始発点から青春駅へ   作:3ご

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第12話:大人のカード

 細長い廊下の先。突き当り手前の扉を潜り抜けると、そこには神妙な面持ちの三人が座っていた。

 応接間のソファ。片方にはナミさんが一人、もう片方には三人。明らかに不機嫌になっている彼女に恐れおののいているのか、誰一人言葉を交わそうとしていない。

 ノックをして、扉を開く。

 私の顔を見ると途端に表情が鮮明になり、名前を呼んで足元に駆け寄る。が、ナミさんだけは眉間にしわを寄せて腕を組み、口を尖らせ「遅い」とぼやいた。

 

「返事くらいしなさいよ。怒るわよ」

「ごめんなさい。次から気を付ける」

 

 恐る恐る彼女の横に座る。

 迷惑を掛けて勝手に飛び出して、これはきっと天からげんこつの嵐だろうと身構えていたが、予想とは違い、中央から左右に手のひらで頭を撫でてきた。そして彼女の反対側の私の肩を掴み、自身の胸元に私の頭を吸い寄せ、耳元を撫でる。

 きっと三人もげんこつが来るのを予想していたのか、はわわはわわと焦りを帯びた顔は安堵の表情になり、胸を撫で下ろしていた。

 

「ごめんシロコちゃん。あなたの大事な人滅茶苦茶に怒っちゃった」

「ん……うん。ごめんねナミさん、皆。私の方こそ情けない姿見せて」

 

 そんなやり取りをしていると、真横にある先生のデスクの上に置いてあるディスプレイが急に光だし、抑揚のない機械音声がスピーカーから私達に話しかけてきた。

 いつもはシッテムの箱からの音声を聞いていたからか、周波数帯域が広いスピーカーからだと彼女の声はいつもと印象が違って聞こえる。

 

「シロコさん。先程は申し訳ございませんでした。にしてもとても速くシャーレに到着しましたね」

「ん、色々あって。それで、私に渡したい物ってなに?」

「ええ、速やかにお渡し致しましょう」

 

 彼女の言葉と同時に入り口横にあるお掃除ロボットが勝手に動き出すと、先生の机の下にある暗証番号付きの金庫から黒い物を取り出し、私の前に置かれる。

 真四角の形状の四角い箱。見た目で言えばまるで大きな宝石でも入ってそうな重厚感。

 

「開けてください」

 

 彼女の言葉に従い、箱を手に取りカギを外し、慎重にゆっくりと開く。

 その中には、ボロボロに擦り切れた一枚のカード。薄いガラスの板に挟まれて中央の布の突起の中に埋まっており、チリ一つ入らないように厳重に保管されていた。

 何度も、何度も何度も目にした彼の勇気。それは私の世界で様々な局面で使い、幾度となくピンチを乗り越え、命を削り皆を救おうと覚悟を決めた証。

 

「……先生の、大人のカード」

 

 思わず、また瞳の内側が熱くなり始めた。口を曲げ鼻から大きく息を吸い込み、喉の締め付けを緩和させる。

 でも、それでも耐える事の出来なかった溢れる思い出達が、瞬きをする度に手元へぽたりと零れ落ち、呼吸を忘れ肩を震えさせた。

 

「あの、お友達の方々。ハンカチをお持ちでしたら彼女に添えてください」

 

 プラナの言葉にすぐに反応したヨミは、ハンカチではなくハンドタオルをナミさんに渡し、ナミさんは私の顔を覆うようにタオルを当てる。

 「大丈夫?」とメルとサノの声がしたので、首を横に振る。

 一度箱を机の上に置きタオルを両手で支え、膝まで腰を曲げて瞳に溜まった感情を思いっきりタオルに染みこませる。

 だめだ、私ここにきて泣いてばかり。でも、一度にこんなに沢山の出来事があると、流石の私でも処理しきれない。

 

「シロコさん、そしてお友達の皆さん。そのままで良いので私の話を聞いてください。私の存在が信頼出来ればですが」

「……あなたの事は信頼しましょう」

「黄泉ナミ。キヴォトスサイクルの社長。ありがとうございます」

 

 彼女がこほんと咳き込むと、また背後から「プラナちゃん大丈夫!?」と今度ははっきりと声が聞こえた。「先輩は黙っててください。これは私達の問題です」とはっきり言い返すと「うう……」と声だけでも分かる程シュンとした項垂れる様子が想像出来た。

 彼女は彼女で上手くやっているみたいで、少しほっとする。

 

「では、単刀直入に言います。”嫌な予感”がするのです。システム管理者である私が予感などという統計や理論を無視した概念を話すのは気が引けますが、今の私ではその予感を演算して結論を出す事も、数字を元に予測を立てることすらも出来ないのです」

 

 彼女らしくない話。顔からタオルを離し、鼻を啜りながら画面を見つめる。

 

「すまない、それは胸騒ぎの類か?」

 

 サノの質問に沈黙を数秒重ねると、そうかもしれませんという曖昧な答えが返ってきた。

 

「この世界の、とあるどこかで、自己を問い続ける者がいます。その大本の力はどこにあるのか。シロコさん達が見つけた”別世界”のナラム・シンの玉座なのか。それとも私達がまだ観測していない領域の話しなのか」

 

 ”別世界”のナラム・シンの玉座?

 そうか、だから戦闘の痕跡が無かったのか。でも……”別世界”?

 

「ただ確実に言える事は、観測出来ないのに大きな力が”己”を演算し続けているという事。理由は分かりませんし、目的も分かりません」

「待ってくださいまし。最初は嫌な予感とおっしゃっていたのに、どうして演算目的を特定出来ていますの?」

「演算の残滓がネットワーク上に散らばっていました。コンピューターグラフィックスの世界で、扱われていないオブジェクトが画面上に存在していないのに、その世界では使用履歴として存在している。そんなイメージです。私でもアクセス権限が突破出来ず、かといって容量も限りなく0に近い」

 

 プラナでも手を入れられない領域ならば、私達でも殆ど干渉出来ないだろう。

 

「オブジェクトには接続出来ませんでしたが、その使用履歴、いわゆる目次にはアクセスをする事が出来ました。そこには奇妙な一文だけが記載してありました」

 

 ──私は誰? と。

 

 この一文が、ネットワークの至る所にクラッター枠として遍在していたそうだ。

 それはコードの一部に紛れ込んでいたり、ウェブサイトの隅に文字化けの代わりとして記載されていたり。ソフトの起動画面にまるでサブリミナル効果を促す様に0.0001フレームに差し込まれていたり。

 

「それだけではありません。建物の壁に書かれていたりもしました。街中の監視カメラを通して調べた結果、それが壁だけではなく、警備ロボットの装甲の裏側。本の一部に印刷ミスの様に記載されていたり、無意識にスマーフォンに文字を打ち込んでいる学生もちらほら見かけました」

 

 四人、顔を見合わせる。

 今までそんな違和感を感じた事など一度も無かったはず。ナミさんも首を横に振るばかりだ。

 

「断定は出来ません、もちろん観測も。証拠も出せません、何せ保存した画像から文字は消えていますから……だからこそ、”嫌な予感”なのです。この世界を使い”己”を演算している者がいる。目的も使用用途も不明」

「それで、その確定出来ない情報を私達に教える意味は何?」

 

 ナミさんが足を組みなおし、一度お茶を口に含む。

 私も前に置いてある冷たいお茶を喉に流し込むと、ひくひくしていた鼻が次第に落ち着きを取り戻してきた。

 

「シロコさん、落ち着いて来たみたいですね。以前、皆様はカイザーの基地で戦いを経験していると思います。その中で皆様聞いたはずです。シロコさんの中にある”世界線の残滓”を。私なりにその研究にアクセスし、分析した所、先ほどの話に出た”私は誰?”という問い。原点がそのカイザーの研究にあったのです。おっと、原点とはまだそれも断定出来ませんが、ただその研究の第一人者であるカイロスという人物の最初の問いは”私は誰?”だったのです」

 

 自信を知る為に、どうして世界線移動の鍵を探しているのだろう。

 意味が分からない……理解出来ない。話が見えて来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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