「千夜さんの店にですか?」
バイト中、ココアの発した言葉にチノが反応した。
「先週新メニューの開発でパン作りに誘ったでしょ?その時のお礼にぜひ来てほしいって。サービスするって言ってたよ」
「では次の土曜日は午前を休みにして行きましょうか」
「さんせーい!」
チノの提案にココアは大喜びだ。しかし先週といい今週といい、土曜日に急な休みを入れるのは大丈夫なのだろうか。
まぁティッピーが、土曜の午前中に客はほとんど来ないと言っていたため、チノもそこは把握しているのかもしれない。
当日、ルク達はリゼを加えて千夜の店に向かっていた。その途中、ルクは店の名前を知らないことに気が付いた。
「リゼ、ところで店の名前はなんていうんだ?」
「確か・・・・・・甘兎庵、だったような」
「甘兎とな!?」
((ん?))
ルクとリゼはいきなり耳に入ってきた老人の声に反応した。
「チノちゃん、知ってるの?」
「昔おじいちゃんが張り合ってたとお父さんが言っていました」
ココアは疑問に思わなかったようだが、先程の声は明らかにチノの声ではなかった。しかし声の発生源がチノであることは間違いなく、リゼは不思議そうな顔をしていた。
一方でルクは事情を聞いていたため、その声がチノの祖父のものであるとわかっていたが、この調子じゃいつかはバレるだろうと考えてしまった。
「あ、ついた」
そんなことを考えていると、いつの間にか目的地に到着していた。建物の外観は基本的に周りと同じだが、2階建てであることや所々和風になっているのが特徴的だ。
「えーと、俺・・・兎・・・甘?」
「甘兎庵。昔は右から読んでいたからその名残じゃないかな。親父が言ってた」
予想通りココアは文字を反対に読んでいた。
すかさず突っ込んだリゼ。この2人で漫才をしてみたらどうだろうか。
しかしまぁ、リゼ父はなんでも知っている。娘に尊敬されたくて色々な知識を仕入れているのかもしれない。
ルクを先頭に店内に入る。開店したばかりのため客はいなかったが、時間は午前しかとれなかったので都合がいい。
「みんないらっしゃーい」
「おはよう千夜ちゃん。それ制服だったんだね」
「そういえば初めて会った時もこの服だったわね」
おそらくここの制服であろう和服で出迎えてくれた千夜。そして店内の中央に鎮座する黒い物体に視線が集まる。
「あ、この子は看板うさぎのあんこよ」
「あんこ・・・・・」
チノがポツリと呟く。
「この子あまり動かないの。でもお客さんの事は認識しているわ」
「ふーん」
ルクはそっと近づき下から手をあんこの方へ差し出した。すると――
「おっと」
あんこはいきなり跳躍してルクの腕の中に飛び込んだ。
「あら?この子自分から抱っこされに行くのはほとんど無いのだけど」
「ルク、お前もしかして動物に懐かれやすい体質なのか?」
「いや、実家で猫を飼っていたくらいだしそこまでは・・・・・・」
ルクの腕の中に収まったあんこ。しばらくもぞもぞと動いた後、ベストポジションを見つけたのか、大人しくなった。
「ルクさん、私に触らせてくれませんか?」
「いいよ」
チノが近づいてきたので、ルクは体の向きをその方向へ向けた。
腕の中にいたあんこだが、何か気配を感じたのか、ピクリと反応して顔を上げてチノの方を見つめた。
暫く見つめ合うチノとあんこ。いや、性格に言えばティッピーとあんこなのだが、ここにいる者は誰もわからなかった。
そしてもう1歩チノが近づいた瞬間、事件は起きた。
「わっ!」
先程よりも鋭い動きでチノに頭上に突撃したあんこ。そこにいたティッピーは頭突きされると床に吹き飛び、あんこは上手に着地した。
抱っこしていたルクは腹を予想外の衝撃でキックされ少しの間動けなくなり、チノは突進された衝撃で尻もちをついてしまった。
「ルクお兄ちゃんとチノちゃん大丈夫!?」
「も、もう少しで入るとこだった」
「びっくりしました」
チノはココアの手を借りて立ち上がる。ルクは腹をさすっているが、大丈夫そうだ。
「しかしなんだったんだ?縄張り意識か?」
「いえ、あれは一目惚れね」
ティッピーにじりじりと近づくあんこを見ながら、千夜はリゼに向けてドヤ顔で推察する。
「「「え?」」」
「ようやく春が来たのね。しかも本気みたい」
「あれ?チノちゃん、ティッピーってオスじゃないの?」
「言うのを忘れてました。ティッピーはメスですよ」
「へぇ〜」
驚愕の事実が判明した。確かにルクもティッピーはオスだと思っていた。名前もそれっぽかったし。
さて、そのティッピーはというと、あんこの圧に耐えきれなくなったのか、ついに店から逃げてしまった。
あんこもそれを追いかけて行き、2匹の姿は見えなくなった。悲鳴が聞こえたのは気のせいだろう。
(ティッピーの中身はオスだろうに。なんというか、ドンマイ)
ルクはそれを見ながら、必死に逃げているチノの祖父に心の中で合掌した。
一同は席に座るとメニューを千夜から渡され、どんな物があるのかと考えながら、それを開いた。
するとそこに書かれていたのは、明らかに美術品に付けるような名前だった。正直何が書いてあるのかわからない。
だが、ルク達が固まっている中でも約1名は違った。
「抹茶パフェかクリームあんみつか・・・・・・お、白玉ぜんざいも捨て難いなぁ」
(((うそぉ・・・・・・)))
ヨダレを垂らしそうな表情でメニューを見つめるココア。まさか解析できているとは思わなかった。
ココア以外はギャンブル感覚で注文し、後はそれが運ばれてくるのを待つだけとなる。千夜は奥に入っていったため、店内はルク達だけとなった。
「和服っていいなぁ。お淑やかな感じがするよ」
「・・・・・・」
「もしかして着てみたいんですか?」
「う、いやそういうわけじゃ」
ココアの言葉に反応したリゼ。表情に出ていたのか、チノに悟られてしまった。
まぁリゼだったらなんでも似合うだろう。なんせスタイルはルクから見ても良い方なのだから。
そんな会話をしていると、千夜が注文した物をお盆に乗せて来た。
テーブルの上には4品の菓子が置かれる。
ルクは抹茶大福。
ココアはたい焼きが乗った抹茶パフェ。
チノは三色団子付きのあんみつ。
リゼは白玉栗ぜんざい。
やはりあのメニューからだとわからない。
しかし菓子の味は大満足できるものだった。特に抹茶系は滅多に口にしないため、「こういう味になるんだ」と関心してしまった。
一同はパクパクと食べ進め、あっという間に食べ終わってしまった。
「ふー、ご馳走様。千夜ちゃん美味しかったよ!」
「それはよかったわ。あ、先にお会計しちゃう?最初だし、まけてあげる」
「わーい!」
大喜びでレジに向かうココア。一方、その後に続いたチノはあんこの座る台に近づくと、恐る恐る指を近寄せていった。というかいつの間に帰ってきたのだろう。
ちょんとあんこの耳に触れたチノ。彼女の目はここ一番で驚いている。
「あぁ、チノはティッピー以外の動物に懐かないらしい」
ルクが不思議そうに見ていると、リゼが説明してくれた。いつもティッピーを頭に乗せているためか、動物とはよく触れ合っているものだと思っていた。
チノはそっとあんこを持ち上げると軽く抱きしめる。もう大丈夫だと思ったのか、さらにあんこを高く持ち上げ、頭に乗せてしまった。
その触れ合い方は特殊なんじゃないかと突っ込みたくなったルクとリゼだったが、嬉しそうにするチノを見ると、その言葉は出てこなかった。
ルク達は会計を終えると、千夜の見送りでラビットハウスに戻って行く。途中ティッピーを忘れていた事に気がついたチノは慌てて迎えに行き、店外の角に隠れていたティッピーを頭に乗せて戻ってきた。
♢ ♢ ♢ ♢
翌々日、ルクは再び甘兎庵に訪れていた。もちろん客として。
「おっす」
「あらいらっしゃい。今日は1人?」
「ああ。喫茶店のバイトは休みなんだ」
千夜は席に座ったルクに水とメニューを渡す。あんこは突撃してくる事はなかったが、相変わらずこちらを見ている。
何を頼むか迷っていると、1人の金髪少女が入ってきた。
「千夜〜聞いてよー」
「おかえりなさいシャロちゃん。どうしたの?」
シャロと呼ばれた小柄な少女は何やら疲れた様子で事情を説明し出す。
曰く、帰りに立ち寄った陶器の店で3人の学生と会い、変な誤解をされた。その内の1人が同じ学校に通っている先輩のリゼで、呆れられた可能性がある、との事。
リゼを含めた3人となれば、チノとココアだろう。またココアが何かしたのだろうか。
そう考えていると、ルクはシャロがこちらを見ている事に気がつく。
「千夜、あのお客さんは・・・・・・」
「朝武ルクさんよ。チノちゃんの家に居候してるの」
「初めまして。ラビットハウスでも働いているので、是非来てください」
「あっ、えっと桐間紗路です。千夜の幼なじみなんです」
そのままシャロも加わり、ルクの2回目の甘兎庵は少し賑やかな物となる。甘味を味わいながら、ルクと千夜はシャロの悩みを聞きいたのだった。