ほんま自分では気付かないのですよね・・・!
オフィスではゆっくり出来ないからと、私達は居住区にある休憩室まで足を運ばせた。
テーブルの上は食べ終わって片付けてないカップ麺の残骸や、溜まったゴミ箱などもあり相変わらず掃除は行き届いてない。私の居た世界でも同じだったが、先生は自分の身の回りの世話をするのが苦手みたいだ。
いつもは皆を先導して、時にはご豪快に、時には綿密な戦略を元に指揮をする先生。様々な人の悩みや葛藤を解決し、未来の扉を開いてくれる偉大な恩師。なのだけど、こういった人間臭さが彼の魅力の一つ。
きっと心を奪われたのは私だけじゃない。
「ガルルルルルルル」
「ゲルルルルルルル」
「グルルルルルルル」
「オホホホホホホホ」
時には例外もいる。
そう、人間の営みを捨て、野生の世界でしか垣間見る事の出来ない威嚇をこれでもかとぶつける生き物が4匹。
先生に触れれば、きっとどんな人でもイチコロだろうと当時は勝手に思っていたし、今この瞬間も思っていた。けど、全員が全員そうではないのが目の前で行われている。
対面座り用のソファなのに、片方は私一人、もう片方は先生を囲む様に包囲し、一ミリも動かさないようにこれでもかとメンチを切る私の仲間達。
皆どこで買ったか知らないが、口元から八重歯が剥き出しになるアクセサリをいつの間にか咥えており、眉間に何本も皺を寄せ鼻息を荒くする。
ナミさんは両目をカッと開き、瞬きを殆どせず先生の側面から鼻息が首元にあたる程の距離でぶつぶつと囁いている。充血した目がとても怖いのだ。それに「キサマ……キサマ……」って呟く単語がおかしくなっている。これは私でも漏らしそうな程の圧。先生は耐えられるのかな!?
メルだけ獣になり切れてない声を上げていた。何故か両手でしっかりとスマホを握りしめ、先生の下半身をカメラでねっとりと撮影。しっかりと狂ってて逆に安心したが、その動画の使い道が気になる。後で送って貰おう。
サノは背後で先生の頭部を眺めていた。こちらもだいぶ狂っていて、耳元に口を添えて「うちのお嬢に何……?」と理解に苦しむ発言を繰り返している。私は一体いつお嬢になったというのか。
ヨミはポケットからジャーキを取り出し口に咥え、クチャリクチャリとわざとらしく咀嚼音を響かせながら、片目だけ細くし先生の正面を牛耳っている。何も言葉を発さないのが逆に不気味で、いつ襲われるか捕食者は居ても立っても居られないだろう。
「あー……えっと、その」
にっこりとした笑顔を崩さないようにしているが、額からの汗の量が緊張度合いを物語っている。
狼の群れに標的にされたのだ。無理もない。
「えーっと……あはは、シロコのその服装なんだか新鮮だね。まるで大人の女性みたいだ」
私の今日の服装は、首元にシンプルな刺繍が入ったブラウスにタイトでフォーマルなスラックス。確かにアビドスに居た頃の私からすれば考えられない姿。それに、ナミさんのおかげでお化粧もきちんと覚えた。今日はいつもより気合いが入っているのは否定出来ない。
「ほんと? ……似合ってる?」
「うん! ……とても綺麗だよ」
先生に綺麗と言われると、こう、体の中心がくすぐられる感覚がある。嬉しくて思わず口元を手で隠す仕草すら恥ずかしい気持ちになる。頬は仄かに熱を帯び、目元は数回の瞬きの後顔を動かさずに視線を彼に向ける。
何気ない顔で芯を誉めるなんてずるい。こっちが赤面してるのにさも当然と言わんばかりの表情をするなんてもっとずるい。これが天然だなんてもっともっとずるい。
いつもなら照れ隠しに他の話題に直ぐに移ろうとする私だけど、今回に限ってはその必要はないみたいだ。
だって……ね。皆の表情が凄いのなんのってね。
皆一斉に先生から距離を取り、おかしなポーズで指を刺してびっくりした顔で私に視線を合わせる。
なんだろう、打ち合わせしてきたのかな。
「はあああぁぁぁぁぁぁーーーー!?!? 聞いた聞いた今の聞いた!? ヨミ、メル、サノ!!! はい感想をどうぞ!!!」
「くひひ、明らかに視線が胸部に集中している状態での一言だったね。私には分かる。だって私もいつもそうだもん。それで似合ってるよはセンシティブ過ぎるかな」
「ああ、私の位置からも確認出来た。女性の服装を見て誉めるなんて目的は一つに決まっている。ふ、シャーレの先生とはどんな存在か楽しみにしていた部分もあったが、所詮は獣と変わりないのだな」
「おーっほっほっほ!!! 明らかに別の目的を意識した会話でしたわねええええええ!!! 言っておきますが、私が地面に這いずり回って駄々を捏ねればグループを動かせるのをお忘れなく。私達の大切な彼女を守る為でしたらどんなことでもしますわよ! さぁ、それを踏まえて今の会話を真意をお聞きしたいですわねえええええ!!!」
興奮する四人。
先生も困ったという表情であたふたしているが、私を天然で攻め落とそうとした罰だと思ってくれれば幸いだ。というかヨミだけ発言がおかしかったけど、冷静に考えれば全員おかしいか。気にしない気にしない。
「あう……。真意は特には……。うーん、シロコの友人はとても手厳しいね」
「ごめんね先生。さぁ皆きちんと座って。スキンシップはほどほどにして」
私の言葉を皮切りに、四人は渋々と私の方のソファに座り込んだ。
サノ、メル、ヨミの三人は「ちぇ」とか「チっ」とか舌打ちを打ちながら股を開き腕を組み納得してない様子だったが、ナミさんだけは反応が違う。
彼女が時々見せる、視線を外さず相手を観察する様子。それは相手からどんな些細な情報でもいいから取り出す仕草。疑問、不可思議、違和感。自分の現在の頭では理解出来ない事柄を、自分の言葉で当てはめる作業の一つ。交渉の場でよく見せる、経営者としての彼女の顔。
「じゃあ、教えて貰いましょうか先生とやら」
ナミさんの言葉に我に返った先生は眉を下げ、脇にあったタブレットのスイッチを押す。
そこには「S」の文字が浮かび上がる画面が一つ。そして懐かしい声が私に挨拶してくる。
「お久しぶりです」
機械音声とは思えない程情緒豊かな喋り方。
それは、以前の先生をずっと支えてきた彼女の声。
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