ーこれより、キヴォトス・オオ・シロコタツムリ討伐作戦を開始する。
モモトークメッセージが入ったのは、コンロで温めていた水がヤカンを通して熱湯に変わったと知らせを受けている時だった。
口元から溢れる水蒸気は外気の気温の低さを目視で報告し、こぽこぽと金属の残り熱で踊っているお湯の音は冷たさのせいで段々と小さくなっている。もう出来上がったよ、冷めちゃうよとヤカンは私に自己主張するが、当の私はこの蟻地獄から抜け出せないでいた。
丁度ヨミから教えて貰った蟻地獄から抜け出せないダンゴムシの動画と同じく、今の自分の状態をはっきりと認識出来ている。私はもう捕食されているのだ。ごめんなさい、ヤカン。
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ーん、ターゲットは?
ーターゲットは西海岸付近の築年数不明のアパートに住んでましてよ。
ーくひひ、なんだと!?
ーそれ文章おかしくないか?
ーキャラ付けが濃すぎましたわね。
ー泣。
ーん、作戦開始はいつ? あ、来るならアイス買ってきて。お金は払うから。
ー作戦開始は今から一時間後。現地集合だ。ちなみにアイスは何味? いつもの?
ーあら、以前ミント味に挑戦すると言ってませんでしたっけ?
ーミントはだめ。無理だった。今独房に監禁してる。
ーシロちゃんそれ二週間前のだよね?
ー汚なっ! 早く捨てろ!
ー汚くないもん!
ーサノは潔癖ですわね……。
ー私は食べれるよ☆ 口移しならパクパクいけちゃう!
ーヨミ、それは流石にキモイぞ。
ードン引きですわヨミ。
ー泣。
ーまぁとにかく待ってるね。たまには私から出向きたいけど、ほら、ね?
ーおいはっきり言えよ。
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既読スルー。
臭い物には蓋をする。答えられないトークには反応しない。
私がこの一年で身につけた処世訓だ。人間出来ない事はできないのだから、逃げるのもとっても大事。それにサノのツッコミは激しいから、まともに正面から浴びればあの時みたいに肋骨折れちゃうのだ。
「討伐作戦まで暇」
ヤカンまで距離が遠いし、そこまで水分を欲してないから別の事をしてみる。
久しぶりに写真アプリを開き、適当に一年前からのフォルダをスクロール。今持っているものは丁度一年前にナミさんから買って貰った物だから、初期の頃はそこまで写真は多くはない。が、5ヶ月前から急速に写真も動画も増えだし、スクロールする回数も徐々に増えていく。
出会ったばかりのよそよそしい写真から、皆でショッピングモールに行って映画を見た時。夏終わりの海でナミさんと皆でバーベキューをして花火を打ち上げている動画。
「これ、また行きたいな」
大きな吊り橋があるキャンプ場。
青々しい木々と、釣りが出来るほどの堀の深い川。そして大自然の岩肌。
サノが川で釣った魚を串に通して塩ふって食べてみたいと、モモチューブの動画を片手に突撃してきた事で突発的に起こったイベント。
「釣りは得意だから任せて」「海でカジキマグロを釣った事がある」「サノは黙って私の釣り捌きを指を咥えて見てるべき」と胸を張ったは良いものの、そんな日に限って四人全員坊主で結局普通にキャンプ飯。「ごめんなさい」とゲンナリした気持ちで彼女に謝ると、何か可笑しいのか大声で笑い始めた。
「魚なんてスーパーで買えばいいんだよ。ぶっっ! ──どうしてそんな落ち込んだ顔してるんだよっ」
「だってだって……折角ならお願い叶えてあげたいなって……」
「はぁぁぁ可愛すぎか? またむぎゅむぎゅの刑に処されたいか?」
クーラーボックスから缶ジュースを四本取り出し、それぞれに投げるサノ。
いいから座りなさいと、中央にある燃え広がる前の焚き火台を囲むように椅子を並べる。季節も季節で山の中はとても冷える。ランタンの灯りと焚き火の漏れ広がる暖色の灯りが、真っ暗闇の空間の中で私達を紡いでいる見えない糸を可視化させていた。
ヨミは「疲れた。けど楽しかったね。私長靴欲しかったんだ」と戦利品を見せ。メルは「おほほ」と口元を隠し戦利品のヤカンをテントの中に投げ込む。
「ん……んー! 次こそは」
「そうだぞ──シロ。今回は魚を逃してやっただけなんだ。あいつらは命拾いしたんだ」
慣れない口調で私に新しく付けてくれたあだ名を口にし、缶のプルタブを押し込み炭酸の弾ける音を奏でる。
「くひひ、サノちゃんどうして恥ずかしがってるのかな? シロちゃん困って照れてるじゃないの」
「そうですわよ。これシロ、あなたも赤面してるんじゃありません!」
メルが私のあだ名を呼ぶ時だけ飼い犬の気持ちが分かるのはどうしてだろう。何だか躾をされてるみたいな。
以前の、自分より強い人じゃないと言う事を聞かない、という意地はどこに行ってしまったのやら。いや、もし三人が仮に100%の力を発揮できる状況があったりすればそれこそコテンパンにやられてしまうじゃないか。つまり彼女達は私より強いから、私は黙って言う事を聞く……──んー違う。
「とりあえず、乾杯」
友達だから。互いに気を利かせて、リスペクトし合って。私が想えば皆も想う。
──たった数日の思い出かしれないけど、この時の場面は結構心に残っているんだ。
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ーごめん皆、多分ポン酢切らしてる。後でお金渡すからついでに買ってきて。レシート無くさない様にね。
ー多分?
ーん、私ここから出られないから確認出来なくて。
ーそりゃ一大事ですわね。
ー家着いたら力任せに引っ張りあげてやるから覚悟しててくれ。
ーけほっこほっ。風邪引いたかも。
ー文章で咳き込まれてもな。
ーくひひ、私特性のお薬処方してあげるね。
ーん、待って私が悪かった。ポン酢は確実に切らしてるからお願い。
ーヨミのお薬はとんでもないからな。ビビるのも理解出来る。
ー処方箋の偉大さを思い知りましたものね。
ーんもう、皆して私をいじめて……! でも、確かにポン酢あと100㎖で切れるから買い足しとかないと無いね。
ー把握してる……?
ー把握してますの?
ー……。
ーん……沈黙の文章辞めて泣
ーふひひ。
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ぱたんとスマートフォンの画面を閉じると、そこにはまつ毛が絡まりそうな瞳がふたつ。
とろんとした顔が生み出されるのはきっとこの冬場最強のアイテムのせいで、私は悪くない。私は悪くないんだ。だってメルも言ってたもん。これは魔法だって。
そもそもナミさんが買い替えるからってくれたのが始まりなんだ! 私はその時初期レベルの村人だから、レベルMAXのミミックに勝てる訳が無いんだ!
チャイムの音が鳴る。
当然私は客人を迎え入れる為、大きな声で返事をするんだ。
「空いてる」
扉の先から騒音が聞こえてくると思ったが、想定外な事にシーンと静まり還っている。これはもしや、窓辺から奇襲をかけるつもりなのだろうか。だとすると厄介。隙間風が部屋中に入り乱れ、私の意思はさらに弱まり、この空間から抜け出すのは困難を極めるだろう。
「なんて卑劣な!」
「卑劣で悪かったな。どうせ窓から入ると思ったのだろう。んな訳あるか!」
「おほほ、お邪魔しマンモス」
「メルちゃん減点だよ」
皆がテーブルに残りの食材を置くと、上から見下ろす様に私に視線を向ける。
「等々姿を現したな? キヴォトス・オオ・シロコタツムリ」
「キヴォトスに住むコタツムリ科の亜種ですわね。懸賞金が出ておりますわ!」
「ん、だとしたら?」
「くひひ、皮を剥いで素っ裸にしてやろう」
「ん、私はこの要塞に守られている。いくら攻撃の手が強くても絶対防御の前では──くひぃ、ほっぺたがちめたいよー」
ヨミの容赦のない攻撃が私の頬を包み込む。
「でも、私のほっぺが犠牲になるくらいで皆の手が温まれば──本望だよくひぃ! 首元はだめー!」