「ナミさん、おはよう」
「あらおはよう。今日も綺麗ね。そういえば、ロードレースの練習は順調? 残り二週間切ってるけど」
「えっへん順調に決まってる。バトンを渡すタイミングもバッチリ! あの三人は本当に息ぴったりだよね」
朝。
駐輪場に愛車を繋ぎ、エナジードリンクを片手におはようの挨拶をするのは日課だ。
荷物をロッカーに入れ、ドリンクの残りは冷蔵庫で冷やす。そしてパソコンで勤怠を押す前に身だしなみのチェックを鏡で確認する。
服装は基本自由。が、勿論派手な格好はダメだ。私はいつもストレッチの効いたスキニーパンツに、カジュアルな半袖シャツという出立。ナミさんはその辺とても緩い考え方で、ロックスターじゃなければ何でも良いだそうだ。
「でも、どうして別の学校に行ったのかな。……喧嘩とかかな? 今はあんなに仲良しなのにね」
「……きっと、色々あったのよ。青春ってそういうものでしょ?」
以前もそうだったが、ナミさんは彼女達の過去の事になると途端に伏目になる。
それか、急に話題を変えたりや用事が出来たりと、何かから逃げる様に忙しくなったり。
「そうだシロコちゃん、あなたって甘い物好きだったよね?」
「うん、乙女の端くれとして嗜む程度には大好きかな。じゅるり」
「昨日お客さんがね、お礼にってクッキーを持ってきてくれたの。お昼のティータイムのお供にしよ!」
彼女達と同時に、恐らくナミさんにも関係している事だろう。思い出したくない記憶に蓋をしているような、近づかない様に遠ざけている感じがする。
それなら、無闇に聞くのは憚られる。自分で調べるしかなさそうだ。
「うん、楽しみ。じゃあ店内の掃除からしてくるね」
ーー
ーー
大口ミコト。
私と同じ顔を持った、謎の生徒。
抜き出したトリニティの生徒名簿には入ってなかったし、ロードレースに出場した以外の情報もネットに転がって無かった。
サノだけミレニアムに進学しているという事は、もしかしたら彼女もミレニアムの生徒かもしれない。まずはそこから情報を洗い出していくしかなさそうだ。
だから、どうにかして事務室に行ってパソコンに繋いであのデータをもう一度吸い出さねばならないのだけど。
「事務室は特にセキュリティとか監視カメラも付いてないし、中での作業は簡単。この前の作業の時パスワードも教えて貰ったしログインするもの問題無し」
問題は、いつナミさんの目を盗んで入るかだ。
彼女は勿論毎日いるし、ずっと仕事をしている。
社長室と事務室は別ではあるけれど、お店の鍵は社長室にある。どうにかして入りたいが、ナミさんに事務室に行きたいから鍵ちょうだいなんて言えやしない。
金庫管理の為に社長室の鍵は私も持ってはいるけど、お金関係以外で部屋に入る展開が思いつかない。
まずは探りを入れてみよう。
「ナミさん、そう言えばあの生徒名簿の事務作業はもういいの?」
「ん? ああ、まだ若干残ってはいるけど、そこまで急ぎの作業じゃないの。そもそも不正防止の為だからね、あの三校はそんなことしないだろうし、重きは置かないわ」
「そうなんだ。結構量残ってたから大変なのかなって」
むむ、今まであの部屋に入って仕事をするなんて展開そこまで無かったから適当な言い訳が思いつかないぞ。
それならば作戦を変えるしかない。
今現状の私の優位性と言えば、この店舗の施錠管理を任されているということだけだ。つまり、中には入り放題何でもし放題。が、店舗のセキュリティーを解除するとその履歴も残る。理由が無ければただの怪しい行動。
「このクッキー美味しいね。全部持って帰っていい?」
「強欲過ぎない?」
ーー
ーー
今日はロードレースの練習も無しの日なので、久しぶりに残って作業をする。
チェーンのサビやハンドル部分のゴム割れ、タイヤの空気圧やら何やらを確認していると、時刻は夜7時になっていた。
ナミさんも連日のタスク処理で体に疲れが来ているらしく、今日は早めに帰るのだそう。
「遅くまでありがとね」
「ううん、この作業好きだから大丈夫。それよりもナミさん疲れてない? 顔に疲れたって書いてある」
「あら? ……そうね、もうやることいっぱいで大変。寝る時間も削ってるし、倒れそう」
「それはいけない。ほら、帰ろう。ね?」
「むむ、確かにそうね……無理しても仕方ないか」
両肩を揉み揉みし、帰宅の催促を促すと、渋々と貴重品をバッグに詰め込み始めた。仕事用のノートパソコンもバッグに放り込んだから、きっと家に帰っても働くつもりだろう。
「ナミさん、明日はお昼までゆっくり寝てていい。朝は私が開店作業する」
「……お言葉に甘えようかしら。ふふ、あなたも成長したわね。本当に助かる」
「いいの、私にはこれくらいしか出来ないから。その代わりなんだけど、このクッキーの残りは全部持って帰っていいよね?」
「強欲の塊過ぎない?」
お店の施錠管理をし、裏口から二人で出る。
「蒸し暑いわね〜」
「海風が吹いてるから、走って汗を流せば涼しくなる」
あなたは若くていいわねと、彼女はロードバイクに跨り、首元にネックスピーカーを巻く。
一曲目はいつも同じだ。熱くなった銀のハート。導火線に火を付けられる。
出勤前にそれを聞きながら走ると色々とぶち上がるらしい。つまり、今からまたぶち上げる気満々という事。
「じゃあまた明日」
ーー
ーー
ーナミさんごめんなさい。
ーどうしたの!?
ーお店にお財布と家の鍵忘れちゃったみたい。
ーぁぁ……それは可哀想に。
ーこれじゃ晩御飯も食べれずに餓死してしまう。由々しき問題。
ー早く取りに行きなさい。あと、クッキーの数は残り37個だったわね?
ーどうして数えてるの!? く、目的が……!
ー今日何個食べたっけ?
ー3個
ー嘘つけ10個食べたでしょ!
ーぅぅ……。
ー鍵は持ってるわね? まぁ報告は受けたから入っていいわよ。戸締りは忘れずに。
モモトークを閉じ、目的の場所まで移動する。
社長室のドアを開け、店内フロアに入る鍵と事務室の鍵を拝借する。
「上手く行った。後は迅速に動くのみ」
ロッカーにわざと入れておいた財布と家の鍵を取り、目的の事務室まで足を進める。
中に入り、以前使ったパソコンを起動させてる間、ナミさんにモモトークを送信。
ーあった! 帰る!
ー気をつけてね。
ーありがと。朝はゆっくりしてね。
罪悪感はあるが、仕方の無いことだと割り切る。
「ん、USBは持ってきてないから直接調べるしかない」
目的のアプリケーションを開き、生徒名簿の全検索項目をクリックする。名前を入力すれば一発で見つける事は出来るが、あくまで応募してきた学校からだけだ。
「大口……ミコト」
検索結果:1件
名前の欄をクリックし、詳細画面に入る。
いつものデザインの中に写ってる写真。そっくりそのまま今の私を写したような見た目をしている。
世の中には似ている人が三人はいると言われるが、こうもそっくりだとは。……いや、若干獣耳の形が違う。目元に泣きぼくろがあるし、目尻も若干鋭い。
でも、他人からすれば双子だと言われても違和感は無いだろう。
「学校は……え? SRT特殊学園? 部隊は……ウルフ小隊」
右側の主な活動リストに、そう書いてある。
それだけならまだいい。けど、一番下の項目に赤文字で書いてある言葉が私の脳内を響かせた。
──20xx年。大口ミコト率いるウルフ小隊以下三名は現地に到達後、以下作戦の遂行を命令する。
テロリストによる大規模爆風爆弾:MOABに匹敵する爆発物の処理、回収。
装備品、及び後方支援をカイザーコーポレーションが担当する。
17:00分、ヴェアヴォルフ作戦を開始。
17:50分、通信障害発生。
18:00、爆発物の処理に失敗。
18:02、MOAB爆発。地下施設、及び人工島消滅。
20:00、回収部隊到着。ウルフ小隊の回収に成功。
隊長である大口ミコトは爆発の衝撃に身体・精神共に耐えれず、ヘイローが完全に破損。
20:05、死亡とみなす。