三階にある時間・空間室へ戻る最中、円柱の吹き抜けから下を眺めると、玉座の下一階の方で蠢く人物の影を見つけた。あれは間違いなくカイロスだ。何やら地面の一部から生え出ているキーパッドに数字を打ち込んでいると思ったら、今度は地面の中央の方から小さな円柱の筒が湧き出て来ていた。
「何を出しているかは知らないけど、このまま好きにさせるつもりはない!」
学校の屋上を思い出す。
グラウンドの地面の距離より少し低めの高さ。けど、土と違って合金性の地面だから、着地時に発生する多少の痛みは我慢しなくてはならない。
「ふっ!!!」
プールの飛び込みが如く、頭を地面逆さまに向け、両手に握り込んだハンドガンを突き出し重力に身を任せながらカイロスのいる場所まで一気に距離を詰める。
上から降り注ぐ弾丸の雨霰と銃声の反響音。急な奇襲に気が動転したのか、銃弾が降る方向とは逆の方に逃げ込む様に筒の裏側へと隠れる。私はそのまま銃を撃ち続け、地面すれすれの所でくるりと体を前方に捻り、頭をさらに逆さまに戻しながら両足でしっかりと着地。と、華麗に決まる筈だったのが、足の踏ん張りが思ったよりも働かなかったのか、膝と脛の間の骨を強く地面にぶつけてしまった。
まずい、基本的な動作すら覚束なくなっている。空中時の奇襲も多分一発も当たってないし、腕の突っ張りも効かなかった。やはり、三人との戦闘でのダメージがデカ過ぎる。
「カイロス……諦めて出てきて。今なら殴打三発で許してあげるから。ぁあごめんやっぱ四発。いや五発? とにかくいっぱいは殴らないから──」
筒の影からいきなり長くて太いムチのような物がしなる。あまりの速さに上手く反応が追いつかず、片手で防ぐのがやっとだ。が、あまりの衝撃に身体中のバランスを上手く取ることが出来ず、そのままムチのしなる方向へと吹き飛ばされてしまった。
何度か身体がバウンドした後勢いを殺す事なく壁に打ち付けられ、呼吸が出来ずに数秒蹲る。
これは戦闘だ。試合みたいにルールがある訳がない。ダウンした所で追撃が止まる訳ではないのだ。真っ暗闇の視界の中、痛みを我慢する為背中に意識を集めていたが、無理やり前方の光景を視界に入れる。
まさに今二本目のムチが頭上から振り下ろさんとしている場面。天に向かって腰を突き出し、両手両足に全力を込めて一気に反動を付け逃げ出すと、触手の振り下ろしは空を切り合金の地面がへこむだけであった。
そのままの勢いで両足をしっかりと地面に付け、飛び散ったハンドガン一つを拾い、そのムチの正体に向けて照準を合わす。
「奇襲には奇襲を」
筒の裏から生えている六本の機械型の触手は蛸の様にゆらゆらと舞ったと思ったら、今度は下二本が地面に突っ張るように直立の状態となり、本体を宙に浮かせる。中央には小さなコックピットの様な座席があり、そこには銀の仮面・カイロスが鎮座していた。
触手はどんどん質量を増やし、とうとう一階の空間と同じ長さにまで伸びる。
「ウルフ小隊を倒したか。いくら50%の能力しか発揮しないとは言え、SRT特殊学園史上、最強の部隊だぞ?」
「あれで50%は化け物だね」
「やはりお前は生かして野放しにするのは危険だな。仮面の力が効かないのは崇高な存在だからか?」
「私には頼もしい味方がいるの」
銃を構える。
左側の壁際には吹き飛ばされた衝撃で手元を離れたアサルトライフルとハンドガン。マガジンは腰に据えてある限りだ。飛び降りる際に一気に撃ち放ったから残りのマガジンは二つ。本体の残弾は0。タイミングを見計らってリロードしなければならない。
「君は、やり直したいとは思わないのか?」
「やり直す? ……何を」
「違う世界から渡り歩き、本来居るべき存在にも認められている。ドッペルゲンガーではあるが、過ごしたかった時間を謳歌出来る。また思い出を作れる。それが出来るのに何故やらない? 何が君を思い留まらせるんだ?」
「……まだ、答えは出てない」
私の言葉に苛立ちを覚えたのか、一本の触手が私目掛けて水平にうねりを見せる。
頭を下げ間一髪でそれを避けると、今度は逆の方向から同じ様に払い除けるように触手を二本しならせて来た。一本は片足でなんとか飛び越えそのまま飛翔。手元のハンドガンのマガジンを下方に落下させると、そのまま腰にあるマガジンに手を伸ばしボディに装着。照準を合わせて二発撃ち込んでみる。
「届かない……!」
恐らく自立型AIを搭載している機械だ。発砲してからガードという順番だと必ず操縦者に致命傷を与えることになる。じゃあどうするかというと、単純に様々な戦闘データを学習させるのだ。いかなる場合でも対象に銃を向けようものなら一本か二本かの触手が操縦者の身を纏い、発砲する前に完全防御状態に入る。それでも操縦者は触手に搭載されたカメラを使い視界を確保し、標的をなぶり殺しに出来る。
そして、対象が一人の場合、攻略の糸口は容易に決まる。
二本目の触手が私の身体を勢いよく跳ね飛ばすと、野球のボールの様に二階に持ち上げられてから急速に落下。地面に叩きつけられる衝撃に受け身を取ることが出来ず、片腕に全体重が乗ってしまい、骨の打ち付ける音と同時にパキリと乾いた音が片腕の中で鳴り響く。
「あぐっ……」
握力は僅かに残っているものの、前腕から肩にかけて全くと言っていい程力が入らないし、感触もしない。まるで体の半分が自分のじゃない何かを背負っている感じだ。
「もう諦めたらどうだ?」
相手は無傷。こっちは重症。
武器も……さっきの攻撃で銃身が曲がってしまっている。ここから床に落ちているライフルまでは距離がある。すぐに取りに行きたいが、両足の踏ん張りが思ったよりも重たい。というか正直立ってるだけでやっとだ。
「やだ。私は絶対に皆を助けてここを抜ける」
返事を待たずに次の一手を飛ばしてきた。
上空から勢いを付けて叩きつける為か、三本は宙で静止し、一本は本体を守る為にコックピット全体を覆い、もう二本は私を挟むように両端でゆらゆらと不気味に揺れている。カイロスの姿が若干見えているのは、きっと慢心しているのだろう。相手は手負の獣。弄んでやる気だ。
「だからこそ、チャンス」
じっとしていては格好の的。先手必勝。まずはこちらから動きを起こして撹乱させる。
武器は一つだけ、腰に据えてある最後の手榴弾。抜くタイミングも投げ込むタイミングも一度切り。けど考えてる時間も戦略も無く、出たとこ勝負。
「ふー……」
息を大きく吸い込み深呼吸。吸い込む度に背中が酷く痛むが、耐えるしか選択肢は残されていない。
肺いっぱいに息を吸い込んだタイミングで体全体の力を抜き、ゆっくりと前のめりに体重を預け傾斜45度になった瞬間──右足の力を振り絞り前方へと一気に踏み込んだ。
速さの反応が遅れたのか、約一秒後に動き始める触手達。まず一手は右側の触手が大きく薙ぎ払うように私に迫るが、頭部に当たる瞬間、左足を曲げ右足の後ろに置き、身体を一気に地面へと落としスライディングさせ避ける。その勢いのまま状態を起こし両足をさらに踏ん張ると、今度は後方から左側の触手が迫って来た。そのまま力を込めた両足を軸に垂直に蹴り飛ばし大きく飛翔。弧を描く様に後方の触手を避け宙返りし、地面に着地した反動を使い一気に本体まで迫る。
危機を感じたのか宙で待機していた三本の触手の内、二本が私目掛けて覆い被さろうとする。体積は私の数倍はあり、今さら進路を変えようとしても避け切れはするが、どっちかの足が巻き込まれて再起不能になるだろう。
が、ここにチャンスがある。地面に衝突するタイミングで所狭しと隣り合う計算で打ち付けようとしているのか、まだ今の段階では若干の隙間が見える。
僅かに身体を宙に浮かせ、両膝を折り曲げる。身体をバネの様に圧縮させ、地面に着地した瞬間。
「──ふっ!!!」
肺の中にある空気を一気に外に吐き出すと同時に、めいいっぱい両足に力を込め、垂直に向かって蹴り上げた。
読み通り二本の触手の間をすり抜けた私は、そこで勝ちを確信しているカイロスと視線を交差させる。
手榴弾のピンを抜き、片方の肩を外側に曲げ、全力の力を振り絞り手榴弾を投げ込もうとした瞬間。
「──ショットガン!?」
私が振りかぶるより先に、カイロスの指が引き金を引く方が早く、まとめられた散弾は私と手榴弾に容赦無く浴びせられ、そのまま爆発。
衝撃で後方に吹き飛ばされ、地面に背中を大きく打ち付ける結果となった。
戦いは先手先手の先の読み合い。姿を見せ油断させられたのは私だったのだ。
「どうやら私の勝ちの様だな」
上体を起こし、なんとか視線の先に奴を入れる。
操縦席の背中から生えた触手を足の様に使い、私の手前まで迫り来る。
「私がトドメを刺してもいいが……ふむ、残りは彼女達にやってもらおう」
カイロスの目線の先には、先程倒したばかりのSRTの三人が並んで立っていた。
どこかで調達したのか、傷一つない武器を両手に持ち、ボロボロだった戦闘服も着替えられている。
サノはアサルトライフルを、メルは大型のスナイパーライフル。そしてヨミは身体を覆うシールド。
今、この姿勢のまま急襲を受けたら確実にやられる。なんとか片方の手を使い身体を起こし、片足を踏み込んで膝に力を加え立ち上がる。
片腕は使えず、呼吸もままならない。突破しようにも武器も無ければ、意識も朦朧気味。武器を奪おうにも力負けするだろう。
「諸君、私からの命令だ。こいつを殺せ」
次回で前章はラストです。
お楽しみに!