早朝、私はナミさんの事務部屋まで赴き、ひたすらに自分が元気だというアピールをすることにした。
家で療養して一週間。キヴォトスロードレース大会まで後残り二週間。
実はこっそりあの三人とロードバイクには乗っていたのだが、それでも全力の練習が出来ていた訳ではない。
それに、あの大口神社でのカイザーの動きも調査している。ナミさんにも報告しようと進言したのだが、三人は迷惑になるから黙っておこうと頑なに快諾しなかった。
何かあるのだろうか? 疑問は積もるけど、人には触れちゃいけない部分がある。
「ほら、見て見て。腕こんなにぐるぐる回せる。これは元気な時しか出来ない」
「ほんとーに?」
「もっと早く回したいけど、それだとここで大きな砂嵐が起きてしまうから……残念」
「ほんとーーに?」
「今の私なら同時に五人のお客さんに対応できる。その間にお掃除だってナミさんの肩揉みだって出来ちゃう。今の私は数日休んで無敵の体力を持っているの。これは凄い事」
「ほんとーーーに?」
「しかも、今なら特典付き。好きな時に私のこの獣耳を触り放題。いついかなる場所でも可。大丈夫、ヨミちゃんから触り心地は保証して貰ってる。上物だって」
「ほんとーーーーに?」
「むぅ、疑り深い。それならメルちゃんに撮って貰ったいくつかの写真を付ける。皆、家に遊びに来てたの」
それで手を打とう。
いくら元気アピールをしても首を縦に振らなかったナミさんがすんなりと受け入れた事から、あのモモトークでの真実味を噛み締めた。
彼女らは裏で取引をしていたのだ。いひひいひひと薄ら笑いを浮かべ、私の写真を餌にメルは莫大な富を、そしてナミさんは色欲を貪っていたのだ。
恐ろしい! これが続けばきっと要求は段々とエスカレートし、終いには私の身の回りの物に手を出し始めるだろう。
「ってシロコちゃん。どうしてヨミはあなたの獣耳の価値を担保出来たのかしら。気になるわ私」
「それは……えっと、うんっと」
「ん? どうしてそこでモゴモゴするのかしら? 何か隠している事でも?」
「えっと、隠してる訳じゃなくてね」
「うんうん、それでそれで?」
「その……ヨミちゃん、とっても上手なの」
「な!?!?!?」
しまった。
言葉選びを間違えた。
どうしてこう、重要な場面ではいつも口下手になるのかな。
ぁぁ……ナミさんの瞳は黒く染まり、光を遮っている。
「ナミさん? デザートイーグルを閉まって。違うの、言葉を間違えたの」
「シロコちゃん私を止めないで。いいのよ、突発的な言葉は真実。そりゃあ女の子が四人同じ部屋に集まればやることはひとつよね?」
えっとそれは違うんじゃないかな。
く、色欲に染まってしまったナミさんを救わねば。
ーー
「んもぅ、何よ何よ! 私だけ除け者にして皆で楽しんじゃってさ! 私だってシロコちゃんと一緒に寝たい! 一緒に遊びたい!! お互いの髪のお手入れとかしたいし一緒にカレーも食べたい!」
「でもナミさんいつも忙しいから」
「そりゃ社長ですからね!? くっそー……くっそー!」
「今度、一緒にバーベキューでもしようよ。にしても最近本当に仕事しかしてない。どうして?」
「ロードレースよ。今年は参加者が多くてね……良いことだけど、事務処理が本当に多くて大変なのよ。飲み物もそうだし、仮設テントや休憩所も作らないとだからね。機材の準備も必要だし。ああ、今回メディアを呼ばなくて本当に正解だったわ」
「それならやっぱり私の力が必要。現場は私に任して、ナミさんはデスクワークに集中して」
あの三人の言う通り、ナミさんにカイザーの事を報告するのは酷だ。ただでさえ本命のロードレースの仕事があるのに、問題事に巻き込まれて時間を消費させるのは気が引ける。
とりあえず、彼女の机に一杯のお茶を入れる所から私の仕事はスタートだ。
机の上には色々な紋章が散りばめられている。ゲヘナ、トリニティ、百鬼夜行。果てはクロノスまで。他にも私が知らない学校の紋章がずらりだ。
その中に、アビドスの紋章は見当たらなかった。書類の山に埋もれているだけなのか。
以前の私はロードレースみたいなのは参加しなかったから、興味が無くて申請などはしていないのかも。
「今回学生が少ないのよね。最近はそこまで流行りでも無いからかな……それに、広告も全然出して無かったし。ま、今回のでそれなりに利益が出るから良いけど」
「参加費はいくらなの?」
「10万よ」
分かった。
参加しないのではなく出来ないんだ。料金が高すぎる。
そもそも、体を動かして風を感じて気持ちが良いから乗っているだけ。
「ナミさん、それは高すぎるよ。学生には手が出ない金額」
ーー
ーー
ロードレースまでは時短営業もあって、15時には業務の全てが終わる。
明日から本格的に練習に入る予定ではあるが、運動熱心な私は夜ご飯の時間までしっかりと走りまくるのだ。
そう、あの三人と一緒に。
「メルちゃん、お待たせ」
「おほほ、お仕事お疲れ様ですわ。あの二人は今アイスを買いに行ってますから、しばらくベンチに座りましょうか」
やはりお家がスポーツ衣料品を取り扱ってる会社だからか、身なりは高級品ばかりだ。
ビンディングシューズは履き慣れてる物ではあるが光沢を醸し、くびれを強調するサイクルスーツはクローバーのマーク。しかも地味に一番高いモデル。
いいな。
「暑いですわね」
太陽の光がジリジリと体温を上げ、体は内部の温度を下げようと内側から水分を吹き出し、おでこから複数の水滴が地面に影を付ける。
蝉が夏を彩る絵の具のように色を広げ、漣の誘惑が風と共に頬を撫でる。
この土地に来て、初めての夏。
いかにもな夏の風景は、郷愁的で、穏やか。
「暑いね。日陰に移動する?」
「……いえいえ、普段そこまで太陽に当たる生活をしてなかった物ですから。その分も当たっておかないといけませんわね」
「外に出ないと!」
「うふふ、本当にそうですわね。夏の風景はこんなにも美しいのに、どうして私達は部屋にずっと居たのでしょうか?」
遠い目で、そう語る。
どういう意味だろう?
三人が共通してふと見せる、過去を視るような瞳。
「おーい! お待たせー!」
コンビニの袋に色々な物を詰め込んだサノとヨミが、はしゃぎながらロードバイクを走らせてくる。
メルはその声を聞いた瞬間、いつもの顔に戻り、私に微笑みながら手招きをする。何事もなかったように、いつもの日常に戻る。
次回の更新は、また書き溜めをするので間を開けます!
今回は割と多めに間を開けます! 良い作品にしたいので、お時間頂きますね。