始発点から青春駅へ   作:3ご

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第二十九話

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 彼女、よく笑うようになった。

 あの三人と会ってからもだけど、最初の頃に比べたら表情も柔らかくなったし……憑き物が取れたみたいに内側の感情を表に出すようになった。

 最初はあんなに子犬みたいに怯えていて、眉を顰めて上目遣いで警戒する仕草をよく見せていたのに、今ではその面影すら見せない。

 

 それはきっと、私が彼女に対して間違えたからだと思う。

 

 だって、どうしようも無かった。抑えられる訳がないもの。

 

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 ──透き通るような寒い空。星雲が瞬く夜光の下で、私は彼女と出逢った。

 

 あれは確か、空が赤くなった日から一週間過ぎた辺りだ。

 

 夜遅くお店で仕事をしていると、監視カメラに黒い影が映っていると通知が来た。人の敷地内に侵入者がいると判断した警報ロボットが、警備システムを作動させたのだ。

 

 2年前に買ったオンボロなアパート。ロードバイク選手権の合宿所として使う予定だったが、こんな辺鄙な所に寝泊まりするよりは少しでも都市部のホテルに泊まりたいと思うのは当然で、未だに住んだ事のある人は一人だけ。

 

 そんな所だからか、たまに指名手配犯などが彷徨き、雨風を凌いだり勝手に棲家にしたりと面倒事が絶えない。

 

 所詮、今回もその手合いだろう。

 

 良い機会だ。新調したデザートイーグルの威力を見せつけ、ヴァルキューレに突き出してやる。

 

 仕事のストレスを発散出来る大義名分を手にした私は、沢山のマガジンをベルトに取り付け、颯爽とロードバイクに跨る。真冬の西海岸は内地に比べ、数段と気温が下がる。道路は凍結し、タイヤをスタッドレスにしないと転倒することなんてザラだ。

 

 そんな場所だから、あまり人も住もうとしない。だから犯罪者みたいな余所者がここに流れてくる事も少なくはない。

 だとしても、自分が所有している家に勝手に上がり込むなど言語道断。

 鉛玉を何十発と打ち込まれても文句は言わせない。

 

 職場からそのアパートまで飛ばして10分。

 少し遠くにバイクは停め、銃を片手にアパートまでこっそりと近づく。

 

 すると、遠目に見える大きな黒い影が、アパートの部屋の扉の前でご丁寧にも膝を抱えてうずくまっていた。大方この手の輩はドアを蹴飛ばしたり無理やりこじ開けたりして中に入るものなのだが、今回の相手はそうではないみたいだ。

 

 何、扉の修理費用が掛からないだけまし。やる事は一緒。身体中を痛めつけて、跪かせて謝罪させて、体を縛って牢屋に送り込むだけだ。

 

 足音を立てないように、ゆっくりと歩いて近づく。

 

 どこかから盗って来たか分からないオンボロなフード付きのジャケットを深々と被り、気温が低いからか、息と肩を震わせる。

 見た事の無い黒を基調としたヘイローは一部が欠けており、普通の人では無いのは丸わかりだ。

 

 馬鹿な奴。この時期にこんな所を逃亡先にした自分を呪うがいい。

 

 ──対象の頭の上に、銃を構える。

 

 動くな。動くと撃つ。

 残念だったな。ここは私の敷地、お前は不法侵入者だ。

 抵抗しなければ、痛い目は合わせない。いやごめん嘘かも。ムカつくから数発殴るわ。

 

 体の震えが止まり、フードの奥からちらりと瞳を見せた後、息を大きく吸い込む声が響いた。

 

 ──っく。

 

 息を止めた瞬間、彼女は私の銃を構えている手首を掴み、どうにかしようと力を込めてくる。

 まるで氷の様に冷たくなっている手。か弱い力では私の片手を動かす事など出来ず、狼狽えていた。

 なんとか必死に銃を奪おうとしているが、冷え切っている体ではどうする事も出来ない。

 その手を振り払うように、私は銃の手に思いっきり力を込めて上下に動かすと、対象の人物は後ろに大きくのけぞり、背中を打ったのか呼吸が苦しそうだった。

 

 そのまま、フードを取って素顔を見せなさい。でないと脳天に鉛玉をぶち込む。

 そう脅すと、まるで諦めた様に肩を落とし、そいつは諦めたように渋々とフードに手をかけ始めた。

 顔を無理やり見せるように命令し、相手の戦意を奪う。尚それでも抵抗するのなら、今度こそ銃で応戦する。

 

 いつものやり方。いつもの展開になるかと想像していた。

 私は、その時思いもしなかった。神様は存在している事。そして、神様はとても残酷だと。

 

 ──月明かりが通路に差し込み、その対象の顔に月光が当たる。

 

 色の抜けた様な銀色の、腰まで伸びた髪。

 黒と白の虹彩に、碧色の瞳。

 天に向かう獣耳と、どこか儚そうな表情。

 

 思わず、手に持っていた銃を地面に落とす。

 だって、あなたのその顔、表情、仕草全てが──。

 

 帰って来てくれた?

 あれは嘘だったの?

 夢と現実の境目が曖昧になる。私はまだ、目を覚ましていないのだろうか。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。このまま目を覚ましたくない。ずっと夢で良い。だから──。

 

 彼女の足元まで駆け寄り、弱々しく倒れそうな体を抱きしめる。

 その感触も、全く同じだった。私に青春の道標を教えてくれた、小さな頃からずっと一緒にいた彼女に。手に取ることさえ叶わなくなって、思い出の中でしか逢えない彼女に。

 

 最後に会って話したのも、こんな星降る夜だった。

 

「あなたは誰?」

 

 急に抱きしめられてこんな事を聞かれたからだろう。彼女は非常に混乱していた。

 が、それと同時に私が敵じゃないと判断したのか、急速に体の力が抜けていく。

 もう何日も飲まず食わずでここまで来たらしい。とりあえず私は彼女を背中に背負い、一旦店まで戻った。

 

 毛布を体に巻き付け、温かい飲み物を準備する。

 お湯が出来上がるまで少し会話をしようと、ソファーに座らせた。

 やっぱり、明るい所で見てもそっくりだった。思わず胸が苦しくなる。

 

「あなたは誰?」

 

 行き場もない、自分の事も明かそうとしない。教えてくれるのは名前だけ。そしてその名前も、長い熟考の末にやっと一言、か細い声と共に空気に漏れただけ。

 私は誰?

 そんな、子供でも大人でも簡単に答えれる言葉を、彼女は泣きそうな顔で懸命に搾り出した。

 

 ──砂狼シロコ。

 

 名前が違うだなんて、当然だ。だってこの子は彼女じゃ無いのだから。

 

 そっか、シロコって言うんだ。可愛い名前だね。言ってくれてありがとう。

 とりあえず、温かい物でも飲もうか。

 

 灯油ストーブの上で温めたやかんが自己を主張するように湯気を放ったので、大きめのマグカップに粉末を入れ、すぐ口にしやすいようにわざと冷気を通してお湯を注ぐ。

 雪模様の刺繍が入ったココアを手に渡すと、彼女は目を大きく見開き、私に視線を向けた。

 

 どうしたの? もしかして……ココア嫌いだった?

 彼女は首を横に振る。

 そして、恐る恐る口を近づけ、一口喉に通すと、よっぽど冷えていたのか唇から真っ白な吐息が漏れた。

 どうしてだろうか、彼女は何度もココアを口にする度に、虚空を見つめながら大粒な涙を頬に伝わせた。

 その姿も、そっくりだった。

 

「どうして泣いてるの?」

「ん……美味しい。美味しくて、ついつい……かな?」

「そ、もっと飲んでく?」

「いいの?」

「ええ、ついでに面倒も見てあげようかしら? あなた、ロードバイクは好き?」

 

 私は、間違っているのかもしれない。

 けど、辛い現実を見るよりかは、少しでも希望の夢を見たいと思うはいけないこと?

 

「……好き」

 

 

 

 

 

 

 




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