許してーー許して。
ごめんなさい……ごめんなさい。……ごめんなさい。
私は、目の前の事で必死だったの。自分の役割を無理やり書き換えられて、自分で自分を制御する事が出来なくて。
疑問を持つ事だって出来なくて、それが正しいとさえ思っていて。
先生に会わなきゃ、気づくことが出来なかったの。
殺したくて殺したんじゃない。こんな結末なんて望んでなかった。
この世界からアビドスの皆がいなくなって、先生も目を覚まさなくて、私は耐えられなかったの。目の前が灰色にしか見えなくて、希望も夢も無くなって。
どうやって歩いていけばいいのか、どこに向かえばいいのか。まるで、終点の無い駅に向かって歩き続けるような螺旋。
──絶望から、逃げ出したかった。
人殺し。
最初に人殺しをした時って、いつだったっけ。
そうだ、ずっと思い出さないようにしてた。
全てが壊れたあの日だ。
ーー
ーー
ーー
銃声が、響き渡る。
その鋭い音は、周囲の喧騒と緊張を掻き消し、静寂と鮮血を撒き散らした。
薬莢が零れ落ち、散らばる金属の音が鳴る。
その音に意識を配れる状況というのは、戦闘の終わりの合図でもあった。
私達の敗北という、鐘の音。
大切な人を救えなかったという、結末。
「や.....嫌......」
意識すればするほど、目を疑いたくなるような光景が映し出される。
これは、本当に現実なのだろうか。
自分が思い描いていた希望、夢、結末。それらを全て容赦なく打ち砕かれ、泥水を啜る道しか見えない。
──もしかしたら、この時もっと自分が違う選択さえしていれば。
心の中で、後悔と言う嵐が吹き荒れる。雨宿りが出来る場所も、逃げ道も、何も残されていなかった。ただ、全身でそれを受け続けるしか、知らない。
ーー
アビドスで、私達はホシノ先輩を助ける事が出来なかった。
カイザーPMCの猛攻が激しくて、消耗して、皆が怪我で動く事が出来なくて。撤退を余儀なくされた。
それから何度も助けに行こうとしたけど、見つける事は出来なかった。キヴォトス中、どこに足を運んでも情報すら得れない。
ゲヘナ、ミレニアム、トリニティ。
主要なマンモス校の情報網を使っても、目撃情報すら得られない。もしかしてキヴォトスの外に出たのかもと疑ったが、その履歴すら見つからない状態だった。
先生もシャーレの権限を活用してくれたり、ゲマトリアに直接出向いたりと危険な事もしてくれたけど。それでも、一筋のかけらも見つける事は出来なかった。
ホシノ先輩を狙っていた黒服という大人も、その後の詳細は知らないと言う。先生曰く、興味が尽きてその後の行方までは追っていないとの事だった。殺してやりたい程憎しみが湧いたけど、先生は必死に私を止めて、慰めてくれた。
「大丈夫、私に任せて」
諦めかけていた私達に、先生は何度も何度も同じ言葉を送ってくれた。
先生の言葉はとても心強かった。ずっと泣いていた皆を立ち上がらせてくれて、未来を示してくれた。
その姿は、アビドスの皆にとって「嚮導者」そのもの。
「戻ってきたら……絶対にビンタじゃ済ませません」
ずっとふさぎ込んでいたノノミが地団駄を踏み、怒りと愛情を見せる。
その姿にアヤネとセリカは気持ちを付けられたのか、ノノミと一緒に自信を奮起させ始めた。最初にホシノ先輩を連れ帰そうとしていた、あの時の一体感を思い出す様に。
「全くっ! 私達がやらなきゃ誰がやるって言うのよ! ほんと世話の掛ける先輩なんだからっ!
「そうですそうです! 悲しんでばかりじゃいられません!! 先生、私達はいつでも動けます! ホシノ先輩の捜索は……困難を極めましたが、きっと、先生の進む先に必ず現れる。だから、先生。いつでも私達を使ってくださいね」
アヤネは大きく息を吸い、しばらく止め、ゆっくりと肺の中をしぼませていく。
やる気がこみ上げたのか、目元を尖らせ、目の前のパソコンに釘付けになる。とにかく情報が必要だと言っていた彼女を言葉を道標に、ノノミもセリカも、自分がやるべき事を見つけ、行動し始めた。私も、ぐるぐるしていた頭の中が纏まり、彼女達の後を付いていく。
「ん……先生、ありがと」
至る所からひっぱりだこの先生にこれ以上迷惑を掛けれなかった私達は、遠慮する彼の背中を押す。本当に大丈夫? と何度も聞き返す先生の心配する困り顔。可愛くて、甘えたい胸を抑え、目を伏せる。
想ってくれる気持ちが嬉しかったから、赤らめる頬を見られたくなかったから、何も言わずに踵を返した。
ーーそれが、間違いだったかもしれない。
ある日、シャーレが襲撃されたと一本の速報が流れた。
犯人は堂々と正面から侵入し、警備隊を尽く蹴散らしている。ニュースキャスターも身の危険を感じたのか、警備隊の背後に隠れるばかりで、現場の状況を映そうとしなかった。
けど、ほんの一瞬。警備隊の顔に目掛けて突進し、銃口を押し付けて近距離から蹂躙しようとする人影が映る。
間違いなく、ホシノ先輩だった。
私達は即先生に連絡をしたけど、一向に繋がる気配が無かった。
色んな学校の人達に連絡もしてみたけど、どこも混乱状態で、私達の相手をしている暇は無いと言う状態。
「行かなきゃ……!!」
居ても立っても居られない。先生の大ピンチだ。
対策委員会の教室を後にする。
その日が、皆で机を囲む最後の日になるなんて、想いもしないで。
きっと、絶対になんとかなる。私達なら出来ると、根拠の無い自信が、私達の希望を加速させた。
ーー
ーー
ーー
「ーーホシノ……先輩」
ノノミの、必死に絞り出した声だけが、彼女の猛攻に揺らぎと動揺を与えた。大人に書き換えられた自身の役割に疑問を持ち始めたのか、銃を床に落とし、視界を血で染まった両手で埋める。
光を失った瞳で私達に敵意と殺意を向けていたその顔が、段々と苦痛に歪み、嗚咽を噴き出す。必死に元の自分に戻ろうとするが、それでも自分の中で何かに抵抗するように、両手で頭を覆い、跪いて床に頭を打ち付ける。
「あ゛ーーーあ゛あ゛あ゛ああああああーーーーーー」
何度も、何度も。
鮮血が、私の足元まで飛び散る。
目元は涙でぐちゃぐちゃで、ひたすらに声を絞っていた。
「ど……して」
アヤネもセリカも、ホシノ先輩の銃弾をもろに何発もくらい、動けない。唯一ノノミだけが腕を張り、床に頭を付けないように、ホシノ先輩から目を逸らさないように踏ん張っていた。
私も、激しい戦闘の連続で身体中ボロボロ。肩も、腹部の一部も弾丸が貫通して血が止まらない。けど、目の前のホシノ先輩と、先生を助けれるのはこの中では私だけだった。
「先生……」
ホシノ先輩の散弾を貰った先生の腹部は、内臓が飛び散り破裂していると錯覚する程の真っ赤に、鮮血に染まっていた。普通の大人ならもう助からないはずなのに、先生はその状況でも必死に声を出し、ホシノ先輩の名前を繰り返す。
今すぐに治療をしなきゃ間に合わない。
その為には、目の前の大切な人を撃たなければならない。
「早ーー殺し.......」
必死に片方の腕を押さえつけ、唇を噛みちぎるほど食いしばり、片方の自分を必死に抑える先輩を見て、私は耐える事が出来なかった。
もうーー救えない。
私は最後の力を振り絞って、照準をホシノ先輩に向ける。
「ごめーーっごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
手紙に書いてあったホシノ先輩の願い。
「だめ……まって」
もしこの先どこかで万が一、敵として相対することになったら。
「ぁ゛ーー は゛やっっぐ シーーロコぢゃん
その時は、私のヘイローを壊して。
「ありがとう」
ホシノ先輩から託された願いを銃弾に乗せると、ノノミの悲鳴が響き渡った。必死に体を動かし、飛び散った先輩の体を胸に寄せ、抱きしめる。
どうして、何故。
一生忘れる事のない絶望の悲鳴を、救護隊が来るまで天に向かって吠える。
ー
ー
ー
「……シロコちゃん!」
暗闇でも分かる、優しくて、温かい声が耳元を包み込んだ。
目を覚ましても、良いんだ。
ここはあの世界ではない。私の知ってる、私の居場所がある。私が居る事を許してくれる世界。
「ん……んん――ナミ……さん?」
断続的になり続ける機械音。心電図が真横にあり、手元にはいくつかの点滴チューブが繋がれていた。
窓の外に視線を映す。
真っ暗闇の中、お月様は幻想的に漣を照らしていた。天まで道が続いているような光の軌跡が、美しかった。
「ああもう……!! 心配させて!!」
目元を腫らし、鼻の詰まった声を出すと、私の頭を抱き抱え胸に寄せる。
彼女の肌はとても暖かくて、心がポカポカしてきて、眠くなる。
「あうう……ごめんなさい」
「ごめんなさいはもう禁止!! 禁止ったら禁止!! 気を失ってる時もずっと何かに謝ってたのよ! 絶対ダメっ!!」
「す、すみません……!」
「すみませんもだめ!!」
「も、申し訳ございーー」
「それもダメっっっ!!! もうダメダメダメ!!! ぜーんぶだめ!!!」
明日はブルアカのアニメ放送ですね!
楽しみ〜!