頭の中で思い返す星空と駅と電車。そしてあの黒野リアという少女。
非現実的であるし、夢と言われればそれまでだけど、私の記憶にはびっしりと彼女との会話が残っている。
カイロスにムネモシュネの仮面。突発的な内容だけど、色彩に触れたという共通の出来事が、意味も無く根拠として膨れ上がってきている。
「シロコさん?」
それに、気になる事が一つ。
世界線の残滓って、何? 私の居た世界の先生が私に残した? 何故という疑問がぐるぐるする。世界線を移動するという事は、またこの世界で何かが起こると先生は踏んでいたのか……いや、違う気がする。
この世界の先生は気付いていないって言ってたけど、根拠が分からない。
しかも、カイロスという人物はそれを狙いに私の元にやってくる。
例えそれが本当だとしても、何が目的でそうしたいのか。それを聞くべきだった。
……考えても分からない事だらけだし、ヒントも無い。まずは並べられた単語を調べてみないと……。
「……ヨミ、サノ。これはもしかして」
また、ここに来たら会えるのかな。
もう時間が無い、力が無いって言ってたから望み薄だけど、定期的に通えばまた向こうの世界に行けるのかも。
「ああ、まさか」
「うん、私もそう思う」
いや、そうとは限らない。声しか届かないはずと言っていたからまた出会える保障なんて無いし……段々自信が無くなってきた。
ダメだダメだ。まずは優先順位を考えないと。
まずは黒野リアについて調べる。トリニティの制服を着ていたから、生徒名簿を見ればわかるはずだ。
あの可憐な見た目をした子だ。顔を見れば一発で判断出来る。
「「「やっぱり連れまわしたらダメだったんだ!!!」」」
「へ?」
しまった、呆けていたから目の前の三人の声に気が付かなかった。
三人は形容し難い表情で私の顔を覗き込み、がっしりと両腕を掴む。
サノは私の前に立ち背中を見せ、ヨミとメルはもんのすごい力で私の両腕をサノの首元に回し、背中の重みを感じたサノは、私のお尻をぐいっと力強く後ろ手で持ち上げる。
あまりの出来事に、両足をサノのお腹辺りに組み込み、落ちないようにと自然と体が前のめりになった。
「メル、ヨミ!! 後ろは任せた!! 全力で走り抜くぞ!!」
訓練を思い出せーー!!!
そう吠えたサノの足は、まるで荒野を駆け巡る猫の様な俊敏さを見せる。傾斜による落下の重力をこれでもかと活用し、壁となって立ちはだかっている木々をかすりもせずにすり抜けていく反射神経と頭の回転の速さ。
下り降りていくと言うよりも、滑り落ちているのだ。足裏の角度を45度に絶妙に維持し、つまづきそうな石や太い枝はまるでジャンプ台。小刻みよく上下に揺れ動くが、地面と接触する際の反動を、膝の力加減だけでコントロールしている。速度は当にロードバイクを超え、最早車で爆走している感覚だ。
「石段が……!」
入り口に差し掛かる。
目の前には一つ目の鳥居と石段。このまま速度を落とさないで滑ったら衝突間違いなし。裏口から帰って来た獣道はここで終わりらしく、残りは階段を下っていくだけだ。
が、サノは迷わない。
背後に着いて来ている二人の瞳にも迷いは無く、今この場で戸惑っているのは私だけだ。
「メル! ヨミ!」
「おーけーサノちゃん! ターゲット計算ーー! 距離オーケー!」
「ターゲット耐久地予測。ふむ、乙女二人の体重も問題無いでしょう」
「よし! じゃあ飛ぶぞ!!!」
そうだ! 飛ぶんだ!!
え? 飛ぶ? 今飛ぶって言った? あいきゃんふらい? ゆーきゃんふらい? のー! あいきゃんとふらい!
私の願いも虚しく、段差に差し掛かった瞬間、サノは膝の反動を使って大きく飛翔した。
圧倒的浮遊感。まさか山道の石段でこんな経験をするとは到底予測出来ない。
「あ……」
学校の三階から飛び降りても、下手したら屋上から飛び降りても怪我だけで済む。
けどここはだめだ。何故かって、真っ暗闇に近い空間で、懐中電灯の明かりは小さい。何より、足元に平面が存在しないのだ。数ミリ間違えただけて着地所が悪くなり、この星の重力を一心に受けながら、石段の力強い表層に体を打ち続けながら転げ落ちる。
けど、結末は運命の通りにはいかないものだ。いや、この場合上手くいってよかったと安堵を覚えた感覚。
まさか靴裏で手すりの上を滑るだなんて、誰が予想しただろう。器用にかかとの先を使い速度をこれでもかと上げている。怖い。
「メル! ヨミ! 付いて来てるか!!」
「当然だよサノちゃん!! このくらい朝飯前だよ!!」
「おほほ、愚問ですよサノ」
普通に皆予想しててビビってる私がぽつんと一人。
あれ、これって日常風景だっけ? 愚問か……。
「地上に到着!!!」
いつの間にか、私達が駐輪していた麓まで来ていた。
一つ、理解出来た。下山する時は今度から手すりを使おう。まさかあれにライディング機能が付いてるなんて思わなかったよ。
「シロコさん!!! シロコさん大丈夫ですか!?」
サノが頭を撫でながら私を胸に抱き寄せる。
あまりのジェットコースターっぷりにどう反応したら良いのか迷っただけなのだけど、どうやら彼女達の目の前に映る私は病み上がっていない病人らしい。実際そうなのだけど。まぁ、この位置は居心地がいいから大人しくしておこう。
「ぐっっっ!! 調子が悪そうだ。メル、ヨミ。フォーメーションHで自宅まで走破するぞ。何、ただ両足からロードバイクに変わっただけだ。出来るだろう?」
「当たり前だよサノちゃん。忘れるもんか!」
「またもや愚問ですわねサノ。忘れる訳ないじゃないの」
一体何が始まるのだろう。
うんうん、病人は横に寝かせるのが正解だからね。私を横にして?
ほうほう、三人が一直線に並んで? メルとサノが私の両端を片手で支えて、中心にいるヨミが両方の手で私の重心を持ち上げると。
はいはい、走り始めたね。ヨミなんて両腕離して運転してるね。どんな運動神経してるんだろう。君、大人しそうな図書委員だと最初は印象持ったけど、前言撤回というかちょっと待ってえええええええ!!!!! 流石にこれは怖い怖い怖い!!! フォーメーションHって文字の事なの!? 病人をそんな感じで運搬しちゃダメじゃない!? サノもいい調子だって言って速度を上げないで怖いから! こんな体制5キロでも怖いのにもう50キロ出てるよ!? 確かに早く着くけど怖い怖いーー!!!!
ーー
ーー
「さぁシロコさん、安静にしてください。ベッドに横になって、一度目を瞑りましょう」
心霊を超える恐怖体験をしたからなのか、家に帰って鏡を見ると、想像以上に憔悴し切った私の顔が映し出された。
銃弾は、当たれば痛い。でもそれは、当たると分かっているからこその痛みであり、耐えれるのは心構えが出来ているからだ。
でも、自分をコントロール出来ない状態だと話は別。意思が介入しない危険は、脳内で前提条件が作れない以上、5倍以上の痛みが来る。
「……うう、眠れないよぉ」
「な!? ヨミ、ヨミ!」
「了解、強制睡眠を執行するね。メルちゃんオイル持ってる?」
「愚問ですわ!」
うう、今度は何をするんだろう。もしかして無理やり気絶させるとかかな。それだと怖いな。痛いの嫌だな。
ぴちゃりぴちゃり、水気の音が耳元から聞こえる。この香りは……ハーブ? エッセンシャルオイルかな。
行きますねと、ヨミの声が耳を通ると、上の獣耳に暖かい感触が広がった。
慣れた手つきで獣耳をマッサージするヨミ。親指は根本をなぞり、人差し指は耳の先端を撫で、意識を上へ上へと向ける。
彼女の手は魔法だ。無意識に何回か体がピクンと反応するが、段々と意識が遠のき、すやすや夢の中へと誘われる。
もっと考え事をしたかったけどーーすやぁ。
抗えぬ、抗えぬのすやぁ。