカヒロに手を振り帰っていった。
「さて。ルク君、先に風呂に入りなさい」
「はい」
「あと娘達にプレゼントを渡すのだろう?ダイニングテーブルの上に置いておくからついでに持って行ってくれ」
「は、はい」
さすがタカヒロ。洞察力がある。ルクがチノとココアにプレゼントを用意した事がわかるとは。
ルクは風呂に入りサッパリし、タカヒロのプレゼントと自分が用意したプレゼントを持って部屋を出た。
するとバッタリココアと遭遇してしまった。ルクは慌てて部屋の中にプレゼントを隠す。
「あれルクお兄ちゃん?」
「よ、よう。チノにプレゼントでも渡すのか?」
「当たり。スニーキングミッションだよっ」
ココアは得意げな顔でプレゼントをルクに見せる。さすがココアだ。チノをものすごく可愛がっている事がよく分かる。
しかしこれではチノはともかくココアにプレゼントが渡せない。一旦退散するとしようと考えたルクはトイレに行った後に部屋へ戻ろうとした。
「あ、ルクお兄ちゃんお酒くさい」
動いた時に匂いが漂ったのか、ココアがニンマリとした顔でそう言う。
「ごめん。すぐ引っ込むからさ」
「いいよいいよ。クリスマスだもん」
ルク個人としてもタカヒロと青山さんと調子に乗りすぎたと思っていたが、ココアは優しく許してくれた。
「じゃ、私はミッションへ行ってきます」
「ん。幸運を祈る」
そうして2人は別れた。
ルクはしばらく部屋に閉じこもっていたが、ココアが降りてくる気配が無い。
これはチャンスだと思い、ルクはココアの部屋にプレゼントを置き、その足でチノの部屋へ向かう。
扉をそっと開けると、案の定ココアはベッドの横に座り込むようにして寝ていた。プレゼントを置けた事で満足してしまったのだろうか。
いくら厚着だとしても、この季節で布団をかけずに寝てしまっては風邪をひいてしまう。ルクはチノが使っている大きめのブランケットを机から拝借してココアにかけた。
翌朝、昨晩のアルコール摂取により胃の中をムカムカさせながら起きたルクは時計を見るとかなり寝坊していた事に気がつく。
まぁ今日はシフトを入れないようにしていたので問題ないが、人としてどうかと思われないよう身を整えた後に店内へ赴く。
「ルクさんおはようございます」
「ルクお兄ちゃんおはよう!」
「だ、大丈夫か?顔色悪いぞ?」
リゼはこんなルクを初めて見たのか、少しだけ驚きつつも心配してくれた。
「皆おはよう。いやほら、飲みすぎちゃって」
「朝ごはん食べてないだろ」
「あんまり腹の調子も良くないし今日はいいかなぁ」
「何言ってるんだよ。雑炊作ってやるから待ってて」
そしてリゼは奥のキッチンへ消えてゆく。
確か店の冷蔵庫に米はなかったはず。まさか香風家の冷蔵庫の中を把握しているのではあるまいか。
リゼがいなくなった店内。一瞬静かになったが、チノが握っている物から手を離すとオルゴールのような音が聞こえた。
「あれ、チノ。それって」
「はい。今年のサンタは3人いたみたいでした」
「私は2人だった!」
チノとココアはプレゼントを気に入ってくれたようだ。
チノはオルゴールと立体パズルとマフラー。
ココアはボードゲームとステンレスのコーヒーミルだった。
2人がとても喜んでいるようでなによりだ。
彼女達の喜ぶ顔を見るとプレゼントしたかいがあったというもの。
とろこでティッピーの頭に着いているリボンは誰がプレゼントしたのだろうか。