「サノちゃん、そこのコーナーはもっと角度緩めれる?」
「了解です。やはり攻めすぎましたね……」
キヴォトスロードレースまで残り一週間。
私達は最後の追い込みにと、山道のクリップロードまで足を運んでいた。
メルに頼んだ装備は調達に数日掛かるとのことだったので、今はロードバイクの練習に集中する。これが本懐なのだけどね。
「ヨミちゃんは全体的に80%をキープする事。体力は無限にある前提だけど、本番は緊張もあるからね」
「分かりました。ちなみなのですけど、ゴールまでの時間は大体何分くらいを想定してます?」
「50kmあるからね。大体1時間掛からないくらい」
ロードレースにも色々ある。
今回のレースはそこまで規模は大きくない所謂ワンデーレース。冬は数日に別けて行うらしいけど、夏はこのワンデーレースだけだ。
「うへー! でしたら結構密集しそうですね。距離感の把握が難しそう」
「そう、そこでメルちゃんの出番なの」
「私ですか?」
……彼女達の履歴が脳内にチラつく。
以前、参加しているはずだ。でも、今は知らないフリをしている。
そこにどんな意図があるかは分からないけど、私が知っていたらおかしい事。
「まぁ、これを見て」
「モモチューブ?」
百聞は一見に如かず。
ロードレースで鬼門な部分は、全部といえば全部だが、最初のスタート地点で如何に前の方へと躍り出るかだ。
乗り始めてスタート地点までは1.5キロ。
その間に周りをよく観察し、すり抜けるルートを構築する必要がある。
一周目の戦いは、そこに集約されると言っても過言ではない。
「あ、この動画知ってますよ。ふひひ、若いですねぇ。私達の年齢だった頃があの人にもあるんですね〜」
銃火器の使用が許可されているのは二人目のバトンからだ。
モモチューブ内で流れている動画の中には、片手にショットガンを構えながら必死にペダルを漕いでいる生徒の姿。
背後のスナイパーに狙われているのを把握しているのか、ジグザグにブラシながら最高速度を維持している。
何発も銃弾を交わすと、そのまた背後から更に速度を早めた一人の生徒が追い上げ、二人を追い越す。
その生徒は背後に目を配ると、機体を一気に持ち上げウィリーにさせ、そのまま半回転。慣性の法則を利用し前進の力を弱めずに背後の生徒に視線を合わせると、腰に据えてある二丁のデザートイーグルを取り出し、マガジンが切れるまで彼女達に打ち込む。
その勢いに押された二人の生徒はそのまま横転し、失格。
デザートイーグルの持ち主は機体を正常の向きに戻すと、二丁のマガジンを道路に捨て、腰にある新しいマガジンを前方の宙に浮かせる。そのまま二丁の銃をそのマガジンに向けて振り込み装着させ、指で回転させながら腰のホルスターに戻し、ハンドルを握り込み更に速度を上げ続けた。
神業。
その時代、キヴォトス中のあらゆるロードレースを蹂躙した猛者。
黄泉ナミの学生時代の姿だ。
「普通のレースはタイムアタックを競う。チーム戦でもそれは同じなの。数分毎にそれぞれスタート地点から走り出して、ゴールまでの時間を競う。その間にも沢山の頭脳戦があったりと駆け引きは多い」
「風除けとか色々ありますからね」
「そう、一般的なレースならね。でも、このキヴォトスロードレースは一味違うの。簡単に言うと蹴落とし合い。数人のチームはエースをアシストするのではなく、バトンという形で道を繋いでいくの」
「まるで格闘ゲームのような物ですわね」
「怪我上等。直接手を出すのは無しだけど、二周目からは銃火器の使用が許可されてる。もし転けたら道路に身体中を打ち付けられ、後続のロードレーサーのタイヤの餌食になる。とってもとっても血の匂いが濃いレース」
「メルちゃん大好きじゃん。はっ!? まさか出番ってそれのこと!?」
意図は……伝わってなさそう。
「つまり、後続になればなるほど周りのドンぱちに巻き込まれる確率は高くなる。そうならないために、一周目をメルにしてより密度の低いトップ勢に躍り出るという作戦ですね?」
「ん、、そう言う事。以前のレースを見てると、皆どうやって周りの人間を銃で撃ち落とすか。しか考えてないように思える。それを最大級のスピードで置き去りにするの。争いは時間の無駄」
よかったサノには伝わってた。
ヨミは口笛を吹きながら「理解してたもんね」と目線を右斜めにし、メルは「あらやだんもう」っと赤面している。
「二周目は、サノにお願いしようかな。この中では私の次に速度が出せる。けど、バランス能力を考慮するとこれが一番ベスト」
「直線的なコースですね? 私の出番です。後続が来てもこのスナイパーで撃ち抜いて見せますよ」
「いや、今回は竿物は負担になる。ハンドガンで十分」
デザートイーグルは流石に反動が大きすぎるので、普通の銃だ。
あれをレース中に扱えてるナミさんはやはり化け物。
「三周目はヨミちゃんに任せる。ラストは私」
「了解です! ひたすら坂道のコースですね。ふひひ、鉄の心臓をお見せ致しますよ」
ヨミは本当に体力お化けだ。
私はまだ、本格的に息が上がってバテた彼女を見たことがない。
以前、私含め四人で体力が尽きるまで走り込みをするという練習を行ったが、楽しかったですねと言ったのは彼女だけだ。
「ヨミちゃんには地獄の坂道をお願いすることになるけど……」
「へ? ふふふ、大丈夫ですよ。私は傾斜90度まで対応が可能なので!」
それは坂道とは言わないんじゃないかな。
壁だよ。
「ヨミ、壁走りが得意だったからな。今でも出来るか?」
「うーん、高さによるけどねぇ。メルちゃんには負けるよ」
「あら? 私は横でしたら30メートルくらいですけど、縦は精々5メートルくらいですわよ?」
「あれそうだっけ?」
はははと和やかに笑い合ってる三人。
私が知らないだけで、最近の乙女達の会話はこんな感じなのだろうか。世の中広いな、勉強になる。
ーー
ーー
「大まかな作戦は以上だけど、何か質問はある?」
夕日が沈みかけの海を背後に、ロードバイクを脇道に止め、近くの鉄格子の前のベンチに四人で座り込む。
一番端っこがメルで、私の両隣にはサノとヨミだ。
どうしてか、いつもこの配置になる。
メルはどちらかというと加わると言うよりも眺めている、俯瞰して見ている感じだ。
「はいはい!!」
だから、こうして積極的に手を挙げてくるのは珍しい。
「じゃあメルちゃんどうぞ」
彼女は立ち上がると、胸に手を当て大きく息を吸い込み、空に向かって声と共に吐く。
一度、背後にある夕日に視線を向けたあと、横目で私に瞳を流し、二歩三歩と大きくわざとらしく足を進め、私の正面へと振り向き直した。
ヨミとサノは、何かに気付いたようだ。
姿勢を正し、瞳を真っ直ぐにメルに向ける。
「優勝賞金の事ですが」
彼女は優勝する気満々らしい。それは私も同じ。
そういえばそこら辺を考えてなかった。単純に山分けか、それか頑張った三人だけで使ってもらうか。
「私、入りませんの」
「へ? いらない?」
「その代わり……!」
ベンチに座る私から視線を外さず、両手の指を前に絡まし、しおらしく頬を赤面させながら小さく口を開く。
「私のお願いを、一つ叶えて欲しい」
「お願い……?」
すると、私も私もと、両肩に居た二人も立ち上がり、私の前に陣取る。
メルは先に言わせるなんてずるいと言いながらも、どこか儚げで嬉しそうな顔。
「私達もお金いらないかも。その代わりさ、私達三人のお願いを一つ叶えて欲しいなぁ」
「ええ、私も二人と同意見です。お金よりも……そっちが大事ですから」
三人のお願いと言った。
もしかして、話し合っていたのだろうか。
「ふふ、違いますわよ。ヨミとサノとは長い長い仲ですから。きっと悟ってくれたのですよ」
「ああ。それに、私もどこかのタイミングで言うか迷ってたしな」
「でも、お願いは断っても構いませんよ。……出来れば叶えて欲しいですけどね!」
「ん……どんなお願いかによる」
それは教えられませんと、断られてしまった。
でも、三人が一緒になって言うのだから、きっととても大事な事なんだろうと思う。
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