始発点から青春駅へ   作:3ご

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第10話:シャーレの先生(4)

「ティタンの宝物庫?」

 

 聞いたことの無い名前に首を傾げると、先生は深い息とともにソファの背面に沿って深く背中を預け天井を見上げた。まるでがっかりとした様子で片方の掌を目元に当て、再び大きく息を吸い込む。

 

「もしかしたらって思ってたけど、シロコでも知らないなんて予想が外れたな」

 

 再び背中を持ち上げ、ローテーブルの前にある飲みかけのペットボトルのお茶を一気に喉に流し込むと、今度はプラナの名前を何度も呼び出し始める。まるで彼女を責めているような声の出し方。語尾が強く、恫喝とも受け取れる勢いの強さに心臓がチクりと跳ね上がる。

 

「プラナ、君が彼女なら知っているかもしれないと言ったから今日態々時間を作ったのに、何も知らないみたいじゃないか」

「……すみません」

「アロナはどうしているんだ? 彼女と一緒に探せば効率的なのに」

「先輩は……疲れてずっと眠っていました。さっきふと目を覚ましましたけど、今はまた机に突っ伏し──」

 

 先生の片方の手が大きくテーブルを叩きつけると、私達の前に置かれているグラスが一斉に振動し、ガラスの響き合う音が耳をつんざく。私は今まで見た事の無い先生の行動に思わず両手で口を押え、膝をお腹の上まで持ち上げて体を固めてしまった。

 他の皆は逆にとても冷静で、睨むように先生に視線を送っていた。

 

 空気が凍るような静まり還った空間。先生の荒い吐息だけがこだまする。それを打ち破るように私は息を大きく吸い込んだ。

 

「先……生?」

 

 恐る恐る口を開き、俯いた先生の顔を覗き込む。

 眉は下がり目尻は尖り、瞳は光を反射せずに虚空を見つめ、視線は定まらない。肩は震え始め、握り込んだ拳は骨の軋む音を鳴らしていた。

 

「救わないと……救いたい人がいるんだ。宝物庫に行って、行って」

 

 ぶつぶつ独り言を言い始めたと思ったら、再び背もたれに寝そべり天井を見上げ始めた。

 最初はにこやかな笑顔を見せてくれていたのに、段々と時間が経つにつれ様子がおかしくなっていってる。それに、今日私と会ってくれる約束をしたのって、自分が知りたい情報を持っているかもしれないという理由だそうだ。

 ……私の知っている先生……だよね?

 

「シロコさん、そしてお友達の皆さん。今日の面談はこれで終わりです。……見て頂いたら分かる通り、先生はとてもお疲れです。本日の謝礼は後日改めて」

 

 私が反応に困っていると、横でナミさんが私の肩を叩き、表に出るように催促する。三人も重たい空気に耐えられないのか、早く出たいと言わんばかりの困惑した表情だ。

 

「ん、先生、プラナ、今日はありがとう。また来るね」

「ええ、またいらしてください。特にシロコさんは体の検査が必要になりますので、定期的にシャーレに足を運ぶようお願いします」

「検査?」

「はい、先程も申しました通り、世界の歪についても調べなければなりません。粒子、神秘。そして反転したシロコさんの恐怖も調査します。なので、生徒名簿に登録しておきますね」

「ん、ありがとうプラナ」

 

 踵を返し、出口に向かおうとすると、背後からシロコと名前を呼ばれた。

 このまま挨拶を交わさず帰るのもとても寂しい。だから、名前を呼んでくれるのはとても嬉しい。先生の元気な顔をもう一度目に焼き付けたい。思い出の先生と変わらない姿を見たい。

 胸を一つ高鳴らせ、好きな人に視線を振り向かせる。

 

「ねぇ、生徒名簿だと砂狼シロコは二人いる事になるんだ。これじゃあどっちがどっちか判別付かないし、仮に二人揃って目の前に現れたらややこしいだろ? いっそ名前を変えてみるのはどうかな?」

「名……前?」

 

 一体何を言っているの?

 

「考えていたんだよ。同一な存在ならまずは名前を変えてみるのはどうかなって。うーん、アビドスの方がシロコだし、その裏なら……クロコ、砂狼クロコってのはどうかな!? 良い案だとは思わないかい」

 

 開いた口が塞がらない。

 目頭が熱くて、胸がチクチクする。

 息を吸うのが辛い。目の前がぼやけて、鼻が詰まる。

 

「や……」

「今日から君はクロコだ! 良い呼び名じゃないか! 表と裏を思わせるかっこいい名前だ!!」

 

 やだ……嫌だ嫌だ嫌だ。

 先生から言われたんだ。あなたはあなたのままでいいよって。それを……どうしてあなたが壊そうとするの? 私はシロコのままじゃダメなの?

 

「先生……今のは聞き捨てなりませんよ!!! どうしてそんな軽率に……最近のあなたはとてもおかしいです!!! 彼女の想いを考えましたか!? 必死でやっとの思いでこの世界に来て!!」

 

 プラナがそう言いかけると、背後から一人が飛び出した。

 片方の手を大きく振りかぶると、パチンと渇いた音が部屋中に響いた。

 その音を受けた先生は大きく仰け反り、地面に突っ伏し片方の手で頬を抑え、一瞬は放心状態になったが、すぐに現状を把握し睨むように目線をナミさんに傾ける。歯を食いしばり「何をするんだ」と声を荒げるも、それ以上の剣幕で彼女が声を荒げ始めた。

 

 私はその環境と先生に言われた言葉が胸に突き刺さり、居ても立っても居られず部屋を飛び出す。

 メルの私を呼ぶ声が背中から聞こえたが、今の自分の顔を見られたくないから振り返らない。

 

ーー

ーー

 

 ここはどこだろう。走り回っていたらよく分からない場所まで来てしまった。

 木々があって、道も整備されているから公園だ。もしかして私が知らない公園なのかな? 以前の世界ではこんな場所無かった……いや、自分が知らないだけかもしれない。

 

「……疲れた」

 

 走り回ってる最中ずっと泣いてたし、感情の整理と頭の整理が出来ずぐちゃぐちゃでそれでも体力を使ってしまった。身体中がぐったりとしてて全身の筋肉が緊張している。

 

「ベンチあった。座ろう」

 

 近くにあった自動販売機でお茶を買い、一気に喉に流し込むと、段々と頭の中がクリアに鮮明になり、ぼやけていた目の前の光景を映し出した。

 時刻は夕方手前。シャーレを出てから一時間以上は経っている。さっきの出来事を頭の中で思い返すと、再び瞳の内側からじんわりとした熱が浮き出てきた。頭を振り、抑える。

 

 偽名を考えた事もあった。

 ナミさんに「あなたは誰?」と問われた時、自分の名前を言うかどうか、凄く迷った。

 そこで浮かんだのはアビドスの皆の顔と、先生の顔。

 皆私の名前を呼んで……最後まで呼んでくれて。

 

「やっぱり、私じゃダメなんだ」

 

 もう一度アビドスの皆に会いたいと思ってた。でも、恐くなった。先生でさえ私をややこしい存在だと見ているんだ。きっと学校の皆の同じ。私が行っても迷惑だろうし、そもそもこの世界の私の迷惑になる。

 

「アビドスに行かなくて良かった。それが正しいんだ」

 

 最初に決めたじゃないか。

 彼らがいない物語の向こうに行くって。それがどうだろう。新しい仲間達に出会って、毎日が新鮮で楽しくて……。私は、私がどういう存在かを忘れてしまっていたんだ。

 

「惨め……惨めなシロコ」

 

 もう、下手な願いを持つのは辞めておこう。

 新しい世界では皆受け入れてくれたんだ。別人にそっくりだって理由だけど、それでも時間をじっくり掛ければ……。

 

 ──また一人になったらどうするの?

 

 私の中の別の私が、最悪な未来を問いかける。

 

 頭を抱え、重力に身を任せ項垂れていると、ポケットにあるスマートフォンから音が鳴った。

 いつもの音じゃない。どちらかといえばシステム音のような。

 思わず画面を視界に入れると、そこにはA.R.O.N.Aと書かれたメッセージボックスが出現していた。

 

ー急にすみません。先程は失礼しました。ところでシロコさん。ちょっとお時間よろしいですか_?

 

 

 

 

 

 

 

 




ひでぇや先生
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