始発点から青春駅へ   作:3ご

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第五十三話

 カイロスの言葉を受けた三人は互いに視線を交わし、中心にいるサノは大きく肺いっぱいに息を吸い、背中が丸くなるまで口から息を漏らす。もう一度大きく息を吸い込み顔を上げると、少しのぶれも許さない程の真っ直ぐな瞳が私を捉えた。

 

 コツリ、コツリ。

 

 まるで雨上がりの水溜りに足を取られないように、三人は地面に視線を落としながら、ゆっくりと私に向かって歩を進める。

 何とかこの場から脱出しないといけない。多少の抵抗は出来るだろうが、それも僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。急に飛び込んでもサノの俊敏性には今は追いつけない。遠く離れ様にも、メルの正確無比な射撃できっと頭を撃ち抜かれる。百歩譲って武器を奪い、マガジン全弾を彼女達に撃ち込もうとしてもヨミのシールドで全て防がれてしまうだろう。

 今考えた案をじゃあ実行しろと言われたらどれも無理だ。もう全身ボロボロの状態。立っているのがやっと。

 

 ──このまま捕まって命を取られて、奴らの実験の礎にされて消えていくのかな。

 

「ねぇ」

 

 サノの一声で霧散していた意識が前へと振り向く。

 おでこにはハンドガンの銃口。左側にはヨミの顔と、右側にはメルの顔。今一瞬で動いたとしても、反応速度を鑑みてもスピードで劣る二人にすら捕縛されてしまう。

 完全に詰み。もう逃げられない。目を瞑り真っ暗闇の世界に逃げ込み、運命に身を委ねる。

 

「ミコト……いや、砂狼シロコ」

「……え?」

 

 瞑っていた瞳を開くと、そこには口角を緩やかに上げ目元に薄らと涙を浮かべる三人の姿。おでこに突き出している銃は手元の震えと連動し照準をぶらしながらゆっくりと振り下ろす。そのまま腰のホルスターに仕舞うと、今度は私の片方の手を握り込んで来た。サノに釣られ、ヨミもメルも一緒に握り込んでくる。

 

「もしかしたらって……思いましたの」

「これはきっと、神様が私達に与えた幸せの時間なんだって。そう……思い込んでた」

「でも、現実は違う。あなたはミコトじゃない。ミコトはあの時死んだんだ。私達の目の前で……あの時」

「爆発に巻き込まれまいと、せめて私達には生きて欲しいと願ったのです。最後の停止スイッチは起動しなくて、時計の針は止まらなくて……」

「指示されて向かった場所は、脱出口だったの。そこにも停止ボタンはあるからって嘘を信じた」

 

 ボロボロと目元から溢れた涙は重力に引っ張られ、床には沢山の水滴。三人の涙の跡が広がり、収まりを見せない。

 

「ミコトは意地っ張りな所もあって、甘え上手で」

「寡黙な所もありました……。寂しがりやな一面も」

「でも、どことなく気高い顔を見せる。まるで狼のような……」

 

 三人が一斉に私に視線を重ねる。瞬きをする度に流れる流星の様な涙は、ずっと隣に居た友人を……。

 

 ──愛していた証。

 

 心に刻み込まれた苦悩や悲しみ、トラウマや自己嫌悪を沢山乗り越えたのに、神様は嘲笑うかの様に三人の運命を弄んだ。恋焦がれて愛した家族をまるで再開させるような演出。翻弄された三人はこれからの生の振る舞いを壊されてしまったのだ。

 

 時を戻したいといくら願っても、時間は無慈悲にも前へと突き進んでいく。そんな残酷な世界で生きる彼女達を見て、私は。

 

 ──自分を重ねずにはいられなかった。

 

「あなたがミコトじゃないなんて……理解している、理解しているんだ」

「でも、あなたがその姿をしている以上、私達はあなたをミコトとして見てしまうのです。それは私達にとって抗えない事実」

「けど、サノちゃんもメルちゃんも私も……あなたがミコトでないのは重々承知しているの」

「だから──」

 

 ──教えてください。

 あなたのことを。砂狼シロコという人間を。

 ミコトの幽霊が居なくなるまで、私達に上書きしてください。

 

 

 

 ──この残酷な世界から、私達を救ってください。

 

 

 

 握られた手を引き、三人の顔を覆う様に首元へ巻き直し、胸の中で抱きしめる。

 三人の泣き崩れる声が、涙が、私の胸の中へと浸透し、想いとなって心を満たし、思わず涙が頬を伝った。

 私は知らなかった、彼女達がこれ程までに苦しんでいる事を。自分が情けない。私はいつから弱い人になった? 私はいつから守られる存在になった? 私はいつから自分だけのことを考える様になった? 私はいつまで──アビドス高等学校の砂狼シロコのままなんだ。

 

「私もね……わた、わたし」

 

 言葉に詰まる。喉が締め上げられる感触と同時に視界をぼやけさせ、口から出る声は掠れた嗚咽だけ。

 胸から来る感情は頬に涙を伝わせ、楽しくて……でも今となっては儚くて、美しく脚色されたあの時の記憶が写真の様に浮かび上がる。

 

 保健室のベッドから見えるホシノ先輩とノノミの柔らかい笑顔。入ったばかりで緊張した面持ちのアヤネとセリカ。道端で倒れていた先生。一緒に遊んで授業も受けた。家庭科室で調理実習をして、カタカタヘルメット団が襲撃してきたと思ったら皆で競い合う様に戦いに出た。夜、屋上で川の字に寝そべりながら星も見たし、お腹が減ったらラーメンを食べに行ったり。

 

 上手く言葉を出せない私に寄り添うようにヨミの手が片方の頬を包み込み、親指で目元を拭うとぼやけた視界にピントが合う。サノの真剣な瞳が私に勇気をもたらし、メルの温かい手が動かない肩に添えられ、心の中に安らぎを咲かせた。

 

「アビドスの皆に……逢いたい。でも、もう逢えないの。皆死んでしまって、私はひとりぼっちになった。この世界に来て、この世界のアビドスの皆に会えばきっと変わるんじゃないかって」

 

 変わる訳がなかった。

 

 この世界で異端はただ自分一人で、そもそも私の居場所なんて無く、私がその居場所に戻りたくないだけなんだ。

 私が逢いたいのは──もう滅んでしまった世界の皆。

 初めてナミさんに会った時、彼女は私に温かいココアを飲ませてくれた。それが美味しくて、冷えた体も温まって。ホシノ先輩とノノミに振舞って貰ったココアを思い出して、その時気が付いたんだ。あの時私に優しくしてくれた人はもういない。これからその「地獄」を心に背負って生きていかなきゃいけないんだって。

 

「私には……分からない。この気持ちをどうすればいいのかって。そんな私でも、あなた達を救うことは出来るの? 私はまだ、砂狼シロコとしてどうやって生きればいいのか分からないのに。だから私にも教えて欲しい。でも君達も分からないと思う。だから──」

 

 一緒に乗り越えて行こう。

 私とナミさん。サノちゃんメルちゃんヨミちゃんの五人で。

 

 私の言葉にこくりと頷いた三人は胸から離れ、袖で必死に涙を拭い去った。

 鼻で息を吸い込む傍ら、涙を必死に目の奥へと引き込み「やっと話してくれましたね」と言葉を出したサノは、そのまま視線を私の背中の向こうへと向ける。

 

「あの時はついつい遅れをとってしまいましたが」

「くひひ、今の私達は負ける訳にはいかないもんね」

 

 スナイパーライフルを構えたメルが左手で合図を送ると、サノとヨミは素早く左右に散らばり、カイロスの首を激しく振らせた。カイロスから左斜め後ろにサノは位置を取り、ヨミは正面にいる私の前でシールドを構え、メルはサノの向かい側の位置、それでいて私とヨミの後方へと移動する。

 

「何故だ……!! 何故仮面の力が解かれている!?」

 

 カイロスにとってもこの展開は予想外だったらしく、狼狽えると同時に声が震え上がった。今一度仮面の力を使おうとしたのか、片方の手で仮面を握り込む。が、何故発動しないと慌てるばかり。これはもう力を使えない状態に陥ってると見て大丈夫そうだ。

 

「ちっ、まぁいい」

 

 ゆらゆらと海中にいる蛸の様に触手を振る舞わせ、前方にいる私とヨミのすぐ脇の地面を殴打で抉り取る。しなやかな鞭で打ち付けた金属の打撃音は一発一発が異常に重く、並の生徒なら一撃でやられてしまうだろう。けど、目の前にいる新しい友達は私の顔から怯えを悟ったのか「大丈夫。このくらいへっちゃらですから!」と頼もしい一言を放ち、片手に持ってるシールドを一度持ち上げ、重力を利用し思いっきり地面に突き刺した。

 

「ウルフ小隊を舐めるなよ」

 

 普段の彼女とは打って変わる低い声。戦闘を共にする、初めて見せた本気の表情。口を紡ぎ、瞳を大きく開き、眉を下げた上目遣いは勇ましい睨みへと変貌する。「後ろに隠れて」と一言だけ添えた彼女の言葉に押され、おぼつかない足を必死に動かし背中の下へと座り込んだ。

 すると、目の前の触手の一本が急にのたうち回りながら動いたと思ったら、鞭の先端の様にシールドに向かって弾け飛んだ。

 金属のぶつかる音とヨミの掛け声。あまりの鉄壁ぶりに驚いたのか、今度は二本三本と数を増やし、彼女を打ちのめそうと一気に叩き込んだ。上空から叩き付ける体積の大きい触手はいとも簡単に打ち返され。側面から振り被った薙ぎ払いを仕掛けて来た触手も彼女のシールドの前で止まる。

 

「こんなもん? がっかり。メルちゃんサノちゃん! さっさと倒して帰ろう!」

 

 了解という号令が揃うと、奥にいたサノは一気に走り出した。

 蠢く触手の上を飛び乗り、中心にいるカイロスにマガジン一杯の弾丸を浴びせる。が、もちろんカイロスも触手に身を包んでいるから弾丸は一発も通らず、宙に浮いたサノに向かって別の触手が叩き付けようと迫り飛んでいた。が、彼女もそれは織り込み済みのようで、一気に腰を半回転させて私達に視線を送った後、片手に持っていた手榴弾を上空に投げ込んだ。サノが目と耳を両手で塞ぐと、背後から一発の銃声が響いた。

 

「目を閉じて耳を塞いで!」

 

 あれだけ動き回っていて、尚且つ飛翔する小さな物体をたった一発で撃ち抜くなんてどんな訓練をしたのだろう。訓練中ならまだしも、こうして敵の攻撃を避けてたりする最中だ。

 

「うぐっ……眩しい!」

 

 部屋中真っ白な光に覆われる。

 瞳を伏せている間に、前から背後から走り抜ける足音が聞こえた。何度かの金属音が響いた後、状況確認の為に無理やり瞳を開ける。

 そこには、触手に飛び乗り、中心にいるカイロスに向かって大きく飛翔している三人。

 

 メルが手榴弾を投げ込む。触手の間を塗って隙間に入り込んだ手榴弾はカイロスの足元まで転がり、ピンを抜いていないという事実に油断したのか、目視だけで対処はせず、彼女に投げ込む触手を動かそうと腕を上げようとした。が、それこそ彼女の狙い通りの展開。宙に浮いたままスナイパーライフルのスコープを除き、背中から地面に落ちる体制になり姿勢を固めると、一発の銃弾を放つ。狙いは手榴弾で、これも一発で命中し、そのまま爆発。その衝撃に対処が出来なかったのか、カイロスに纏わりついていた触手は若干隙間を見せる。

 

 そこを逃すヨミではない。

 

 メルのタイミングを読んでいたのか、次の一手を先んじて、シールドを構えていた両腕が九十度に曲がる程振りかぶり、カイロスと触手の間に突き刺した。

 メリメリと肉が剥がれ、奥で隠れていたカイロスの顔が見え隠れする。手を伸ばし、片手で扱っていたショットガンを数発放つが、ヨミは「痛いやめろ」と言うだけで当然手を止めることはしない。そして体勢をくるりと変え逆さまになりブリッジの姿勢になると、テコの原理というシンプルな方法で触手を一気に剥がした。

 そのまま膝を大きく曲げ反動を作り一気に飛翔すると、私の目の前まで一気に着地しにこりとした笑顔で「かっこよかったでしょ?」と軽口を叩く余裕を見せる。

 

「くそ!!!! 次の触手が──」

 

 カイロスの叫び虚しく、トドメの一手はもう飛び上がっていた。

 

 アサルトライフルを持っているから、きっと銃弾を打ち込んでくるだろうと予測したカイロスは腕だけでガードしようとする。つまりそれは、これから突っ込んでくる彼女自身を手元のショットガンで撃ち落とせなくなってしまうのだが、当然気付いていない。

 サノは目論見通りとニヤリと口角を上げ、左手で右手を包み、右肩半身を大きく捻り、カイロスに向かって天から一撃を放つ。

 

「くたばれ」

 

 彼女の本気の本気。重たい一撃はカイロスの顔面を捉えると、機体ごと大きく後方に仰け反らせ部屋の端まで吹き飛ばした。壁に打ち付けられ、十字架の様に両腕を伸ばし張り付けられた後、ゆっくりと地面に向かって両足から滑り、そのまま壁にもたれて項垂れる。

 伸びてしまったのか、上半身を支える事が出来ず肩を落としており、ぴくりとも動かない。銀の仮面は割れ砕かれており、中はいつものカイザー式機械面だ。

 

「終わった……」

「終わりましたねぇ」

「終わっちゃったねぇ」

「まだ殴り足りないぞ」

 

 血気盛んなサノに細目で視線を送るメル。冗談のつもりだと肩を傾げるサノの言い訳にクスリと笑みが湧き出たが、体内部の怪我が筋肉の動きを阻害し、痛みとなって自分に返ってきた。

 それに気付いたヨミが少しでも痛みを和らげようと、薬と水を手渡ししてくる。気持ちは嬉しいが、痛み止めでどうにかなるレベルではない。けど飲んでおこう。

 だって、今日はこれからまだまだ活動しなきゃいけないからね。

 

「じゃあ、ロードレースに行こうか」

「へ!? こんなにボロボロですのに!?」

「すごい……クレイジーだ」

「ふひひ……ってえ!?」

 

ーー

ーー

 

 時刻は午前6時。

 賽銭箱の昇降機に乗り表に出ると、そこには沢山の捜査員が待ち構えていた。見たことのある制服。ヴァルキューレ警察学校の生徒だ。シャーレの姿は見当たらない。

 

「あー、君達が通報した生徒かな?」

「うん、メールに書いた通り、この下にカイザーの秘密研究所がある。これは立派な行政違反。調査して」

「了解した。まさか賽銭箱が昇降機になっているとは……あの、それでどうしてそんなボロボロになってるんだ?」

 

 私が答えようとしたが、ここは私がと、メルが前へと出る。

 

「ふふふ、私達はラスボスと戦っていたのです」

「ラスボス? ……まぁいい。クローバーグループの令嬢がこんな所で遊んでいる訳ないだろうしな」

「あら? 私の事をご存知で? それなら話は早いですわ。道を通してくださいまし」

 

 メルの背中を追う様に歩き、捜査員の集団を通り抜け、石段まで躍り出る。

 

 空は雲一つない快晴で、青々とした開放感のある画角が首元に涼しげな潮風を靡かせたと思ったら、視界が段々と普段の日常の感覚に戻り、蝉の鳴き声が耳を覆った。

 隣には新しく出来た友達の姿。皆戦いでボロボロなのに、心を一つに出来たおかげかどこか充足感があって……心地良い。

 

「ねぇ皆、急なお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

「お願い……ですか?」

 

 首を傾げるサノ。

 

「あのね、えーっと、その……」

 

 もじもじとした私の顔が珍しいのか、口角を上げ悪戯チックな瞳で私の顔を覗き込む三人。あの時涙を流しながら自らの願いを交錯させたのに、こうして改めて向き直すと恥ずかしさが出るのはどうしてだろう。でも、言わなきゃ。このタイミングで言わなきゃいつ言うんだ。

 

 勇気を持て砂狼シロコ!!!

 

 

「えっとね……その、私とさ、もっと友達になって欲しいなって。仰々しく先輩として扱うんじゃなくてさ。呼び捨てにしたり……同じ目線で扱って欲しいなって……だめ?」

 

 言葉を出す口元が恥ずかしさで引っ込み、上目遣い気味で彼女達を覗き込む。

 三人は唐突なお願いに唖然としたのか、口元が疎かに開きっぱなしになる。が、段々と瞳の輝きが増していく。

 メルは赤面した顔のままおでこに手を当て、サノは恥ずかしさを隠したいのか頬を両手で隠し、ヨミは何故か鼻血を出し始めた。

 

「ヨミ、メル、聞いたか? 可愛すぎて何か極刑を課さないと気が済まないのだが、どう思う」

「あ゛あ゛ーーー!! だめ、鼻血出た。ティッシュ……無い。おわた」

「うふふ、これはむぎゅむぎゅの刑ね。では刑の執行に入ります! 皆、準備はいい?」

「「了解!!!!」」

 

「へ?」

 

 むぎゅ!? むぎゅぎゅぎゅぎゅっぎゅぎゅーーーーぎゅぎゅぎゅ!!!!むぎゅむぎゅ!? むむむむぎゅぎゅーーーー!!! うわっぷそんな抱きしめられると折れた腕がむぎゅぎゅぎゅってシャツに鼻血べったりぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ折れた片腕痛っむむむむぎゅぎゅぎゅぎゅこれから過酷なレースに出るのにさらにダメージだむぎゅむぎゅ!? むぎゅむぎゅむぎゅーーーー!?!?!?!?

 

 

 

始発点から青春駅(アオハル)

前章 終わり

 

 

 

 

 




ここまでご愛読本当にありがとうございます。
後日、前章の後書きと後章の予告を載せますので、お楽しみに。
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