ぶり鍋でとってもお腹がいっぱいになって幸せな気分だが、食事の後は地獄の皿洗いの時間だ。この家はお風呂に関してはしっかりお湯が出るが、台所のお水は冷水しか出ない五世代前の古い古い建築……いや、素敵な文化が受け継がれている趣のある家。
秋頃にそれとなく、とってもそれとなく改築に関して提案してみたことがあるが、彼女は一言「積立貯金しとく?」とただでさえそこまで高く──いや、質素で慎ましやかな生活に慣れている私には馴染みのない言葉を投げかけてくるのであった。
私は基本的に贅沢はしない。
欲を言えばもっとやりたい事や欲しい物。それとなくいい感じの食材を使った料理をしてみたいとは思うのだが、かといって体が震えるほどの欲求かと言われれば、答えはバツだ。
ロードバイクもタイヤとかもっと堅牢なのが欲しいけど、あれは非常に高い物だし、そもそも手を出そうと言う気にもならない。脳内が勝手にシャットアウトしている。欲を全開にして日々を生きていたら人間はどこかで溺れて沈んでしまう生き物。
そう、私は人間としての生き方を学んでいるのだ。禅の修行なのだ。
だから我慢して真冬の中でも冷水で洗い物が出来るし、日々の出勤もロードバイクで風が服を貫通し、肌を突き指しながら出勤も出来る。とっても偉い。
「ん、皆この寒い中来てくれたから、洗い物は私に任せて」
まるでヒーローを見ているような輝いた眼差し六つが、称賛の言葉を声に出さずに私の顔に視線を集める。
ん……悪い気分じゃない。
悪の集団に囲まれた彼女達。手負いも手負い、食べ過ぎて体がぐでんとなり、外気と言う敵がトドメの一撃を振ろうとした所に、私が颯爽と現れて敵の注目を集める。
かちゃりかちゃり。
食器の踊る音が響き、鍋の中央に集められる。
サノは手元にある布巾で天板を拭き取り、メルはそれぞれの箸を集め一つにまとめ、私はお皿系を重ねて持ち運びやすくし、ヨミは寝っ転がってタブレットを起動し始めた。
やはり彼女達は凄い。それぞれが個性を持っており、得手不得手もしっかり三等分になっている。
サノは細かい作業が得意だ。それに一人の人間として気配りも抜群。暴走すると猪突猛進になる所がたまに傷だけど、私は可愛らしい一面として見ている。
メルは俯瞰視点がとても得意だ。部隊でもスナイピングをする役割だからか、目もいいし指示を出すのもとても上手い。枕としてもとても優秀だ。感情のコントロールが苦手みたいだけど、きっと優しい性格をしているから。
ヨミはムードメーカーな部分が案外強く、最近気づいたのだがボケとツッコミの両方が出来るハイブリット型だということ。見た目から想像出来ない頑丈な肉体は部隊の守り手として非常に優秀で頼もしい。ただたまにぐーたらな一面があるが、人間だから仕方ない。
サノがちらりとヨミに視線を送る。
三秒程凝視したあと、天板下まで潜り込み、ヨミの隣まで中を掻い潜って移動した。
メルも同じタイミングでヨミに視線を送った後、サノの行進が終わるまで場を分析するように静観し、サノが移動し切った後で同じように天板下に潜り込み、ヨミを挟むようにサノと反対側の場所まで移動する。
四角形の一辺はとてもぎゅうぎゅう詰め。
そして見つめ合う三人。きっと私には視えない言語で会話しているに違いない。
私は最後の抵抗にと、まだ足元はこたつの中。最後の暖を取りながら食器を集め、心の芯の方に決意と覚悟を集めるのだ。
腰を先に浮かせ、手元はぎりぎり天板麓へ維持しながら、腕を掴み棒のように突っ張りながら鍋を持ち上げる。
重くてとても大変だという些細なアピールをしたつもりだが、三人はタブレット夢中で私に視線の一つも送ろうとしない。もう足元もこたつから離れ、生還率0%の極寒の地を這いずり回っているというのに、彼女達は全く私に視線を合わせようともしない。ちらりとも眼も動かない。
一歩、二歩三歩と足を進め、戦場のど真ん中に到着した私は、まずはシンク横のスペースに食器を置く。
もうこれだけで今日はいいんじゃないかと自分言い訳しそうになったが、声高々と私に任せてと言った以上、逃げる訳にはいかないのだ!
水道の取っ手を傾けると、当然に様に水が流れる。
ホワイトノイズを大きく増幅したような水の出る音。夏と冬でどうしてこんなにも印象が違って聞こえるのか。
答えは簡単、それは私の中にある臆病な部分が恐怖を増幅させているだけなのだ。テラーとなっている私にここまで恐れおののかせるとは。
腕を捲り、スポンジに洗剤を掛けて泡立たせる。そしてお皿を水に付け、呼吸を止めて一枚一枚汚れ残しが無いように丁寧に磨く。その間にちらりと後ろを振り向き彼女達の様子を確認すると、やはりタブレットに夢中になっていてこちらに意識を向けようともしない。
しかも、見ているチャンネルがヨミの好きなチャンネル。今回はカマキリがセミを捕食している動画らしい。まさかこのタイミングでそれを選ぶとは……というか、何故二人共黙って一緒に見ているのだろう。
ダメ、私は今目の前の敵に集中しなきゃならない。
まず先に小皿達からやっつけるのだ。
深皿は中をこそぎ取るように何度もスポンジを擦りつけ、お箸はまとめてではなく一本一本丁寧に磨き上げる。
ん、ここら辺はまだまだ雑魚。ここから大ボスである土鍋。洗剤で滑り切ってる手はとても危ない。つるりと滑れば床に真っ逆さま。陶器だから少しの衝撃で割れてしまうし、そうなれば折角の三人の時間を邪魔してしまう。だから、君はシンクの中で水と一緒にこねくり回してやろう。大丈夫。私も辛いけど、これが一番早いやり方。
取っ手を一番上まで上げると、水の噴射量が最大になった。
──つ、冷たい。痛い、痛いよ。
けど、たったの数分。ここで決める。
土鍋の中で暴れ狂う水にスポンジと手を一気に突っ込み、回しながら泡をふんだんに使い磨いていく。幸い食後すぐだからかこべりついている汚れも無い。外郭も三周し、水の噴射で一気に泡を吹き飛ばすと、横の冷蔵庫の上にあるタオルの上に逆さに向け置く。
残りの小皿とお箸も同じ。飛び散る程の噴射水で泡を消し飛ばし、今度は照明下の食器置き場に並べる。飛び散った水はタオルでしっかりと拭き取り、これで討伐完了。
が、やはり無傷ではいられなかったみたいだ。手はあまりの冷たさに仄かに赤く染まり、口元はかちかちと歯を鳴らし始めた。
振り返り、せかせかと足を動かし予備動作無しでこたつに手と足を入れる。
しもやけなど気にしている場合ではない。多分だけど、あと三秒遅かったら絶命していたに違いない。
そんな私の事などつゆ知らず、三人は相変わらずタブレットに夢中だ。
なんだか悔しいから私もその一辺まで突入してやろうと天板に潜り込んだが、やはり定員オーバーだそうで、ふともも達がぎゅうぎゅうにひしめき合っている。と、物理的な事情など私は知らない。タブレットよりも私に構うべき。
もぞもぞとなんとか顔だけ侵入すると、異変を悟ったのかヨミと目が合う。
「シロちゃん、明日はだいぶ気温が上がるらしいよ? 約束してた映画見に行く?」
「ん、メルのお家元がスポンサーの?」
「ですわ」
「折角チケット貰ったんだ。しかも最近作られたでかいショッピングモールの映画館。行かない訳にはいくまい」
「ですが、シャーレはどうしますの?」
「ん、来週でいい。プラナもそこら辺は緩くしてる」
「じゃあ決定だね」
日々過ぎるごとに、特別感というのは無くなっていく。
彼女達との日常。もう新しい友達という関係ではなくなってしまったけど、それは一歩先を歩んだ結果なんだ。
正直、とても穏やかな感覚で、とても、とってもとっても……好き。
「姉さんはどうする? 最近顔合わさないといじけるからな。4人だけで行ったらまた不貞腐れるぞ」
あと数話程日常回を書いた後、本格的に後編のお話を進めます。
全体的なバランスを考慮すると後編はだいぶシリアスになるので、ここいらで中和剤を投下しないといけないのです!
頑張っていこう!
ちなみに低評価貰って3分くらいへこんだのはとっても内緒。カップ麺美味しかった!
いいもんいいもん