この日、ココアとリゼがバイトに入っているため、ルクは非番であった。しかし、少しでも店に貢献するため客として窓側の席に座って、何やら客と会話しているチノを見ていた。
「明日の恋愛運は上々ですね。水玉模様のものを身に着けた年下の方に誘われるでしょう」
「なるほど~」
頭にティッピーを乗せたチノはお客の若い女性相手に何やらコーヒーカップを持って話していた。
「なぁリゼ。チノは何をしているんだ?」
ルクはそんな光景を見ながらちょうどコーヒーを運んできたリゼに尋ねる。
「コーヒー占いだよ。結構当たるらしい」
「ほー」
占いというものには半信半疑であったルクだが、この話を聞いて少し興味がわいた。
店内から客がいなくなると、ルクはカウンターに移動してチノに話しかけた。
「なぁなぁ。チノはコーヒー占いができるんだって?」
「はい。でもまだカプチーノしか当たらないんです」
「いやいやすごいよチノちゃん!」
カップを磨いていたココアが感心した様子でチノを褒める。確かにこの歳で複雑そうな占いができる事は称賛に値する。
「でもおじいちゃんのカフェドマンシーはもっと凄かったですよ。当たりまくっていて有名でした」
ルクはチラリとティッピーを見る。ティッピーは嬉しそうに体を揺らしていた。やはり孫娘に褒められると嬉しいのだろう。
チノ祖父の占いが当たりまくっていたそうだが、そんなに凄いのならもう有名になって客が来ていてもおかしくはない。
にも拘わらず客の数は少ないのなら、その孫娘も頭角を現している、という事を表に出して客引きするのも悪くないだろう。
「あ、私も家で占いをやってたぞ」
リゼは手で拳銃の形を作ると、それをこめかみに当てた。
いやそれはロシアンルーレット、とルクはつっこもうとしたが、他2名がそれについてはスルーしていたので、心の中で留めた。
その後、「私もやってみたい!」というココアの提案で、一同はカフェの営業時間が終るとキッチンへ移動して明日の占いを始める。
ルク達はコーヒーを飲み、カップの底をココアが覗いた。
「まずチノちゃん!空からうさぎが降ってくる模様が見えたよ!」
「ほ、本当ですか?」
「次はリゼちゃんだね。コインが見えるから、金運アップかな」
「金か・・・・・・欲しかったやつが買えるかも」
チノとリゼの占いの結果はポジティブなものだった。
さて、肝心のルクは・・・・・・。
「ルクお兄ちゃんは・・・・・・滝?雨?とにかく水に注意だよ」
「なんで俺だけマイナス志向なんですかねぇ・・・・・・また濡れるのか」
なんとルクだけ嫌な結果となる。水関係となると、やはり雨が1番可能性としてはあるが、確か明日の天気予報は晴れだったはずだ。
「つ、次は私がティッピーと一緒にやります!」
ルクの内心を察したのか、チノは慌ててもう1杯コーヒーを入れる。
チノ以外が再び飲み終わると、机の上に置かれたティッピーはカップの中を覗き込む。そしてチノは口を塞いで腹話術のポーズをとった。
「ふむ。ココアはスパイシーな1日となる。外出しない方が良いかもしれん」
「明日は学校だから無理だよ~」
どこか呆れたような視線をココアに向けるティッピー。しかしリゼのカップを覗くと、今度はニヤリと笑った気がした。
「リゼは将来良き嫁となるじゃろう。口調とは裏腹に優しさと面倒見の良さがよくわかる」
「私がか?まさか~」
「む、昨日の夜は家の者に隠れてスイーツを食べたな。それに甘えたがりで褒めると調子にのりおる。あとーー」
「ええい!性格診断じゃないか!」
明日の運勢を占うはずが、いつの間にか性格診断となっており、ティッピーは次々に言い当てていった。
しかし、恥ずかしさに耐えきれなかったのか、リゼはズバン!とティッピーにチョップをお見舞いした。もしかしなくても当たっているのだろう。なんと恐ろしい。
しばらくゴロゴロと転がっていたティッピーは、落ち着いたのか頭をへこませながらもルクのカップを覗いた。
「ルクは・・・・・・時にお主、付き合っている相手はおるか?」
「いない・・・・・・です」
(なんで苦しそうなんだろう)
ティッピーの質問にグサリときたルクだが、なるべく同様を隠すため早く答える。だがリゼには半目で見られたため、隠せてはいないのだろう。ココアでも疑問に思っていた。
「じゃが10年以内には結婚するとある。相手はお主が今年以降に出会った女性じゃ」
「ずいぶんざっくりしてるな。今年以降だろ?だれかいるか?」
「あーっと、多分チノ達しかいないかも。客は違うだろ?」
リゼは少し呆れているようだが、ルクは一気に覚醒した。ここまでティッピーの占いが当たっているのなら、今の結果も事実。10年以内に結婚できるということが嬉しかった。運勢や性格診断でもなくなってしまったが何も言うまい。
しかし相手に関してはリゼが言った通りざっくりしている。
今年以降、まぁ
「うむ、客は対象外じゃ。少なくとも・・・むむ、この家に泊まった者であることはわかる」
「まじか」
「「「・・・・・・」」」
この家に泊まった者。つまり、かなり限られた人間となるだろう。
今の所少女5人だけだが、この他にも泊まる人は出てくるのだろうか。そう考えたルクだが、チラリとチノ達の方を見ると、彼女たちは静かになっていた。
「ん?」
「ほ、ほらルクさん。そろそろバーの時間ですよ」
「え、あ!しまった。飯食ってない!」
壁にかけられた時計を見ると、もうすぐバーに入る時間になっているではないか。
慌てるルクだが、隣に立っていたリゼはある物をポケットから取り出した。
「私のカロリーバーあげる」
「じゃあ遠慮なく」
時間もないためルクはリゼからカロリーバーを受け取り包装を解くと、それを口の中に放り込み、ココアが準備してくれた水を飲んで店内へ戻っていく。
ティッピーもその後をついて行ったため、キッチンには3人の少女だけが残った。
とはいうものの、なぜか微妙な空気が流れており、彼女たちの頬は少し紅かった。
「ルクさんの結婚相手、気になりますね」
「そう、だね・・・・・・候補は5人かな?」
「候補って。まぁ今の所はチノとココア、私と千夜、シャロだな」
リゼは指を折って香風家に泊まった少女達の名前を挙げる。
一瞬チノも入れるか悩んだが、占った本人(本当は違うが)の反応を見て例外ではないと判断した。
「どうしましょう。こういった話は正直初めてなので、今後ルクさんとどう接していけばいいのかわかりません」
「いや、いつも通りでいいんじゃないか?」
「チノちゃん可愛い!!でも大丈夫。家族だと思えば性別なんて気にならないよ!さぁ、ルクお兄ちゃんと呼ぼう!そして私をお姉ちゃんと呼んで!」
「え、何を言っているんですか。でも家族と思うのはいい案ですね」
ココアの提案をさらりと躱したが、チノにとっては意外と良い提案でもあった。
若い男性が少ないこの街では、ほぼほぼ恋愛に関する出来事は無い。この街にある中学、高校、大学は共学ではないため、小説にあるような青春を過ごす事はできないのだ。
とはいえ、家族に異性がいる人もいる。チノの学校の友人にも兄がおり、たまに愚痴を聞かされていた。ちなみに、その兄とやらは毎日電車通学で遠くまで行っており、特に朝は大変との事。
その後、チノはルクを本当の家族だと思うようになり、バーのバイトからルクが戻ってくる頃には、普通に接する事ができた。
翌日、チノとココアが下校する時間に差し掛かる頃、ルクは店内でカップを磨きながらティッピーと話していた。
「それにしても昨日の占いの結果、お前はどう見ておる?」
「え、まぁ嬉しいとは思いますけど。親にうるさく言われずにすみますし」
「じゃが相手がわからん。特徴すら占えんかった」
ティッピーは残念そうにカウンターの上で転がる。落ちないか少し心配である。
「いつもはこうはならないので?」
「うむ。最低限の特徴まではわかっておったのじゃがなぁ。原因としてはおそらく候補が多すぎるか、わしが衰えたか」
「衰えたって事はないでしょう?リゼの事は当てていたじゃないですか」
「では前者かの。この家に泊まる者が候補というだけでも絞れるか」
「人数が多いという事はこの家にチノが連れてくる友人が多くなるという事だと思います。失礼ながら彼女、友達は少ないのでは?」
ルクの指摘にため息をつくティッピー。呆れたわけでも怒ったわけでもないが、つい口に出してしまった本人は少し冷や汗をかいていた。
恐る恐る顔を向けるが、意外にも表情は変わっていない。怒ってはないのだろうか。
「中学生になるまではな。今は何人か友人と呼べる者がおる。学外で会う事は少ないがの」
「占いの結果からだと増える可能性もある。良いことじゃないですか」
「そうじゃの。そこは少し心配じゃったからの・・・・・・というか占いの結果はチノも含まれているはず。貴様、まさか手を出そうだなんて考えておらぬよな?」
うさぎであるにも関わらず鋭い視線でルクを睨むティッピー。まぁタカヒロに睨まれるよりはマシなので、あえて受け入れた。
「いえいえ滅相もございません。俺は22ですよ?」
「10歳も変わらない年の差婚はあるぞ?」
「む、確かに」
よく考えれば20歳差の結婚をしている人もいる。確かルクの地元にもそういった夫婦がいた気がする。夫婦仲が良かったから深く考えなかったためすっかり忘れていた。
「わしもダメとは言っておらん。じゃがチノにはまだ早い」
「俺もチノにはこの街以外の事を見てもらいたいし経験してもらいたい。そう思うと外から来た俺とココアはいいきっかけにはなるのかな」
「うむ。そこは期待しておる」
会話に区切りがつくと同時に、磨く予定だったカップは全て綺麗になり、棚にしまわれた。
ラビットハウス開店まで1時間を切っている。そろそろチノが帰ってくる頃だ。
そう考えていると、チノとココアが通学に使っている裏口ではなく、店の扉が開いた。
「こんにちはー」
入ってきたのはリゼだった。まぁチノは裏から入ってくるのでなんとなく察していたが・・・・・・。
「チノはまだ帰ってないのか?」
「ああ。でもまぁそろそろ・・・・・・お、帰ってきたかな」
リゼと話していると、階段を上る音と2階の表側の扉を閉める音が聞こえた。いつもならこの時間にはチノは店内にいるため、少し遅れるのは珍しい。
「遅れました!」
数分後、急いだ様子でチノは住居側の扉を開けた。なお、リゼは既に制服に着替えている。
「いやいや全然。歩いて帰ってきてもよかったんだよ?」
「今日日直なの忘れてました」
「なおさらだな。チノ、ここには私とルクがいるんだから、そこまで気にしなくてもいいぞ」
リゼが少しだけぼさっとなってしまっているチノの髪をとかしながら言う。
「そうそう。少しは他人を頼ったらどうよ」
「リゼさん、ルクさん。ありがとうございます」
2人の言葉にチノはペコリと頭を下げる。ティッピーも深く頷いていた。孫娘の成長が嬉しいのだろう。
カフェが開店して少し経った頃、ようやくココアが帰ってきた。
「たっだいまー!」
「おかえり。ん?水浴びでもしたか?」
カウンターに座ったココア。目の前に立っているルクは、彼女の髪が不自然にまとまっている事に気が付いた。
「あはは、実はね」
ココアは今日1日にあった出来事を話し出した。簡単にまとめるとこうだった。
空からあんこが降ってきて弁当が台無し。
スカートがめくれた状態で数分過ごしてた。
2階から落ちたジョウロの水を被った。
シャロに小銭を投げつけられた。
ティッピーの言う通り、スパイシーな1日となってしまったようだ。よく思い返してみれば、今日ココアが受けた不幸は、昨日ルク達を占った内容と一致している。
もしかするとココアは他人を占った結果が自分に返ってくる体質(?)を持つのかもしれない。
そう思ったルク達は、二度とココアに占いをさせまいと誓った。