始発点から青春駅へ   作:3ご

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第十七話

「仕事? だめよ。そもそも一週間は安静にしてなきゃだめって病院の先生に言われなかった? 絶対にだめ。家で大人しく寝てなさい。だめだからね」

「ううう……4回もダメって言った。でもでも、私がいなかったらナミさんが過労で倒れる。そうなったらこのお店は……!」

 

「ふ、甘いわねシロコちゃん。私は文字通り社長よ? スタッフを何人従えてると思ってるのよ。やろうと思えはヘルプなんて百人呼べちゃうくらい偉いのよ?」

「百人……すごい。流石社長!」

 

「そうそう。安心しなさい、キヴォトスサイクルのスタッフであるあなたの代わりなんていくらでもいるの。シロコちゃんが一週間くらいいなくても私は平気よ?」

「……そう、そうだよね。私なんていなくても社長は平気だし、私なんていなくてもお店が繁盛には変わりない。私――私なんて、居ても居なくても変わらない存在なんだ。必要とされてないんだ……」

 

 シュンっとする。

 私は恥ずかしい。この人にとって私は必要不可欠な存在だと勝手に思ってた。普段の好意も、スキンシップも、全ては一人のスタッフのやる気を出す為の仕事に過ぎないんだ。

 

 勘違い。

 

 ナミさんにとって、私は群衆の中の一人。大量の枝豆の中の一粒。お塩を摘んだ後の手に付着した残骸。

 手に取られてる時は意識を向けられるけど、一度処理をしてしまえば二度と記憶には残らないきゅうりの先端。

 

 そんな食材のような人間だったのだ。私は。

 

「ってわあ゛あ゛ーー!!! 違う違う違う!! そんな訳ないじゃない!? どんだけ私のこと鬼畜野郎だと思ってるの!? 解釈を変えなさい解釈を!」

「ほんと?」

 

「ほんっっっと!! もうほんとったらほんと!!! んぁーッ!!もういっそのこと唇奪ってやろうかしら!? ねぇ!!」

「ぅう、そこまでの愛は……重たい」

「あなたから仕掛けてこなかったっけ!? ってもう、忙しいからさっさと家に帰って寝て頂戴」

 

 しっしっ、と虫を追い払うようにお店から摘み出され、しょぼくれて家路に向かうお昼前。

 迷惑を掛けたから、いつもの何倍もの労働で恩返しをしたかったけど、社長に言われたら黙って療養するしかない。

 

「ふぅ、暑い」

 

 どこからともなく聞こえる蝉の囁きと、潮の香りを運ぶ漣の音。地面から反射する太陽の光が、ゆっくりと私の身体を蒸し暑く包み込み、汗を滲ませる。

 

 そういえば、もうそろそろ学生は夏休みに入る頃合いだ。

 友達と過ごす夏の思い出、一緒に花火を見たり、浜辺でバーベキューをしたり、素潜りをしたり。

 

 楽しかった夏の記憶は、まるで遠い昔のように感じる。

 

「ん? 風鈴? ……良い雰囲気。好き」

 

 遠くから聞こえる風鈴の音。新たな夏の始まりを告げる福音。心地よい風が微かに髪をなで、期待に胸膨らませる。新しい友達と共に過ごす夏の日々が、未知の思い出に満ちていく予感が、胸の奥を掠める。

 

「そうだ、ちょっとアイスでも食べようかな。確かサノちゃんが新作おすすめしてたっけ」

 

 あの三人とは、モモトークでグループを作るくらいには仲良くなれた。

 

 サノちゃんはどちらかというと事務的で、返事もそっけない。でも、偶に赤面する程のえっちな妄想を垂れ流しにし、私に意見を求めてくるとんでもない子だ。しかも今制作しているテーマは、私とナミさんがきゃっきゃうふふしている影で、私がヨミちゃんとメルちゃんに好き放題されてるということらしい。って制作!? 制作してるの!? 

 

 メルちゃんは動画を投下する事が多い。近所のワンちゃんがニコニコと吠えてるものは見てるとほっこりするし、癒される。でも偶に犬の首輪がちぎれて執拗に追い回されることがあるとかないとか。

 その時の焦った映像に音声を付けてモモチューブに投稿しており、中々の再生数を回している。偶に興奮した声が混じるから、BAN率は高めだそうだ。

 

 ヨミちゃんは返信率がとても高めだけど、スタンプを使うことが多い。その代わり、毎回毎回常に違うスタンプを貼り出すから、課金額は相当な金額になっていると推察できる。

 

 その資金源は主にイラストを制作して金銭を受け取っているとのことだった。私も見せてもらったが、繊細で、油絵の様な色使いの画。少女と猫というシンプルな構図を様々な色を使って描き込み、その日の気分や天気によって色使いを分ける作風から、ネットの世界ではかなりの人気を博しているらしい。最近ヒットした絵は、私のお腹の上で寝る猫。自分を絵にされると、照れる。

 

「おっと、あんまりスピードを出したらだめ。そもそもバイクに跨る姿なんて見られたら三人に怒られる。それだけは避けないと」

 

 キヴォトスサイクルから西に向かって真っ直ぐ走り、分岐点を右に曲がり、さらに道沿いに走ると目的地だ。時間はおよそ20分ほど。

 住宅街と住宅街に挟まれた商店街。ここら辺に住んでる人は衣食住をこの商店街で簡潔させるのが殆どだ。

 

 その中には少々古いが、洋服屋さんだったり、私が愛用しているアルジルシのお店があったりと、見た目よりは栄えている。

 

 今日のお目当ては、この商店街の中央にあるスーパーだ。とにかく商品の数が凄く多く、手に入らない物は置いてないと言っても過言ではない。私の欲は全てここで完結する。

 

「んっと、確か名前はゴリゴリさん。あ、今日のおかずも買っとかなきゃ。んー……お魚かな」

 

 冷凍コーナーに向かう途中にある生鮮コーナー。中にはとんでもなく激安なお魚があったりと、家計の強い味方。

 このスーパーはとにかく食品が安い。以前の大セール大会では、パスタ300グラムが10円というびっくり大赤字な施策をやってのけていた。私は出遅れたが、今までの銀行強盗の経験から得たパニックを俯瞰的に見る能力のおかげで600グラムの量を買い込む事が出来た。

 

「お魚焼くくらいなら問題ないかな? でも部屋が臭くなるから嫌……掃除も大変。けど……!」

 

 目の前にある、シャケ一切れ30円という誘惑。しかも今日のはちょっと大きい。

 あと6日間働けないという事は、収入が入ってこないという事。切実な問題。

 この半年で少しはお金も溜まってるけど、決して贅沢が出来る身分ではない。何かあった時に必要だし。

 

「く……4切れ頂く。合わせて120円、安い」

 

 家にお野菜も卵もあるから、これで今日明日の献立は埋まるだろう。

 その足でアイスコーナーまで進む。

 

「あれ? シロコさん?」

 

 呼ばれたので振り返ると、そこには三人の姿があった。

 

「学校の授業を早めに終わらせて、丁度今から連絡して遊びに行こうかとしていたのですよ。お買い物ですか? というか家からここまで結構距離ありますよね?」

「あ、シロコさんもしかしてロードバイク乗って来ました? ふーん、いっけないんだー! まだ安静にしないとダメじゃないですか!」

「おほほ、ヨミもサノも厳しいですわねぇ。ちなみに私はもっと厳しいのですけどね。またむぎゅむぎゅの刑にしてもよろしくてよ?」

 

 ジリジリと詰め寄ってくるかと思えば、三人両手で繋ぎあって私を囲み、撹乱させようとグルグル周囲を回り始めた。不適な笑みの三人の顔が入れ替わる度、私は覚悟を決める。

 もう、逃げる場所はどこにもない。私はまたむぎゅむぎゅの刑に処されるのか。

 

「待って、許して。これは違うの。どうしてもお腹が減って我慢出来なかったの。だってそうでもしないと長い時間歩かなくちゃいけなくて辛い。ぁぁ……神様、慈悲を」

 




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