始発点から青春駅へ   作:3ご

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第四話

「ねぇシロコちゃん。君は今さ、やりたい事とかないの?」

 

 ナミさんがそう切り出したのは、以前にも注文した絶品のお刺身定食を食した後、追加のほうじ茶が口の中に残った磯の香りをまろやかさで洗い流した後の、お腹が膨れて幸せ満点な時だった。

 

 美味しいご飯の後で話しを切り出す、それは交渉事の常套句。常に社長であり続けているナミさんの性格から察するに、これは何か激しいお願い事をする前触れ。この前は休日を返上して家の庭の手伝いだった。今回はーーきっと。

 

「わかった、私はナミさんに生かされているも同然。あなたが私をどのように見ているかは知らないけど、きっと今の私にならこなせるはずだよ。ね、とりあえず家に帰って足でも舐めればいいんだよね?」

 

「あかーーんっ!! 私はそんな要求セーへんて!! あかんてシロコちゃんそれはあかんて!! 私何も言っとらんやん!!」

 

 頭部に数発の空手チョップを貰い、自分の思考の誤りを反省する。

 思い込んだら自分を信じて疑わない性格だ。だからこういう間違いも多々ある。

 

「えっと……その、流石に家庭内暴力的なのは……耐えられない、かも。でも、ナミさんがそう言うなら、少しだけ耐えてみせるね」

「ちゃうてえええええ!! ほんまええ加減にせぇーー!!」

 

 ナミさんが激しいツッコミを入れる前に、奥の方から店員さんがやってきて注意された。一回目は許すけど三回目は包丁な。って包丁を舐め回しながら言ってたけど、包丁ってなんだろ。怖いから聞くのをやめよう。このお店って実は治安悪いのかな。

 

「んと、その二つじゃなかったらなんなの? 予想が出来ない」

「その二つしか想像出来ないの!? おかしくない!?」

 

「でも、それ以外って何かある?」

「沢山あるでしょ!? 私とのこれまでの楽しい思い出とかたーくさんあるでしょ!? ってそんな話じゃ無いの! 違うの!」

 

 こほん。

 咳払い。

 

「えっとね、シロコちゃんがうちに勤めて半年が経ったじゃない。それでね、たまに思うんだ。この子は一体何がしたいんだろうって。何か目的は無いのかなってね。その、最初は道端にうずくまってたし、何日も食べてなかったりしてたから何か事情があるんだろうなって思ってさ。訳ありの子って色々と面倒なんだけど、シロコちゃんはとても素直で良い子だし。何でも高いレベルで仕事もこなせるし」

 

「そんなに褒められると照れる」

「ずっと照れてなさい。可愛いから」

 

 これはもしかして口説かれている!?

 やっぱりナミさんは……!

 

「違うわよシロコちゃん」

「まだ何も言ってない」

「分かるのよ私には。で、結局さ、私は君を詳しく知る機会が無かった。改めて聞くけど、シロコちゃんはどこの学校出身で、君は一体誰なの?」

 

 いつにない真剣な表情。冗談など微塵も感じさせない、まっすぐな瞳。

 沈黙を貫きたい。

 きちんと喋った所で信じて貰えないだろうし、何よりーー。

 

「私は……後ろは振り返れないの。前に進む以外道は残ってない。後ろは崖であり壁で、辛い所」

 

「ねぇ、何があったかは知らないけどさ、記憶喪失でも無いんだし、過去はあるんでしょ? ただの家出とか、自治区でやらかしたとかじゃ無いんでしょ? ゲヘナ? トリニティ?」

 

 もし、以前の自分の正体が判明して、全てを知ってしまったらーー。

 死へと導く、神秘が反転した恐怖の存在であるとバレて、拒絶されてしまったら。

 

 こんな良い人に嫌われてしまったら、私はーーきっと立ち直れない。

 ナミさんは本当に良い人だ。きっと知られた後でも普段の様に接してくれるに違いない。でも、心の何処かで気味悪がられたり、畏怖のような物を抱かせてしまったら……。

 

 亀裂はやがて大きな破片を生み出す。私は知っている。

 

 やっと、自分が存在して良い場所を見つけたんだ。なりたい自分になっていいよって、この世界の自分にも言われたのに。それを私自身が壊すわけにはいかない。

 

「……ごめんな…さい」

「……分かった。この話しはやめる」

「ごめんなさい」

 

「いいよ謝らなくて。私も悪かった。大丈夫、シロコちゃんは最後まで責任持って面倒見るから。急に見捨てたりしないから安心しなさい」

 

 以前に比べて、人に依存するようになったからなのか、その言葉に、安心を憶える。

 

「っと、ここからが本題」

「本題?」

「そ、本題。とにかく君がやる事なくて仕事しかしないってのがよく理解出来たわ。そん人物だからこそ、任せられる」

 

 ナミさんがそう言うと、手元にあるバッグから一枚の紙を取り出した。

 それはお店でも言っていた内容だ。

 

「今度の大会よ。雨季の関係もあってか、開催時期が大体1ヶ月押してるけど、まぁ練習するには丁度いい期間じゃないかしら」

 

「キヴォトスサイクル主催のロードレース……。これに私が出るの?」

「そう、シロコちゃんは運動能力も高いし、体力も一般人より十分ある。走破力も高いし速度も出せる。何しろ私の側近だからね。まぁ含めて色々都合がいいのが君って訳」

 

 ロードレース。

 興味があるかないかと言われれば、結構高め。

 ただ、募集要項に四人一組での参加との記載だ。リレー方式で競うのだろう。つまりチームを組む必要がある。

 

「トリニティから二人、ミレニアムから一人。そこにシロコちゃんも含めて四人。どう?」

「どうって、皆初対面なんでしょ? それでチームを組めるの?」

「大丈夫よ、その三人は友人関係だから」

「私がぼっちになる……」

「まぁ、とても個性豊かで面白い子たちよ。大丈夫、君ならきっと出来る。しかも半分は業務としてお願いするから変に拘束もされないし、それにーー」

 

 ナミさんは歯にかんだ屈託の無い笑顔で、私の芯に響くように、言葉を振るわせる。

 

「君には青春が足りない! 透き通るような青い空、ロードバイクで汗を滴らせ、仲間と共に一つの目的地まで走り抜く熱い情熱!! 肩を抱きしめ、時には腕を酌み交わし、塩分過多なスポーツドリンクを喉に流し込むのだ!!!」

 

 

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