全速力でロードバイクを漕ぎ、彼女達の元へと向かう。
普段なら動いて火照る体温を拭い去る涼しい風も、綺麗な星空を映し出す夜の暗闇も、海の匂いさえ鬱陶しい。
焦燥感が胸元を覆い隠し、脳裏に浮かび上がったのはどうしてかアビドスの皆の顔だった。私はまた、おかしな繰り返しをしようとしている? もっと正面から聞いておけばよかったと後悔しているの? そんな疑問が何故アビドスの皆に繋がるのか、混乱している。
早めに連絡しておけば。
最後に別れる時、無理矢理にでも一緒に付いて行っていれば。
吐きそうになる。
「はぁ、はぁ、はぁ……とりあえずハンドガンはある。これで……いや、敵はカイザー。けど、のんびり準備なんてしてられない!」
分からない。
分からない。
どうしてこんなに不安なのだろう。
真っ暗闇の中を、小さな灯りだけで不安の中突き進む展開が、皆がいなくなった後の事を思い出すから?
今は彼女達の事を最優先に考えなきゃいけないのに、どうして皆が死んだ後の姿ばかり思い浮かべるのだろう。
ーくふふ、ミコトちゃんに逢えるの楽しみだなぁ。だって、あの作戦が失敗してから一度も逢ってないんだもの。冷たいよね。顔くらい見せてもいいのに。
ーこらヨミ、SRTの特殊回線でも無いのにそんな作戦がーとか書き込むんじゃない! 我々は秘匿部隊なんだ。その意識をだな!
ーサノの発言が一番危ないですわよ。
ーむ、そうか……まぁいい。ミコトが戻ってくれば、こんな日常だって尊く感じるさ。また戦場に赴いて過酷な日々を過ごす事になるんだからな!
ーん? サノったらまたまた。ウルフ小隊は前回の作戦で解体したじゃない。欠員が出て──欠員が出て。えっと、私は何を考えているのでしょうか?
モモトークで存在しない人と会話をする。
この感覚、昔に感じた事がある。
ー欠員? メルちゃん、欠員なんて一人も出てないよ? しかもウルフ小隊が解散って……あれ? 解散、したよね?
ーメル、きっとお前は疲れているんだよ。あの時の作戦で失ったのはたった一人だ。私達の家族で、命と天秤に掛けてもいい程の大切な人。なぁミコト? そう思わないか?
ーですわね。うん。あの時無様にも生き残ったのは私達三人だけですもの。ミコトが死んで、私達は生きるのを諦めようとした。だから早く逢いに来てください。
ーくふふ、変なメルちゃん! 折角ミコトちゃんが戻って来てくれたのに勝手に殺すなんてさ! もう……天国に帰しちゃいけないんだから。
最後。
ホシノ先輩との戦闘が終わった後、皆は何かが弾けたように狂っていった。
その時と似ているんだ。
「今、行くから」
大口神社に到着し、石段を駆け上がる。
ハンドガン一丁だけだが、多少なら手榴弾もある。それにあの職員達くらいなら体術で対処出来るし、そもそも正面からでも気付かない可能性だって高い。
ー明後日のレースの後、皆どうされますの?
ーそんなの決まってる。浴衣だって用意しているんだ。腹も空かせてるだろうし、屋台でたらふくフランクフルトを食べるぞ!
ー浴衣関係無っ! 絶対ケチャップ飛び散って後悔するよ!
ーサノ、せめてわたあめとかにしませんの?
ーあんなんで腹膨れるか! ミコトだってたこ焼き延々と食ってるだろうしいいじゃないか。
ーくふふふ、ちっちゃな頃思い出すね! 確かにミコトちゃんずっとたこ焼き食べてたよね! 懐かしい……。
ーたこ焼きもそうだが……私は忘れもしないぞ。掬った金魚を川に放流していたのを。
ーあったあった! ありましたわねそんなこと! ミコトいくら言っても効かないんですもの。生態系が破壊されるからやめなさいと何度も注意したのに!
ーミコトちゃん、それは私達も同じだって言って聞く耳持たなかったよね! 私達はこれからこの金魚の様に生態系を破壊していく存在になるんだと。狼の名前を貰った時からさ。
彼女達のグループトーク。
記憶の混濁と願望が見られ、胸が締め付けられる。
一体どうしてしまったのだろう。ナラム・シンの玉座があったくらいだ。何があっても不思議じゃ無いけど、こんなのは初めてみる。
まるで、誰かに記憶をいじられたような。
ーなぁミコト、いつになったら逢えるんだ? 目を閉じるとお前のヘイローが砕けてる映像が出るんだ。苦しいんだ。無敵のお前が居ないと私達は誰にも勝てないし、いつまでも弱いまま。
ーねぇ知ってる? 姉さんがね、今回の大会は夢を描くって! ミコトちゃんが描いた夢の通り、特大の花火だって上がるんだよ!
ー星を見て、夢を見る。ミコトが言っていた青春の足跡として最高の思い出になりそうですわね。
ーー
ーー
賽銭箱の昇降口に辿り着くと、以前来た時と同じように鳥の鳴き声が聞こえ始めた。恐らく、私が来た事を感知しているだろう。つまり、存在と方法が向こうにバレていると言う事。
それならば話は早い。
マガジンを取り出し、弾倉を確認しもう一度はめ込む。スライドを引き、いつでも撃てる準備だけはしておく。
「私がやらなきゃ」
しばらくすると、モーター音が聞こえたと思ったら賽銭箱がゆっくりと下降し始めた。
剥き出しのエレベーターみたいに幾つもの鉄骨が断続的に流れた後、−1Fと書かれた標識と共に扉が現れ、そこで停止すると勝手に扉が開く。その向こう側には沢山の警備員やオートマタが待ち受けていると構えたが、誰一人として出迎えも無くただ静寂がこだまするだけ。
「みんなっ!!」
反響する声。
反応しないシステム。
「罠……かな。でも早く行かないと」
廊下を歩く。
時折中のブースに顔を覗かせたが、人っ子ひとりおらず、もぬけの殻。そもそもセキュリティも掛けられておらず、鍵は開けっぱなし。
まるで、夜逃げした後みたいだ。私達の潜入がバレて、それで基地を移動せざるを得なかったとか? 有り得る。
くり抜かれた空間の中にある階段を駆け下り、警備室を抜け、もう一度エレベーターに乗る。
なんと無くだが、皆はきっとあの空間にいるのだろうと勝手に思い込んだ。
「無事で居て……お願い」
チタニウムに包まれた無骨なデザインの通路を走り抜くと、多次元解釈エンジン室のネームプレートの扉の前に出た。
空気を飲み込み、深呼吸して扉をスライドさせる。
相変わらずの赤煙が周囲に漂っていると思ったら、その中心には皆の顔と、知らない、銀色の面を被った大柄な人物。
「メルちゃん! ヨミちゃん! サノちゃん! 返事をして!!」
私の声が届いているのか届いていないのか、虚空を見つめる彼女達の代わりに、背後にいた人物が代わりに声を挙げる。
「初めまして、砂狼シロコ」