始発点から青春駅へ   作:3ご

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前章
第一話


 夢を──見ていた。

 

 真っ白な曇り空から降り注ぐ小さな白い粒達は私の体温を容赦無く奪い取り、口元を震えさせた。辺りを見回しても誰もいない。あるのはどこか知らない学校の校舎だけ。自分の記憶を辿ってみても今いる地域の名前も知らないし、それに、悠長にのんびりしている時間も無かった。とにかく暖を取らないと凍え死んでしまう。

 

 夢を見ている。

 私がまだ、アビドスに入学していない時の夢。

 目の前から歩いてくる二人に懐かしさを覚える俯瞰した私は、まだ狼の余韻が抜けていない私を必死に止める。

 

 ──思い出す。

 

 そんな必要はなかったんだった。

 だって、目の前の先輩はとても強くて、勝負を何度も仕掛けても勝てない相手だったんだ。

 

 この時の私は、寒くて不安で自分が誰かも分からなくて、お腹が減ってた。

 そんな私の事情など露知らず、目の前の人は容赦なく攻撃の手を緩めることはなかった。全く歯が立たなくて、身体中痛くて、ボロボロだ。

 

「いやぁ、ちょっと乱暴だったかなぁ」

 

 ちょっとどころではなく、とても重たい一撃を入れられたので、指の一本すら動かない。意識はあると伝えようと彼女に目線を傾けようとしたけど、それもどうでも良くなってしまっていた。

 この時の私はどこか欲しているようで、実は諦めていたのかもしれない。それが生きる事なのか、それとも目の前の強い人には何をやっても無意味だという虚無を感じていたのか。

 でも、何かを察した彼女は私に名前を聞いてくれた。自分が何者なのかを忘れていた私に、自分が誰かをと言うのを与えてくれるみたいに。

 

「……シロコ。砂狼シロコ」

 

 声も、上手く出すことが出来なかった。

 口が悴みすぎて、舌が上手に回らない。そんな私の言葉を聞いて、彼女は私に聞こえるように、吐息を外に向けて吹く。

 自分が何者なのか聞かれた。どこの学校の子? ここで何をしているの? どうしてそんなに薄着なの? 当然、私は何も答えられない。答えようとも、寒くて、お腹が空いて体温が下がって、口も自由に動かす事が出来ずに意識も朦朧としてきた。色々な質問も、私にとっては死への子守唄だ。

 

「とりあえず……中入ろっか、シロコちゃん」

 

 ふわりと、首元に柔らかさを感じた。青が基調の、十時の刺繍が入ったマフラー。

 甘い、どこかで嗅いだことのある香りが顔を包む。それはまるで、私には別の記憶があるのかと錯覚させるほど懐かしくて、思わず動かなかった右手で感触を確かめたいと思うほどだった。

 

「あたたかい」

 

ーー

ーー

 

 急に意識を失っていたのか、気がつくと見たことのない天井。

 さっきの戦闘で受けた痛みがジンジンと身体中に鳴り響いたが、手足は嘘のように軽く、肩まで掛けられた大きな布のおかげか、寒さで悴む部分は無い。

 

「あ、起きた」

 

 灯油ストーブの前で暖を取っている人が二人。

 上に置かれたヤカンが自らの存在を主張するように湯気を放つと、出来た出来たと髪の長い子が戸棚からカップを三つ取り出す。

 食器の並ぶ音とストーブのオイルの匂い。嗅いだ記憶がないのに何故か懐かしさを感じるのは何故だろう。そんな疑問が最初に思い浮かんだ。

 

「いやぁ〜ごめんねぇ〜。今の所用意できるのがお茶とお菓子でさ〜」

「もう、こんなことになるなら沢山の食料を備蓄しておくべきでしたね!」

「そりゃぁそうだけどさ〜。私達には途方もない借金があるからね〜」

「そんな時にこのゴールドカードがあるんですよ! ほら見てください! この沢山のお菓子!」

「おっとノノミちゃん、それは使わない約束でしょ〜!」

「って、分かってますよ。これはホシノ先輩が密かに隠してたお菓子です!」

 

 そんな馬鹿なと口を開きっなしになっているホシノ先輩と言う人をよそに、ノノミと呼ばれた子が一つのカップにパックの粉末を入れ、少し高めの位置からゆっくりとお湯を注ぎ始めた。

 冷気を通しても感じる甘い香り。灯油ストーブからパチパチと出る、火の音。ホシノ先輩とノノミのじゃれ合う声。ことりとヤカンを置く音がなったら、こぼさないように両手でしっかりとカップを持ったノノミが私の前までやってくる。

 

「はい、どーぞ! ……えーっと、シロコちゃん! 飲める? 持てる? 飲ませてあげよっか?」

 

 ホシノ先輩も興味津々と私に振り向き、にこりと口元を緩ませ、猫が鳴くように自然と口から声を出すと、そのまま詰め寄るようにベッドに腰を掛けてきた。

 

「何も毒なんか入ってないよシロコちゃん! とにかく身体の芯からあったまらなきゃね!」

 

 動くようになった両手を指を動かしながら、そっとカップに両手を添える。

 これはーーココアだった。ミルクの入った、雪を連想させる刺繍が表面に散らばる。 

 

「ありがとう」

 

 恐る恐る、カップを口元に近づけ、一口。

 もしかしたら、実は私はもう何日も口に入れていなかったのかもしれない。香りが口の中いっぱいに広がり、熱々にとろけた甘い液体が冷え切った喉の奥を通り過ぎる。冷え切った心を暖めるような、内側にあった暗い感情も洗い流されるような。

 

「うへぇ〜、どう? そのココア美味しいでしょう〜! 近所のスーパーに新しく入ったーーってええええええ!? どうしたのシロコちゃん!?」

「へ?」

「へ! じゃないよ〜! あ!! もしかしてノノミちゃん変なの入れたの!? まさかこの展開で!?」

「ええええええ!! そんなことする訳ないじゃ無いですかあああ!! ってほらシロコちゃん!! ハンカチハンカチ! 涙拭いてください!!」

 

 自分でも、どうしてこの時こんなに泣いてしまったのだろうと、今でも不思議に思っている。

 敢えて言うならーーそう、この時貰った物は、ココアだけじゃなかったってことだ。

 

「ん……美味しい。美味しくて、ついつい。かな?」

 

 

 

 

 

 

 




ちょいちょい改稿していきたいです。
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