始発点から青春駅へ   作:3ご

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第十二話

 無理を言って泊めてもらったからと、彼女達は「晩御飯は任せてください!」と元気よくエプロンを付け始めた。私は基本的にあまり自炊をしないから、包丁がトントンと鳴る音に新鮮さを感じる。わぁ、まるで新品みたいな綺麗な包丁だ! と言っていたのを聞き逃さない。

 

 住み初めの頃、ナミさんが一式道具を揃えてくれていた。が、使ったのはそれこそ最初の方で、私の主食はコンビニ弁当やスーパーの半額弁当になっている。たまに食パンを焼くくらいで、そこら辺は乙女とは言い難い生活をしている。

 

「各員、状況報告を」

「おほほ、玉ねぎで目が染みていますわ。視界不良、ターゲットロスト」

「ふひひ、ジャガイモは皮ごとが美味しいんです。大鍋に投下、目標到達時間まで約10分、次の指令を待つ」

 

 さ、作戦と勘違いしてない!?

 

「了解、次の指令は豚肉だが……く、牛肉でないのが悔やまれる。贅沢は言ってられない。ヨミは玉ねぎ部隊をカバー。炒め物は私が引き受ける。オーバー」

 

 くるりとターンを踏んで互いの場所を入れ替わる三人。その動きはまるで、長年訓練をされてきた特殊部隊のような機敏さとチームワーク。何せ互いの位置を目視で確認もせずに掴んでいるんだ。ベテラン。

 

「おほほ、私は撤退して皿洗いをしておきますわ」

「メル、ルーの準備も頼む。水が沸騰し8分後に投下だ」

「隊……サノちゃん、にんじん部隊の相手はどうするの?」

「な!? く、伏兵がいたか! ヨミは継続して玉ねぎ部隊の処理を頼む。メル、カバーできるか!?」

「視界良好。早速処理にかかりますわ!」

「皮は捨てるな、後できんぴら系に使える」

 

 忙しなくにんじん部隊やら玉ねぎ部隊と格闘している前線部隊を背に、私はというと、暇なのでモモチューブを見る。

 ヨミちゃんが教えてくれたチャンネルを見ているのだが、案外興味をそそられた自分に気付き、世界は広いなぁと感じる。

 

 カマキリがひたすらにスズメバチやらを捕食している動画だ。とても面白いからと勧められた。まぁ言わんとしている事は理解出来る。所謂怖いもの見たさというやつだ。

 自然の神秘をこんな画面一つで観察出来るのだから、良い時代。でも、見るとお腹が空いてきますよってさりげない一言が忘れられなかった。私を見て涎を拭うという事は、きっと同じ意味なのだろう。

 

 あれ!? 私って虫だったの!? ムカデみたいな感じなのかな。それともこのハチさんみたい頭部を齧られるのかな。

 示唆を示している、私に気付かせようとしている?

 お前は捕食者なのだと。……は!? もう既に家に三人いるじゃないか!

 

「齧りたい……か。食べられないようにしないと」

 

 私は犬とか猫が飼い主にひたっすら可愛がられているのが好きだ。

 最近のお気に入りは黒柴がひたすらシャンプーやらマッサージやらを受けてトロンと眠そうにしている動画。あれ、どこかで受ける事出来ないかなと、一度検索をした事がある。あれなら是非とも体験したい。

 

「各員、最早下手な小細工は不要だ。全弾発射、幸運を祈る」

 

 不吉な言葉と共に、炊飯ジャーの音が鳴り響いた。

 それはまるで、嵐の前のサイレンのような。

 

ーー地獄への、片道切符。

 

ーー

ーー

 

「あるわけなかった!? 何これおいひい!! おいひいよこれあっつふぁふはふ!!」

「シロコさん、おかわりはたくさんありますからそんなに慌てて食べなくても。まぁ確かに会心の出来でしたね」

「おほほぉっ! そんなにガッツかれると作った身としては嬉しい気持ちになりますわ!」

「ふひひ、隠し味は大正解だったね!」

 

 カレー。

 それは、人々を幸せにする魔法の料理。

 

 私もそれなりに好んで食べたりする。いつもは少し遠出してチェーン店のココ3や、近所のスーパーのレトルトなどを食べている。もちろん自分で作れない事もないが、狙った味にできないし、何より作る手間を考えると億劫だ。

 

「おかわりっ!」

「食べますね……! 明日の分は無くなりそう」

 

 ちょっとピリ辛で、でも辛味は程よくて、後味は甘め。

 皮付きのジャガイモは咀嚼回数を稼ぎ、とろとろに溶けた人参は舌で転がすと食材本来の香りを引き出す。そして豚肉は程よい塩味が滲んでおり、さらにご飯が進む。全ての材料の旨味が凝縮された黄金色のカレールーは、最早お店のレベルを超えたと言っても過言ではない。

 

「普段の食事はどうしてらっしゃいますの?」

「んぐんぐ……ふぁんわね、おんいにえん」

「飲み込んでからでいいですよ。カレーは逃げませんから」

 

 ごくりと喉を鳴らす。

 はしたなかった。あまりの美味しさに卑しさが出てしまう。

 カレーは逃げないと言うけど、もし逃げたらどうするのだろう。少なくとも私がこの鍋いっぱいのカレーを連れて逃亡を図る可能性も0ではないのに。

 

 どこか、遠い地へ行こう。

 大丈夫、君は私がもう一度温めてあげるから。

 

「普段はお弁当ばっかりで、自分では作らないんだ」

「社長とか通い妻しそうな感じですけどね……! ふひひ、案外奥手なのかも」

「ナミさんは、普段とっても忙しいから。今日だって休みを取ってたのに、お店に戻ってきたら仕事してたでしょ?」

「黄泉社長はなんでも一人でやりすぎなのですよ。もっと部下を付けてもいいとはずなのですが……。きっと邪魔をされたくないのでしょうね」

 

 おほほと喉を鳴らしながら頬を染めて私を見るメルちゃん。

 なんだね、そんな目をしてもカレーはあげないからね。

 

「おっと、私もおかわりを貰おうかな」

「え!?」

「え!?」

「え!?」

 

 え!?

 く、これくらいのカレー。乙女四人の手にかかれば雲散霧消。どうにかしてーーはっ!? 私は今一体何を考え……! カレーひとつでこんなにも卑しい自分を曝け出してしまうなんて! 私は、私はーー情けない。情けない先輩だ。そうだ、どうせ私なんて。

 

「シロコさん、明日も作りましょうか?」

「本当……? 明日も、作ってくれるの?」

「ええ、安いですし、時間もかかりませんし」

「くひひ、気に入ってくれたんだね。大味な出来だと思ったけど」

「隠し味が効きましたわね。やはり料理番長のサノなだけありますわ!」

「ううう、皆、とっても優しいんだね」

 

 少しくらい、齧られてもいいかもしれない。

 ご飯食べて、お風呂でゆっくりした後は、彼女達に身を任せてみよう。

 それくらいしか、私が出来るお礼は無いのだから。

 

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