「「いらっしゃいませー!」」
「あら、新人さん?」
「ココアといいます!」
「ルクです」
今日は2人の初仕事。平日のラビットハウスには客はあまり来ないと言っていたが、本当にそうらしい。それでも30分後くらいにはおばちゃんが来てくれた。
なお、ルクの制服はタカヒロが予備の服を調整してくれており、サイズはピッタリだ。
予備を使ってもいいのかとルクは聞いたが、時間がある時に自分のを作り、完成したら戻してもいいし、今のやつを使い続けてもいいと言っていた。作った場合は経費として申請すればお金は戻すそうな。
「珍しいわね〜若い男の人」
「そうですね。噂には聞いていましたけど、自分でも驚いてます」
客はルク、というか若い男がいる事に驚いていた。確かに子供と老人以外の男性が少ないこの街では本当に珍しいのだろう。
ルクは注文されたコーヒーをチノから受け取り、客のいるテーブルに置く。
ちなみにココアはリゼとなにやら話している。そもそも客の少ないラビットハウスに従業員4人は過剰ではないだろうか。
おばちゃんは30分くらいラビットハウスに滞在し、店から出ていってしまうと店内は再び静かになった。
「あれ、そういえばティッピーは?」
「今はお父さんのとこにいます。こういう時がたまにあるんです」
「そっかー」
ココアがカウンターにティッピーがいない事に気がつく。チノの言うことが本当なら、タカヒロの部屋にいることとなる。結構自由なうさぎだ。
またしばらくすると、今度はココアと同じくらいの歳の少女がやってきた。
「こんにちは〜」
「あれ!千夜ちゃん!」
「知り合いか?」
やってきたのはココアのクラスメイト、千夜だった。今日は入学式でクラス分けもあり、奇跡的に2人は同じクラスになったのだ。
千夜に駆け寄るココアにリゼが問いかける。そういえばリゼの学校はどんな所なのだろうか。
「うん!私のクラスメイト!」
「宇治松千夜よ。よろしくね」
ルク達と自己紹介をしていく千夜。だが、最後に再びルクをじっと見る。
「・・・・・・男の人?」
「千夜ちゃん、男の人苦手?」
「ううん。なんか珍しくって」
「やっぱりそうか。ルク、初めてお前に会う客は多分全員同じ事言うんじゃないか?」
「だよなぁ」
リゼがルクをからかう。が、事実なので言い返しようがない。
「どうしてこの街に?」
「実家の紅茶専門店の2号店をこの街に出そうか考えているんだ。今はラビットハウスで色々と修行中」
「あら、そうなの」
「まだわからないとか言ってましたけど、ほぼ確定じゃないんですか、それ」
「うっ」
チノの指摘した通り、この街に2号店を出す事はほぼ確定している。少し前に家族とメールでやりとりをした時にそう決定された。
後は店の場所やら外観やらを決める必要がある。ただ、ルク自身の事もあるので、絶対開店するとは決まったわけではない。
似たような店が増える事が気になるのか、この件に関してチノは少し警戒している。
その後、千夜は家へ帰って行った。やらなければいけない事があったらしい。もしかして忙しいのに来てくれたのだろうか。
喫茶店の閉店時間が迫ると、リゼは箒を手に取り掃除を始めた。慣れた動きから察するに、この時間に他の客が来ることはほぼないのだろう。
「そういえばさ、従業員の数が過剰だと思うんだけど・・・・・・」
ルクは少し前から考えていた事を口に出す。
「確かに。平日のシフトは考え直した方がいいかもしれませんね」
「変えるなら俺かココアか」
それから全員で考えた結果、リゼがいる平日はルクとココアが交互で入る事に。もちろん忙しくなったら援軍として参戦できる。
ルクはともかく、元々いるココアの給料が減ってしまうが、ココア曰く案があるとの事。なのでしばらく給料の件は置いておくこととなった。
話し合いを終えて1時間も経たないうちに喫茶店の時間が終わる。
夕飯を食べたら次はバータイムだ。ルクはチノとココアと一緒に夕食を作り、部屋から出てきたタカヒロに挨拶をする。ちなみにティッピーはタカヒロの頭に乗っていた。
夕飯を食べ終わると時刻は20時ちょっと前。ココアが片付けはやるからと、ルクを送り出した。なんか追い出された感があるが、時間がなかったため正直ありがたい。
「こんばんわ」
「やぁルク君。客はまだ来ていないから安心して仕事を始めてくれ」
「はい」
ルクはタカヒロの隣に立って酒の確認やグラスの掃除を始める。サイドメニューの在庫も確認し、万全の態勢となった。
しばらくすると1人の男性がやってきた。眼帯を付けており少し怖い。しかも体格が良いため威圧感はさらに増す。
「いらっしゃいませ」
「久しぶりだなタカヒロ。来たぞ」
「お知り合いですか?」
「お兄さんの上司だよ」
「え?兄さんの?」
という事は一昨日電話していた相手というのがこの人なのか。
「ほう。これがあいつの弟か」
「朝武留久です」
「天々座だ」
「・・・・・・え、ということは」
「そうだ。俺はリゼの父親だ」
なんと。この強面のおっさんが兄の上司でリゼの父親だったとは・・・・・・。
リゼ父はカウンター席に座る。カウンター席はいくつかあるが、迷いなく座ったことから常連である事に気がつく。だが、「久しぶり」と言っていたため、最近は来れてなかったようだ。
「いつものを」
「わかった」
タカヒロは注文を聞くと直ぐに酒を作り始める。リゼ父はチラリとティッピーを見ると、そのまま視線をルクに移す。
「奴がよく言っていた。弟が自分の後を追いかけないか心配だとな」
「俺は軍より紅茶の方がいいんです。あ、別に愛国心が無いわけじゃないんですよ?」
「それでいい。俺達は抑止力として存在できればいいんだ。誰だって戦いたくない」
数十年前に世界中を巻き込んでいた大きな戦争が終わり、この国の軍も縮小されたが、やはり最低限の部隊は残してある。
なお、戦時中に散々国民を煽っていた一部のメディアは「さらなる軍縮を!」と叫んでいるらしい。
「どうぞ」
タカヒロはウイスキーをリゼ父の前に置く。リゼ父はグラスを手に取りウイスキーを一口飲んだ。
「美味い・・・・・そうだタカヒロ、今度俺が気に入ってるワインを置いてくれ」
「店に余裕が出来たらな」
それからしばらくリゼ父はラビットハウスに居座り、カウンターを占領していた。まぁ他に客が来なかったので全く問題ない。
ラビットハウスから出ていく際、ルクはリゼ父に「娘をよろしく」と言われた。
護身用にガスガンを持たせ、家で実銃を撃たせてているかもしれないほどの過保護さを改めて納得したルクだが、別の意図も感じられた。多分「手を出したら殺す」という感じのメッセージをルクに送ったのだろう。
娘を大事に思っているのはわかるが、こうも遠回しにしているのを見ると、リゼとどんな感じで接しているのかがなんとなくわかってしまう。喧嘩しなければいいのだが・・・・・・。
また、ルクの兄についても大事は部下と思ってくれているので悪い人ではないことがはっきりわかった。
リゼ父が去ったラビットハウスは、微かに聞こえる程度の音楽しか聞こえないくらいに静かになる。それから22時まで客は来ず、結局初日はリゼ父だけであった。
「2時間ってあっという間でしたね」
「そうだろうね。忙しい時は手伝ってくれるかい?」
「もちろんですよ」
「それはよかった。さぁ、もうあがっていいよ」
「はい、お疲れ様でした!」
そう言ってルクは店内から更衣室に戻って行く。その姿を見たタカヒロはポツリを呟いた。
「あの人の後ろ姿に似てきたな」
「タカヒロよ。ルクの父親とは連絡とっていないのか?」
そこへティッピーが転がりながら話しかけてきた。
「退役してから全く」
「世話になってたのじゃろう。少しは心配せんか」
「わかった。こんど電話してみるさ」
2人、というか1人と1匹は当たり前のように話している。傍から見れば恐ろしい現象だ。
ここには2人しかいないはずなので、彼らも油断していたのだろう。
そのまま数分話していたタカヒロは、いないはずの気配を感じて慌ててその方向へ向いた。
「あの、これはいったい・・・・・・」
更衣室にいったはずのルクが何故か店内に戻ってきていた。いや、私服であるからして着替えた後に来たのだろう。
「ルク君・・・・・・」
「き、聞くつもりはなかったんです。ごめんなさい」
ルクは勝手に弁明し始める。
更衣室で着替え終わったルクは、自室へ戻ろうとした。しかし店内に通じる扉が完全に閉じていない事に気が付き、ドアノブに手をかけた。その時中での会話が聞こえてしまったのだ。
ティッピーが人間の言葉を話しているのには驚いた。だがうさぎがたくさんいるこの街には喋れる個体がいてもおかしくはない、とココアが考えそうな事を思ってしまった。
そもそも疲れているのかとも考えたが、それ以上に好奇心が勝り、気がついたら店内に戻っていたというわけだ。
「タカヒロ。これはもう隠しきれんよ」
「・・・・・・そうだな。ルク君、このうさぎは俺の父親、つまりチノの祖父だ」
「・・・・・・は?」
観念したのか、タカヒロはまっすぐルクを見て話し出す。
チノの祖父は確か亡くなったはず。ではここで話しているのは一体・・・・・・?まさか本当の事なのか。
ルクの頭の中をグルグルと色んな考えが浮かんでは消える。しかしどれも断言出来るものではなかった。
「チノも知っている。というかこの事を知っているのは家族だけだ」
「今まではチノの腹話術で誤魔化せたんじゃがな。さすがに今回のは無理がある」
「すまないね。黙っていてくれるかい?」
「え、ええ。構いませんが、なぜティッピーに?」
ルクもこの事を言いふらすつもりはない。他の人に言っても信じてくれるかどうかわからないし、家族ぐるみで隠していた事実をわざわざバラすほどルクは愚かではない。
「儂が死んだ後な、天国から門前払いを受けたんじゃ」
「門前払いですか」
「理由はわからん。気がついたら
そりゃ人間の体に戻るわけにはいかないだろう。とは言うものの、別の疑問も生まれる。
「あれ、じゃあティッピーはどうなったんです?」
「ティッピーは親父が死んだ後、しばらく墓地に通っていてね。チノが言うには墓石の上に乗っかって下を見つめていたらしいんだ」
「憑依した後ティッピーがどうなったかはわからん。もしかすると身体を貸してくれたのはこやつの意思だったのかもしれんな」
「ルク君、くれぐれも内緒にしてくれ。チノはいいがね」
「はい」
そして今度こそルクは自室へ戻る。
しかし驚いた。ティッピーがチノの祖父が憑依したうさぎだったなんて通常では考えられない事だ。
香風家に何があったのかは知らないし、聞こうとも思わない。
ただ、ルクが思うに、残された家族とラビットハウスが心残りだった事も、
そう結論づけようとしたが、正直わからない事が多すぎる。そのためルクはこの事について考えるのを止め、翌日チノにティッピーと祖父の事を話してみようと考えた。