──お線香の香りを嗅いだのは久しぶりだったのだろうか。彼女の瞳に映ったのは、目の前の墓石ではなく、きっとその奥にある彼女との記憶。
もう、逢えない彼女に唯一触れられる、記憶の対話。
人は死を理解する為、そして死者と会話をする為にお墓を作ったのだろうか。
尊重の為? 安寧の為?
目の前の彼女と、私達はまだ──理解出来ない。
ねぇ、会う時間までもう少しだよね? その間何をする? ロードバイクに乗ってぐるっと周る?
ヨミらしくないじゃないか。緊張してるのか?
……困惑。と、姉さんが心配で。
姉さんなら大丈夫よ。だって姉さんですのよ? 心の整理だって……は──ついてないかもしれないですけど。
だからだよ。
2ヶ月前、彼女から送られてきた複数の写真。
「運命かな、それとも神様の悪戯かな」と言葉を添えて送られてきた、彼女の写真。
運命であっても、悪戯であっても……残酷だよ。と頬を濡らしたヨミとサノ。
私だって、私だって目を疑った。姉さんは一体何が目的なのか、何をやっているのか。通話の途中でついつい怒鳴ってしまった事もあった。
姉さんの立場と気持ちを考えずに。
まだ、私達は受け止め切れて無い。
名前、砂狼シロコだっけ。
そう。姉さんが溺愛してるって噂です。
そりゃ……するだろう。
どこの生徒?
さぁ、素性は分からないだそうだ。それに、姉さんは下手に聞かないで欲しいってさ。
何それ。まさか……重ねてるの?
でも、気持ちは分かります。
何よそれ。
悪態を吐くなよ。メルも私もヨミの味方なんだぞ。
わかってるよぅ。……ごめん、ごめんなさい。
彼女の隣に座り、もう一本、お線香に火を灯す。
ゆらりゆらりと煙が空に舞い上がり、弧を描く。
沈んだ気持ちとは裏腹に、今日は雲一つない快晴で、お日様も燦々と輝き、丘の上から見える黄昏の海はダイヤモンドの様に輝いていて波も穏やか。
浜辺で遊んでいる人々は、帰り支度を整え始めている。
良い場所だ。
彼女が好きだったこの土地に、まさか姉さんがお店を建てるなんて思いもしなかった。
人口も少ない、自然保護の法律も厳しい。そして塩害の影響も大きい。それでも守りたい思い出があったから、沢山の資金を投資した。
追い求めていた青春。失ってしまった青春を姉さんは守り切った。
そんな人だからこそ、余計に心配だった。
なぁ二人共。変な話をしていいか?
サノのこういった切り口は珍しいので、耳を傾ける。
もし、あの時に戻れるなら。それが夢だとしても、戻ってみたいと思う?
……夢、なんでしょ。そんなの……私は──ううん、覚めないかも。
私も、夢だと理解しても無理かもしれません。
だろうな、私もだ。もしかしたら姉さんはさ、夢を見る事を選んだのかもしれない。
……夢を、見る。
あんなに心が強い人があんな文章送ってくるか? 姉さんはあいつの為に社長の道を選んだんだ。それが無くなって、私達と同じように……照らしてくれる光が無くなった。受け止める時間が必要なのに、走り出した歯車を止める訳には行かない立場。そこで今回の出来事。
──辛い、ですわね。
しかも、自分からじゃなくて運命の悪戯。理不尽にもさ。
……もしかして、姉さんは私達が一緒に夢を見る事を望んでいるのかな。
私は間違ってないよね? そう言われてる気がするんだ。だから、今日はそれを確かめに行く。
最後、そこにいるはず親友にもう一度頭を下げ、私達は階段を降りていった。
大口神社の主通路の石段を逸れた脇道の奥。小さな頃、彼女と姉さんと五人でよく遊んだ私達の秘密の洞窟。
私達は特別だったから、遺骨の一部は共同墓地ではなく、自分達が用意する場所に埋めても良いと許可が出た。
一人でポツンとしてて可哀想だと最初は思ったけど、これは彼女きっての願いでもあった。
下山し、ロードバイクに跨り、お店まで走る。
空は段々と夕闇を越え、凛とした星の世界へと変貌し始める。
今日に限って、彼女が好きだった流星群が空に舞う。
こんな日に限って、あの時四人で囲んだ空の彩は同じで、任務前の記憶が蘇ってくる。
──また、見に来よう。
聞こえもしない声が、脳内に響き渡り、思わず振り返る。
私は前を向いて生きなきゃいけないのに。
──星を見たら、夢を見なきゃ。
星を見たら、夢の世界に囚われる。
もう、抜け出せなくなってしまう。
だから、私の願いは──。
こちらの話は、随時更新をします。