「あれ、これ千夜だ」
それはルクが店内でとある雑誌を呼んでいる時だった。
ルクがペラペラとページを捲っていると、知った店名と従業員の写真が視界に入ってきた。それが千夜である事に気がついたのは少し遅れたが、それは意外性故だった。
千夜の祖母は言い方はキツいが優しい。とはいえテレビや雑誌の取材を受ける人ではないイメージがあったのだが、どうやら考えすぎだったみたいだ。
帰ってきたらチノ達にも教えてやろうと思ったルクだったが、現役女子高生の情報収集能力を甘くみていた。
「ただいま!千夜ちゃんが雑誌に出たから皆で見よう!」
「・・・・・・おかえり」
ココアが開口一番こういったのだ。
ルクも反応が遅れてしまったのも仕方がない。
千夜は大事そうに雑誌を抱え、カウンターへ歩いてきた。
彼女を中心にココア達が集まり、雑誌が開かれるのを待つ。
「せーのっ!」
千夜の可愛らしい声と共に開かれる雑誌。
そこには甘兎庵の紹介記事と何枚かの写真が掲載されていた。
それは1ページではなく半ページくらいの大きさだったが、千夜は嫌そうな顔をしていなかった。リゼは少し不満そうだったが。
「少し記事小さくないか?」
「いいのよ。小さくてもお店を大きくする1歩だと思えばそれでも嬉しい」
千夜はそう微笑み答えた。いい事を言うじゃないか。
「あ!フルールとシャロちゃんも載ってる!」
ココアがページを数枚めくると、なんとフルールの紹介記事が掲載されていた。しかも大きなシャロの写真と共に。
「うちより大きい!」
「おいさっきの感動返せ」
千夜はフルールの記事を見ると驚愕したような声をあげる。ルクはついツッコんでしまったが、こればかりは許して欲しい。
そんな千夜を気にもしていないココアは再びページをめくりだした。ペラペラとめくっていくと、とあるページで彼女の手が止まった。「ん?」という声に反応したのはリゼ。
リゼは雑誌を覗き込むと、少し驚いた表情である記事を指した。
「なぁ、このベーカリー保登ってもしかして」
「・・・・・・ウチの実家だ」
「あらすごいじゃない」
なんとそのページにはココアの実家のパン屋が掲載されていたのだ。
【森の奥にある小さなパン屋。美人店員が語る究極のパンとは】
という見出しで記事は始まっている。
記事を読んでいくと、地元ではかなり有名な美味しい店らしい。なるほど、ココアのパンが美味しいのは親による英才教育の賜物か。
読み進めると、店員の写真が掲載されている事に気がつきそちらに視線を向ける。確かに美人店員だが、どちらかと言うと可愛らしい顔をしていた。
「あ、これお姉ちゃんだよ」
「すごい美人です」
「歳はルクお兄ちゃんより2個下だったかな。去年20歳になったはず」
2歳下というわりには大人っぽい。
確か下に男兄弟が2人いるとココアが言っていたので、もしかしたら長女として下の子の面倒を見てきた分苦労してきたのかもしれない。
いや、老けているという事ではなく、むしろルクは同い歳かとおもったので意外だったのだ。
しかしココアの腕であれくらい美味しいのであれば、実家のパンはいかほどか。いつか行ってみたいものだ。それに雑誌が推すように美人店員・・・もといココアの姉にも会ってみたい。
「あれ?ティッピーが悔しそうな顔してるぞ」
リゼの言う通り、ティッピーは悔しそうな表情を浮かべ、プルプルと震えていた。心なしか泣いているよう。
それはそうだろう。
甘兎庵はともかく、フルールと保登ベーカリーよりラビットハウスの歴史は古いし、自信を持って美味しいコーヒーを提供してきたつもりだ。
記事にだって載るかもなぁと思ってはいなかったが、こうして後の店が掲載されているのを見ると負けた感がある。
「やっぱりウチは載ってないんですね」
となるとチノも落ち込んでしまうのも必然だ。
可哀想だが、こればっかりはどうしようも無い。そう思っていると、ラビットハウスの扉が開き、来店を告げるベルの音が店内に鳴り響く。
いつものクセでルクは店員として挨拶をしてしまう。
「いらっしゃいませ・・・青山さん!」
「何!」
「救世主だ!」
青山さんは小説だけではなく雑誌の仕事もしているという。ならば是非ともこの喫茶店を紹介してもらいたい。そうルク達は考えた。
「皆さんお揃いで。何を見ているんですか?」
青山さんは目を丸くしながらこちらに近づいてきた。
ルク達の手元を見ると「ああ」と声をあげる。
「この雑誌私も書いている所があるんですよ」
青山さんはページをめくり、【青山はらぺこグルメマウンテン】という記事のある場所を開く。
そこには青山さんが取材した数々の飲食店の記事が載っていた。
ルク達の知らない街の店も載っているのでかなり興味深い記事だったが、それにしてもこの街の店舗は無いような気がする。
もしかすると別の回で書いていたのかもしれない。もしくは紹介されるほどの店が無いか。
不思議そうな顔をする青山さんに、ココアが事情を説明する。
「そうでしたか・・・・・・ラビットハウスは私のお気に入りの場所なんです。この落ち着いた雰囲気が好きで、人が多くなって騒がしくなってしまうのもアレでして」
確かに人気作家が紹介する店となると、来てみようかと考える読者は多数いるだろう。
しかし彼女は昔からここに来ていた常連。落ち着いた雰囲気が好きだからあえて載せなかったのだ。
ただ、雑誌を見る限り他の店はしっかり紹介されている。ここだけ仲間はずれにするのも気が引けてしまった。チノの祖父には高校時代から世話になったし、こういった場面に恩返しをするのもいいかもしれない。
「まぁそれは私の意見です。チノさんが良いのであれば、私の担当から少し話を通してもらいますよ」
「いいんですか!」
「実際に取材が入るかは上の人次第ですけどね」
「いえ、可能性があるならお願いします!」
チノとティッピーは青山さんの近くでペコペコと頭を下げた。必死なのも可愛いが、そもそも客がいなくては店を維持できない。少しでもいいので集客になれば御の字だ。
青山さんはその場でコーヒーを注文し、窓際のテーブルに向かう。彼女の指定席的な場所は存在しない。店内の様々な所に座りコーヒーを飲み、原稿を進めているのだ。
「ひゃっ!!」
椅子にお尻を乗せた瞬間、椅子の脚が根元から外れて破損してしまう。その影響で青山さんはお尻を打ってしまった。結構いい音がしたが大丈夫だろうか。
「青山さん!?」
「椅子が壊れたぞ!」
「大丈夫ですか!?」
ココアとリゼ、シャロが驚いたように声をあげ、ティッピーと大きな音が鳴った瞬間真上に飛び跳ねてしまった。
「立てますか?」
「ルクさん、ありがとうございます」
ルクは青山さんに手を差し伸べ、彼女が立ち上がるのを手伝った。女性らしい柔らかい手だが、ペンを持つ指にはペンだこができている事がわかった。
「い、いい椅子ですね。お店の歴史を体で感じました」
お尻をさすりながら立ち上がる青山さん。ルク達・・・特にチノを心配させないように言ったのかもしれない。まさか本心ではないだろう。多分。
「これはマスターがお怒りに!?仕事しないから!?」
「相変わらず筆が進んでいないのね」
「うう・・・こんなオンボロ喫茶店だから取材が来ないんですね。納得です」
甘兎庵で作品を書いている所を見ている千夜は、青山さんの言葉で執筆活動ができていない事を理解した。
しかしチノはかなりのショックを受けたらしく、顔に手を当てプルプルと震え、打ちひしがれていた。
ティッピーもカウンターの上で力無く転がっている(心配したリゼがティッピーを触るが、きちんと生きている事を確認した)。
「そんな事ないわよ?ほら、机の傷もお客さんとの思い出でしょ?」
「それココアが付けたヤツだよ」
「このコーヒーカップもそうよ」
「ココアさんが割ったので新調したカップです」
「カーテンからコーヒーの香りが・・・・・・」
「ココアがコーヒーをかけたからコーヒーの香りがするだけだ」
ルク、チノ、リゼが反応してくれたが、なんの励ましにもならなかった。というかココア、やらかしすぎではないか。
「ココア〜ッ」
「えへ」
「えへじゃないわよ!」
「ちょっと離れてください。青山さんのコーヒーを運べないじゃないですか」
青山さんのコーヒーが来た事が良いタイミングとなったのか、雑誌に関しての話題は終わりを迎えた。
千夜とシャロは帰宅し、チノとココアとリゼは業務に戻った。
ルクは何をしているのかというと、何故か青山さんの話し相手をさせられていた。
今はバータイムじゃないのだが、原稿用紙に向き合いながら、ルクに「担当が〜」とか「締切が〜」と仕事の愚痴を零していた。まぁこれで名作が生まれる手助けとなるのならば良しとしよう。
チノが青山さんに対して雑誌の取材を頼み込んでから1ヶ月後。
なんとラビットハウスが見開き1ページで掲載されたのだ。これは凄いことだ。
青山さんがどれだけ働きかけてくれたのかはわからない。今度お礼を言っておかなければならないだろう。
苦労したチノの祖父の事も書かれており、それを受け継ぐべく三姉妹(?)の手で切り盛りされている事もあった。
ただし、見開きの6割ほどのスペースはバータイムの記事だった。タカヒロの写真が掲載され、ルクのカクテルを作っている写真も確認できた。
雑誌を持ってきたマヤが「バータイムの方がデカイ」と言った時のティッピーの顔はしばらく忘れられないだろう。