始発点から青春駅へ   作:3ご

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第六話

「ふひ、ふひひひ。蝶々さんが運ばれてる」

「あら、この紅茶は市販の物ですわね。それを態々ティーカップに入れ直すなんて。貧乏人の知恵ですわ」

「なぁ、ここサンドバック無いのか? 何か殴りたくて仕方ないんだ」

 

 自己紹介が終わり、とりあえずはと、休憩室にあるテーブルを囲むように顔を合わせる。

 普通なら「うふふこれからどうしましょうか」とか、「ロードバイク歴は何年」などの他愛の無い会話が繰り広げられるべきなのだが、この御三方は席に着くや否やそれぞれがしたいことを本能の赴くままにし始めるのだ。

 

 ここで私は気づいてしまった。趣味を聞く際、誰一人としてロードバイクの話をしなかったことを!

 

「ロードバイク? あぁ……通学に使ってるくらいですね。ふひひ」

「ええ、嗜む程度にですが。20キロ以上は出した事はありませんね。ですわ」

「ウィリーとかは好きですね。週一で走ってるくらいです。普段? ランニング派です」

 

 困った、困ったぞ。

 バイトしているからその範囲では興味はありますけど、日常ではそこまで熱は入ってませんよ何か問題ですか。って態度だ。これからそれはそれは過酷なレースに参加しようとしているのに、その覚悟が決まっていない。

 

「にしても、優勝賞金300万円だなんて。我々学生には大き過ぎる金額だな」

「おーっほっほっほ! 300万で大き過ぎるだなんて、これだから庶民は大変ですわねええええ!」

「そんなこと言ってメル、さっきお財布の中身1000円しかなかったじゃん」

「う、それは……ですわね。色々と入り用でしてよ」

「ふひひ、メルちゃんも貧乏なんだね」

 

 む、なんだか親しい会話をしている。

 混ぜて欲しいな。いや、受け身では何も解決しない。

 

「三人は昔からの友達?」

「まぁ、腐れ縁ってやつですね。一度は離れても、再びどこかで集結するみたいな」

「本当ですわよね。お店は違えど、まさかあなた方と同じバイト先になるだなんて思いもしませんでしたわ」

「メルちゃん同じ学校だけど学科違うし、全然遭わないのにね。不思議だね」

「へぇ、なんかいいね。そういうの」

 

 ふと、脳裏に過ぎる過去の場面。

 楽しかった頃の思い出が溢れそうになるが、同時に感情も溢れそうになるにで必死に蓋をする。

 

「うーい、もうそろそろガキは帰る時間だぞっと。じゃ、それぞれ準備はしてきてな」

 

 気がつけばもう21時。ナミさんが鍵束の音をジャラジャラと靡かせながら部屋に入り、両手で急かせようと煽りながらセカセカと自分の荷物をロッカーから取り出す。

 

「準備?」

「ああ、明後日から二週間合宿だからな。あれ? シロコにはまだ言ってなかったか。あのアパートを使うんだよ」

「元々はその目的の為に買ったとか言ってたっけ……。じゃあ、掃除しないとね」

「そうだな。デカルトにも手伝わせよう、どうせあいつ暇だろうし」

「それ、私達もお手伝いした方がよろしくて?」

「いや、お前らは学校もあるし、少し距離もあるからな。とりあえず明後日またここに来てくれればいいよ。私とシロコでやっとく」

 

 なるほど、これは所謂休日出勤と言うやつだ。

 

 勿論私には抵抗の手段などなく、ただひたすらに返事をするのみ。ちょっとお昼過ぎまで寝ようかなと淡い幸せを噛み締めようと考えていたのだが、それは次回までお預けらしい。

 

ーー

ーー

 

「やや! シロコさんお帰りですか!」

 

 店を閉め、スーパーの買い出しの帰り道。

 てくてくと歩いているデカルトさんが一人。

 

「あれ、デカルトさん珍しいね。こんばんは」

「はいこんばんは。今日はいつもより遅いですな。いけませんよシロコさん。残業は体に毒です。いくらご褒美にプリンを貰っていたとしても、それは睡眠時間の代わりにはなれないのですぞ」

 

「違う違う。それよりもデカルトさん、明日は空いてる?」

「明日? まぁ私はとても忙しい身ですが、もしシロコさんの頼みとあらば多少の時間は作れますぞ」

「本当に? 嬉しい」

「ですが、きっちり対価は頂きますからね!」

 

 揺るぎない決意を声量に込めて意思表示。

 彼は労働となるととても敏感だ。以前、人は自由の為に労働をするが、労働は自らを不自由にするとかなんとか屁理屈こいてたっけ。で、庭の草抜きをサボってナミさんに尻をぶっ叩かれてた。冷静に考えれば無料で家を貸して貰ってるのに対価を要求するなんて図々し過ぎでは無いだろうか。

 

「お弁当でいい?」

「ふ、それで手を打ちましょう」

 

 まぁいいか、安いし。彼にはお世話になってるし。

 

「じゃあ明日早朝にね」

 

 まだ若干痛むふくらはぎに負荷をかけ、つま先を蹴り飛ばそうとした瞬間「そういえば」と、デカルトの声が徐にこだまする。

 

 彼とは多少長い付き合いになるが、こうも突飛に声を出す場面というのは初めてだった。違和感を覚え、振り返る。

 棒立ちしているデカルトの視線が、言葉を選んでいるのか、私から空に視線を移す。

 

「最近、ここら辺でカイザーコーポレーションの社員を見かけるのですが、何かご存知ありませんか?」

 

 

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