ぴっかーん。
どーんごろごろ。
どしゃしゃー! きしゃしゃー!
きゅいーん……ゥーン……どーん!
真面目に働いているのか、それともこれから喜劇でも起こそうとしているのか。私の耳には上空にある雷雨達の宴がどうも笑いあっているように聞こえる。トントンと雨戸を叩く細かな雨は、外に出掛けようぜほらほらずぶぬれの狂乱だ! と招くようなリズムで表に誰かいるみたいに振る舞う。
そんなお外の天気など露知らず、私の手元にはお皿に盛りつけたクッキー達と、淹れたばかりで湯気を元気にゆらしているアップルティー。メルが買い過ぎたからとおすそ分けとしてもらった茶葉。ネットで検索してとりあえずレシピ通りに作ってみたらあら不思議、部屋中に蒸したりんごの香りが漂うじゃないか。
そんな贅沢なおやつの時間を彩るのは一冊の本。
どこかの誰かが作ったか不明の本で、内容のあまりの過激っぷりに一部界隈でとても高い評価を得ているとか。しかも入手困難ときた。普通なら手に取ることさえ叶わない本だが、なんと私の手元にあるのは絶版になった一部。と思いきや、そのレプリカ。
防腐加工を施しているのは、そのレプリカでさえ貴重なんだとか。複製は出来るが、複製した人は後からとても酷い目に合っていることから、呪いの本とも言われているらしい。
具体的に、いつの間にかライフルで頭を打ち抜かれたり。地平線とも言えるだだっ広い平原でも上空から花瓶が落ちてきたりと、聞いている限りなんとも行動力の高い呪い。
その本の名前は──キヴォトス創作童話「三匹の雌豚」
ぉぉぉぉーーおおおおおん!!! と訳の分からない奇声から始まる今作。内容的にはとても簡単で、なんかすごいブレスを吐く狼が次々に彼女達の愛の巣を壊すという内容だ。雌豚達はそれぞれの武器を用い様々な抵抗を試みるが、狼の強大なブレスに屈服する羽目になる。
「ん、理解できないけど面白い。もう一周してみようか──」
──ぉぉぉぉーーおおおおおん!!!
雷でもなく、雨音でもない。
今、確実に外で”何か”の音が聞こえた。いや、何かじゃない。誰かだ。
普通、こんな所で大きな声を出すのは考えても殆どいないはず。下の階にいるデカルトさんは奇声を発したりしないし、小動物だっていない。今日は天気もこんなだから三人も来ないだろうし……。
──おおおおーーおおおおおん!!!
また聞こえた、今度は近い。
身の危険を感じる獰猛な声。今まで経験したことの無い展開に動揺を覚えるが、とりあえずクッキーをひとつまみし、紅茶を喉に流し込む。そして本をバッグの中に押し込んでから、こたつの中央に置いていたハンドガンに手を伸ばし、背後にある玄関に向かって銃口を向けた。
「誰かいるの?」
うっすい扉の先から聞こえる漏れたうめき声。それと共鳴する雷の音と、雨の小躍り。視界に捉えられない分意識を音に集中したいのだが、自然の驚異が私の生存率を悪戯に下げる。
おお、おおお。
微かに聞こえる咽ぶ声は女性のものだ。つまり、奥にいるのは人間。けど、一体何の為にここに来た? 私を狙っているの?
「返事をして」
大きな声を出して牽制。
背後に纏わりつく空気はじんわりと緊張した額に汗を垂らし、寒さでかじかむだろうひと差し指はただ引き掛ねを引く機械へと変貌する。目線は一瞬たりとも外さず、すり足でじりじろとうっすい玄関の扉へと進んでいく。そしてもう一度鼻から肺一杯に空気を吸い込み、今度は奥まで貫く低い声色で警告の返事を叫ぶ。
「返事をして、さもなくば……!」
誰が反応したかと思えば、さっきまで互いにふざけ合っていた雷と雨だ。
ぴたりと時間が静止したように雨音の叩く音が止まり、上空のお腹に響く低音も、隙間風のノイズ音さえ静止する。
あるのは冷たい空気と、静寂。
「ふっ!!!」
添えていた左手を前方のうっっすい扉のドアノブに添え、右手に構えてあるハンドガンを先に向かわせる様に一気に開く。
「だれ!!! ………え? メル?」
天然であろう光を帯びた金色の髪の毛は生気を無くし雨で顔に張り付けられ、清楚に着こなしているスカートの短い制服は雨風で下着が丸見えで卑猥だ。彼女は特に胸部が大きいから猶更。寒さなのか、それとも悲しいと一目で分かる顔色のせいなのか、両手を前で組みながら肩を震わせている。口元は小さく紡ぎ、下から見上げるように上目遣いで私の顔を見た途端。
「──おおおおーーおおおおおんおんおんおん!!」
まるで無邪気に泣き出す赤ん坊の様に、感情と言う感情を四方八方にまき散らす。
普段の彼女から想像出来ない光景。一体何があったのか。
「ん、メルはとにかく中に入るべき。寒いだろうから、今ならエアコンも付けるのを許可出来る。とにかく中に入って」
ーー
ーー
シャワーから上がった彼女は落ち着いたのか、虚空を見ながら私のドライヤーを大人しく受けていた。部屋着のスウェットのサイズが合うかどうか心配だったが、若干胸部が張ってくらいで他は問題なさそう。うん、部屋に泊めてるからまた抱き枕にしてもいいよね。
「すみません、連絡も寄越さずに急に来てしまっへくちっ!」
「謝らなくてもいい。大丈夫だよメル。それよりももっと暖かくしないと風邪を引く。白湯淹れるからこたつでぬくぬくしてて」
コンロに行き、やかんに水を貼り火をつける。
その間に冷蔵庫を開き、食べていた同じ種類のクッキーを数枚取り、小皿に盛りつけこたつの天板に置く。
「マグカップ……ん、これがいい」
表面に線で書かれた犬の顔。そして反対側の内側には大きな耳が描かれている可愛らしい一品。丁度視線を下げて重ね合わせると顔と耳が重なり完全な犬になるという仕様だ。これでメルが和んでくれたらいいけど、彼女の顔を見ると事はそう簡単ではないと伺える。
背後から見た彼女はとても小さく見えた。
普段のツインテール気味の髪はほどけてふわりとしたパーマ気味になっており、失礼な言い方だがトリートメントしたばかりの子犬の様にふわふわと仕上がっている。
常にお嬢様で、気丈に振る舞っているのに、こうも弱弱しく映る彼女の背中はなんだか新鮮。庇護欲が搔き立てられるのだ。
そうこう準備をしていると、丁度やかんから沸いたぜと音が響いた。外気が低い分、水蒸気の煙は可視化され、風情がある。
鍋敷きをまず天板の中央に置き、その上にまずやかんを置く。そしてマグカップの少し上の方からお湯を注ぐと、水蒸気が辺りに舞い散り、メルの顔を覆いかぶさった。
「まだ熱いから、少し待って」
こくりと頷く彼女だが、冷えていたのか両手で包み込むようにマグカップを握ると、自分で息を吹きながら口元にゆっくり近づける。
こく……こく。
少しずつ、ゆるやかに喉を鳴らす。頬は暖かさで赤みを帯びており、目元はまつげが重なり宝石のような麗しさを演出する。
「今日はどうしたの?」
私の言葉にはっと意識を取り戻したと思ったら、今度はじんわりと瞳に涙を浮かべ、目元を伏せて手元のスマーフォンの電源を入れた。
「これを……見てくださいまし」
そのスマートフォンの画面には、いつもの人の姿。
サノとヨミの二人の並んでいる背中が映っており、互いを見つめ合っている所が切り出されている。
「これがどうかしたの?」
写真に何もおかしい所なんて……え?
「気づきましたか。そう、今日ここに来た理由ですわ」
ミレニアムとトリニティの制服。バッグにはいくつかのキーホルダーとバッジ。ヨミは自分で作ったグッズを沢山付けている反面。サノは無味無臭に近いが、ヨミの作ったバッジをサイドポケットの端に張り付いてる。
だが、それよりも重要な出来事が映っていた。
私でも三度見するくらいの、衝撃な場面が。
「……手、繋いでいるね」
ゆっくりのんびり書いていきたいですね。