始発点から青春駅へ   作:3ご

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第四十六話

 時が流れると、消えてしまう事がある。

 

 それは、些細な日常のひとかけらの幸せ。目の前にいる人は当然明日もそこにいるし、会話もしてくれるし、一緒にお弁当も食べてくれる。何だったら前日の学校が終わった後の楽しい出来事を笑顔で聞いてくれるし、説得すれば銀行強盗だって一緒にやってくれるのだ。

 

 ──銀行強盗が幸せの時間だったの? 

 

 うん、だってスリルが沢山あってドキドキするし、お金だって手に入る。それに対象は表に出れない黒いお金を扱ってる闇の銀行だったし、弱者に高い金利で貸し付ける悪党。痛い目を見るのは当然。そのお金は結局貰えなかったりしたけど、何だか楽しかった。でも、それが幸せに繋がるかは分からない。

 

 ──消えてしまう事って?

 

 皆と過ごした、あの時の温かい感情。心。

 引き摺り過ぎて、すり減って元に戻せない記憶。私は、まるでスマートフォンに記録された写真のようにいつでも思い出せるものだと思ってたけど、実際は全然違ったの。思い出そうとする度に頭が痛くなって、呼吸が荒くなって、心拍数が増えて汗が出てくる。

 この世界に来てもそれは変わらなくて、私なんかがこの世界の大切な皆と会っていいのかって。会ったらきっと皆は優しいだろうし、受け入れてくれる。でも、それは……私自身の皆の思い出と対面しなきゃいけなくなるの。そうしたら、また苦しくて、胸が詰まる。

 

 ──銃を向けられるかもしれないと思ってたのに?

 

 どうして向けられないと思っているの? 

 もしかしたら、別の世界で私は皆を助けようと必死になってるかもしれない。当時アビドスは権利関係で揉めてた事もあって、沢山動き回っている最中でもあったから。別の世界線の私ならその事を気にかけて、何処かのタイミングでアビドスの皆を助ける展開だってあるかもしれないけど……私には、出来ない。

 

 ──違う、違うよ。

 

 違う? 何が違うの? どうして私は私自身の問いに否定が出来るの? 

 私は皆と会ったら否定されるかもしれない。ましてや最初は敵として現れて、その後謝りもしないで伸う伸うと生きてる。

 きっと、皆に会ったら警戒されて、敵意を持たれる可能性だってある。この世界の私は私の事を受け入れてくれたけど、皆は……受け入れてくれる……きっと。

 

 ──矛盾してるね。どっちなの? ううん、もう答えは出ていた。それはあの三人を見てから、私は私の感情に気付いたんだ。もし……逢えない人にもう一度逢えたならどうなるのだろうって。操られた三人を見て確信したんだよね。銃を向けられるかもしれないって言葉は、自分に対しての方便なんだもの。

 

 そう……だね。

 

 ──確かに、別の世界の私なら皆に会って、一緒に色々な問題だったり面倒な事だったりを解決したり。ホシノ先輩にもう一度勝負を仕掛けたりとか、ノノミと一緒にまったりお菓子を食べたり、セリカと同じバイト先に勤務してみたり、アヤネと借金返済について議論したり……この世界の私とツーリングしたり。失った青春を取り戻したくて沢山動いて、最後はお腹が減って皆で柴関ラーメンに食べに行くの。

 でも、この世界の私は違うよね? ほら、言ってみなよ。

 

 私が言うの?

 

 ──勿論、私が言うの。

 

 ……私、私は。

 

ーー

ーー

 

 頭が重い。

 その下に体重を掛けられている両手は痺れて感覚が半分くらい麻痺している。まるで自分の手じゃないみたいなその腕を前の方へとずらし、机と頭をくっつけさせて、両腕で熱くなったおでこを冷やす。

 ずっと眠っていたのだろうか。意識はまだ夢と現実の境目。窓から溢れてくる心地よい風と、遠くから聞こえてくるセリカのツッコミ。彼女の籠った声を聞くのは何だかとても久しぶりで、涙腺が刺激される。

 

「ん……あれ、今何時?」

 

 ポケットに入っているスマートフォンを取り出し、時刻を確認。

 開け放たれたこの部屋には、誰もいない。あるのは差し込む夕日と、私のカバン。真四角にくっつけられた机とホワイトボード。無造作に置かれた銃と弾丸。

 

「16時。今日は特に何も用事は無いけど」

 

 セリカだけじゃない。皆の声も聞こえる。

 ホシノ先輩の撫声と、ノノミの張り切ってる声。セリカの激しいツッコミと、アヤネの呆れる声。

 思わず重たい体を無理やり動かし、その声の場所まで走る。

 廊下は走っちゃダメと書かれた掲示物。昔からあるサイクリング部のポスターに、砂が入り込んだ廊下。窓から差し込んだ影の形。ずっと知っている光景なのに、妙に懐かしく感じ、思わず足元がほつれてしまう。

 

「っとと、砂で滑りそう。えっと……あった、家庭科室」

 

 一旦深呼吸し、静かにスライド扉を開ける。

 そこにはエプロン姿をした皆。そしてその前には様々な食材が置かれていた。

 牛肉……は買えないだろうからあれは豚肉だろう。そしてじゃがいもとにんじん、玉ねぎと、スーパーで買ったであろうカレールー。横には炊飯器があり、もう炊きボタンは押しているのか、赤く点灯している。

 

「んもーぉぉぉぉ!!! シロコ先輩遅い! 何寝てるのよ本当!」

「こらこらセリカちゃん。シロコちゃんだって疲れてるんだからゆっくり寝かせて上げてもいいじゃない。その分おじさんが頑張るから、許しておくれよぅ」

「そうですよセリカちゃん! お腹が減ってるならお菓子だってあるんですから、そんなに当たり散らしちゃダメですよ〜!」

「セリカ、分量間違えてる。水は600」

 

 アヤネの鋭い指摘にハッと目を大きく見開き、鍋の中の水をお玉で吸い上げシンクに捨てる。

 

「何よ何よ! 私が何もかも全て悪いって言いたいんでしょ!? 遅れたら怒ったっていいじゃない! あとホシノ先輩は何もしてない!」

「ん……ごめんセリカ。寝過ごす先輩なんて情けないよね。あと何もしてない先輩も」

「ちょっと!? 私に全部の負の感情を乗っけないでくれる!? 実はちょー許してるの! はいはいいいからいいからエプロン付けてくださいね!」

「言われたい放題だよ〜ノノミちゃ〜ん」

 

 ノノミの胸部に埋もれるホシノ先輩を背に、いそいそとエプロンと三角頭巾を身につけ、サラダの準備に取り掛かった。

 レタスは小さく一口大にカット。プチトマトは食べやすいようにヘタを取り除き、人数分均等に分けていく。

 

「調理実習がやりたいって言ったのはホシノ先輩なんだから、つまみ食いだけしちゃダメですよ〜!」

「だって〜冷やしたプチトマト、甘くて美味しいんだもん」

「先輩」

 

 白光に反射したメガネをくいっと上げ、コツコツと早送りしたような足音を響かせホシノ先輩に詰め寄るアヤネ。気迫に押されたのか、ノノミは先輩を生贄に差し出すようにアヤネの前へと突き出す。

 

「ひ、ひぇ〜! ノノミちゃんの薄情者〜!」

「ホシノ先輩……冷蔵庫の中のトマトの数が合わないのはそれが理由でしたか」

「違う、違うんだアヤネ。いや違わないかも。何を隠そう冷蔵庫の中のトマトを食べたのは私だ!!! だって小腹が空いて餓死しそうだったんだもん!! 好きにするといい!!!」

 

 四人の声が入り混じり、家庭科室は喧騒を極めた。

 こうやって皆で騒がしくするのも案外好きだ。私は普段は寡黙に過ごしているけれど、決してうるさいのが嫌いな訳ではない。

 普段関わらない人と話したりするのは少し苦手なだけだし、それにアビドスの皆と過ごす時間は私の世界の全て。生まれ故郷で、皆は家族同然だ。

 

「ん、鍋沸騰してるよ。かき混ぜないと水が溢れてコンロのお掃除が大変に──」

 

 手元のレタスから皆の方へと振り向く。

 急に水の音が大きくなり、窓から漏れる風の音が強くなった。もしかして天気が悪くなった?

 違う、皆の声が無くなったから静かなんだ。元々、皆はまだ帰って来てない。私はここにずっと一人で、あの時の様な思い出を振り返ってるだけ。

 

「……早く帰って来ないかな」

 

 鍋の火を止め、カレールーを入れてゆっくりとかき混ぜる。

 一人では到底処理し切れないカレーを作っては、結局余らせて数日掛けて食べる事になる。

 もうこんなのは辞めようと自分に何度も言い聞かせたけど、この家庭科室で料理している時や、対策委員会の教室で過ごしている時間だけは嫌な気持ちを忘れる事が出来た。

 だって、そこにいる自分は皆を待っている自分になれる。生まれ故郷で、ただいまと言える場所なのだから。

 

「一人で銀行強盗しても、何も楽しくない」

 

 ──自分の問いかけにやっと答えを見出せたね。何の為に稼ごうとして、誰の為にお金が必要だったのか。

 

 皆の居場所と──あの時の時間が尊かったから。

 私で居られるあの場所に居る事が出来て。皆と過ごしていると、私はどんな事に驚いて、どんな事に心を動かされるのか知る事も出来て……。自分自身が何者なのか分からない私でも、私の事を理解する事が出来た。

 

 ──尊い時間は、もう取り戻せない。

 

 怖いんだ。

 

 ──皆との時間が、消えそうだから。

 思い出と、現実の皆が一緒になってしまったら……。

 

 私はまだ、受け止め切れていないんだ。

 きっと、これからもずっと。

 

 

 

 

 

 

 

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