始発点から青春駅へ   作:3ご

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第2話:キヴォトス・オオ・シロコタツムリ(2)

 事の発端は、これから本格的な冬の到来を予期させるような、茜色に染まった紅葉が散りに散り、路面上の箒掃除に時間を取られる日の事。

 ナミさんが経営する「キヴォトスサイクル」はこの時期は地域により繫忙店舗が異なり、お客さんが全然来ない店もあれば、そこまで冬の到来の影響を受けない店舗もある。特に都市部などは顕著。

 

 このお店は当然前者だ。海側は潮風と共に冷風が吹き荒れ、路面の凍結もある。いくらスパイクタイヤを付け替れるとは言え、事故率の上昇からここら辺でのサイクリングは推奨されていない。そもそもロードバイクは一般的な自転車に比べてタイヤも細い。慣れてる人でも確実に事故を起こす。

 

 おかげでいつもの勤務もとても暇だ。

 

 他のパートの人もこの時期はシフトに入りたがらない人が多いからか、私の勤務時間は変わりがない。お客さんも少ないから私一人だけでも十分運営には問題ないのだが、一人だと何かトラブルがあった時の対処に手間を取られたり。そしてそんな時に限って対応が重なってくる。神様は意地悪だなと、たまに思う。

 

「ふーむ。だいぶ客足も遠くなってきたわね」

 

 空調の効いた休憩室。

 ナミさんは相変わらずせっせとパソコンでカチャカチャと忙しなく指を動かし、文字と数字を打ち込む。その傍ら私は気分転換にモモチューブを楽しんでるのはいつもの日課だ。

 暖かい飲み物に、傍にいると安心を覚える人がいる空間は。とても好き。

 

「今日は何を見てるの?」

 

 口から大きく息を吐きだし両手を重ね指を絡め、前に向かって両腕を突き指す様に全身に力を込めた後ぐったりと机に顔を埋める。凝り固まった体をほぐすその動作はいかにもお疲れであるといった感じだ。

 

「メルが投稿してる動画」

「犬に襲われてるの?」

「うん。画面をアニメーションチックに動かして場面転換を多用してるから面白い。メルにこんなエンタメな能力があるなんて驚き」

「どうせバックに凄腕の編集者がいるに違いないわ。あの子の家お金持ちだし」

「自分でやってますわおほほって言ってた」

 

 少し前に彼女のお家、クローバーグループが満を期して出した映画があった。彼女はそこでカメラ関係や編集系の勉強をしたらしく、その時の技術をモモチューブに流用したらたちまち大ヒット。一時期は時の人になっていた。

 もちろん、チャンネルで身分は明かしてない。

 

「こんな寒い時期に外で大はしゃぎ出来るなんていいわねぇ」

「大人になると出来なくなるの?」

「んー……全然出来るかも。私が忙しくしすぎてるだけか」

「こんな時期でも忙しいんだね」

 

「そりゃあね? だって本当はあのロードレースでうちの従業員が一位に輝いて、それで会社の評価も上がって株価も爆上がり間違いなしと踏んでいた所がね。損失分は取り返したけど、ここからプラスにしないといけないのよ」

「あうううう……ごめんなさい」

「うそうそ、冗談よ冗談。それよりも怪我は大丈夫なの?」

 

 パソコンを見ながらでも私を弄れるのは、もう結構長く一緒に居るからだろうか。

 でもでも、あの時は仕方なかったんだもん。片腕と肋骨折れてるし、体力も残ってないし。

 

「うん、もう前から平気だよ。……あ、でも」

「ん?」

「寒くなってから、段々体の痛みが増してきたかも。家に居る時ちょっと辛い」

「あらそう。ふーむ……エアコン付ければいいじゃない」

「電気代がかさむの!」

 

 そう、先月の電気代が2万を超えていたのだ。

 これには私のお財布もびっくりしてトンズラをかまそうとしたのだが、なんとか全身で覆いかぶさって懐に戻し込む。

 寒い寒い潮風は頬を叩くように靡く中、ロードバイクで必死に銀行預金を下ろしに街まで降り、何とか支払い。多少貯金はあるとは言え、日々をギリギリで生きている私からすれば大金。もう絶対エアコンは使わないと誓ったのだ。

 

 ナミさんに甘える。

 

 そういう手段もあるだろう。けど、彼女の基本思想は「働かざる者食うべからず」

 そもそも身寄りのない私を家と仕事まで与えてくれてる彼女にこれ以上望む事なんて出来ない。それに、時給を上げる相談をしてない訳じゃないんだ。

 

ーー

 

 私一人だけじゃ怖いから、サノとメルとヨミの三人で直談判しに行った事がある。色々必死に考えた。私の時給を100円上げるとどんなメリットがあるかを拙い言葉で並べ、背後から「そーだそーだ」と三人が声を上げ講義する。何故かヨミが看板を持ってたのが地味にじわったけど。

 

「で?」

 

 彼女から帰って来た返事は、じつに素っ気ない物だった。本当に同じ人類なのかと疑うくらい、素っ気ない返事だった。

 

「で? だと……姉さんは悪魔なのか!?」

「姉さんはそんな冷たいお人じゃありませんでしたよね?」

「この看板の文字が見えないの!? 可愛い可愛い従業員がこうして必死に頼み込んでるのに!」

 

 看板に書かれてある文字は「私達にも乙女ボーナスを」だった。一文字も私の事は書いてなかった。多分あれだ、ナミさんが私にだけ買い与えたりする香水や化粧品を私達にも寄越せってことだろう。

 

「ふぅん」

 

 頭が良さそうな眼鏡をゆっくりと外し、最近買い替えた超高そうな椅子をくるりと回転させ、大窓に視線を向ける。 

 

「シロコちゃんは知ってるけど、あなた達三人は知らない秘密があるの。ご存知?」

 

 え!? と顔を見合わせる三人。 

 私は心当たりがあまりなく、何かあるのと問われても答える事が出来ない。でも、姉さんは嘘は言わないと、何かあるのシロちゃんと私に質問攻めをしてくる。

 なんだろう、温泉とかかな? 確かに社長権限で無料で入らせてくれるのはとってもありがたいけどね。

 

「シロコちゃん。私はたまにあなたに回らない寿司をご馳走してるよね?」

 

 ぎくり。

 そういえばそうだ。たまにとってもお高いご飯屋さんに連れてってくれる彼女。私の日々の生活の楽しみとなっている。

 

「は!? 回らない寿司!?」

「シロちゃん、私その話聞いてないよ。どういう事?」

「私も家元は最低限のお金しか仕送りしてくれませんから、お高い料理なんて久方食していませんのよ」

 

 三人の視線が一斉に私に向かう。

 振り返ると、そこには勝利の笑みを浮かべたナミさんの姿。

 

「シロコちゃん。私にとってあなたはとても特別な人。そこは間違いないの。でもね、私は一つの会社の社長。従業員には等しく接しなければならない。分かるわよね?」

「あううう……」

「時給を上げるのはステップが必要なの。少なくとも現状の状態では最高時給にはなってる。それを超えるには資格の勉強をして貰わないといけないわ」

「あううう……それは嫌」

「いーい? 世の中そんなに甘くないの。それに、後ろを振り返ってごらんなさい」

 

 視線を元に戻すと、そこにはなんとも言えない微妙な表情の三人。

 自分だけ美味しい思いをしてと詰めらせそうだ。

 

ーー

 

「それならさ、明日コタツ持って来ようか?」

「コタツ?」

「そそ、あの家無かったわよね? 電気代もかさばらないし、それに入ってるととっても気持ちいのよ?」

「え、いいの?」

「私も買い替えて処分に困ってたのよね。あげるわ」

「やったー! よく分からないけど電気代かさばらないなんて凄い発明!」

 

 この時の私は、まさか自分が要塞化するなど思いもしなかった。

 だってあれは反則だ。足を突っ込めばそこは上半身との寒暖差が生む絶妙な睡眠の魔法。ふかふかのお布団が肩まで浸食するともう手に負えない。デメリットとして喉が渇くけど、部屋に適当に放置しておけば勝手に冷えるし、それにミカンだってあるのだ。

 

 こうして、キヴォトスに新しい生き物が生まれたのだ!

 

 

 

 

 

 

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