始発点から青春駅へ   作:3ご

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第30話:月光は電子の森から光芒を差す(7)

「太陽を描き切った後もヨミの指令で絵を沢山描いたが、感じる事など無し。モミジはベンチでうとうとしてるし、ヨミは夕日を眺めてぼーっとしてる。シロちゃんはスマホをぽちぽちしてて、私は今日一日を無意味に過ごしたような虚無感に苛まれてる。とほほ」

 

 溜息を吐きながら、メルリーは自販機で買ったお茶を宙に投げ込む。お茶は綺麗な弧を描きながらそのまま私の手すっぽりとハマった。緑のラベルが特徴的などこにでもある普通のお茶。けど、他人から投げて渡されるという行為がなんだか新鮮で、夕日を帯びたメルリーの顔がどこか違って見えた。

 半目で口元をへの字に曲げ、眉間の皺を寄せるムスっとした顔。私にとっては、今日の一日は新しめの顔達との二度目の交流の日。例え中身がただじっと座ってるだけであっても、それなりに新鮮な気持ちで過ごすことが出来たが、彼女の時間軸ではそうではなかったらしい。

 

「お茶ありがとう」

「どう致しまして。それくらいしか出来ないけど」

「ん、充分……っと、付き合わせてごめんね」

「なんで謝るの!? 私が悪いみたいになるじゃん!? そいういう作戦!?」

 

 ぐぬぬと鼻を鳴らしながらペットボトルの蓋を開け、私の隣に座り込む。狭い縁石にお尻が二つ。わざと距離を近くしたのは、私の視線の先を今日の成果で塞ぐためだ。

 

「色は簡単に塗っただけよ。あくまでイメージとしてね」

「私は絵を描かないから分からないけど、色って最後じゃなかったっけ?」

「普通はね。この後これを元に線を整えて、陰影を決めて最後に色を塗る。やり方は時々変わる。今日はこのやり方ってだけ」

「ふーん……あ、これ私?」

「そうよ。うーんどんな風に書こうかと悩んだけど、あなたを見て感じた印象を形にしてみたわ」

 

 横長の長方形の紙の上。太陽が真正面から上側にあり、その下の中心に、太陽に続く海の道。現実の風景ではそこは落下防止の為の木目の柵になっているのだけど、彼女の絵の中ではそもそも高台ではなく浜辺になっていた。そして、そこに居たのは私ではなく、一匹の狼。

 

「月に向かって吠えることしか出来なかった空想上の生き物が、偶然にも光り輝くの太陽への道を見つけたの。ずっと憧れてた場所。恋焦がれた場所。でも、この狼は臆病でね」

「臆病? どうして? 行きたいんでしょ?」

「うん。この狼はね、その道を歩くことは出来るんだ。でもね、影に怯えている。太陽に近づけば近づく程光の強度は強くなり、内側に出来た影はその分濃くなるの。その影に耐えられないんだよこの狼は。だから……動かない。この浜辺が心地よすぎるのかもね。程よく太陽が降り注いで、日光は暖かく、やわらかい砂。目前には瞳を奪われる宝石のような碧い海と……漣の音」

 

 ドクンと、心臓が二回跳ねた。

 

「あのねシロちゃん」

「う、うん」

「私ね、ヨミからシロちゃんのこと少し聞いてたんだ。会う前から」

「ん……、うん」

「シロちゃん。もっと休んでもいいんじゃない?」

「う……ん?」

「ヨミ、モモトークで言ってたわよ。シロちゃんこの前15連勤してたって。月のお休みも少ないって。でも、そう説得しても上を支える為だからって聞かなくて。ヨミ、とても心配してたわよ」

 

 良かった。そこまで重要な内容じゃないみたい。

 いくら閑散期とは言え、ナミさんは社長。日々忙しい毎日を過ごしている。私の役目は少しでもナミさんの負担を軽くすることだ。ナミさんから「助かったわよシロコちゃん」「やっぱりシロコちゃんよね」「あらとても働くわね、時給上げようかしら」。と、言葉を貰わないと役に立ったと言えない。

 

「いいの、こうして暇をくれるし、何よりナミさんはとても優しい。仕事になるととても厳しいけど、根は素敵な人」

「ふーん。ちなみにどんな所が優しいの?」

「んー……。仕事終わりにちょっとお高めのご飯屋さんに連れてってくれたり、温泉に連れてってくれたり。あと、住む所もくれたし仕事もくれた。恩を返しきれない。とっても優しいと思わない?」

「成程ね。狼にしといてよかったわ本当に。私の印象は正解だったみたいね」

 

 そうしてメルリーと話をしていると、彼女はバッグからタブレットを取り出し、今まで書いた作品を見せてくれた。

 そう……感覚遮断ってこういう事だったんだ。これに私を出演させる気でいたんだね。メルリー、あなたはとても恐ろしい子だ。

 他にも「ルナ」と呼ばれる漫画の最終話……これは自作? したみたいで、本当の最終話はまだ分からないだそうだ。それに至るまで紆余曲折あったみたいで、その展開こそ物語に出来ないかと現在奮闘中らしい。メルリーは気付いてないだろうが、軽くプロットを読む限りモミジに対する感情はどこか特別だ。答えのない答えを探そうとするメルリーとモミジの物語。私もすごく気になる。完成したら読んでみたい。

 

「ふふん、凄いでしょう! 物語を作れて漫画も描ける私は天才なの。……そこの月森ヨミがいなければね」

「ヨミ? へぇ、ヨミってそんなに凄い人だったんだ」

「技術じゃない何かを持ってるわね。その謎はルーメンにあり。全くいつになったら教えてくれるのやら……」

 

 振り返ると、モミジの頭はヨミの肩にもたれかかっていた。さっきまで空虚を見つめていた彼女はいつのまにか紙とペンを持っており、私達の方を向きながらせっせと何かを描いている。

 遠くからでも見えるヨミの表情は真剣ではあるが、どこか恍惚ともしていて、幸せいっぱいと言ったところだ。

 私は、ヨミのあんな顔を殆ど見た事がない。今でも初めての感覚だ。

 

「ヨミー! もうそろそろ帰る時間じゃない?」

 

 メルリーがヨミに向かって大きな声を上げると、両腕を使って丸の形を作る。可愛い。

 

「ところでシロちゃんや。ヨミからルーメンについては何も聞いてないかい。メルリーさんに情報を頂けやしないかい」

「ん、私も私にだけはこっそり教えてくれるかなって思ってモモトークで聞いてみたけど、教えてくれなかったよ」

「ぐぬぬ。神の画力が目の前にあるのに」

「でも、メルリーの絵もとても上手だった。私から見れば神の画力。私なんてミミズが暴れたみたいな感じになっちゃう」

「え、そうかな。へへ、褒められると照れるわね。あの感覚遮断はよく出来たと思ったんだ」

「それじゃない。感覚遮断はよく分からない。モミジの絵がとても上手だった」

 

 モミジは小走りに私達の元へと駆け寄り、何をしているんですかと一言。メルリーはあの感覚遮断を見せていたんだよと反射的に答えると、モミジは頬を赤らめてエッチなのはダメです! と一喝。ヨミはベンチに座ったままペンを持ち続け、物凄い手の速さでスケッチブックにまた何かを描き始めた。

 

「メル先輩、世の中には公序良俗というものがあってですね」

「分かってるわよー! だって上手く書けたなら誰かに見せたいじゃないー! むきー!」

 

 メルリーの印象。

 お月様しか知らなかった狼。太陽への道があるのに、内側の影が怖くて足踏みする狼。

 どれも心当たりがあるから、心臓がドキリとした。普段の私はそのように振る舞っているのだろうか。こうして他人の指摘がないと客観視が出来ないなんて不便。

 不便……そう、不便と思ってるのが影なのかな。難しい。

 

「シロちゃんー二人共お待たせ―!」

「遅いわよヨミ。それにしてももうそろそろ夕飯時じゃないかしら。大人しくホテルに帰る? モミジうとうとしてたし」

「うーうー……すみません。眠いですね。ベッドでゆっくり眠りたい……」

「くひひ、結構長丁場だったからね。今日はもうお開きでいいんじゃないかな。最後は皆で仲良く坂道を下ろう!」

「ん、スピード出し過ぎたらだめだよ」

 

 

 

 

 

 

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