まさか本当にジェット機を用意するとは思わなかった。だって皆ニコニコしながら「んもぉスカイダイビングなんて無茶だよ」とかキャッキャ会話してるんだもん。こっちは中央線から新幹線でD・U地区までの道のりと料金、時間を徹底的に調べていたのに。
「り、リリリリリムジン!? うう、すごい」
お店を出た辺りでメルが一本電話をしたと思ったら、まさかの30分後になんかハイスピードでリムジンが私達の所まで走り抜いてきた。まるでスポーツカーのような見た目なのに縦長。しかも道路を滑走路として利用し滑空も出来るのだとか。
ドキドキしながら車内に入ると、そこはまるでホテルのフロントのようなデザインで、全体的に落ち着いたシックな感じ。手元にあるスイッチを適当に押すと、サイドから自動でシャンパンの様な瓶と、人数分のグラスが湧き出てきた。こんなの映画でしか見たことない。
メルが慣れた手付きで瓶の口を開け、一人一人のグラスに飲み物を注ぐ。どうやらそれっぽいジュースの様だが、とってもラグジュアリー。
でも、確かメルの実家は彼女にとても厳しいと聞く。仕送りは生活出来るギリギリの額しか送らず、足りなければ自分でバイトをしなさいという家訓だ。そんな教育方針なのにどうして今日に限ってこんなに贅沢なのだろう。
空港に到着すると、開口一番ナミさんが両腕を広げながら相変わらずねと口に出す。
私はまだ見ぬ巨大建築物に首を持っていかれそうだったので、角度の限界に挑戦した後、その奥にある滑走路に視線を移した。
「あ……あれが自家用ジェット機? うう、すごい」
小ぶりだが、明らかに速さを意識した作りだと素人目でも理解出来る。
「ふん、流石はクローバーグループね。成程、空港を買収したのは上手い手立てだわ」
「空港って買収出来るの……?」
「おほほ、勿論ですわ。買収は会社運営の基本ですからね。それだけでなく、プロスポーツチームもいくつか運営しているのですよ?」
離陸までの整備に1時間掛かるとのことだったので、皆で遅めの朝ごはんを食べる事になった。
サノが和食が食べたいと言ってたので、その手のお店を探すのかと思ったが、何やら係員数名が私達の所まで足早に近づき頭を下げ「ようこそお越しくださいましたお嬢様」と頭を下げる。
お久しぶりですわ。そんな畏まらないでくださいましとメルが声を掛けると、中心に立っていた女性が薄らと涙目になりながら「またお元気なお姿を見られて幸せです」と三日月の瞳を輝かせていた。
「ささ、お嬢様。離陸までお時間がありますからVIPルームまでご案内致しますね。サノ様のご要望通り、和食もう既にご用意出来ておりますのですぐにお召し上がりになられますよ」
なんと、まさかのもう用意してあるとのことだ。
サノとヨミとナミさんは何だか慣れた感じの佇まい。この中で内心おどおどしているのはきっと私だけだ。
「ね、ねぇメル。どうして今日はこんなにも待遇がいいの? だってお家は厳しいって言ってたよね? お腹の調子が良いとか? 朝の目覚めが良かったとか? ──それとも、屈服させてる?」
ヒソヒソと耳元で囁くと、彼女は口元を隠しながら頬を緩ませ吐息が荒くなった。顔を俯かせて笑いを必死に堪えながら視線を私に合わせる。
「もー、笑わせないで! シロコも知ってる通り、私達は塞ぎ込んでましたから。だから私の我儘がきっと嬉しいのです」
「メルちゃんはとても人望があるからね。それに、私達がSRTの任務を受けていた頃クローバーグループの危機を何度か救ったんだよ。ま、色々絆があるのさ」
ヨミがそう答えると、前で歩いている女性が顔を半分傾かせ、私に微笑みを送って来た。
そうか、きっと色々思う所があるのだろう。私の位置に居たのは、本当は別の人だ。まだまだ私の知らない関係性がある。一つずつ知っていかなきゃ。
ーー
ーー
「ふー結構お腹溜まったわね。まさか最後に餡蜜が出てくるなんて予想外だわ」
「姉さん以前より少食になったんじゃないか? もしかしてダイエットか?」
「くひひ、姉さん体重一部にしかいかないからいいんじゃない?」
「お茶漬けおかわり頂けます?」
「ん! 私も!」
油断した。
まさか朝からこんなに贅沢なご飯が食べられるなんて。
鮎を低温調理で蒸すように焼き、酸味が効いた酢の物と一緒に口に運ぶと何故かフルーティな香りに変貌。君って魚だったよねと顔と睨めっこするも、当然言葉など吐くはずもなく淡々と身をほだされて私の口の中に運ばれてしまう。
そして名残惜しくも最後に残った頭部を口の中で噛み締めていると、海鮮の出汁の香りが鼻腔をくすぐり始めた。
思わず何事か!?とピンと獣耳を天に立て警戒すると、私達の前に運ばれて来たのは一つの味噌碗。蓋から漏れる香りに我慢出来ず、焦燥的に、でもゆっくり確実に蓋を外すと、そこには鮎と小エビの宝の山。
かき混ぜる前に少しだけレンゲで汁を掬い、湯気に包まれる目元を無視し、唇に押し当てながら啜る。
口の中でお口直しをしたお冷の冷気と熱々のだし汁が調和を奏でると、脳天を突き刺すような旨味と海鮮の香りが現実を壊し、居ても立っても居られなくなった私は誘惑に負け急いで口の中にかき込んだ。
咀嚼する度に小海老に漬け込まれた塩味が暴れ回り、私の頭をかき乱す。
「ふふふ、喜んで頂けて何よりですわ。このお茶漬けは私が考案しましたのよ? 鮎と小エビの海鮮茶漬け。鮎の淡白さと苦味を出汁で中和し、小エビでしっかりと食感を演出する。この空港の名物料理としてとても人気になってますのよ?」
「ふんふんんん、ハフわわえる。ん、んまい」
よく朝からそんなに食べれるなぁと、ナミさんは片手で顔を支えながら私に視線を合わせる。
たまに連れてってくれるお店を勿論美味しいけど、ごめんねナミさん。これは所謂レベチってやつだ。
「む、何よ。もう連れていかないわよ」
「ん! まだ何も言ってない!」
「そこまで気に入られましたの?」
「ん! 美味しい! 私これ大好きかも!」
「く……! 早速レシピを模さなきゃいけないわね。メル、さっさと教えなさい」
嫌ですわ。と即答する彼女に雷の視線を送るナミさん。
これは戦いが勃発しそうだ。
「メル、私は最悪力づくでもいけるタイプなのは知ってるわよね?」
「ええ、存じています。でもそれなら、私が姉さんの寝技に興奮出来るのはお忘れではありませんよね?」
そういえば最初喘ぎ声あげてたっけ。
「ふ、興奮する前に締め落とす事だって出来るのよ? あなたは何が出来るのかしら?」
「ふ、締め落とされた後だって興奮くらい出来ましてよ? 私の想像力を舐めて貰っては困りますわ」
とか言ってるけど、きっと三人の中で一番変態度が低いのはメルだ。
つまりこれは高等な駆け引き。まだ見せてない潜在能力を競わせる果てなき知略の一戦なのだ。
こんな催し、手元に何も無いのはとても寂しい。映画館で食べるポップコーン的な存在が必要だ。
「ん、おかわり!」
大将のマジかこいつという視線を耐え、本日三杯目のお茶漬けをかっ喰らう。
その間に二人の論はヒートアップし、どんどん声が大きく響いていく。
「姉さんは私を絞め落とした後どうするおつもりで? もしかして霰も無い姿に晒し公衆の面前に晒すおつもりなのでしょうか?」
「いーえ? 家に持って帰るわ」
「持って帰った後はどうするおつもりで?」
「一緒のベッドに寝るわね」
「ふーん」
「うん……」
「その後は?」
「……可愛がる」
「……そ」
「ん! おかわり!!!」
早よシャーレ行けや