始発点から青春駅へ   作:3ご

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幕間の物語
時の魔術師


 先生、ちょっとお時間よろしいですか?

 

ーー

 

 時刻は13時3分。

 彼はこれから遅めのお昼ご飯をと、バッグの中にある財布を取り出そうと腰を上げた。そんな時にいきなり呼び出し音が鳴るものだから、これから向かう店のランチタイムには間に合わないなと肩をすくませながら音声ボタンを押し、スピーカーに向かって声を出す。

 

 受話器の向こう側の人物からの返事がない事に何故と疑問を浮かべる彼であったが、時々くる姉妹の片割れであるのなら可能性はあるだろうと、扉を開閉させるセンサーを起動させて応接用のソファへ座り込んだ。

 

「そういえば、ティーパーティーの面々からお茶とお茶菓子貰ってたっけ」

 

 折角生徒が来てくれたんだ。何も用意せずに踏ん反り返っては先生としての沽券に関わる。

 そう考えた彼は立ち上がり、戸棚からティーカップを取り出そうとした。が、普段の掃除などは日替わりで来る生徒に全てを任せてあるからか、物の場所を不正確にしか覚えておらず、出てくるのは未開封品の同人誌のみ。

 まさかこんな所に同人誌があるなどと想像もしていない。カズサか、それともシロコか。確かに表に出すのは憚られる内容ではあるのだが、逆に隠されているという事実が彼の顔を赤面に沸騰させる。

 

「違う違う。ティーカップなんだって」

 

 別の戸棚を探ろうと手を伸ばした瞬間、彼の視界の右手から、真っ白できめ細やかな肌をした腕が伸び、彼の手を包み込んだ、

 

「わ! びっくりした〜」

 

 そしてその手は戸棚の下の方へと伸びると、そこには彼が探していたトリニティの紋章が入ったティーカップ。受け皿とカップを二つ取り出し、部屋にある簡素なシンクまで運び、一口二口と表面を水で洗い流す。

 流暢な動きに翻弄された彼は、思わず彼女の肩に左手を置いた。

 バレーボール選手の様な高い身長に、学生とは思えない発育の良さ。彼は生徒を一人の女性として見るつもりは毛頭ないのだろうが、彼女のなだらかな線にごくりと自然に喉を鳴らしてしまう。

 

「ジウ、私がするからいいよ。秋口とはいえ外暑かったんじゃないのか? ソファーで休んでてよ」

 

 ジウと呼ばれた少女はセミショートに切り揃えられた黒髪を靡かせながら声の方へと顔を振り向かせる。少なくとも好意がある人間に向ける笑顔。彼女にとってはいつもの顔かもしれないが、その笑顔の可愛らしさは学内でも随一。

 気品があり、まるでお嬢様の様な艶やかな顔つき。切長い瞳と小さな鼻。それでいて口元はまるで子猫のように無防備。笑顔は子供の様な無邪気さを見せるので、初対面の人は心を奪われる人が多い。

 なので先生も彼女の笑顔を見ると癒されるのか、疲れが飛び、お茶を淹れるだけなのに腕を捲り始める。

 

「今日は一人なんだね?」

 

 いそいそと茶葉をティースプーンで掬い、ガラス製のティーポットの中に入れる。紅茶は分量が命と言っても過言ではない。華やかな香りを出すためには水の温度も重要だが、一番は茶葉の分量。

 彼の記憶の中にはそれで大失敗した記憶が蘇っていた。ティーパーティーの面々に「冒涜」とまで言われた適当さ。

 ──エデン条約。

 あの時、あれだけ先生に心を動かされ救われた聖園ミカも目が泳ぐほどであったのだ。

 

 「大事な生徒が来てくれたんだ。不味い物を出す訳にはいかない」その圧倒的な圧力の中、少しでも気を紛らわそうと背後に座っている生徒に話しかけたが、返事が返ってくる気配がない。ああなるほどと、彼の脳内には合点という文字が並んだ。受話器越しに返事が無かったのもこれが理由かと、顔だけ振り向かせる。

 

「やっぱり」

 

 そこには、「忘れちゃった」とだけ書かれた小さなホワイトボードを持つジウの姿。照れているのか口元を隠すが、すぐに裏返しマジックでさらに「ごめんなさい」と書き加える。

 

「謝る必要なんてないよ。もう慣れっこだからね」

 

 ケトルに水を張り、コンセントに刺してスイッチを入れる。冷蔵庫から甘味を出そうとしたが、彼女は全速力で先生の手を止めに入った。

 肩からぶつかり、バランスが崩れた所で腰に手を回す。そしてまずは片手を制圧し、身動きを取れないように拘束。

 

「どうしたの? ……ふんふん、最近甘い物を食べすぎたと? でも運動は沢山してるよね?」

 

 体同士近いので、彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、高速で文字を打ち始めた。

 

・・違うの。これは心の問題なの。これ以上カロリーを摂取するとどれだけ運動しても贅肉として体は処理する。私はこれ以上罪を背負う訳には……・・

「心の問題ならいいんじゃない? 私もお腹が空いたから食べたいんだよね。書類仕事ばっかりだし脳内に糖分を供給しなきゃ」

・・あれ? 先生お昼食べてないの?・・

「これから食べに行こうと思ってさ。おっとジウ逃さないよ。私と一緒にラーメンを食べるか、ここで一緒にマカロンを頬張るか選ぶんだ。何、私にはシャーレの権限があるからね。人のカロリー事情にも介入が出来るのさ。さぁ選んでもらおうか!!」

・・な!? 卑怯だ卑怯だ!!・・

 

 彼女が離れると、先生は無慈悲にも冷蔵庫から6つのマカロンを取り出した。その数に戦々恐々するジウだが、勝手にお邪魔しようとしたのは自分。これからの乙女カロリー戦線で生き残れるかどうか暗雲が立ち込める。

 

「大丈夫だよ。私の見立てではジウのカロリーは全部胸にいってる。この前の晄輪大祭でチアやってたでしょ? 無駄な贅肉なんて何も無かったじゃないか。おっと、変に思わないでくれよ? 生徒の健康状態を見るのも先生の仕事の内なのさ。ほら、心配ならここでお腹を見せてごらん。せんせ──」

 

 流暢にペラペラと口を動かすが、言い切る前に彼女の手刀が脳に入り、疼くまる先生。

 彼からすれば足を舐めるよりもよっぽど健全なはずなのだが……。

 

 一般的な生徒にとっては十分セクハラ。

 頬を真っ赤に染め、片方の腕で発育し切った胸部を必死に隠す彼女。

 

 

 

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