「シロコさんは、ホラー映画とか苦手ですか?」
「あまり見た事ない……かも。未知の領域」
とりあえず家路に辿り着き、三人を家に招き入れた。
メルはあらまぁヨミったらあれを見せる気なのと、手で口元を押さえながら、手荷物をテーブルの上に乗せ、冷蔵庫に食品を仕分けして入れていく。
サノは溜息を吐きながら手加減してやれよと言い、制服のままエプロンを装着し始めた。もしやご飯を作ってくれるのだろうか。お腹がギュルルだ。
「違うよ〜。でも流石にこの前のは私だってもう見たくないかな。トイレ漏れそうになるし……今回のは新作だよ。それにモモトークで夏の恒例イベント・肝試し・をやろうって話になったじゃん!?」
「あ、そういえばそうだね」
私は怖い物が好きかというと、正直知らないというのが正解だった。
普段は映画とかもそこまで見ないし、特定のジャンルを好んで見るという習慣も無い。アニメやらドラマも、そこまでして見たいと思える作品に出会った事がないだけかもしれないけど。
「で、どんなのを見るおつもりですの?」
「クフフ、クフフフフ」
不適な笑みを浮かべるヨミちゃん。その表情はどこかイタズラっぽい子供のようで、思わず身構えてしまう。一体彼女はこの平和な空間に何を持ち込んでしまったのか。
(^^卍呪卍^^)
「これこれ、肝試しをする前には丁度いいかなって。ちなみにここ数年のキヴォトス映画界でも最高傑作に恐いんだって! えへへ、実は最初私一人で予習しておこうかなと思ったけど、冒頭10分でトラウマレベルに怖かったから諦めて皆で見ようかなって★!」
舌出してへぺろ。ま、仕方ないよね! という茶目っけで場を沈めようとするが、ここであははと反応してるのは私だけだ。
メルは目を見開き静止し、サノは水を出しっぱなしにしながら硬直する。
刻々と時の流れる音と水の流れる音だけが部屋を包むが、居ても立っても居られないサノがもの凄い勢いで水を止め、手をタオルで拭きこちらに這い寄ってきた。その時間わずか2秒。まるで訓練された兵士だ。
「ちょちょちょーちょっと待て! ホラー慣れしてるヨミですらそのレベルなら、私達は発狂するか気絶するかのどちらかじゃないか!? 言っとくが前回のホラー鑑賞会も結構脳裏にこべりついてるんだぞ!?」
「あのオンライン会議で共有したの?」
「そ、そうよ! 私、その日から一週間部屋の電気消せませんでしたのよ!?」
「ふぅ、やれやれ。可愛らしいベイビーちゃん達だぜ」とヨミちゃんは両肩を軽くくすめながら、いそいそとバッグから長いケーブルを出し、家のテレビの背面へと周り込み配線の準備をする。最後まで見れなかった君も十分ベイビーちゃんではないかと疑問を持ったが、何となくまた鼻血を吹き出しそうで喉の奥へと言葉を引っ込めた。
「そんなにヤヴァイの?」
二人がそこまで恐ろしいと言っているのだ。これは流石の私も警戒の色を出しておいた方がいいかもしれない……けど、正直そこまで言われると興味が湧いてくる。
「はい、ヨミが持って来る映画は大体えげつないです」
「違うよ、二人が大袈裟なんだよ!」
「そうかしら? 私、排水溝が怖くなりましたのよ。もう見る度に反応してしまって」
むむー。
夜の肝試しを最大限に楽しむ為にとは言うが、日常生活に影響が出るのは避けたい所。
「それはそうと、とりあえずお昼ご飯がまだと言っていたので今から作ろうと思いますが、何か食べたい物はありますか?」
「え、いやいや諸君、君たちはお客様なのだよ。逆に私がそのエプロンを付けておもてなしをする側なんだ。ゆっくり座ってるといい」
「ですが、癲癇の直後はコンロの火元ですら危険物として見なさなければいけません。以前も発症されたと言っていたので、兆候を感じる事が出来るとは思いますが、万が一です。台所というのは危険が沢山潜んでいます。怪我などされたら今夜行う肝試しに影響が出てしまいますからね」
「そ、そうだね。でもさ、お外で肝試しの方が危険が多いんじゃないかな!?」
「確かにおっしゃる通りです。が、それですと私の任務が達成されない」
よく分からないけど、締切が近いとのことだった。残り一週間で仕上げなければいけないらしい。それならば仕方ない。
「私のやる事が無くなった」
「おほほ、それなら私とゴロンしながらモモチューブでも観ましょうか。この前投稿した動画がとても反響がありましてね」
メルに倣い、ローソファにゴロンとする。
彼女の脇の所に頭が当たってしまったが、そのまま左手で肩を抱き寄せられると、柔らかい胸元に自然と自重が寄りかかってしまう。
この位置は中々快適だ。良い香りがするし、それにメルの声はとても透き通っていて聴心地が良い。子守唄でも歌われたらついつい寝息を立てそうな抱擁感がある。
「あら、すんなりと受け入れましたのね?」
「……快適」
彼女の右手のスマホに顔を向けると、映っているのは動画ではなく私達の顔だった。
「パシャリ一枚よろしくて?」
「このタイミングで?」
「ええ、私の胸に抱き寄せられたシロコさんは格別ですからね。そしてこれを社長に送りますの。そうなったらどう思います?」
「んん……社長なら、案外顔文字一行だけで済ませそう。常に忙しい人だからね」
「うふふ、では送ってみましょうか。そーれぇっ!」
ピロン。とモモトークの通知音が鳴ると、1分後に速攻で社長からの返信が返ってきた。
仕事が出来る人は即返信するとは聞いた事あるけど、これは流石に早すぎだと思う。
「なんて書いてあるの?」
「うふふ、ご覧なさいな」
ーお前は必ず殴る。
ーシロコちゃん私とは寝てくれないのにどうしてその女とは寝るの?
ーどけ、そこの位置は私の位置だ。貴様が居ていい場所じゃない!
ー絶対良い香りするでしょ。ふふん、でもその香りは私が贈った香水の香りよ。別にマウント取ってる訳じゃないけど、憶えておきなさい。
ーちょっと距離近すぎない? 私の女に何をするつもりなの? あとこの前の写真の未加工が欲しいのだけど、早く送りなさい。
ー分かった、乱暴な言い回しだったわね。冷静になるわ。とりあえずいくら払えば良いのかしら。
物凄い文章の連打。私じゃなければ見逃しちゃうーーって待て、この前の写真って?
「スクロールしよう」
トーク履歴を遡って行くと、そこには一枚の写真。
ボタン付きのパジャマが第三ボタンまで開けられており、胸元が大きく広げられている。いつもこういう着方をしているが、こうして写真で見ると妙に破廉恥だなと反省。
顔あたりには猫のヒゲのようなのが生やされており、頬はチークを濃いめに加工。そしてその周りに三人がしがみついており、片手のピースサインでカメラに向かって微笑んでいるのだ。中心の下辺りにNTRという文字付きで。
君達いつの間にこんな事を!
憶えている。確か初めてお泊りをした時、ヨミちゃんの毛繕いが気持ち良すぎてそのままコテンと寝てしまった日だ。
「うふふ、どのように返信致しましょうか?」
「……全部見えてる。と」
もう一度、ピロロンとモモトークの通知音が鳴る。
ー違うの、これには海よりも深い訳があってね。
ーそもそもシロコちゃんが私と寝てくれないからこうなったのよ?
ー待って、物事を他責にするのは良くないわ。今のコメントは忘れて頂戴。
ーこらメルちゃん! このトークは秘密の会議だったはず! 契りを忘れたのかしら!?
ーガガガ。ピー。ワタシ ハ ナミ ノ AI ダッタノ デス。ジツ ハ デカグラマトン トイウ ナマエ。ンァー! クシュンッ!