ー心的外傷後ストレス障害? それって所謂PTSDという事よね。
ーはい、一般的な用語に変換しますと「トラウマ」という状態になります。トラウマにも色々な種類がありますが、彼女の場合はその中でも二つの症状を発症していますね。再体験と回避。
ー医学的なのはよく分からないけど、言葉からしてフラッシュバックの事よね。過去の記憶が断続的に目の前に現れて、心拍数や血圧が上昇する。その連鎖で体の免疫が低下したり……とか?
ー概ね、その理解で間違いありません。普段でしたらその場でうずくまったり、泣き叫んだり、奇声を上げたりと、人によってフラッシュバックの回避方法は様々です。友人と楽しいひと時を過ごすのも良い治療になるでしょう。が、意識を失う程のフラッシュバックです。それは、強制的に自分をシャットアウトしないと迫りくるストレスに耐えられない時に発生したりします。0ではないですが、とても稀なケースと言えます。
ーあの子が……そんな経験を? 普通に笑って、普通に生活をして。時には一生懸命頑張ってくれて、失敗して悔しがったりして……。確かに、過去の事を聞くと話を逸らしたり、謝ってきたりしたけどさ。まさかここまでだなんて。
ー彼女はずっと謝罪をしていましたね。ごめんなさい、許して。真意は分かりませんが、こういった例は武力紛争の体験が多い。今まで色々な患者を診てきましたが、特にこのキヴォトスでは抗争での精神障害を起こす例も少なくありません。治療はとても難しく、長い時間が必要になります。特に、アリウス地区出身の子が多い。そういえば、彼女の過去について、黄泉社長は何も存じていないとお聞きしました。
ーええ、名前以外何も知らないわ。
ー私も黄泉グループの1社員として、そしてあなたに御恩がある身としてひとつだけ提案をさせてください。彼女を別の地域に異動させるというのはどうでしょうか?
ー……私に、あの子を捨てろと言うの?
ーこういった正体不明の子は、大方一般人には予想できない暗い過去を経験しています。もし、このキヴォトスの深い闇に関りがあるとしたら、それは必ず災厄となってあなたに降りかかってくる。そうすれば、一企業など簡単に潰されてしまうかもしれない。私はそれが心配なのです。
ー……ありがと。忠告受け取っておくわ。
ー……危険ですよ。
ー私もあの3人も、あの子を放っておけないの。過去はもう戻せないし、付着した傷はそう簡単に治せない。でも、もしまた会えたなら....ってね。知ってるでしょ? あの子は彼女にとても似ている。
ーええ、存じております。そう……ですね。失礼な事を口走りました。
ーいいえ、理解してくれてありがとう。
ー社長、最後に二つ、お伝えしておきたいことがあります。まず一つ目、こういった患者は、自分から語るまで過去を掘り下げるような質問は避けてください。フラッシュバックまではいかなくとも、体の免疫が低下し、重大な病気に繋がります。
ー......その過去の行動を掘り下げるっていうの、当日誰かが彼女に何かをしたということなのかしら?
ー三人に事情聴取はしましたが、特に不審な所は見受けられなかったとの事でした。あの三人が言うなら間違いないでしょうね。何せ元SRT特殊学園の生徒ですから、事件直後に辺りをくまなく捜索したはず。ですが、見つけられなかった。きっと誰かが接触したのでしょう。彼女を知る、誰かが。
ー……みたいね。じゃあ続けて情報を集めて頂戴。最近カイザーの連中もうろついてるみたいだから、気を付けてね。二つ目は?
ー……二つ目は、えっと、言いにくいのですが。
ーなに? はっきり言ってもいいわよ。
ー彼女の選択。小さな選択はどのようにしても構いません。いつものようにしてください。ですが、大きな選択は……。
ー濁さなくていい。
ー……もし、もし生きるのが辛いという状況になれば、その時はーー私にご相談ください。死なせる事はしません。
ー……嫌、かも。
ーそれは、あなた次第です。
ーー
ーー
朝。
診断結果が出た。
症状は軽い癲癇(てんかん)になっており、問題は無いという事。そんな事はないはずなのだけど、ナミさんが計らってくれたみたいだった。
病院の先生が事務作業でもするかのように淡々としていたのは、そういう理由だ。どこか裏で動いていた。つまり、隠し事をしているという結果があるから。
でも、どうしてわざわざ隠さないといけないのだろう。
「今は、あまり考えられない。とりあえず帰ろう」
病室のベッドの布団をたたみ、貴重品を鞄の中に詰め込んで部屋を出る。
301号室と書かれたプレートが目に映り込んだので、階段から降りようとしたが、まだ足元がふらついてる感覚がしたので大人しくエレベーターで降りることにした。
病院の廊下には深みのある緑色のタイルが敷かれ、その上を足音が反響する。朝早い時間帯のせいか、患者の姿はまばらであり、看護師たちは静かな事務作業に没頭していた。そのため、周囲には不思議な静寂が漂い、その静けさがますます耳に響いてくる。
「301号室の者……です。あの、ありがとう……ございます」
私の慣れない敬語にも一切動じず、微笑みながら丁寧なお辞儀をする看護師。その表情には、数々の患者を見てきた経験と知恵が宿っているのだろう。私など、決して珍しくも無いのだ。
ーー
自動ドアを抜けると、曇り空の中に私を待っているかのような声が聞こえた。
「あ、来た来た、シロコさんこっちこっち~!」
玄関を抜けた先に立つ、3人の影。
何事もなかったように、笑顔で手を振ってくれている。
「ごめんね、迷惑かけた」
「社長から聞きましたよ! 癲癇ですってね」
「う、うん。たまに出てくるんだ。ほんと久しぶりだったから油断してた。ごめんなさい」
3人に頭を下げる。
年上として、先輩として情けない姿を見せてしまった。
「謝られないでください。事故みたいなものです。ですが、1週間は運動を控えてくださいとのことでしたので、急遽合宿は中止になりました。まだ大会まで時間はありますから、ゆっくり療養してください」
「基本、監視員がいれば運動もしていいみたいだから、私達がいる時にロードバイクに乗りましょう。ふひひ、療養中も任せてくださいね! お家で沢山ゲームしましょう!
「こらこらお待ちなさいヨミ。シロコさんは安静にしないといけないのですよ」
「そうだけどさ。何かあった時不安じゃないかな」
「私は......構わないよ。うん、正直、誰か居てくれた方が安心する」
今、一人になると、正直不安だ。自分で自分をコントロール出来るか自信が無い。
あの軍人の言葉がまだ私の中をぐるぐると駆け回っている。気にしないようにと自分に言い聞かせても、余計記憶にこべりついて、泥の様に汚れが広がっていくのだ。
この三人だったら、きっと私を悪く思わないでいてくれる。
それに、気づいてしまった。誰かと一緒に寝ると安心する自分に。心の中からすっと悪い煙が晴れる瞬間があって、頭の中のぐるぐるも少なくなって……。
「ん、もしね、迷惑じゃなければだけど……一緒に遊んでくれると……嬉しい」
自分でも感じる頬の熱。
目を逸らしながら、尻すぼみな声で何とか想いを伝えてみた。
断られたら悲しいけど、彼女達だって日常がある。
きっと困惑するだろうけど……あれ? 様子が変だ。
「ヨミ、メル、聞いたか? 可愛すぎて何か極刑を課さないと気が済まないのだが、どう思う」
「あ゛あ゛ーーー!! だめ、鼻血出た。ティッシュ詰めます」
「うふふ、これはむぎゅむぎゅの刑ね。では刑の執行に入ります! 皆、準備はいい?」
「「了解!!!!」」
「へ?」
むぎゅ!? むぎゅぎゅぎゅぎゅっぎゅぎゅーーーーぎゅぎゅぎゅ!!!!
むぎゅむぎゅ!? むむむむぎゅぎゅーーーー!!! うわっぷそんな抱きしめられると息がむぎゅぎゅぎゅってシャツに鼻血べったりぎゅぎゅぎゅーーー!?