始発点から青春駅へ   作:3ご

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第八話

「いいからいいから~。こっちこっちだよ~」

 

 時刻は夜18時。

 

 場所は学区から近い、人気の無い閑静な住宅街の通り沿い。

 今日は特別な所に連れて行ってあげると、ホシノ先輩は小躍りしながらカバンを上下にぶんぶんと振り回す。どうしたのと尋ねるも、可愛い後輩に素敵なお店を紹介出来る事が嬉しいとしか答えてくれなかった。

 

「ふっふ〜ん。何せ指名手配犯を捕まえたからね。今日はお財布がうはうはなのさ〜!」

「あはは……明日には集金人に根こそぎ取られてしまいますからね。多少使えるうちは使っとかないと」

「いや〜こんな美味しい仕事がもっとくれば良いのにな〜! おじさんもっと楽がしたいよ〜」

 

 入学してから一月。

 アビドス高等学校での生活は、想像していたよりもずっと楽しいものだった。

 

 授業はたまに講師ロボットが来るだけで、殆どはBDだし、それに授業時間はほんの数時間で終わってしまう。

 それが終わればアビドス対策委員会で三人でまったり過ごすか、銃火器の訓練、若しくはこうやって仕事を請け負うか。

 

 私は戦闘の筋が良いからと、ホシノ先輩は一目置いてくれている。ノノミはどんな些細な事でも私を褒めてくれて、たまに頭を撫でてくれる。

 

 褒められるのに慣れてないから、少し照れる。

 

「さぁさぁここがお待ちかねのご馳走屋さん。柴関ラーメンだよ〜!」

「あ、そっか。シロコちゃんをここに連れてくるのは初めてだよね。うふふ、とろける顔が目に浮かぶね!」

 

 扉を滑らすと、外観から漂ってた香りがさらに引き締まった。

 油の、焼けた醤油の香り。でも、きちんと掃除をしているからか、清涼感がある。

 

 木目のテーブルは縁の部分が不規則に出っ張ってて、目の前の調味料は均一に並べられており、お冷のピッチャーの下には青色の雑巾が添えられている。

 細かい所まで手が行き届いてる。今の私と正反対だ。

 

「いらっしゃい。おぉ、アビドスの生徒さんかな? お好きな席へどうぞ」

 

 六人が座れそうな大きなテーブルに陣取ると、ノノミが気を効かせてお冷の準備をしてくれた。

 私はこういうお店は初めてだから、どんな風に振る舞うかが分からない。そう考えてたのを見抜かれたのか、ノノミがクスリと笑う。

 

「今日はシロコちゃんは私達のお客様だから、全てを私達に任せてくださいね」

「ノノミ〜、そんなシロコちゃんばっかりじゃなくてさ〜私にももやしを振り分けておくれよ〜」

「はいはい、少々お待ちくださいね」

「ん、じゃあメニュー表。ホシノ先輩から先に選んで」

「あー! シロコちゃんが優しい〜! もうそろそろ私達の事が大好きになったかな!? おじさん照れちゃう〜」

「ち、違うもん。どれを選べばいいかなって!」

 

 ホシノ先輩は特製味噌ラーメン、炙りチャーシュートッピング。ノノミはチャーシューメン。

 私は特に分からなかったので、塩ラーメンにしてみた。

 

「ホシノ先輩またそれ頼んでますね。胃もたれしないんですか?」

「ふっ、おじさんの胃袋を舐めてもらっちゃ困るな〜。ノノミだって一部にしか栄養いってないからいくら食べてもいいーー」

 

 ストーンとノノミの片手がホシノ先輩の頭部に直撃する。

 銃弾すら軽く避けるのではないかと思わせる反射神経は、このラーメン屋では面影も無い。

 

 そうこう会話に花を咲かせていると、テーブルの三つのラーメンが運ばれてきた。湯気が顔を掠めると、香りが鼻の中を燻る。

 

「はい、じゃあ二人ともお冷を持って」

 

 ノノミは笑顔で応えた。

 私は何をするのか理解出来ないでいたが、今この場ではお冷を持つのが適切であるらしい。

 

「えー、今ここに、アビドス対策委員会の真の歓迎会を行う! ささ、今日はおじさんの奢りだから、遠慮せずに食べるんだぞ〜」

「んも〜奢りだなんて。それは私達三人で稼いだお金ですよ〜」

「あはは、今回は私のポケットマネーから出すのさ。ノノミの力を借りずに、私だけの力で二人を歓迎したいのさ! 本当に感謝してるんだよ!」

 

 可愛い可愛い後輩が入ってきてくれて嬉しい。

 これからもよろしくね。

 恥ずかしがらずに満面の笑みでそう喋るホシノ先輩を見て、私はまだまだ彼女に遠く及ばないと感じた。

 

  どうしてだろう。私が彼女を見て、自分には無いものを多く持っていると分かっているのに。それでも、ほんの少しだけ羨ましいと、自分には無かったであろう感情が湧き出る。

 それにーー。

 

「いや本当にシロコちゃんが入ってくれて助かったよ! ノノミも見たでしょあの手際の良さ!」

「ええ勿論! しっかりと目に焼き付けていますよ!」

「シロコちゃん、と言うことで君はぜーーーったいに転校とかしちゃだめだからね!? もしそんなことしたらおじさん泣いちゃうからね!? 君の居場所はずーーーっと私達の所なの! わかったかい!?」

 

 ずっと、一緒にいる。

 この時、あの保健室での時みたいに、胸に直接熱を当てられてるような。感じた事の無い温もりが。

 

 私は、ずっと忘れないだろうと。

 なんとなく、そう感じた。

 

「はいはい、ほらほらラーメン冷めちゃいますよ? 早くいただきますしましょう」

「んも〜、おじさんが折角乾杯の挨拶をだねぇ。まぁいいか、じゃ、食べようか」

 

「「「いただきます」」」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 木琴の奏音が脳内に響いた。それはいくつか目のアラーム音。起きなければいけない時間に起きれなかった場合、日常の危険であると自分に知らせる為の最後通告。

 

 だが、頭で理解していても、目線はまだ夢の中。昨日食べに連れて行って貰ったラーメン屋の味がどことなく柴関ラーメンに似ていて、ついつい考え事をしてしまい、夜も眠るのが遅くなったのだ。

 

 もっと眠っていたいけど、約束の時間の為に起きなければならない。

 そう、大切な――とても大事な。

 

「あれ?」

 

 意識を失いながら変な考え事をするのは何故だろう。何故そういった時に限って約束事を思い出さず、平然とすやすや眠れるのだろう。

 そう、簡単に言うと自分に負けたんだ。あともう少し、あともう少しと自らを甘やかし、惰眠を貪る為の。

 

「あれれ?」

 

 きっと、先日の温泉が効いたのだと思う。

 出ないとあまりにも不自然だ。何故私は、ここにいるのだろうか。

 時刻は10:30分。約束の時間は9:00分。約1時間半の誤差が出ている。

 

「そうだ、きっと今日は昨日なんだ。でも、今日は昨日だとしてもこの寝坊はとっても怒られそうだ」

 

 手元のスマートフォンから、音声とバイブレーションが同時に鳴る。画面の向こう側では「社長」の文字がこれでもかと私に現実を突きつけてきた。

 出ようかどうか迷ったが、一旦冷静に考えてみる。

 

「ここで出たら私は終わり……あ! そうだ! 事故に遭ったと伝えよう! 車に轢かれたデカルトさんを病院に連れて行ってました。スマートフォンは色々あって取れませんでしたってことにすれば辻褄は合う! 大丈夫、私なら出来る」

 

「おーい、全部聞こえてるから早くこの扉を開けろー。十秒以内に開けたらげんこつだけで済ませてやるから早く開けろー。20時間無給も追加するぞー」

 

 ふぅ、とため息。

 そうだよね。ナミさんならこういった状況、すぐに心配して駆けつけくれるはず。私は何にも分かってなかった。

 にしても、うっすい扉のせいで私の独り言が丸聞こえじゃないか。

 

「ううう」

 

 ガチャリと扉を開けるないなや、徐に私の頭を撫でだすナミさん。

 

「やぁ、ぐっすり眠れたかい?」

「うん、とても気持ちよかった。でもね、今反省中だったんだ」

「ほんと? デカルトさん車に轢かれてなかった?」

「ううん、デカルトさんはきっと今日も元気だよ。あと、私は今反省中だった」

 

 何度も懇願したつもりだが、ナミさんの柔らかい手つきが垂直に宙に上がり、段々と拳に形を変える。

 受け入れなければならない、この痛みは。私は覚悟を決める。

 

「おおおっと!! これは大スクープですわっ!! あのキヴォトスサイクルの社長である黄泉ナミが! たかが遅刻をしたくらいの一般社員宅に押し入り、あまつさえ肉体接触を求めるとは!!」

 

 背後でテンションが高い子が三人。

 メルはマイクの手つきをし、社長を煽り。ヨミは両手で目元を隠し、頬を染め。サノはすかさず写真を何十枚と連射モードで一部始終を写している。

 

 写真の音が少しじわる。

 

 

 

 

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