始発点から青春駅へ   作:3ご

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第五十話

 明かりを消し、寝静まってから一時間後。

 麻酔薬が効いているのか、ベッドの上で物音を立てても微動だにしない三人。すやすやと寝息を立てながら、無邪気で可愛らしい寝顔を晒す。

 時折居なくなった人の名前を呼んでいたり「行かないで」と口に出したり、夢の中でも思い起こす程のトラウマを抱えていたなんて知りもしなかった自分に恥を感じる。1ヶ月あんなに私に構ってくれていたのに、私は彼女達の事なんて何も理解していなかったんだ。

 年相応に甘えたくて、人との距離感に悩んだり、新しい事に胸をときめかせる。そんな普遍的な日常が急に壊されて、右に行こうにも左に行こうにも道のりが閉ざされていて、どうすることも出来なかった。

 

「助けるから」

 

 サノの持っていたバッグの中身を漁ると、ここのセキュリティキーが一つ。そしてハンドガン一丁とマガジンが複数個、私のスマートフォン。洗面所に脱ぎ捨てていた私服に着替え直し、まずは連絡が来ていないかを調べる。

 

「5時、ナミさんから連絡が来てる」

 

ー起きた? 今日は頑張ろうね!

 

 今の状況と普段の日常の会話の温度差に思わずクスリと笑みが溢れた。

 今カイザーの基地で割と絶体絶命のピンチと言えば彼女はどんな反応をするだろうか。まず疑って信じないだろう。いや、ナミさんなら一発で信じてくれるかも?

 

「返信は出来ない。その前に色んな所に緊急連絡をしないと」

 

 まずはヴァルキューレだ。

 緊急連絡サイトが常設されており、そこで通報用の電話番号だったり、報告用のメールアドレスが掲載されている。

 電話はなんだかんだで状況を説明する時間だったり、場所の指定などで相手にメモを取らせる時間だったりと緊急には向かない。今は迅速に駒を進める時。メールで詳細を書き、すぐに発信。

 

「信じてくれるかどうか微妙な所だけど、私の名前を入れればもしかしたらすんなり通るかな?」

 

 そして最後、シャーレ。

 先生への直接的な連絡先、モモトークのアカウントは忘れてしまったけど、この公正な連絡サイトからのアクセスでも充分先生の耳へ届くはず。

 シャーレの加護があればきっとこの地も守ってくれるだろうし、ナミさんや三人の事も何かあった時に守ってくれる筈だ。

 

ー先生久しぶり。

 急にこんな連絡をしてごめんなさい。ただ、ピンチの時に頼れる人は先生かなって。なんだか利用してるみたいで気が引けるけど、きっと先生ならって。

 今、私の目の前には「ナラム・シンの玉座」がある。それがどういう意味をしているかまだ理解出来ないけど、きっと危険。すぐに調査をした方がいい。

 場所は添付するマップ情報を参考にして。

 

「これでよし。早くここから出よう」

 

 先生に連絡するのが久しぶり過ぎて、打ってる指も少し震えた。

 私もまだ心の整理が付かない事が沢山あるけど、それ以上に彼女達の方が大事だ。打てる手はどんな事でも打っておかなければ。

 

 セキュリティをかざし、扉を開ける。

 扉の先にあったのは真っ白な壁。下から間接照明を焚き、長い廊下に敷き詰められた民族チックな絨毯。まるでお高いホテルの廊下の様な見た目だ。ここに来た時はこんな階層は無かったと思うが、別の施設だろうか?

 

「階段を見つけないと」

 

 壁伝いに歩いていくと、右側に大きくくり抜かれた箇所を発見。

 中に入ると、そこには上に続く階段のみ。フロアマップの掲載も特に無く、蛍光灯の灯りも薄らと気持ち暗め。

 静寂の真っ只中。コツリと小さな足音を踏み締めては、反響音の大きさに空間の歪さを感じる。そこには誰もおらず、私一人だけ。

 しばらく階段を登っていると、人一人通れるくらいの扉があった。セキュリティも何も無いその扉は鍵もかけておらず、道も無いため迷わず開く。

 

「あ、ここ……地下四階か。上にナラム・シンの玉座が見える。ってことは脇に上に登る階段があるはず」

 

 が、事はそう上手くは行かない。

 私が脱走する事を予想していたのか、円伝いの脇にあった階段は頑丈なシャッターが下ろされており、今の装備では突破するのは困難を極める。

 壁をよじ登ろうにも取っ掛かりがない平面だ。

 

「この先の警備室を抜けるしかない」

 

 向かい側にある警備室まで向かう。

 何故か無人だ。というか、上を見回しても人っこ一人いない。皆逃げたのだろうか。

 

「玉座を越えないと上ヘは躍り出れない……行くしかない」

 

 監視カメラを管理する人も、警備員さえいないこの状況。どう考えてもおかしい。人手が足りないのならドローンの徘徊や警備ロボットなど沢山の選択肢があるのにも関わらず、無人を選択したのには理由があるのだろうか。だってカイザーだ。お金なんて腐るほど持っている。

 警備室の中に入り、周辺を探る。

 物の位置はこの前のと同じで、特に変わりは無い。

 とりあえずノートパソコンを開き、メールだけは確認しておく。1分もかからない。

 

「パスワードはこの前のと同じ……よし開いた」

 

 

ーーーー

 

件名:事業撤退のお知らせ

 

従業員各位

 

お疲れ様です。

 

本日は、重要なお知らせがございます。このたび、当社はプロジェクト:クロノスからの撤退を決定いたしました。これは、想定通りの実験結果が得られなかった事により、プロジェクトの継続が困難と判断したためです。

この決定に至るまで、様々な選択肢を検討し、慎重に議論を重ねてまいりましたが、最終的に事業撤退が最善の策であるとの結論に至りました。皆様には、これまでのご尽力とご貢献に深く感謝申し上げます。

 

事業撤退のスケジュールは以下の通りです。

 

最終出勤日:20XX年X月XX日

 

なお、今回の事業撤退に伴う人事面での対応についても、現在詳細を検討しております。皆様の雇用や配置に関しては、できる限りの配慮を行い、別途ご案内いたしますので、しばらくお待ちください。

 

今後の対応について不明点や不安な点がございましたら、どうぞ遠慮なく上司や人事部までお問い合わせください。皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。

 

最後に、これまでクロノスの成功のために尽力してくださった皆様に改めて感謝の意を表します。今後とも当社の他の事業においても変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。

尚、機密情報漏洩の為、本プロジェクトを口外した者の命の保証は無いものとします。くれぐれもお気をつけ下さい。

 

何卒よろしくお願いいたします。

 

カイザーコーポレーション

 

ーーーー

 

「プロジェクトの撤退?」

 

 私というプロジェクトの要がのこのこ敵の本拠地まで来て、尚且つ捕縛までしたというのに、辞める理由が見当たらない。

 

「万事解決……な訳でも無さそうだけど」

 

 警備室を抜け、エレベータに乗り上階のボタンを押す。

 当然だが主電源はまだまだ生きている様だ。静音性の高いエレベーターはゆっくりと上階まで上がり、扉を開く。そこには何度も見たチタニウムを剥き出しにした宇宙船の様な通路。小窓から赤い光が漏れ出ており、その姿は変わりがない。

 小窓の奥には何があるのかと顔を覗かせたが、あるのは赤煙のみ。演出? それとも冷却装置から漏れ出た水蒸気? 多次元解釈エンジンだ。基盤やメインCPUを冷やすのにも莫大な冷却機能が搭載されててもおかしくはない。

 

 セキュリティ端末を操作し、扉を開く。

 これで三度目だ。

 ここは敢えて足音を大きく鳴らしながら部屋へと入る。白く輝く床に、見慣れた紅線。赤煙の奥に人影が見えたからだ。

 恐らく、相手も私がここに来る事を予想していたであろう。仁王立ちで私を銀の仮面越しで睨み、微動だにしない。

 

「私は誰だ?」

 

 突拍子も無い言葉を吐き出したと思ったら、両手で顔を覆い始める。

 禅問答なら別の時間にして欲しい。

 

「私に聞くの?」

「ああ、君なら私を知っているかもと思ってね。でも、そうだ……私はカイロス、カイロスなんだ」

 

 リアがこのカイロスは偽物だと言っていたのを思い出す。もしかして、本物のカイロスはまだ別のどこかにいる? こいつが偽物なら……被害者だ。

 

「あなたの目的は何。世界線を移動して何をしたいの」

「私の──私の目的は……世界を移動して……見つける……こと? 待て、これは誰の記憶だ。あぁ─ぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」

 

 獣の様な唸り声が響き渡ると、背後の扉が開く音がした。

 そこには武装した三人の姿。流石にあれだけの麻酔薬では足りなかったのか、虚な表情も浮かべる事なく力強い瞳で私を捉える。

 

「ミコト、勝手にどこかに行ってはダメですよ。部屋に戻りましょう?」

「勝手に居なくならないでって言ったじゃないか。どうしてだ」

「ミコト……ちゃん。寂しい、寂しいよ。どこにも行かないでよ。お願いだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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