始発点から青春駅へ   作:3ご

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第二話

 断続的に鳴り響くピアノの電子音。外から漏れ出す、カーテンを越える木漏れ日の日差し。

 

 自分の寝息を知覚出来ると言う事は、睡眠はしっかり取れ、意識は覚醒しているということだ。もちろん、今すぐ上体を起こして颯爽と台所に向かい、本日の朝ごはんに頭を悩ませる頃合いなのだが。

 

「ん……ふ……うぅ」

 

 昨日は休日を貰っていた為か、いつもより開放的に過ごしてしまったツケが、身体の頭から足先まで血流を通って巡り走り回る。

 

 学生の頃だったら400キロの距離をロードバイクでずっと走り続けるなんて楽勝のはずだった。が、しばらく長距離走行をしてないせいか、足回りがかなり鈍っている様子だ。

 

「まさか、この私が」

 

 今の世界にいるもう一人の私に、ふくらはぎが痛いだなんて言ったらどんな反応されるのだろう。

 

 ん、私はそんなやわじゃない。

 ん、あなたは偽物。

 

 と言われるのかな。というか私は私に対してそんな酷い事を言うのかな。

 

 泥のように重くなっている身体を起こし、寝起きの狼のように身体を縦に伸ばす。全体に強い負荷を掛け、瞬時に弱めると、ぼやけてた視界が鮮明に浮かび上がってきた。

 鳴り響くスマートフォンを黙らせ、洗面台へとこれまた重たい足で身体を運ぶ。

 

「うわ……髪の毛ボサボサ」

 

 先日、あまりの眠気にきちんと乾かさないで寝たのが仇となった。

 腰以上に伸びた長い髪は管理が面倒だ。それなら短く切ればいいじゃ無いかと思うが、短く切ろうにも、この世界の私になったみたいで申し訳ないと感じる。

 

「でも、まだ6時。仕事まで時間はある。先に朝ごはんを済ませよう」

 

 朝はしっかり食べる方だ。しかも、以前に比べて量が多くなっている。

 理由は簡単だ。いつもの仕事が終わった後は、自由気ままにロードバイクを漕ぎ続けているからだ。身体の消耗が激しい分、夜をしっかり食べてもすぐに消化される。不足分を朝で補う事によって、日中の労働具合の変数を抑える。

 ただ、昨日は走り過ぎた。おかげでお腹の減りがすごいことになっている。

 

「さって、冷蔵庫の中に何か余ってーー無いね」

 

 それもこれも、全部遠出のせいだ。

 昔、先生にサポートされて都市部から海岸までの距離を走っていた。だから、今の私でもきっと問題無く走れると自信はあったのだけどーー結果、早朝に出かけて帰宅は深夜手前。

 

「うーん、腹の虫がゴロゴロ鳴ってる。近くのコンビニに行こうかな」

 

 タンスに閉まってある一着のパーカーを取り出す。

 

 灰色の単色の中心に、犬の肉球がデカデカと記してあるこの服はお気に入りだ。いつも上部から取っている為か、日によって着る服は変わりばんこ。以前に比べて日常の些細な楽しみを自分で見出す事が出来るようになっている。

 

「あ、せめてキャップかぶって行こ。髪の毛ボサボサなままだとね」

 

 誰に逢う訳ではないのだが、万が一も想定しなければならない。

 キヴォトスは広いようで狭い。もし知り合いにでも出会したら気まずいなんてものじゃないのだ。私は一度この世界を滅ぼそうとした側、この世界の彼女達の日常に入り込むのは、なんか少し違うと感じている。

 

 家の鍵を掛け、安全確認。

 

「あれ、なんか閉まり……悪い? 前回修理してから一月も経ってないような。んー……もうっ」

 

 もうそろそろここに住んで半年が過ぎようとしているが、ここの部分の修理は2回目だ。

 サイクルショップの社長であるナミさんが経営している築何十年かのアパート。二階建て、合計8部屋。

 

 今は私と一階に住んでる人しかいない、とても静かな所なのだが、とにかくどこもかしこも修繕が必要。たまの休日は家周りの庭の掃除や壁の修繕など手伝わされたり大変だが、身寄りの無い自分を何も理由を聞かずに好意で住まわしてくれているので、頼みを無碍には出来ない。

 

「おお! 今から散歩ですか?」

 

 一階に降りると、そこには見慣れた一階の住民の姿があった。

 赤い布を頭部の左巻きに添え、大きな布を身に纏い、立派そうな髭を生やした胡散臭い人物。

 

「うん、えっと、デカルトさんは何しているの?」

「ふ、私は色々と考え事をしていたのですよ! これからの組織の事についてとか、今夜の酒のおつまみは何にしようかなとか。こう見えても結構忙しいのですよ私は!」

 

「組織……ええと、小学校だっけ」

「ムッハー! 違います違いますよ! 所・確・幸! しょかっこう! もう、これで何度目ですか! いい加減覚えて貰わないと!!」

「あうう……ごめん。私も毎日大変でさ。記憶領域がいっぱいいっぱいなんだ」

「むぅ、それなら仕方ありませんね。あなたも私達と同じ、生きるのに精一杯だろうですからね。今日は大目に見といてあげますよ」

 

 いや、あなた働いてないじゃん。という共同意識を断ち切る言葉は飲み込み、颯爽と背中を見せ、駐輪所に赴く。

 

 彼は胡散臭くて怪しさ満点なのだが、たまに廃棄弁当とかくれるし、それになんか難しい事も教えてくれるし、そこまで怪訝にはしていないのだ。ただ、店主から。

 

「シロコ、奴には気をつけろよ」

 

 と言葉を貰っているので、一応警戒は続けている。

 

 「んしょっと……んー、タイヤは大丈夫そうだね」

 

 いつものロードバイクにまたがり、ペダルと足の負荷を再確認。やはりふくらはぎは痛いが、我慢出来ない程ではない。 

 

「いい天気……最高かも」

 

 前屈みになり、勢いよく飛び出す。

 海沿いに面した一直線の道路。小鳥の囀りと風を切る音、そして仄かに香る海の色を全身で帯びると、意図していないのに目と口元が綻ぶ。

 

 ──キヴォトスでも西に位置するこの地域は、自然豊かで、どこまでもまっすぐ行けて、寒さも空腹も寂しさも遠くにある場所。

 

 私はここが大好きだ。

 

 

 

 

 

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